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おかあさんの桜

作者: 七瀬みる
掲載日:2025/12/04

 アキちゃんがはじめてその桜を見にいったのは、赤ちゃんのころだったそうです。

 でも、さすがにそのころのことは、おぼえていません。


 おぼえているのは、よちよち歩きのころ。


 おかあさんに手を引かれて、長い道を、トコトコ、トコトコ。

 歩いて、歩いて。足がつかれて。

 ちょっとぐずりそうになったそのとき、きゅうに広いところにでて……


 すると、まるでわたあめみたいな、ピンク色のふわふわが、空いっぱい、広がっていたのです。

 そのふわふわから、ピンクのかけらが、ひらひら、ひらひら、舞いおりてきたのです。


「わあ!」


 胸がアツくなりました。ドキドキしました。

 こんな、きれいなものが、あるなんて――

 目をまんまるにして、時間をわすれて、見とれました。


 帰ろう、と、おかあさんがいいだしたときには、イヤイヤ――だだをこねました。


 そしたら、おかあさんは、


「また、明日」


 そういったのです。


「あした?」


 アキちゃんは、ききました。


 おかあさんは、小指をからめて、うたうみたいに、いいました。


「ゆーびきーりゲンマン」


 そして、ほんとうに、あしたも、あしたのつぎも、おなじ桜のところへ、つれていってくれたのでした。


 アキちゃんは、うれしくなりました。


 ゆびきりって、いいね。

 あしたも、たのしみね。

 いっしょに、いこうね。


 けれど、まもなく、桜のほうが、ちってしまいました。

 うそみたいに、あっというま。

 なんだか夢でも見てるみたいでした。


「また来年」


 おかあさんが笑って、アキちゃんの手をぎゅってしました。


「らいねん?」


「そう、また来年。春になったら、また咲くの。毎年、毎年、ずっと、何度でも。だから、また、来年、こようね。いっしょにね」


「うん!」


 それから、毎年、アキちゃんとおかあさんは、桜を見にいきました。春がくるたび、手をつないで、長い道を歩いて。


 そうして毎年、くりかえしているうちに、よちよち歩きのアキちゃんも、いつか、幼稚園にあがって、ついには、年長さんになりました。


 それでも、まだまだ、これから、ずっと――

 何年も、何べんも、


「またあした」

「またらいねん」


 そうくりかえすんだって、思っていました。


 なのに、オシマイはとつぜんでした。


 おかあさんが、いなくなってしまったのです。


 きゅうに、それこそ、昨日までさいていた桜が、パッとちってしまったみたいに、前ぶれもなく。


「もうじき桜ね」


 おぼえているのは、おかあさんの笑顔。


「今年も、いこうね、いっしょにね」


 そういっていたのに……


 いつもそこにあったはずの笑顔が、あたたかい手が、今はもう、どこにもありません。


(おかあさん、どこ? かくれんぼなの?)


 アキちゃんは、さがしました。

 あっちのお部屋、こっちのお部屋。

 お台所や、おふろ場、おトイレ。

 おしいれまで、あけてみました。


 でも、どこにも見つかりません。


(おかあさん、どこ?)

(さくらがさくよ、ことしもさくよ)

(いこうよ)

(いっしょにいこうよ)


