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お母様、もう戻ってこないでくださいませ

作者: ひよこ1号


メルフェはバンガード子爵家の次女である。

父のホアンの三番目の子であり、末娘。

けれど父とは血が繋がっていない。

何故かと言われれば……そう長い話になる。


父のホアンは元王子だ。

金髪に紫の眼の美貌は未だに衰えていない。

優しくて大好きな父だけど、優し過ぎてちょっとアホだった。

未だに「いやぁ、僕なんかが王にならなくて良かったなぁ」などと暢気に言っているくらいだ。

そんな父は、メルフェの生母であるハルミィ・ポエマー男爵令嬢に騙されて公爵令嬢との婚約を破棄してしまったせいで、臣籍降下の憂き目にあったのである。

騙されたと言っても恋愛でのことで、何もその時嘘をついていたわけではない。

だから周囲は、ハルミィと結婚するのだと思っていた。

けれど、ハルミィは格上の子爵家でも満足できなかったのか、断ってきたのだ。

未だに、ありえねぇ……とメルフェは思っている。

でも、父が今以上に苦労を抱え込む事にならなくて良かった、とも思う。


そこで終わればまだ良かったのだが、婚約破棄と臣籍降下、元凶のハルミィとの別れの二年後。

彼女は「貴方の子よ!」と膨らんだお腹でやってきた。

いや、普通はそこで追い返すだろ!と思うのだが、父は頼れる人が他にいないのぉぉと縋る馬鹿母に負けて、家に入れてしまったのだ。

最早、居直り強盗とか……控えめに言って怪物である。

そして、生まれたのが長男であるハイネル。

黒髪に青い眼の美しい男子である。

はい。

明らかに別の種です。

ありがとうございます。

年数が年数なので、父だって分かっていた。

それに、乳母や使用人だって馬鹿ではないし、王家から派遣された人々だ。

監視の為だが、最低限死なない様にという配慮でもある。

産後の肥立ちも良い怪物は、一週間もしない内に置手紙を残していなくなった。

そこには、子供をよろしくね、の文字。


普通なら、孤児院に入れるか、男爵家に引き渡すと思うよね、と兄妹でも話題になる。

けれど、一週間世話をしていた父は情が移ってしまった。

元々一代限りで領地も爵位も返上しようと思っていたのだ。

だって、やらかしがやらかしだったから、その後結婚の話なんてあるわけもなく。

というか、もしかしたら様子見されてたのかもよ?と姉のレイシーは言っていた。

ちゃんと領地経営できるか、王家との関係は悪化していないか、とか。

けれど二年後にコブ付きになってしまった訳である。

そりゃあ、よく分からない怪物の子供を育てている暢気な男の元に嫁ぎたい、嫁がせたい貴族家はない。


怪物はそのまま、身軽になって王都の社交界へ出戻って来たのである。

社交界は戦々恐々としていた。

招待されていないにも関わらず、潜り込んでいたりするのである。

けれどやらかしてまだ時間もそれほど経っていない怪物の相手になろうという猛者はいない。

しかも何故か怪物は、高位貴族の美形しか狙わないという徹底ぶりなのだ。

身の程は弁えない、というのが座右の銘なのかもしれない。

何故、こんな怪物が放置されていたかといえば、幸運だからとしか言いようがないのだ。


まず、父との婚約解消となったエバンス公爵家は、彼女を不問とした。

何故かと言えば、王家からの婚約の打診を断れなかっただけで、婚姻自体を望んでいなかったから渡りに船だったのだ。

元婚約者のシルキィは隣国の大公家に望まれて嫁いだので、感謝すらされたかもしれない。

王家は王家で、大義名分がない。

ただの恋愛であり、婚約解消をした落ち度は王子にある。

もし、ハルミィが身分がどうの~~などと声高に叫んでいたのなら、国家転覆罪といえなくもなかったが、それも拡大解釈である。

本気で身分差を何とかしようという活動でない限り、罰するのは難しい。

ハルミィは普通に低位貴族の弁えない令嬢というだけで、身分について主張したわけでもないので、更に難しい。

しかも、虐めは冤罪ではなく実際に公爵令嬢がやっていたのだ。

憂さ晴らし程度の可愛いものだったが、腹いせと二人の恋を盛り上げる為だったと本人も認めるところである。

実際に、婚約破棄の現場では不貞に、名誉棄損と暴言の分上乗せ!と言っていたものの、蓋を開けてみれば「相殺で」と公爵家の恩情があって、ハルミィ側は無傷で終わったのである。

