おかあさんの桜
アキちゃんがはじめてその桜を見にいったのは、赤ちゃんのころだったそうです。
でも、さすがにそのころのことは、おぼえていません。
おぼえているのは、よちよち歩きのころ。
おかあさんに手を引かれて、長い道を、トコトコ、トコトコ。
歩いて、歩いて。足がつかれて。
ちょっとぐずりそうになったそのとき、きゅうに広いところにでて……
すると、まるでわたあめみたいな、ピンク色のふわふわが、空いっぱい、広がっていたのです。
そのふわふわから、ピンクのかけらが、ひらひら、ひらひら、舞いおりてきたのです。
「わあ!」
胸がアツくなりました。ドキドキしました。
こんな、きれいなものが、あるなんて――
目をまんまるにして、時間をわすれて、見とれました。
帰ろう、と、おかあさんがいいだしたときには、イヤイヤ――だだをこねました。
そしたら、おかあさんは、
「また、明日」
そういったのです。
「あした?」
アキちゃんは、ききました。
おかあさんは、小指をからめて、うたうみたいに、いいました。
「ゆーびきーりゲンマン」
そして、ほんとうに、あしたも、あしたのつぎも、おなじ桜のところへ、つれていってくれたのでした。
アキちゃんは、うれしくなりました。
ゆびきりって、いいね。
あしたも、たのしみね。
いっしょに、いこうね。
けれど、まもなく、桜のほうが、ちってしまいました。
うそみたいに、あっというま。
なんだか夢でも見てるみたいでした。
「また来年」
おかあさんが笑って、アキちゃんの手をぎゅってしました。
「らいねん?」
「そう、また来年。春になったら、また咲くの。毎年、毎年、ずっと、何度でも。だから、また、来年、こようね。いっしょにね」
「うん!」
それから、毎年、アキちゃんとおかあさんは、桜を見にいきました。春がくるたび、手をつないで、長い道を歩いて。
そうして毎年、くりかえしているうちに、よちよち歩きのアキちゃんも、いつか、幼稚園にあがって、ついには、年長さんになりました。
それでも、まだまだ、これから、ずっと――
何年も、何べんも、
「またあした」
「またらいねん」
そうくりかえすんだって、思っていました。
なのに、オシマイはとつぜんでした。
おかあさんが、いなくなってしまったのです。
きゅうに、それこそ、昨日までさいていた桜が、パッとちってしまったみたいに、前ぶれもなく。
「もうじき桜ね」
おぼえているのは、おかあさんの笑顔。
「今年も、いこうね、いっしょにね」
そういっていたのに……
いつもそこにあったはずの笑顔が、あたたかい手が、今はもう、どこにもありません。
(おかあさん、どこ? かくれんぼなの?)
アキちゃんは、さがしました。
あっちのお部屋、こっちのお部屋。
お台所や、おふろ場、おトイレ。
おしいれまで、あけてみました。
でも、どこにも見つかりません。
(おかあさん、どこ?)
