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プロローグ

 病を患い床に伏す今日此の頃、最近は起きている時間より夢を見ている時間のほうが長くなってきた。

 最近はなんだかよく変わった夢を見る。

 悪夢なのかそうではないのか、俺には区別はつかないが、この禍々しい景色は悪夢と言って差し支えないだろう。

 灰のような色をした空に浮かぶ禍々しい黒い太陽、黒い炎に焼かれた炭のような地平は見渡す限りどこまでも続き、黒い地平の先に黄金には輝く巨大な何かが鎮座し、静かにこちらを見つめている。

 無数の屍が転がる炎の大地、そんな夢の中で俺は一日の大半を過ごす。

 だが不思議と孤独ではなかった。

 これが夢だとわかっているということも一つの要因だろうが、最も大きいのはなんだか妙に安心してしまうここの空気だろう。

 現実世界に戻れば手術に次ぐ手術で治癒が追い付かずボロボロになり常に痛み続ける身体と、声も出せない俺を憐れむような目で見つめる家族、それらと隔絶されたここが俺の唯一の心の救いだったのだ。

 

 ここにいると時々妙な影と出会うことがある。

 影というのは、人のような形をとった黒い塊のことである。

 小ぶりながらも同時に絢爛美麗な装飾の施された王冠を被り、臣下のような人物を従えたまるで王のような姿の影。

 それともう一体特徴的なのはやはりあれだろう。

 ほか全ての影が黒い何かで構成されているのに対し、その影は灰色のローブを着て、赤い宝石のはめ込まれた白銀の指輪を首から下げていた。

 他の影とは全く異質な色のあるソレは、このモノクロな世界で唯一の「色」だった。


――――――


「残念ながらもう先は長くないでしょう」


 目が覚めると医者が家族にそんなことを言っていた。

 すでに目は見えなかったが、すぐそこに家族と医者がいることは音でわかる。

 その言葉を聞いた母は疲れ切った声で「はい」とだけ返事をし、他の家族はそんな母の様子を心配してか、父は母に「きっと何とかなる」と励ましの言葉をかけ、姉と弟は医者に「何とかならないんですか」などとどうにもならないことを承知でそんなことを訪ねていた。

 医者のほうから小さな布ずれの音がする。

 多分どうにもならないから首を横に振ったのだろう。


「最近心臓が弱ってきたようで脈拍も安定しません、心臓移植をしても今の御子息様の体力ではオペに耐えられないかと……」


 静まり返る空気。

 俺の脈拍を示す電子音だけが病室に響き、父はなんだか居心地悪そうに足踏みをしている。

 一番居心地が悪いのは俺だっていうのに。


「今は鎮静剤が切れて目を覚まされています、耳は聞こえているはずなので励ましの言葉でもかけてあげてくれませんか」


 鉛のように重い空気に耐えかねた医者がそんなことを提案する。

 だが空気はいつまでたっても重いまま、誰も励ましの言葉など口に出そうとしない。

 仕方がない、家族は皆励ましの言葉なんてものが単なるまやかしに過ぎないことをすでに悟っている。

 俺には家族が俺を嫌っていないことが分かる、出なければ忙しい日々の中毎日病院に通って様子を見に来てくれるなんてことしないだろう。

 励ましの言葉なんてなくともそれだけで俺は十分だ。

 だが、俺の存在が家族の中で負担になっていることは分かる。


 だから、どうせ死ぬのなら―――もうみっともなく生に執着するのはやめよう。


 ピーピーピー!!

 

「バイタルサインが低下!! すみません通してください!!」


 もうこれ以上生きていたところで意味はない。


「まずいです!! どんどんバイタルが低下しています!!」

「人工呼吸器を!!」


 カラガラという音と自分が運ばれている感覚がある、緊急治療室にでも運ばれているのだろうか?


 ああ、もう意識が朦朧としてきた。


 今までどれだけ無理な状況を気力だけで持ち堪えてきたかが分かる。


 こと生への執着やしぶとさといった点においては俺の右に出るものはそう居ないだろう。


 ピー!!


「心肺停止!! 電気ショックを!!」


「離れてください!! さん!! にー!! いち!!」


 体が大きく痙攣するようなドン!!という衝撃、それが何回か続いた。


「バイタル回復しません!!」


「アドレナリン点滴を……」


 耳もくぐもってとうとう聞こえなくなってきた。


 というかなんでまだ俺には意識があるんだ?


 あれだろうか、死んでから何分間かは耳だけ聞こえているっていう……


「―――光――――――機器――――――ことだ!?――――」


 なんだか先ほどよりも医師たちが騒がしい気がする。

 何かが起きたのだろうか?

 患者が死ぬことより大変な異常事態ってなんだ?

 というより先ほどよりも意識がはっきりしているような?


 その瞬間治療室の扉が勢いよく開け放たれ母の叫び声が聞こえた。


「――――!!!!」



――――――



 ハッと目を開ける。

 突如訪れた落下するような感覚。


 周りを見渡せば黒い炎に焼かれる炭のような地平、見渡す限りどこまでもその台地は続きいている。

 足元に広がる灰のような色をした空には黒い太陽が浮かび、地平の先から黄金の巨龍がこちらを見つめている。


「うわああああ!!」


 ここは夢の中の中なのか? 初めはそう思ったものの何かが違う。

 肌を焼くような熱を孕む空気、息をするたびのどにさすような不快感が走り、なんだか空気に感じたことのない違和感が含まれている。


 夢の中では感じなかった違和感が今この時にはある。


 見る見るうちに迫りくる炎で包まれた地面。


 どうにかしようと手足をばたつかせてあがくもどうにもならずに地面が近づく。


 ああ、ここが地獄か。


 家族に迷惑をかけた罰だろうか。


 迫る地面の恐怖を感じながらそう悟った俺。


「もしやり直せるなら……」


 ゆっくりと目を閉じ願う。


「きっと後悔の無いよう生きたい」


 人生の終着点、俺は最後にそう願って意識を手放した。

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