 いっしょでないと、ダメなのです。

 おかあさんがいないと、ダメなのです。


 アキちゃんはさがしました。

 べそをかいて、汗ぐっしょりになって、泣いて泣いて。


 でも、おかあさんはいなくて。見つからなくて。

 そのうちに、桜の季節は、終わってしまいました。


 季節がかわっていきました。


 春がおわって、つゆがきて。まいにち雨で。

 それがおわると、あつい夏。ミンミン、ジージー、シャワシャワ、カナカナ――セミがまいにち鳴くのでした。


 けれどそれも、いつしか、だまってしまって……


 今度はすずしい風がふいて、リーンリーン、すんだ虫の声がきこえるころ……


 アキちゃんのお家に、おばさんがやってきました。


 やさしいおばさんでした。


 毎日、ごはんを作ってくれました――おかあさんみたいに。

 おやつは手作りしてくれました――おかあさんより上手に。


 さみしいときには、ぎゅっ、てしてくれました。

 かなしいときには、よしよし、してくれました。


 夜、おやすみの前には、絵本を読んでくれましたし、子守唄も歌ってくれました(これは、ちょっと、音痴でしたけど)。


 ぜんぶ、おかあさんみたいでした。


 でも、おばさんは、おばさんでした。

 おかあさんでは、ありません。


 なのにおとうさんは、


「あたらしいお母さんだよ」


 なんて、いうのです。


 アキちゃんにはサッパリわかりません。


 おかあさんは、おかあさん。

 おばさんは、おばさん。


 アキちゃんはおばさんのことがすぐに大好きになりました。

 でも、おばさんの好きと、おかあさんの好きは、ちがうのです。


 それでも、おばさんのいてくれたことが、どんなにかアキちゃんにはうれしかったことでしょう。

 やがておとずれた寒い季節。いちにちじゅう、おふとんから出たくなくなるような、つめたい季節。

 おばさんまでいてくれなかったら、どうなっていたことでしょう。


 冷たくなったアキちゃんの手に、ハーッと息をかけて、手のひらでつつみこんでくれる、おばさん。

 くしゃみのあと、ツーっと垂れてきた鼻を、ティッシュでチーンしてくれる、おばさん。

 うんと寒い日のおやつには、あたたかいココアやおしるこなんかもつくってくれる、おばさん。


 おばさんは、もう、アキちゃんにとって、なくてはならない人になっていました。


 それでも、やっぱり、おかあさんとは、ちがうのでした。


(おかあさん、どこ?)


(さくらは、どこ?)


 つめたい雪が音もなくひらひら舞いおりる午後……

 おばさんのおひざのうえで、おねむになったアキちゃんが見ているのは、やっぱり、ほんのりピンクな、ふわふわ、ひらひら、花びらの夢なのでした。


 そんなある日。

 だれかが、いったのでした。


「もうじき桜の季節だね」


 アキちゃんの胸が、ドキン、としました。

 季節は、また、ひとめぐり。

 思いだすのは、やっぱり、おかあさんの笑顔。


(今年も、いこうね、いっしょにね)


 けれど、その笑顔が――いつも、だれよりも、そばにいてくれたはずの、おかあさんの顔が――今ではもう、なんだか、へんに、ぼんやりしているのでした。

 はっきり思いだすことが、できないのでした。


 アキちゃんはびっくりしてしまいました。

 胸がドキドキ、気もちわるくなりました。

 こわいような、イケないみたいな、気がしました。


 だから、よけいに、「行かなきゃ」と、思うのでした。


(さくらがさくよ、ことしもさくよ)

(いこうよ)

(いっしょにいこうよ)