(さくらがさくよ、ことしもさくよ)
(いこうよ)
(いっしょにいこうよ)
いっしょでないと、ダメなのです。
おかあさんがいないと、ダメなのです。
アキちゃんはさがしました。
べそをかいて、汗ぐっしょりになって、泣いて泣いて。
でも、おかあさんはいなくて。見つからなくて。
そのうちに、桜の季節は、終わってしまいました。
季節がかわっていきました。
春がおわって、つゆがきて。まいにち雨で。
それがおわると、あつい夏。ミンミン、ジージー、シャワシャワ、カナカナ――セミがまいにち鳴くのでした。
けれどそれも、いつしか、だまってしまって……
今度はすずしい風がふいて、リーンリーン、すんだ虫の声がきこえるころ……
アキちゃんのお家に、おばさんがやってきました。
やさしいおばさんでした。
毎日、ごはんを作ってくれました――おかあさんみたいに。
おやつは手作りしてくれました――おかあさんより上手に。
さみしいときには、ぎゅっ、てしてくれました。
かなしいときには、よしよし、してくれました。
夜、おやすみの前には、絵本を読んでくれましたし、子守唄も歌ってくれました(これは、ちょっと、音痴でしたけど)。
ぜんぶ、おかあさんみたいでした。
でも、おばさんは、おばさんでした。
おかあさんでは、ありません。
なのにおとうさんは、
「あたらしいお母さんだよ」
なんて、いうのです。
アキちゃんにはサッパリわかりません。
おかあさんは、おかあさん。
おばさんは、おばさん。
アキちゃんはおばさんのことがすぐに大好きになりました。
でも、おばさんの好きと、おかあさんの好きは、ちがうのです。
それでも、おばさんのいてくれたことが、どんなにかアキちゃんにはうれしかったことでしょう。
やがておとずれた寒い季節。いちにちじゅう、おふとんから出たくなくなるような、つめたい季節。
おばさんまでいてくれなかったら、どうなっていたことでしょう。
冷たくなったアキちゃんの手に、ハーッと息をかけて、手のひらでつつみこんでくれる、おばさん。
くしゃみのあと、ツーっと垂れてきた鼻を、ティッシュでチーンしてくれる、おばさん。
うんと寒い日のおやつには、あたたかいココアやおしるこなんかもつくってくれる、おばさん。
おばさんは、もう、アキちゃんにとって、なくてはならない人になっていました。
それでも、やっぱり、おかあさんとは、ちがうのでした。
(おかあさん、どこ?)
(さくらは、どこ?)
つめたい雪が音もなくひらひら舞いおりる午後……
おばさんのおひざのうえで、おねむになったアキちゃんが見ているのは、やっぱり、ほんのりピンクな、ふわふわ、ひらひら、花びらの夢なのでした。
そんなある日。
だれかが、いったのでした。
「もうじき桜の季節だね」
アキちゃんの胸が、ドキン、としました。
季節は、また、ひとめぐり。
思いだすのは、やっぱり、おかあさんの笑顔。
(今年も、いこうね、いっしょにね)
けれど、その笑顔が――いつも、だれよりも、そばにいてくれたはずの、おかあさんの顔が――今ではもう、なんだか、へんに、ぼんやりしているのでした。
はっきり思いだすことが、できないのでした。
アキちゃんはびっくりしてしまいました。
胸がドキドキ、気もちわるくなりました。
こわいような、イケないみたいな、気がしました。
だから、よけいに、「行かなきゃ」と、思うのでした。
(さくらがさくよ、ことしもさくよ)
(いこうよ)
(いっしょにいこうよ)
そこに行けばおかあさんにあえるような、おかあさんがそこで待っていてくれるような、桜がおかあさんのような、おかあさんが桜のような……
せつないような、くるしいような、いてもたってもいられない気がするのでした。
だから、アキちゃんは、きめたのです。
桜を――おかあさんを――さがしにいこうって。
小さな桜色のリュックに、おままごとにつかう、プラスチックのおにぎりと、からっぽの水筒をつめて。
うんしょ、と、重たい玄関のドアをひとりであけて。
よいしょ、よいしょ、と、階段をおりて。
キィと音をたてて門をあけると、そこはもうおかあさんに手を引かれて歩いた、あの長い長い道なのでした。
まだ少し冷たい風が、ぴゅっと吹きつけてきます。
アキちゃんはぶるっとふるえました。
でも、風にはほんのり桜のかおりがするみたい。
それが、アキちゃんに、勇気をくれるのでした。
トコトコ、トコトコ。
アキちゃんは歩きました。
ほんの少し歩いただけで、びっくりしてしまいました。
