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【影魔法】嫌われ悪役皇子ですが、玉座は譲りません  作者: 白川みなと
第1章 毒杯の宮廷

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第7話 影の取引

投稿遅れてすみません(人д`o)

 聖別の床の上は落ち着かない。


 足元の影が薄いせいで、感覚が少しだけ浮つく。ここは「影を使うな」と言われているようなものだ。露骨で、分かりやすい。


「殿下。余計なことはなさらないでください」


 柱にもたれたリオナが言った。目は俺から外さない。


「余計なこと、とは?」

「動かない。話さない。魔法を使わない。以上です」

「……それでは、何もできない」


 リオナの表情が少し和らいだ。笑ってはいないが、棘がわずかに抜けた気がする。


 黙っていれば、楽なまま終われる。

 ただし、終わり方は選べない。


 扉が開いた。


 入ってきたのは、教会の下級神官らしい男だった。白い法衣は同じでも、生地が薄い。肩の力も抜けている。

 その後ろに、リリアが続く。


「第三皇子殿下。少しお時間をいただけますか」


 丁寧な声だった。丁寧だからこそ、断りにくい。


「何の用だ」

「事情を確認いたします。手続き上、必要です」


 手続き上。

 便利な言葉だ、と俺は思う。言い方ひとつで、何でも“正しいこと”になる。


 リオナが即座に口を挟んだ。


「殿下は監視下にあります。聴取なら、なおさら慎重であるべきです」

「だからこそです。記録として残します。言葉をねじ曲げられないように」


 言い方は柔らかい。けれど、言っていることは強い。

 リオナもそこは理解したらしく、口を閉じた。


 リリアは下級神官に小さく頷く。


「……お願いします」


 男が一歩前に出た。


「第三皇子殿下。今夜の祝宴で――」

「俺は無実だ」


 遮ると、男は一瞬だけ目を瞬かせた。

 次に落ちてきたのは、教会の声ではなかった。


「無実なら、証明する材料が要ります。情報を買いませんか」


 取引の提案。因果ははっきりしている。

 無実でも、宮廷は勝手に罪を作る。なら先に材料を集めろ、ということだ。


 俺はリリアを見る。リリアは表情を変えないまま、視線をほんの少し外した。

 見て見ぬふり――少なくとも、今は。


 リオナも気づいている。だが剣には手を伸ばさない。

 この場で騒げば、殿下が不利になる。それを分かっている。


 男が低い声のまま言った。


「時間がありません。殿下が欲しいのは何です」

「黒幕の派閥と、動かしている人間の名」

「対価は」

「……何が欲しい」


 男は迷いなく答えた。


「《《本物の欠片》》です」


 杯の硝子片。

 俺が影に沈めている物証だ。


「全部は渡せない」

「もちろんです。欠片ひとつで結構。もし私が嘘をつけば、殿下はいつでも私を潰せる――その距離感で十分です」


 信用の形としては、嫌になるほど素直だ。


 問題は、ここが聖別の床だということ。


 影が薄い。動かせる量も限られる。

 それでも欠片ひとつなら、通せる。


 俺は影をほんの少しだけ深くした。床が削りに来る感覚がある。入れすぎれば引きずり出される。だから最小限。


 影の縁から、硝子片をひとつだけ押し出す。

 床に落とさず、男の靴先へ滑らせた。


 男は平然とそれを踏み、隠す。


「受け取りました」


 声が“手続き用”に戻った。


「では、確認します。祝宴で殿下は杯に触れましたか」


 形だけの聴取が始まる。

 俺は受け答えをしながら、男の“本題”を待った。


 男は質問の形を保ったまま、必要な情報だけを落としていく。


「黒幕は宰相派です」

「宰相派の誰だ」

「外務卿ヴァレリウス。表では外交を担い、裏では同盟を壊したい。王女が来れば皇帝と第一皇子の評価が上がる――それが困る連中です」


 同盟がまとまれば、第一皇子の功績になる。

