第2話「眠れる神の覚醒」
―――研究記録:002
被験体01:生体反応安定。昏睡状態からの覚醒試験開始。
辺境の朝は静かに訪れた。
窓の外に広がる森の緑は深く、冷えた空気が私の肺に満ちる。
被験体01は私の手の中で、かすかに動いていた。
「理論的には、致命的な外傷も魔術回復で修復可能。だが、未知種のドラゴンでは予測不能な変数が多い。」
そう囁きつつ、私は実験ノートに記録を取る。時計が示すのは午前6時。実験開始から約12時間経過。
「起きろ、被験体01。あなたの力は眠ったままでいいのか?」
魔法陣を小屋の床に描き、呪文を唱える。魔法の光が彼女の身体を薄く包んだ。
その時、少女の赤い瞳がわずかに開き、私をまっすぐに見つめた。
「……?」
言葉は発せられない。だが、視線の奥に宿る「知性」を感じ取った瞬間、胸が高鳴る。
「なるほど。感覚受容器は機能しているようだ。視覚、聴覚、触覚……咀嚼反応も正常範囲内か。」
一人称「私」の科学者としての冷静さの裏に、確かな興奮が混じっていた。
「これからは調査と育成を両立させねばなるまい。単なる実験材料ではない。被験体01は“存在”だ。」
その言葉に込めた想いは、狂気にも似て、それでいてどこか優しいものだった。
シーン:初めての言葉
一日の終わり、私が食事を運んだところ、彼女は初めて微かな声を発した。
「フィロ……?」
私の名が、彼女の口から出たことに震えた。君が私の被験体でありながら、同時に「彼女」でもあることを認識した。
「そう、私がフィロ。あなたのために君の世界を解き明かす役割を担っている。」
だが、「あなた」と呼ぶだけの少女だったはずの被験体01は、僅かに表情を揺らし、私の言葉に応えた。
「覚醒……」
その声は風が葉を揺らすように儚く、それでも世界全体に轟く神の声のようにも聞こえた。
心理観察メモ:フィロ・レミグレイ
冷静な理論主義の背後で、被験体との絆が深化しつつある。
「研究対象」と「存在」との境界線が曖昧になる瞬間。
理性と感情、両者の狭間で自覚しながらも、前進する決意を固める。
研究メモ:魔術と生命の交差点
被験体01は単なるドラゴンではない。古代の魔術理論では説明しきれない未知の生命体。
彼女の覚醒過程で得られるデータは、新魔術体系構築の鍵となる。
継続的な実験・育成計画の戦略が必要不可欠。
辺境の小屋で、闇の向こうに新たな“神”の胎動が始まった。