さくら、サクラ。
あっちにも、こっちにも。
桜はどこにでも咲いています。
あちこちのお家のお庭に。
川のほとりの道路沿いに。
夕方になるとゴーンってなる、お寺のへいのむこうがわに。
見あげれば、いつもはみどり色したお山だって、いまは白っぽい、ふわふわピンクに、お化粧しているのでした。
「きれい……」
アキちゃんの目がキラキラしました。
でも、すぐに困ってしまいました。
こんなにたくさん桜があったら、どれがおかあさんの桜か、わかりません。
「もしもし、おかあさんのさくらはどこですか?」
いろんな人にきいてみました。
カートをおしたおばあさん、乳母車のわかいママさん、杖をついた白いおひげのおじいさん。
でも、だれも教えてくれません。
「さあ、どこかしらねぇ」
「お母さんはどこ? 一人できたの?」
「いやいや、こっちの桜のほうがリッパだろう?」
アキちゃんはさがして、さがしました。
あるいて、あるきました。
さがして、あるいて、くたびれて。
おなかもすいて、ぐーっと鳴って。
心ぼそくて、さみしくて。
ぐずぐず、めそめそ。
道にしゃがみこんで、とうとう泣きだしてしまいました。
「おかあさん、どこ?」
そこへ、やってきたのは、おまわりさん。
さっきの乳母車のママさんが、おまわりさんに、アキちゃんを指さしています。
「おうちはどこ?」
おまわりさんがききました。
「さくらはどこ?」
アキちゃんがききました。
話は、ちっとも、つうじません。
アキちゃんは泣いて、泣いて、泣き疲れて……
ふうっと目の前が暗くなって……
気がつくと、見たことのないお部屋の、黒いソファの上に寝かされているのでした。
そばに、やさしそうな女のおまわりさんが、いてくれました。
アキちゃんが目をさましたのを見ると、教えてくれました。
「もうじき、お母さんが、むかえにきてくれるからね」
アキちゃんの顔が、パッとかがやきました。
「おかあさん!?」
ああ、よかった。さすがケーサツカン。ちゃんとおかあさんを見つけてくれたんだ。
うれしくて、ほっとして、笑いながら、でも泣きたいような気もして――
つぎからつぎへ気もちがあふれて、アキちゃんは夢中でおかあさんのことをおはなししました。
おまわりさんは、ニコニコ、きいてくれました。
はなしつかれると、アキちゃんは、また、ねむい目をこすりはじめました。
長いこと歩いたり、泣いたりして、くたびれたせいもあったのでしょう。
おまわりさんが、いれてくれた、あたたかい甘いミルクを飲んだら、ふわーっと気もちよくなって、そのまま、ねむってしまいました。
つぎに気がついたときには、アキちゃんは、だれかにおんぶされていました。
「どうもご迷惑を……」
だれかがペコペコしています。
「桜がどうとか……」
と、おまわりさんの声もしたみたい。
(おかあさん……?)
アキちゃんは、きこうとしました。
でも、まだあんまりねむくって、おんぶの背中があたたかくて、むにゃむにゃっ、と、ことばにならない声がでただけでした。
とても安心できる背中でした。
(そうだ、おかあさんだ、おかあさんがむかえにきてくれたんだ)
だって、さっき、おまわりさんが、そういってたもの。
アキちゃんは、そう思いました。
“おかあさん”が歩きはじめました。
からだが、ここちよく、ゆれました。
目頭が熱くなってきました。
たまらないものがこみあげてきました。
涙と鼻水でぐしょ濡れになった顔を、ごしごし――ただもうむやみに、その背中にこすりつけたくなるのでした。
(おかあさん、おかあさん、おかあさん!)
(どこいっていたんだよう)
(さくらを、みにいくって、いったのに……)
アキちゃんは思いっきり叫びたくなりました。もっとぎゅっと、ぎゅうぅっと、おかあさんにしがみつきたくなりました。
けれどまぶたが重くて、手に力がはいりません。声もうまくだせたかどうかわかりませんでした。
アキちゃんはねむっていたのでしょうか。おきていたのでしょうか。夢を見ていたのでしょうか。
それでも、“おかあさん”は、ちゃんとお返事してくれました。
「ごめんね。行こうね。いっしょにね。今年は、夜桜ね」
そんな声が、夢うつつで、けれどたしかに、聞こえた気がしたのでした。
でも……
「アキちゃん、おっきして」
アキちゃんは目をさましました。
むにゃむにゃと目をこすって、おかあさん、と、いいかけて、ハッと息がとまりました。
(あれ、おかあさん、じゃない……?)