 そこに行けばおかあさんにあえるような、おかあさんがそこで待っていてくれるような、桜がおかあさんのような、おかあさんが桜のような……

 せつないような、くるしいような、いてもたってもいられない気がするのでした。


 だから、アキちゃんは、きめたのです。

 桜を――おかあさんを――さがしにいこうって。


 小さな桜色のリュックに、おままごとにつかう、プラスチックのおにぎりと、からっぽの水筒をつめて。


 うんしょ、と、重たい玄関のドアをひとりであけて。


 よいしょ、よいしょ、と、階段をおりて。


 キィと音をたてて門をあけると、そこはもうおかあさんに手を引かれて歩いた、あの長い長い道なのでした。


 まだ少し冷たい風が、ぴゅっと吹きつけてきます。

 アキちゃんはぶるっとふるえました。


 でも、風にはほんのり桜のかおりがするみたい。

 それが、アキちゃんに、勇気をくれるのでした。


 トコトコ、トコトコ。


 アキちゃんは歩きました。

 ほんの少し歩いただけで、びっくりしてしまいました。


 さくら、サクラ。

 あっちにも、こっちにも。


 桜はどこにでも咲いています。

 あちこちのお家のお庭に。

 川のほとりの道路沿いに。

 夕方になるとゴーンってなる、お寺のへいのむこうがわに。

 見あげれば、いつもはみどり色したお山だって、いまは白っぽい、ふわふわピンクに、お化粧しているのでした。


「きれい……」


 アキちゃんの目がキラキラしました。

 でも、すぐに困ってしまいました。

 こんなにたくさん桜があったら、どれがおかあさんの桜か、わかりません。


「もしもし、おかあさんのさくらはどこですか?」


 いろんな人にきいてみました。

 カートをおしたおばあさん、乳母車のわかいママさん、杖をついた白いおひげのおじいさん。


 でも、だれも教えてくれません。


「さあ、どこかしらねぇ」

「お母さんはどこ? 一人できたの?」

「いやいや、こっちの桜のほうがリッパだろう?」


 アキちゃんはさがして、さがしました。

 あるいて、あるきました。


 さがして、あるいて、くたびれて。

 おなかもすいて、ぐーっと鳴って。


 心ぼそくて、さみしくて。


 ぐずぐず、めそめそ。


 道にしゃがみこんで、とうとう泣きだしてしまいました。


「おかあさん、どこ?」


 そこへ、やってきたのは、おまわりさん。

 さっきの乳母車のママさんが、おまわりさんに、アキちゃんを指さしています。


「おうちはどこ?」

 おまわりさんがききました。


「さくらはどこ?」

 アキちゃんがききました。


 話は、ちっとも、つうじません。


 アキちゃんは泣いて、泣いて、泣き疲れて……

 ふうっと目の前が暗くなって……


 気がつくと、見たことのないお部屋の、黒いソファの上に寝かされているのでした。

 そばに、やさしそうな女のおまわりさんが、いてくれました。

 アキちゃんが目をさましたのを見ると、教えてくれました。


「もうじき、お母さんが、むかえにきてくれるからね」


 アキちゃんの顔が、パッとかがやきました。


「おかあさん!?」


 ああ、よかった。さすがケーサツカン。ちゃんとおかあさんを見つけてくれたんだ。

 うれしくて、ほっとして、笑いながら、でも泣きたいような気もして――


 つぎからつぎへ気もちがあふれて、アキちゃんは夢中でおかあさんのことをおはなししました。

 おまわりさんは、ニコニコ、きいてくれました。


 はなしつかれると、アキちゃんは、また、ねむい目をこすりはじめました。

 長いこと歩いたり、泣いたりして、くたびれたせいもあったのでしょう。

 おまわりさんが、いれてくれた、あたたかい甘いミルクを飲んだら、ふわーっと気もちよくなって、そのまま、ねむってしまいました。


 つぎに気がついたときには、アキちゃんは、だれかにおんぶされていました。

「どうもご迷惑を……」

 だれかがペコペコしています。

「桜がどうとか……」

 と、おまわりさんの声もしたみたい。


(おかあさん……?)


 アキちゃんは、きこうとしました。

 でも、まだあんまりねむくって、おんぶの背中があたたかくて、むにゃむにゃっ、と、ことばにならない声がでただけでした。


 とても安心できる背中でした。


(そうだ、おかあさんだ、おかあさんがむかえにきてくれたんだ)


 だって、さっき、おまわりさんが、そういってたもの。

 アキちゃんは、そう思いました。


 “おかあさん”が歩きはじめました。

 からだが、ここちよく、ゆれました。


 目頭が熱くなってきました。

 たまらないものがこみあげてきました。


 涙と鼻水でぐしょ濡れになった顔を、ごしごし――ただもうむやみに、その背中にこすりつけたくなるのでした。


(おかあさん、おかあさん、おかあさん!)

(どこいっていたんだよう)

(さくらを、みにいくって、いったのに……)


 アキちゃんは思いっきり叫びたくなりました。もっとぎゅっと、ぎゅうぅっと、おかあさんにしがみつきたくなりました。

 けれどまぶたが重くて、手に力がはいりません。声もうまくだせたかどうかわかりませんでした。


 アキちゃんはねむっていたのでしょうか。おきていたのでしょうか。夢を見ていたのでしょうか。

 それでも、“おかあさん”は、ちゃんとお返事してくれました。


「ごめんね。行こうね。いっしょにね。今年は、夜桜ね」


 そんな声が、夢うつつで、けれどたしかに、聞こえた気がしたのでした。


 でも……


「アキちゃん、おっきして」


 アキちゃんは目をさましました。

 むにゃむにゃと目をこすって、おかあさん、と、いいかけて、ハッと息がとまりました。


(あれ、おかあさん、じゃない……?)


