表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【影魔法】嫌われ悪役皇子ですが、玉座は譲りません  作者: 白川みなと
第1章 毒杯の宮廷

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/6

第2話 濡れ衣

「第三皇子殿下。お立ちください」


 あの場で抵抗しなかったのは正解だった。

 ここで暴れた瞬間に決まる。影魔法で抵抗したところを取り押さえられて、そのまま毒杯の犯人に仕立て上げるつもりだろう。話の筋が良すぎる。


 俺はゆっくり椅子から立った。


 近衛騎士の女は剣に手を添えたまま一歩だけ退く。抜かない。だが距離は詰めさせない。

 迷いなく正しい手順で人を縛る。怖いのは刃じゃない。こういう相手は、きれいに人を殺す。


「殿下をお預かりします。形式です」

「形式は便利だな」

「……殿下」


 声は硬い。怒っているというより、手順を崩されるのが嫌いなタイプだ。


 俺は余計な芝居はしない。手を上げて弱さを演じる必要もない。

 ただ、余計な動きをしない。今はそれだけでいい。


 背中に視線が刺さる。

 貴族たちのざわめきは、あっという間に一つの形へまとまっていく。


 第三皇子が杯に触れていた。

 影を伸ばしていた。

 なら犯人は――。


 ()()()という言葉が、ぴたりと嵌まる。


 俺は振り返らずに歩き出した。広間の出口へ向かう途中、玉座の側がちらりと見える。第一皇子は微笑みを崩さず、周囲を落ち着かせるように手を上げていた。


 あれが完璧か。

 妹はこれを推してたんだよな。俺は心の中でため息をついた。


 扉を抜けると廊下の空気は冷たかった。

 さっきまでの甘い香りが嘘みたいに消えて、石と鉄の匂いが残る。


「お名前を伺っても」


 俺が言うと、女騎士は少しだけ眉を動かした。


「近衛騎士、リオナ・ヴァイス。殿下の監視役を仰せつかりました」

「監視役?」

「本件の間、殿下の行動を制限します。逃走、証拠隠滅、口封じ。あらゆる可能性がありますので」


 淡々としている。

 悪意がない分だけ、余計に厄介だ。


「殿下は影魔法の使い手と伺っています。使用は控えてください」

「教会が嫌うからか」

「……はい。今夜は聖女候補もおります。火種は避けたい」


 ()()

 俺の存在そのものが火種だ、と言いかけて飲み込む。言っても得はない。


 歩きながら、俺は耳を澄ませた。

 影に意識を落とす。ほんの浅く。深くやればリオナに気づかれる。


 柱の影、燭台の足元、壁の彫りのくぼみ。

 そこに落ちた気配が、ひそひそと囁く。


 「牢に入れろ。今夜中だ。」

 「証言は揃えてある。杯に触れていたことにする。」

 「王女は助かったか。いや、まだだ。第二段がある。」


 第二段。


 背中が冷える。

 毒杯で終わりじゃない。王女が無事なら、次は別の手段で事故にする。そういう筋書きだ。


 俺は袖の内側に指を滑らせた。

 さっき影ですくい取った、あの薄い膜。毒の名残。それを影の奥に沈めてある。証拠はある。だが今出せば奪われる。


 まだだ。今は出さない。


 通されたのは地下牢ではなかった。

 豪奢ではないが清潔な小部屋。窓には格子。扉の外には近衛が二人。実質、軟禁だ。


「殿下はここで待機してください」


 リオナは扉の前に立ち、逃げ道を塞ぐように腕を組んだ。


「牢に入れないのか」

「皇子を地下牢に入れれば、それだけで騒ぎになります。陛下もお望みではありません」


 つまり体裁だ。

 体裁のために生かしておいて、体裁が整ったら殺す。


「処分はいつ決まる」

「……断罪の場は、明朝に設けられる見込みです」


 明朝。早い。

 処刑ルートは、ちゃんと走っている。


 リオナが視線を落とす。ほんの一瞬だけ迷いが滲んだ。


「殿下。質問に答えてください。杯に触れたのは事実ですか」

「触れた」

「理由は」

「おかしいと思った」


 それ以上は言わない。

 毒を抜いたと口にした瞬間、話はすり替えられる。影魔法で杯を操作した。王女を狙った。そういう形に加工される。


 リオナは唇を結び、言葉を飲み込んだ。


「殿下の言葉だけでは動けません。証拠が必要です」

「分かってる」


 そのとき扉がノックされた。控えめだが急いでいる音だ。


「近衛騎士リオナ殿。陛下より通達です」


 扉の外の声が続く。


「第三皇子殿下は王女暗殺未遂の容疑により、明朝の公開審理にて断罪する。準備を進めよ、と」


 公開審理。断罪。

 言葉は丁寧でも意味は一つだ。


 リオナが俺を見た。まっすぐな目で、逃げ道を探すこともせずに。


「……殿下。今夜は眠れませんよ」

「そうだな」


 俺は椅子に腰を下ろした。落ち着け、と自分に言い聞かせる。

 焦った瞬間に負ける。相手はそれを待っている。


 足元の影が静かに揺れる。

 味方かどうかは分からない。ただ一つ確かなのは、今夜のうちに手を打たなければ明日は来ないということだ。


 濡れ衣を剥がすには、間に合う形の何かが必要になる。


 俺は影の中に沈めた証拠の感触を、もう一度だけ確かめた。

初投稿です


お読みいただきありがとうございます

よろしければ、ブックマークや評価、感想などで応援していただけると励みになります

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