ちなみにホアンの方はそれなりの慰謝料を払わされたし、王子妃教育の拘束期間についてやそれまでの公費の流用分を王家の慰謝料としても別枠で公爵家には支払われている。


不敬罪に問えるかと言えば、それも難しい。

問えるとしたら、公爵家だが、彼らは別に何とも思っていなかった。

公爵令嬢本人が嫌がらせという形でやり返していたので、婚約解消の理由も冤罪ではない。

王家にしてみても、婚約を壊されたという事があったにせよ、壊した大きな原因が王子本人にある。

不貞が理由だが、実際に肉体関係があった訳では無い。

公爵令嬢は一般論を語っただけで、他の者達がそういう事があったと受け取ったのは事実だが。

接吻キス止まりで、何も無かった。

王子は未だに童貞である。

寧ろ、王子の罪は不貞よりも公費流用の罪の方が王家としては重かったのだ。

こちらは完全に王子だけの罪である。

臣籍降下して、王城への立ち入りを禁止しただけで済んだのはそういう訳だった。

公務に就かせる事が出来る位の責任感や常識の欠如。

ぎりぎり治められるかな?という領地を与えて、王家からも監視と補助の人員も割いた。

そこで王子がハルミィと結婚するならするで良かったが、しなかったのだ。

ちなみに、王命で結婚、としなかったのはこれまた公爵家からの要求だった。

シルキィとしては、ハルミィと王子が結婚するもしないもどっちでも良かったので、敢えて王命で縛る事の無いようにと申し入れたのである。

これは、ハルミィに捨てられることを見越しての最後の意地悪であったかもしれない。

結果、王子は結婚前に捨てられたのだ。

婚約している王子との恋愛は不敬罪にあたるかと言われればそれも難しい。

恋愛自体は罰せられるものではないのだ。

どこから不貞かと問われれば、通常は肉体関係の有無からでもある。

そして、公爵家はそこまで問う気はなかった。

実際には接吻キス止まりで、それ以上の関係はなかったが、醜聞としてはそれだけで良い。

あくまで、公費の件と王子が解消を言い出したから、という理由で解消できたので。


つまり握力の強い怪物は野放しである。

手綱のついていない猛犬だ。

とはいえ、悪評の方が上だったので誰にも相手にされずに、暫くしたら王都の社交界から姿を消していた。

あの方何処に行ったのかしら?

と怖い話をするように話題に上っていたが、その時ハルミィは隣国に居た。


何故って?