背中からアキちゃんをおろしたのは、おかあさんではなくて、おばさんでした。
おばさんは、とてもやさしいおばさんです。
でも、おかあさんでは、ありません。
「どこ……?」
アキちゃんはあたりをみまわしました。
なんだか舌がもつれて、うまくしゃべることができません。
いったい何がどうしたのでしょう。さっきまであんなにいっしょだったのに。あんなにあたたかかったのに。
今はあたりは暗くて、ぴゅうっと風が吹いて、おかあさんはいなくて、アキちゃんのそばには、ただおばさんがしゃがみこんでいるだけなのでした。
おばさんは、だまって、そっと指をさしました。
アキちゃんは、その指のさきを目で追いました。
そこは、ご近所の児童公園でした。
ブランコと、すべり台と、お砂場と鉄棒がある、小さな公園。
その片隅に、ポツンと、一本の小さな桜の木が生えているのでした。
背たけは、おばさんより、ちょっと高いくらいでしょうか。
今日、たくさん見た、あちこちの桜の木にくらべれば、ずいぶんとちっぽけで、なんだかみすぼらしい桜でした。
それでも、桜は、咲いていました。
街灯の光にてらされて、ピンクがかった白いふわふわを、そよそよ、風にゆらしているのでした。
(ああ……)
アキちゃんにはわかりました。
それは、たしかに、あの桜でした。
手をつないで、毎年いっしょに見にきた、おかあさんの桜でした。
でも、こんなに小さかったかしら?
アキちゃんにはわかりました――こんなちっちゃな桜でも、いまよりうんと小さかった、よちよち歩きのアキちゃんには、とっても大きく見えたのです。
トコトコと近よって、下から見上げると、あのきれいなピンクのふわふわが、空いっぱいに広がって見えたのです。
なーんだ。
タネあかしをされたみたいでした。
公園だって、アキちゃんのお家から、ちっとも遠くありません。
ご近所もご近所。おとなりさんの、おとなりさんの、おむかいさん。
手をつないで、よいしょ、よいしょ、って歩いた、あの道だって、ほんとうは、そんなに長くも遠くもなかったのです。
胸が、しん、と、静かになるみたいでした。
手の先がすうっと冷たくなるみたいでした。
何もかも、ちっちゃなちっちゃなアキちゃんに、ただ、そう感じられただけ。思いこんでいただけ――桜も、公園も、あの長い道も。
(だったら、おかあさんも――?)
あんなにやさしかったのに。
あんなにいっしょだったのに。
今はあたりは暗くて、そよそよと風が吹いて、ときどきはぴゅうっとつよく吹いて、桜は小さくて、公園はご近所で、そして、おかあさんは、いないのです。
アキちゃんの目から、ぽろっと涙がこぼれました。
ぽろぽろ。
ぽろぽろ。
あとからあとからあふれ出して、ちっとも、とまってくれません。
「おかあさん、どこ……?」
おばさんがそっと抱き寄せてくれました。
「ごめんね、お母さんじゃなくて」
ううん、おばさんのせいじゃない、おばさんも好きよ、でも、おかあさんじゃない。
アキちゃんはそう思いました。でも、ことばにはできませんでした。
おばさんは抱きよせたアキちゃんの背中を、ぽん、ぽん。ゆっくりたたきながら、おはなししてくれました。
「お母さんは、赤ちゃんだったアキちゃんを、この公園につれてきたの。はじめは、これが桜だなんて、わからなかった。でも、春になると、この木が――いまよりもっと小さかったこの木が――つぼみをいっぱいつけて、きれいに、きれいに、咲いたんだって。お母さんは、小さなからだでがんばっている桜が、なんだかけなげで、いじらしくて、うれしくなったんだって。だから、「ほらほら」って、アキちゃんにも見せてあげたの。そしたら、アキちゃん、ちっちゃなお目めをまあるくして、いっしょうけんめい、両手をのばしたんだって。ちっちゃなお手てで枝をつかんで、きゃっきゃって、うれしそうに笑ったんだって」