 逆に躓けば、傷が付く。だから《《躓かせる》》。


 男は続ける。


「毒は致死ではありません。魔力暴走を誘う呪毒です。王女が倒れれば、同盟国の不手際にもできますし、宮廷の管理不足にもできます。責任の押し付け先はいくらでも作れる」

「押し付け先は――俺、か」

「はい。殿下は便利です」


 言い切りが淡々としていて、逆に腹に来る。


「次は何をする」

「審理の場で、証言は揃います。殿下が杯に触れた。殿下の影が揺れた。殿下が動いた。そこまでは用意済みです」


 用意済み。つまり作り物だ。


「杯の本体は処理されています。代わりの杯も準備済みです。毒の小瓶も別口で出します。殿下の物として」

「……偽物で固める気か」

「ええ。王宮では、それが一番早い」


 胸の奥が冷たくなる。


 男はさらに続けた。


「明け方にもう一手あります。王女の容態がぶり返すよう、結界の外から刺激を入れます。発作が起きれば、殿下の影のせいにされるでしょう」

「……王女を使うのか」


 リオナの気配がわずかに強くなる。聞いてしまった、という空気だ。

 男は気にしない。むしろ聞かせるために言っている。


「止めたいなら、殿下の証拠は一つでは足りません。誰が嘘をついたか、刺せる形にする必要があります」

「誰が合図を出した」

「侍従官クロード。乾杯の直前、杯の動線を変えた男です」


 クロード――合図役の名が出た。

 派閥の線と、役割の線が一本に繋がる。


「その男はどこにいる」

「審理の場に出ます。逃げません。逃げる必要がないと思っている」

「俺が動けないと思ってるから、か」

「そのとおりです」


 男は最後に、こちらへだけ落とした。


「殿下。味方が必要です。選んでください。近衛騎士か、聖女候補か――両方は難しい」


 厄介な忠告だ。けれど的を射ている。

 リオナは手順と証拠の人間だ。リリアは立場を賭ける人間だ。どちらも強いが、同時に危険でもある。


 男は一歩下がり、聴取を締める。


「――以上です。殿下、安らかな眠りを」

「眠る暇はない」

「殿下も寝る気はないでしょう。なら、朝まで走ってください」


 男は礼拝堂を出ていく。

 リリアが一拍遅れて続こうとして、足を止めた。


「第三皇子殿下」

「何だ」

「今のお話……どう受け取りますか」

「使える部分だけ使う」

「……承知しました」


 リリアは小さく頷き、続ける。


「ひとつだけ。審理の場では結界が強まります。影はさらに薄くなります。殿下の影が少し揺れただけでも、罪にされます」

「分かってる」

「……揺らさないでください」


 冗談みたいな忠告なのに、笑えない。


 リオナが前に出た。


「殿下。今のやり取りは何です」

「情報を買った」

「対価は」

「硝子片ひとつ」


 リオナは眉をわずかに動かしただけで、責めない。代わりに確認に入る。


「侍従官クロード――顔は見分けられますか」

「見たことがない」

「では、審理の場で私が拾います。殿下は証拠を組み替えてください」


 意外だった。

 彼女が、こちらへ寄った。


「条件があります」

「何だ」

「王女殿下に危害が及ぶなら、私は殿下の味方をやめます」

「分かってる。俺も同じだ」


 礼拝堂の外で鐘が鳴った。

 祝福の鐘じゃない。連絡の鐘。夜明け前の、嫌な音だ。


 神官の足音が近づく。


「準備が整いました。審理の場へ」


 早い。思ったよりずっと早い。


 俺は影の奥を確かめる。欠片、小瓶、メモ。まだある。

 ただし結界が強まるなら、出し方を間違えれば終わる。


 リオナが剣の位置を直した。


「行きますよ、殿下」

「……ああ」


 聖別の床の中心から一歩踏み出す。影がさらに薄くなる。


 朝まで走れ――そう言われた。

 なら走る。朝までじゃない。今ここで、ひっくり返す。

お読みいただきありがとうございます

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