王都の社交界で見かけた美形イケメンが隣国の留学生だったから、である。

ちなみにハルミィは外国語は一切喋れない。

標的とだけ話が通じればいい精神マインドである。

公爵令息の彼は、まんまとハルミィに騙された。

恋愛を楽しんでいたが、彼にも婚約者が居て、見つかった。

公爵家と婚約者からの手切れ金を受け取って、仕方なくハルミィは帰国したのである。

そして気が付いた。

妊娠に。

なのでまた、ホアンを思い出して里帰りの如く押しかけたのである。

ちなみに、実家の男爵家からは「戻って来るな、王都邸はくれてやるから、戻って来るな」と言われていた。

なので、戻れない。

自分の子じゃないと分かり切っていて引き受けたホアンならまた受け入れてくれると押しかけた。

そして、またもやホアンは受け入れてしまったのである。

生まれたのが、銀髪に緑の眼のレイシーである。

はい。

明らかに別の種です。

ありがとうございます。


勿論ハルミィは産後の肥立ちが良く、五日で姿を晦ました。

長男ハイネルは二歳、色々と察する事が出来る賢い子だったので、父親と一緒に子供の面倒をきちんと見た。

ちなみにハイネルの父親はこの国の公爵令息で、夜会で酔ったところにつけ込まれて、であった。

元々懇意だったので、血迷ってしまったのだろう。

廃嫡は何とか免れたのは、王子と共に婚約が無くなっていたからだ。

蔑ろにされた令嬢は彼の元から去って行ったものの、事業提携などの利が無かったのでその時は学生時代の遊びと見逃された。

もし今回も婚約していたら危なかった。

娼婦ならまだしも、怪物と寝てしまったのである。

勿論、子供が出来たなんて言っても認められないとハルミィも薄々分かっていた。

押し切れるほど公爵令息もお人好しではない。

誰の子かも分からない、と言われてしまえばハルミィにも立証しようがなかった。

あまり強引に言い募っても命が危なくなるだけなので、ハルミィは人の良い昔の恋人を思い出して押し付ける事にしたのである。



ちなみにハルミィはレイシーを産み落とした後、また回遊魚の様に王都の社交界へと出戻って来た。

隣国の公爵令息と恋をしていた、と聞けば、話を聞きたいご夫人達もいる。

低俗な醜聞だけど、自分から話してくれる人間はそうそういないのだ。

王都の社交界の名物怪物になりつつあった。

二十歳も越えて、嫁ぎ遅れの年齢に差し掛かっている男爵令嬢である。

怖いもの見たさで接触する令息はいるものの、流石に篭絡される者はいなかった。

何にせよ美形でも低位貴族の令息は相手にしないという、選り好みの激しい怪物なのである。

次に狙われたのは別の国の高位令息だった。

王都の夜会で知り合って、そのまま令息と共に旅立ったのである。

赤毛に赤い眼の薔薇の様な紳士は、遊び人だった。

一通り遊びつくしてからハルミィは捨てられたのである。

子供を身籠った事を知った公爵令息が手切れ金を渡して祖国へと送り返した。

実は裏でハルミィを攫おうとする動きもあったのだが、あと一歩で難を逃れて、そのままホアンの元に辿り着いて丈夫な赤子を産み落とした。

赤い髪に赤い目の、メルフェである。



子供達は揃って母親が嫌いだった。

大好きな父に迷惑をかけ、子供を押し付けるただの怪物である。

子供達は勿論、父にも抗議した。


「お父様は甘すぎます!何であの女を受け入れてしまわれるのですかっ!」

「そうです!野垂れ死ねばいいのです!!」


特に長女のレイシーと次女のメルフェは辛辣だ。

けれど、ホアンが困った様に笑顔を浮かべる。


「でも、頼れる者がいないのだから仕方ないよ。それに、君達の様に可愛い子供を育てる事が出来て、僕は幸せだ」


ぐぬぬ。

子供達は臍を嚙んだ。

何しろ大事に育てて貰ったのである。

父は何時でも優しいし、教育係ガヴァネスは厳しかったけれど、礼儀作法マナーだってしっかり教えて貰っているのだ。

父の優しさが無ければ、こんな境遇で生きて来られなかった事は明白で。

でも、これ以上都合よく父を使われるのはどうしても嫌だった。

だから三人は相談した。


年齢的には怪物ハルミィはもう三十代。

メルフェも五歳になる。


「とりあえず、子供がいたら父は受け入れてしまいますもの。わたくし達もそれで助かったのだし……」

「だったら産ませなければいいのですわ!」

「薬を盛るしか無いな」


困った様に言うレイシーの言葉に、ふんすとメルフェが提案して、ハイネルが眉を顰めて頷く。

次に来た時の為に、レイシーが薬を調達した。

近くの町には子供達も良く行くので、領民と顔なじみである。

なので、少し離れた町へ行き買って来たのだ。

母親が子供を生み過ぎて死にそうだから、生まれなくなる薬が欲しい、と言って金貨を一枚。

金貨に目のくらんだ店主は、望み通りの品を手渡した。


そして、母が訪れたその日。

いつもは話しかけても逃げ出して嫌悪の眼を向けてくるだけの子供達が勢揃いしてにこにこしていた。

当然ながらハルミィは浮かれたのである。


「まあ、今日はとても優しいのね?」

「久しぶりですから、お茶をどうぞ」


愛想を振り撒きたくないレイシーは早速お茶を飲ませようと用意をしてきた。

勧められるまま、ハルミィは薬入りのお茶を飲み干す。

何も知らない父は、今日はどうしたんだろう?というように子供達を不思議そうに眺めていた。

