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【影魔法】嫌われ悪役皇子ですが、玉座は譲りません  作者: 白川みなと
第1章 毒杯の宮廷

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第0話 祝福のベルが鳴るころ

 俺の名は藤原怜音。職業は会社員。たぶん、どこにでもいる普通の社会人だ。


 違う点があるとすれば、妹が強い。


 強いというのは腕力ではなく熱量のほうで、会うたびに何かしらの「推し」を語ってくる。最近の推しは乙女ゲーだった。


 タイトルは『祝福のベルが鳴るころ』。


 ある晩、仕事でへとへとになって帰ると、リビングのソファに妹が陣取っていた。片手にコントローラー、もう片手には開けたばかりのジュース。画面の中では王子が微笑んでいる。


「見てこれ、アルバート様。今日も尊いんだけど」


 俺は靴を脱ぎながら頷いた。こういう時に反論すると長い。とにかく長い。


「はいはい。まず風呂入ってこい」

「無理。今からイベント。祝宴。ベル鳴るやつ。神回だから」


 祝宴だのベルだの、やけに音が多いゲームらしい。タイトルにまで鐘が入っているくらいだから、まあそういうことなんだろう。


 妹は画面を見つめたまま続ける。


「主人公は聖女候補のリリアね。可愛いし性格まっすぐ。なのに周りが政治の沼すぎる」

「周りって王子たちだろ」

「王子たちは良い。問題は派閥。あと悪役。あれはダメ」


 ()()のところだけ、言い方が妙に重くなった。


「第三皇子のレオンハルト。あいつほんと無理。影魔法とか使って雰囲気からしてもう嫌。リリアの邪魔しかしないし」

「そこまで言うか」

「言う。しかも最初の祝宴でやらかして処刑される。ざまあ枠」


 俺は冷蔵庫から水を取って喉を鳴らした。


「処刑って……乙女ゲーで?」

「そう。逆に新鮮でしょ。でもさ、同盟国の王女を迎える祝宴で毒が出るの。毒杯。空気最悪」

「毒杯って単語だけで胃が痛い」

「でもアルバート様がかっこいいの。堂々としてて優しくて完璧で」


 完璧、という言葉に社会人の本能が小さく警戒を鳴らす。口には出さない。


 妹は勢いのまま畳みかける。


「でね、騎士も魔導師も宰相の息子も出てくるの。逆ハー最高。みんなリリアに優しい。そりゃリリアも、誰ルート行くか迷うって。だけどベルが鳴ると運命が動くんだよ」

「ベル鳴りすぎじゃないか」

「鳴るの。タイトルだし。そこが良いの」


 結局その夜、俺は妹の語りを半分聞き流しながら夕飯を作った。頭に残ったのは断片だけだ。


 祝宴。毒杯。第三皇子。処刑。

 あと、やたらと鐘。


 次の日も仕事で遅くなった。残業が終わって駅のホームで立っている時、スマホが震えた。妹からのメッセージだった。


『アルバート様ルート入った。尊くて死ぬ。助けて』


 何を助けるのか分からないが、既読だけ付けた。電車が来る。白いライト。風。ベルみたいな電子音が耳に刺さる。


 その瞬間、視界が揺れた。


 胸の奥が冷たくなって足元が抜ける。手すりに触れたはずなのに指に力が入らない。誰かの声が遠くで聞こえた。救急車、名前、呼吸――言葉だけが途切れ途切れに耳へ入ってくる。


 ああ、やっぱり限界だったらしい。


 ……と思ったところで暗闇が落ちた。


 次に目を開けた時、天井が見えた。


 白く高い天井に飾り彫りが走っている。木の匂いがする。横を向けば重たいカーテンが垂れていて、金糸の模様が光を弾いていた。病院の空気じゃない。


 俺は起き上がれた。体は動くし息もできる。


「……殿下」


 若い女の声がした。慣れた調子で呼ばれるその呼び名が、ひどく嫌な予感を連れてくる。


 殿()()


 俺は胸元に手を当てた。指先が柔らかい布に沈む。寝間着の刺繍、細くなった腕、触れた皮膚の感触まで違う気がする。鏡があれば確かめたい――でも、映った瞬間に現実が確定してしまうのも怖かった。


 足元のほうで誰かが小さく息を呑む。


「第三皇子殿下。ご気分はいかがですか」


 胸の奥が、別の意味で冷えた。妹の声が脳裏に浮かぶ。


 第三皇子。レオンハルト。処刑される。ざまあ枠。


 冗談だろ、と言いかけて言葉が止まった。


 この体の中に、俺ではない記憶が滲んでいる。断片が勝手に形を取り、ここが宮廷で、俺が嫌われている理由まで埋めていく。細部は霧がかかったままなのに、骨組みだけは妙に確かだった。


 俺はゲームを知らない。プレイしたこともない。攻略も分からない。

 ただ、妹が勝手に語っていた断片だけは残っている。


 そして、その断片が最悪の形で繋がった。

 寝台の脇に、封の切られていない書状が置かれていた。厚い紙、赤い蝋、王家の印。


 手に取って開く。中身は――招待状だった。


『第三皇子殿下

 本日夜、同盟国リュミエール王国第一王女セレスティア殿下を迎え、宮廷祝宴を執り行います

 乾杯は陛下の御前にて

 定刻までに大広間へお越しください』


 ……今夜。祝宴。乾杯。


 祝福の鐘が鳴るころ、運命が動く。

 妹は笑いながら、楽しそうにそう言っていた。


 笑えねえよ。俺は心の中でそうつぶやく。


 扉の外で、控えめな足音が止まった。


「殿下。お召し替えの支度が整っております」


 返事をする声が、自分のものじゃないみたいだった。


「……すぐ行く」


 立ち上がると、足元の影がわずかに遅れて揺れた。

 まるで、俺の動きを真似するのを一瞬ためらったみたいに。


 嫌な汗が背中を伝う。


 祝宴。毒杯。第三皇子。処刑。

 頭の中で、妹の断片が順番に並ぶ。


 ――まずは生き残る。そのために動く。


 俺は招待状を折り、懐へしまった。

 扉が開き、廊下の冷気が頬を撫でる。


 今夜、ベルが鳴る。

 そして運命が動く。

初投稿です


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