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【影魔法】嫌われ悪役皇子ですが、玉座は譲りません  作者: 白川みなと
第1章 毒杯の宮廷

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第3話 影が拾った証拠

 眠れるはずがなかった。


 小部屋の灯りは落とされ、窓の外は真っ暗だ。扉の向こうでは近衛が交代する足音がする。リオナ・ヴァイスは壁際に立ったまま、目だけでこちらを見張っている。


 こいつも寝る気はないんだろう。


 俺は椅子に深く腰を下ろし、背もたれに体重を預けた。落ち着いて見せるのは大事だ。焦りを見せれば、相手は簡単に付け込む。


 明日の朝、そこで行われる公開審理で何も出せなければ終わりだ。


 俺は足元へ意識を落とした。


 影が静かに伸びる。薄い膜みたいに床をなぞり、扉の隙間へ潜り込む。鍵穴の影を通り、廊下へにじむ。


 ここで深く潜ると、リオナに気づかれる。

 だから浅く、細く。息を止めるくらいのつもりで。


 廊下の向こうから、衛兵の会話が落ちてくる。


「第三皇子は明朝に片付く」

「証言はもう固めてある」

「杯の処理は終わったか」


 終わった、という言葉に胃の奥が冷えた。


 証拠は消される。

 物も、口も、痕跡も。


 俺は影をさらに滑らせ、会話の先へ寄せた。暗がりを辿って、大広間の裏手へ。宴が終わったあとの通路は妙に忙しい。給仕が皿を運び、侍従が指示を飛ばし、掃除の者が血と酒を拭き取っている。


 倒れた貴族が吐いた跡は、すでに布で覆われていた。

 落ちた杯は破片だけが残り、金属の盆の上に集められている。


 よかった。まだある。


 影を伸ばして破片へ触れる。冷たい硝子の感触が、指先ではなく意識に伝わる。割れ方が荒い。誰かが慌てて叩き落としたような欠け方だ。


 破片をそのまま奪えば目立つ。

 だから一片だけ。小さく、鋭い欠片を選ぶ。


 影の内側が、ふっと深くなる。底のない袋に落とすみたいに、欠片が消えた。


 ()()()

 この体で目を覚ましてから、俺が掴んだ数少ない切り札だ。触れたものを影の奥へ沈め、外から見えない場所に隠す。重さも、音も、持っている感覚もない。ただ、取り出すときだけ確かな形で戻ってくる。


 続けて、盆の端に転がる小瓶を見る。親指ほどの大きさ。栓が半分だけ濡れている。

 毒を扱った指が触れた跡だろう。


 影をすべらせ、瓶を巻き取って沈める。

 さらに周囲を探る。


 床に落ちた紙切れ。

 焦って握り潰したような、短いメモ。字は乱れている。


 『合図は乾杯の直前。

  杯は右へ。

  皇子に触れさせろ。』


 文字が見えた瞬間、腹の底に熱いものが湧いた。


 これだ。

 これなら言い逃れが利きにくい。


 影が紙切れを押さえ、同じように奥へ沈める。

 これで最低限の物証は確保した。


 だが、まだ足りない。


 証拠だけでは覆らない。宮廷は理屈の場じゃない。

 欲しいのは、盤面をひっくり返す一手だ。証言者。あるいは、俺を裁けない理由。


 俺が影を引こうとした、そのとき。


 通路の奥で、掃除係の男がぼそっと言った。


 姫の具合が悪いらしい。

 さっきから医務官が走ってる。


 姫。セレスティア王女。


 俺は影を止めた。


 おかしい。

 俺は毒を抜いた。杯の角度もずらした。最低限のはずだ。


 なら、第二段か。


 王女を殺さずに、弱らせる。

 同盟の顔に泥を塗り、教会を動かし、宮廷を揺らす。そのうえで、第三皇子に責任を押し付ける。


 完璧すぎる。


 影を戻すと、リオナがこちらを見ていた。最初から気づいていたわけじゃない。ただ、俺が何かをしたのを感じ取った顔だ。


「殿下。今のは」

「何もしてない」

「影が揺れました」

「揺れることもある」


 苦しい言い訳だと自分でも思う。

 だが今は、俺が能力を見せるほど不利になる。


 リオナは眉をひそめたまま、扉のほうへ視線を動かす。そこへ、またノックの音が重なった。


「近衛騎士リオナ殿。緊急の伝達です」


 扉の外の声が早口だった。


「セレスティア王女殿下の容態が急変。医務官が招集され、教会も呼ばれています。祝宴の毒は一時のものではなく、()()に近い可能性がある、と」


 ()()


 胸の奥が、冷たく沈む。


 影魔法を嫌う教会。

 聖女候補。

 そして王女の急変。


 全部が一本の線で繋がり始めている。


 リオナが俺を見た。疑いの目だが、さっきとは少し違う。迷いが混じっている。王女の件が本当なら、ここで俺を雑に処分している場合じゃない、と頭のどこかで理解したのだろう。


「殿下。あなたは何を知っていますか」

「知ってることは少ない」

「では、何をしたんです」


 俺は答えなかった。

 答えた瞬間、俺の証拠は奪われる。


 ただ、ひとつだけ確かなことがある。


 明朝を待っていたら、王女が先に死ぬかもしれない。

 そうなれば、俺の濡れ衣はもっと強くなる。


 俺は椅子から立った。


「リオナ」

「……はい」

「王女のところへ行く。止めるなら止めていい」

「殿下は容疑者です」

「だから行く。王女が死ねば、俺は確実に死ぬ」


 リオナは一瞬、言葉を失った。

 それから、苦い顔で息を吐く。


「分かりました。ただし私が付きます。あなたが何をしようと、全部見届けます」

「それでいい」


 扉の向こうの廊下へ、冷たい空気が流れ込む。


 影の奥に沈めた硝子片と小瓶とメモが、妙に重く感じた。

 それは俺の命綱で、同時に、今夜から始まる戦いの引き金でもある。


 祝福の鐘が鳴るころ、運命が動く。

 次に動くのは、俺だ。

お読みいただきありがとうございます

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