何度も話をしようとするハルミィを急かして飲ませると、飲み終わった茶器をひったくるようにレイシーが台所へ持って行く。

使用人に任せず自分で洗うと、それを袋に入れて割ってから捨てた。

証拠隠滅だ。

本当なら毒を盛りたかった。

でもたとえ子供でも尊属殺人は重罪である。

確実に処刑となってしまうし、父にも迷惑がかかってしまう。

それだけは避けたい。


「さあ、そろそろ王都へ戻らないと」


ハイネルが、置かれたばかりの荷物を抱え上げて従僕に渡した。


「え?え?何で?今来たばかりなのに!?」


ハルミィがキョロキョロと子供達の顔を見回すが、メルフェがにっこりと微笑んで言った。


「王都で新しい恋が待ってますわ、お母様。新聞の占いにそう書いてあったのです」

「あら?それでは行かなくてはね。幸運を運ぶ色は何だったかしら?」


知らねえよ!と言いたかったが、メルフェは落ち着いてにっこり笑う。


「どどめ色ですわ!」

「ど…どどめ?……どんな色だったかしら?」


普通にドブ色である。

レイシーがくすりと笑って補足した。


苔緑色モスグリーンですわ、お母様」

「まああ……地味ねぇ」


うるせえよ!と言いたかったが、ハイネルは外面用の美しい笑みを浮かべる。


「母上なら何でもお似合いになります」

「そうかしら?じゃあ買わなくてはね!」


息子に褒められた母はうきうきと旅立つ。

来てすぐ薬入りの茶を飲まされて、ハルミィはまた王都へととんぼ返りをした。

最短記録である。

滞在時間は五分程度だった。

逃げ回るより効率が良かったと子供達は初めて学んだ。

どんなに嫌がっても、あらあら~と近づいて来てすごい握力で捕まえて来る怪物なのでいつも逃げていたのである。

痛くて子供達が泣くたびに、父がすっ飛んできて怒っていた。


「子供相手に本気を出すな」

「えぇ……本気ではないんだけどぉ……」


だから、そんなに痛くなくても子供達は大袈裟に叫んで泣いていた。

じゃないと、くっきり痣が残るまで握って来るのである。

握力の強い生母なのだ。


ともあれ追い返した子供達はまた相談した。


「もう、子爵領に立ち入れない様にしましょうよ」

「そうね、手配書を作って出入り禁止にしましょう」

「じゃあ俺が関所に連絡してくる」


子供達による包囲網が完成されて、ハルミィの子爵領への立ち入りは終生禁止となったのである。

勿論父のホアンは知らない。

母からの手紙も全て握り潰したからである。

暖炉の種火に丁度良かった。

やっと安心して暮らせるようになって、子供達はのびのびと父の許で幸せに過ごしたのである。

父もそれは幸せそうに「お前達が居てくれて幸せだ」と言う。

苦労して育ててくれた父の為に、三人は努力を積み研鑽を重ね、立派に高位貴族と渡り合えるほどの教養を身に着けたのである。

ちなみにハルミィは親の脛をめちゃくちゃ齧り、それまでの手切れ金でまあまあ裕福に王都で暮らしている。

子供を儲けても命を狙われなかったのは、子供を使って成り上がろうとしたり、父親を吹聴しなかった事にあった。

王家の人間だったホアンの子供ではないと分かり切っているので、王族の血を継ぐ子供等とも言った事は無い。

けれど、ハルミィは相変わらず核弾頭の様に怖れられ、生きる地雷として伝説を作り続けている。


バンガード子爵領に平和が訪れた。

でも子供達にとっての平和は一時的なものなのである。

成長して訪れる新たな恐怖を、まだ知らない。

婚約者が出来て、王都で夜会に出れば、そこに伝説の怪物が居る事を。

その怪物が、婚約者や婚約者の父に擦り寄ってくる恐怖を、今はまだ知らない。


続きは書くか分かりませんが、ご指摘の通りハルミィはちょっとやそっとじゃ死にません。強運なので…。

今回処刑をという声もちらほらあったので、調べてみたのですが、なろうではよく軽率に処刑となりますが、実際に令嬢が処刑となる事例は非常に少なく、魔女狩りもしくは尊属殺人(親殺し)などしかないです。

一応史実を調べて書いているので(勿論未熟ではありますが)多分、国家反逆罪や転覆罪などの罪をかぶせられる状況じゃないと成立しないかと思います。あとは世界観やお国柄など作者に委ねられる部分も多々あるので、この話ではこんな感じでした。甘くてクリーミーな王家と王子です。

また、ひよこワールドでは男が女がという理由で助かったり不幸になったりはしません。性差ではなく、あくまでも行いによっての結果です。真面目に生きる男女が報われてほしい、逆に自分勝手な男女はそれなりの罰が欲しい、ただし、罰は見合った物をと心がけてます。

最近、塩こんぺいとうにはまっている甘党ひよこ。

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― 新着の感想 ―
なんでこんな怪物、【病死】とか【事故死】した事にしないんや男爵家
ホアンが童貞なまま恋愛もせずに生涯を終えそうなところが辛すぎるのですが…
なんだかんだで寿命を全うして本人は満足しながら逝くんでしょうねぇ。 んでやっと安心できた三兄妹。しかーしそれも一時。 生まれ変わるんじゃないかな。長男の孫とかに…
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