表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

緋色の時代、白色の隙間

作者: 茶ヤマ

「もしも」メアリーとジェーンに交流があり、幼い頃仲が良かったとしたら…

という前提です。

「もしも」を許せる、広い心でお読みください。

1553年、ロンドン。


薄曇りの空の下、ホワイトホール宮殿の窓辺に立つメアリー・チューダーは、両手を固く組んでいた。

「ジェーン……」

苦しそうにその名前を口にする。


幼き日、王宮の花園で共に詩を読み交わし、時には手を取り合って笑い転げた日々。彼女──ジェーン・グレイは、従妹であり、何よりも、メアリーにとって数少ない「心を許せる友」だった。


だが今、そのジェーンは王座に着く正当性がないとして、拘束され、軟禁されている。


「私自身が王位を望んだことは一度もありません。義父、叔父たちに利用されたのです」


捕縛されたジェーンが言ったその言葉だ。メアリー自身、そのことはよくわかっている。ジェーンも、ジェーンの夫、ギルフォードも、親の欲に振り回された犠牲者であることを。


メアリー自身は王冠を手に入れた。だが代償に、懐かしくも愛しい友と、その夫を処刑せねばならぬのか?

「私は…女王。国を乱すわけにはいかぬ」


苦悩の中、メアリーは枢密院を退け、ひとり書斎へ向かった。そして筆を執り、手紙をしたためる。

お願いよ、ジェーン、プロテスタントを捨て、カトリックになって。

そうすれば、あなたを処刑しなくてすむのよ。


彼女はその夜、密かに塔へ使者を遣わせる。

自らの名を伏せ、ただ「マリアより」と署名された手紙をジェーンに届けさせた。



だがその動きはすぐに宮廷の噂となり、議会の耳に届く。

「女王陛下、感情に流されてはなりませぬ」

ノーフォーク公が進言する。

「彼女を赦せば、プロテスタントはつけあがります。女王の権威をつぶそうとしてくるでしょう」

メアリーは黙していた。


友情か、統治か。

彼女は、真っ赤な服と髪飾りをつけていた。それが夕日に映え、さらに赤く、燃えるように見えていた。



◇◇◇◇



塔の中庭に面した薄暗い牢の中。


ジェーン・グレイは白い綿布のショールを羽織り、小さな祈祷書を膝に乗せていた。

淡い光が格子窓から差し込み、彼女の横顔を照らしている。どこか儚いその姿は、青白く浮かび上がらせていた。


「マリア様からのお手紙です」


密かに忍び込んだ老女官が、胸元から折り畳んだ羊皮紙を取り出す。

ジェーンは小さく頷き、それを受け取った。


『その命、我が手で救いたし。プロテスタントからカトリックへと改宗せよ。

そして、ただ、ジェーンとして生きてほしい。──マリア』


ジェーンは目を閉じ、静かに微笑んだ。

「マリア…ありがとう、でも…」



◇◇◇◇


一方、宮廷では緊張が高まっていた。

メアリーがジェーン夫妻の処刑命令に署名を渋っていることは、既に枢密院の間でも問題視されていた。


「幼馴染だからといって、甘い顔をしてはなりません!メアリー様、あなた様は王女なのですよ!」

その言葉に、メアリーは頭を痛めていた。


三日後、塔の礼拝堂にて、メアリーは、護衛をわずかに引き連れ、ジェーンと対面した。

久しぶりに交わされた視線の中に、幼き日の記憶がよぎる。しかし、それは遠きかなたの事……。


「お互い、難儀な血筋に生まれてしまったわね…」

「ほんと…それに、エドワード6世様が今際の際に変な書付をするから…」


ジェーンは苦笑をこぼす。その書付のせいで、ジェーンは座りたくもない王座へと担ぎ上げられた。


「……私は、もう誰にも振り回されたくないわ……」


メアリーはジェーンを真正面から見つめた。

「私が王である以上、あなたを救うには“王としての理由”が要るのよ」

ジェーンは、そっと息を吐きだし、メアリーに告げる。


「ありがとう、でも私は…ギルドフォード様がプロテスタントであることを捨てないのならば、私だけが捨てることはできないわ。

けれどね、マリア、私もギルドフォード様も王座を望んだことは一度もないのよ…本当よ?

だから、私の存在がこの国の害になるのなら…どうか…あなたの手で、終わらせて?」


メアリーの瞳が揺れた。

「そんな言葉、聞きたくなかった……私の願いは、ジェーンを救うことなのよ……けれど、あなたが、あなたたちが拒むなら……」


彼女は言葉を切り、静かに立ち上がった。

「あなたたちを処刑せねば、私は王ではなくなってしまうわ……」


ジェーンは微笑んだ。

「では、どうか、友として、見送って、お願いよ、マリア」


いやよ!どうしてわかってくれないのよ、ジェーン!ギルドフォードが拒んでいても、あなただけでも改宗してほしいのに!!!


メアリーはその叫びをぐっとこらえ、そのまま、友に背を向ける。

ジェーンは、その背に――決して折ることができないのだろう、その背に、ゆっくりを頭を下げた……心からの感謝をこめて。

蝋燭の灯が揺れ、彼女たちの影が壁に滲にでいた。



◇◇◇◇


その翌朝、王命が下り、宮廷から発表がなされた。

「ジェーン・グレイ、女王陛下からの寛大なる申し出、改宗の機会を幾度も与えられしも、それを拒絶。よって、国家の統一を乱す者として、刑を受け入れることとなる」




処刑の日の朝、メアリー誰よりも早く目を覚まし、ひとり祈っていた。

「主よ、どうか彼女と、彼女の夫の魂を天にお導きください……私の大切な友なのです」


処刑台にて、ジェーンは静かに目隠しを受けた。

「メアリーに、感謝と、変わらぬ友愛を……」

処刑人は、その言葉の意味を理解できず、女王陛下に伝えることもしなかったという。



ジェーンの死後、メアリー女王はプロテスタントを過酷なまでに迫害し、処刑していくことになる。

彼女に安らぎが訪れたことはあったのか、否か、誰も知らない。



◇◇◇◇



(忘れられた手紙)


数年後。

女王メアリーが世を去るとき、一通の手紙が発見された。


「ジェーンへ

もしも私が、あなたを救えなかったとしても、どうか赦して。

王冠が私を変えたのではない、私がそれを選んだのだと思う。

あなたの魂の光が、この国のどこかに残ることを願って──マリアより」


だがこの手紙は、歴史の記録に残ることはなかった。

メアリー女王の死とともに焼却されたとも言われている。




人々の記憶には、「9日間のみ王座にいた少女」と、「プロテスタントを憎む厳しき女王」だけが残された。




end


史実でも、プロテスタントを過酷なまでに追い詰めていったメアリー王女は、従妹のジェーンとその夫には、改宗すれば処刑しない、と幾度か声掛けをしています。


親族に利用されていただけ、という事を理解して哀れみをかけていたのだろうけれど、もし、大事な友人という思いもあったなら…、という妄想から書いてみました。



ジェーン・グレイさんをもとにしたお話は、他にも考えていて、ちまりちまりと書いてはいるのですが……

なかなか形になってくれません。

それが書き上がった時には、また、アップしたいと思っております。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