 背中からアキちゃんをおろしたのは、おかあさんではなくて、おばさんでした。


 おばさんは、とてもやさしいおばさんです。

 でも、おかあさんでは、ありません。


「どこ……?」


 アキちゃんはあたりをみまわしました。

 なんだか舌がもつれて、うまくしゃべることができません。


 いったい何がどうしたのでしょう。さっきまであんなにいっしょだったのに。あんなにあたたかかったのに。

 今はあたりは暗くて、ぴゅうっと風が吹いて、おかあさんはいなくて、アキちゃんのそばには、ただおばさんがしゃがみこんでいるだけなのでした。


 おばさんは、だまって、そっと指をさしました。

 アキちゃんは、その指のさきを目で追いました。


 そこは、ご近所の児童公園でした。

 ブランコと、すべり台と、お砂場と鉄棒がある、小さな公園。

 その片隅に、ポツンと、一本の小さな桜の木が生えているのでした。


 背たけは、おばさんより、ちょっと高いくらいでしょうか。

 今日、たくさん見た、あちこちの桜の木にくらべれば、ずいぶんとちっぽけで、なんだかみすぼらしい桜でした。


 それでも、桜は、咲いていました。


 街灯の光にてらされて、ピンクがかった白いふわふわを、そよそよ、風にゆらしているのでした。


(ああ……)


 アキちゃんにはわかりました。

 それは、たしかに、あの桜でした。

 手をつないで、毎年いっしょに見にきた、おかあさんの桜でした。


 でも、こんなに小さかったかしら?


 アキちゃんにはわかりました――こんなちっちゃな桜でも、いまよりうんと小さかった、よちよち歩きのアキちゃんには、とっても大きく見えたのです。

 トコトコと近よって、下から見上げると、あのきれいなピンクのふわふわが、空いっぱいに広がって見えたのです。


 なーんだ。

 タネあかしをされたみたいでした。


 公園だって、アキちゃんのお家から、ちっとも遠くありません。

 ご近所もご近所。おとなりさんの、おとなりさんの、おむかいさん。

 手をつないで、よいしょ、よいしょ、って歩いた、あの道だって、ほんとうは、そんなに長くも遠くもなかったのです。


 胸が、しん、と、静かになるみたいでした。

 手の先がすうっと冷たくなるみたいでした。


 何もかも、ちっちゃなちっちゃなアキちゃんに、ただ、そう感じられただけ。思いこんでいただけ――桜も、公園も、あの長い道も。


(だったら、おかあさんも――?)


 あんなにやさしかったのに。

 あんなにいっしょだったのに。


 今はあたりは暗くて、そよそよと風が吹いて、ときどきはぴゅうっとつよく吹いて、桜は小さくて、公園はご近所で、そして、おかあさんは、いないのです。


 アキちゃんの目から、ぽろっと涙がこぼれました。

 ぽろぽろ。

 ぽろぽろ。

 あとからあとからあふれ出して、ちっとも、とまってくれません。


「おかあさん、どこ……?」


 おばさんがそっと抱き寄せてくれました。


「ごめんね、お母さんじゃなくて」


 ううん、おばさんのせいじゃない、おばさんも好きよ、でも、おかあさんじゃない。

 アキちゃんはそう思いました。でも、ことばにはできませんでした。


 おばさんは抱きよせたアキちゃんの背中を、ぽん、ぽん。ゆっくりたたきながら、おはなししてくれました。


「お母さんは、赤ちゃんだったアキちゃんを、この公園につれてきたの。はじめは、これが桜だなんて、わからなかった。でも、春になると、この木が――いまよりもっと小さかったこの木が――つぼみをいっぱいつけて、きれいに、きれいに、咲いたんだって。お母さんは、小さなからだでがんばっている桜が、なんだかけなげで、いじらしくて、うれしくなったんだって。だから、「ほらほら」って、アキちゃんにも見せてあげたの。そしたら、アキちゃん、ちっちゃなお目めをまあるくして、いっしょうけんめい、両手をのばしたんだって。ちっちゃなお手てで枝をつかんで、きゃっきゃって、うれしそうに笑ったんだって」