毎晩、絵本をよんでくれる声でした。
ゆっくり、やさしい、おかあさんみたいな声でした。
でも、おばさんは、おばさんでした。
おかあさんでは、ありません。
「それから、お母さんは、毎年アキちゃんをつれて、この桜にあいにきたのね。春にはつぼみをつけて、つぼみはグングンふくらんで、『もうじきね』『もうすぐね』って、ふたりで、楽しみにしていたのよね。そして、とうとう桜がさくと、アキちゃんは……お母さんは……」
おばさんの腕にぎゅうっと力が入りました。
ぐずっ、と、お鼻の音がきこえました。
「だから、これは、とくべつな桜。アキちゃんと、お母さんの桜。見にこようね。これからは、わたしが、つれてきてあげるから――」
アキちゃんは、イヤイヤをしました。
自分でも思ってもみなかった、つよい、はげしい「イヤイヤ」でした。
イヤよ、イヤだよ。
こんな桜、イヤだよ。
こんなんじゃない、こんなんじゃないよ。
おかあさんの桜は、こんなんじゃない。
涙が止まりませんでした。
ことばになりませんでした。
でもアキちゃんは力いっぱい頭をふりつづけました。
(おかあさんのさくらは、もっときれい、もっとステキ)
(おかあさんのさくらは、おかあさんといっしょ)
(いっしょじゃないと、ダメ!)
アキちゃんは泣きました。
とうとう、声をあげて、泣きました。
おばさんにしがみついて、せいいっぱいの声をあげて泣きました。
泣いて泣いて、泣きじゃくって……
アキちゃんが泣いているあいだじゅう、ずっと、おばさんはこまった顔で、でも、やさしく、頭をなでなでしていてくれました。
……。
…………。
「ネンネンコロリヨ……」
どこからか子守唄が聞こえてきます。
ちょっと調子はずれの歌でした。
おかあさん、ではありません。
(ほかのことはなんでもできるのに、どうしてお歌だけヘタクソなんだろう……)
おばさんが、アキちゃんのおふとんの、お胸のあたりに手をおいて、ぽん、ぽん、やさしくたたきながら、うたってくれています。
おかあさんとはちがう声、おかあさんとはちがう手。
でも、おかあさんとおなじ歌です。
公園で泣きつかれたアキちゃんを、おばさんがつれて帰って、おふとんをしいてくれたのでした。
もう半分ねむっているようなアキちゃんを、お着がえさせて、寝かせて、それから、いつものお歌をうたってくれているのでした。
おばさんは、おばさんです。
おかあさんではありません。
でも、まるで……
(おかあさん、みたい、ね……)
アキちゃんはなんだかすごく安心して、するとまぶたが、また重くなっていきました。
調子はずれの子守唄が、うとうと、心地よいねむりをつれてきます。
そうして、ねむりは、夢を、つれてくるのでした。
それは桜の夢。
大きな、大きな、桜の夢。
長い長い道のかなたにそびえたつ、大きな大きな桜の、満開のこずえが、まるで屋根みたいに、空ぜんたいを覆っています。
あたりいちめんに、花びらがふりそそいでいました。
ざーっとふり、ふわーっと舞い上がり、風がイタズラすると、こもれびのなかで、くるくる、ダンスしたりもするのでした。
(おかあさんの桜だ!)
アキちゃんは走りだしました。
ずっと、ずっと、ずぅーっと向こうまでつづく一本道を、ひとりで、力づよく、走りました。
長い長い道でした。
遠い遠い桜でした。
どれだけ走ればたどり着けるのだか、わかりません。
でも、走っていれば、いつか、たどり着けるはずでした。
長い長い道を、走って、走って、たどり着いたら、きっと……
その木の下で、きっと、待っているのは、きっと……
(おかあさん!)
アキちゃんは、走りつづけました。