 毎晩、絵本をよんでくれる声でした。

 ゆっくり、やさしい、おかあさんみたいな声でした。


 でも、おばさんは、おばさんでした。

 おかあさんでは、ありません。


「それから、お母さんは、毎年アキちゃんをつれて、この桜にあいにきたのね。春にはつぼみをつけて、つぼみはグングンふくらんで、『もうじきね』『もうすぐね』って、ふたりで、楽しみにしていたのよね。そして、とうとう桜がさくと、アキちゃんは……お母さんは……」


 おばさんの腕にぎゅうっと力が入りました。

 ぐずっ、と、お鼻の音がきこえました。


「だから、これは、とくべつな桜。アキちゃんと、お母さんの桜。見にこようね。これからは、わたしが、つれてきてあげるから――」


 アキちゃんは、イヤイヤをしました。

 自分でも思ってもみなかった、つよい、はげしい「イヤイヤ」でした。


 イヤよ、イヤだよ。

 こんな桜、イヤだよ。


 こんなんじゃない、こんなんじゃないよ。

 おかあさんの桜は、こんなんじゃない。


 涙が止まりませんでした。

 ことばになりませんでした。

 でもアキちゃんは力いっぱい頭をふりつづけました。


(おかあさんのさくらは、もっときれい、もっとステキ)


(おかあさんのさくらは、おかあさんといっしょ)


(いっしょじゃないと、ダメ!)


 アキちゃんは泣きました。

 とうとう、声をあげて、泣きました。

 おばさんにしがみついて、せいいっぱいの声をあげて泣きました。


 泣いて泣いて、泣きじゃくって……


 アキちゃんが泣いているあいだじゅう、ずっと、おばさんはこまった顔で、でも、やさしく、頭をなでなでしていてくれました。


 ……。

 …………。


「ネンネンコロリヨ……」


 どこからか子守唄が聞こえてきます。

 ちょっと調子はずれの歌でした。

 おかあさん、ではありません。


(ほかのことはなんでもできるのに、どうしてお歌だけヘタクソなんだろう……)


 おばさんが、アキちゃんのおふとんの、お胸のあたりに手をおいて、ぽん、ぽん、やさしくたたきながら、うたってくれています。


 おかあさんとはちがう声、おかあさんとはちがう手。

 でも、おかあさんとおなじ歌です。


 公園で泣きつかれたアキちゃんを、おばさんがつれて帰って、おふとんをしいてくれたのでした。

 もう半分ねむっているようなアキちゃんを、お着がえさせて、寝かせて、それから、いつものお歌をうたってくれているのでした。


 おばさんは、おばさんです。

 おかあさんではありません。


 でも、まるで……


(おかあさん、みたい、ね……)


 アキちゃんはなんだかすごく安心して、するとまぶたが、また重くなっていきました。


 調子はずれの子守唄が、うとうと、心地よいねむりをつれてきます。

 そうして、ねむりは、夢を、つれてくるのでした。


 それは桜の夢。

 大きな、大きな、桜の夢。


 長い長い道のかなたにそびえたつ、大きな大きな桜の、満開のこずえが、まるで屋根みたいに、空ぜんたいを覆っています。

 あたりいちめんに、花びらがふりそそいでいました。

 ざーっとふり、ふわーっと舞い上がり、風がイタズラすると、こもれびのなかで、くるくる、ダンスしたりもするのでした。


(おかあさんの桜だ!)


 アキちゃんは走りだしました。

 ずっと、ずっと、ずぅーっと向こうまでつづく一本道を、ひとりで、力づよく、走りました。


 長い長い道でした。

 遠い遠い桜でした。


 どれだけ走ればたどり着けるのだか、わかりません。

 でも、走っていれば、いつか、たどり着けるはずでした。


 長い長い道を、走って、走って、たどり着いたら、きっと……

 その木の下で、きっと、待っているのは、きっと……


(おかあさん!)


 アキちゃんは、走りつづけました。


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― 新着の感想 ―
アキちゃんの気持ち、すごく伝わってきました。 新しいお母さんがどんなに良い人でも、子供はその違いに敏感ですよね。 お母さんは亡くなられたのでしょうか? そうでなかったらよいなと思います。 あの背中を信…
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