壊れた妹と見えない束縛
俺の一日は、誰よりも早い。
もう少し日が登っていれば、桜を楽しむ余裕もあるのかもしれないが、まだお月様がこんばんわしているんじゃとてもとても……。
だけど、もう少し温かくなったら、ゆうかを連れて花見なんて良さそうだ。
見慣れない風景、いまだによく間違える道。
これまでと違って坂の多い土地は、一度間違えるだけでも酷く体力を持っていかれる。
やはり原付は必要だな、ゆうかに相談して買わないと!
「最近金の事でうるさいんだよなぁ、家賃に食費にそれから……あっ!」
べ、弁当忘れた。
やっば、これ昼から死ぬぞ。
昔の人は一日二食だったとか言うなよ?
俺は現代人なんだからな!
唯一の下り坂。
ここはとても見晴らしがいい。
綺麗な場所だ、空気もうまい。
この先の……もっと向こうには、俺とゆうかが通っていた高校がある。
別に未練は無い、だけど三ヶ月しか経ってないのに何故だかとても懐かしい場所にも思えるんだから、人間ってのは不思議だ。
『犯罪者』
『こいつ妹と"シ"たらしいぜ!』
『妹迫兄妹、学校辞めるらしいよ』
『いない方がいいでしょ、ほっといたら私達の教室で変な事してるかもしれないし……本当に気持ち悪い』
あの屋上での一件以来、俺とゆうかを非難する声は凄まじい勢いで増えていった。
教師からの取り調べのような質問、ゆうかに対するいじめまで始まり、高校を辞める事は簡単に決まった。
高校に通えなくなった俺達だが、ゆうかは今日も高校卒業と同程度の学力があると認められる試験に向けて勉強をしている。
迷惑をかけてしまっているが、ゆうかは笑って許してくれた。
『私達は"家族"ですよ! 兄さんが苦労するなら私もします!』
ゆうかと俺は兄妹だけど、"家族"になった。
元々家族だけどなと言って、笑ったあの日の事は忘れないだろう。
そんな事を思い出しているうちに、職場についた。
中卒でも雇ってくれる会社なんて殆ど無かったけれど、この町の工場に俺を雇ってくれる場所が見つかったのは本当によかったよ。
一つ問題があるとすれば……。
「おはー」
「……はぁ、おはよ」
「何、どうしたよ」
「別に……弁当忘れただけ」
「愛妻弁当忘れたの!? あっちゃー……それゆうかちゃんめちゃくちゃ怒るやつじゃん」
「おい、俺が腹を空かせて苦しむ事の心配をしろよ」
「それは大丈夫、あーしの分けてあげっから」
ここにも、満月さんがいる事ぐらいだ。
昔の……俺をいじめていた満月さんじゃない、付き合っていた頃と変わらない彼女が、原付のカゴから弁当を取り出してニヤニヤと笑っている。
「ほら、お願いしますって言え」
「お前……弱みに付け込んで卑怯だぞ!」
「ほれほれ、あーしが食べちゃおっかな~」
「お……お願いします」
「ニッシシ、んじゃ昼休みにまた来てよね! あ、愛してるよ、ゆう!」
満月さんは、変わってない。
何度も俺に愛していると言うが、その気持ちに答える日はこない。
こんな知らない土地にいる俺とゆうかをどうやって見つけたのかは知らないけれど、彼女は俺が何処にいても見つけるのだろう、だから諦めた。
……本当に色々な事があった。
特に恋歌の自殺未遂の事件は忘れられないし、最後に恋歌が言ったあの言葉。
『悪いと思っているなら、殺して下さい』
忘れたくても、忘れられない。
今はきっとあの高校でまた陸上部をやっているのだろう、満月さんから弟と恋歌がいい感じだと教えてもらったから確実に生きている。
「さてと、頑張りますか!」
仕事が終わり、満月さんとお昼を食べて、満月さんと一緒に帰る。
妹もすっかり彼女に懐き、彼女も自分の妹のように可愛がってくれている。
未だに何を考えているのかは分からない、だけど、彼女の機転で助かる事は多く、今の彼女を拒絶する必要はまるでない。
「予定日って夏ごろだっけ?」
「ああ、だけど社長になんて言って休めばいいのか……うーん」
「んなの妹が入院してるって正直に話せばいいっての! アンタは考えすぎなんだって!」
「いやそれは流石に……クビだろ」
「二人とも、近所迷惑ですよ! そういう話は中でして下さい!」
以前の家と変わらないボロさのアパートの一室。
そこからゆうかが現れた。
確かに、家の前で話す内容じゃねぇな。
右手にお玉を持ち、何も書かれていないエプロンを着けたゆうかが、プリプリと怒っていてとても可愛い。
昔と違うのは、エプロンでも隠しきれなくなってきた大きなお腹と、俺の責任ぐらいだ。
「ねー、名前決めてんの?」
「それなんですけど、満月先輩に名付け親になって欲しいんです!」
「うぇ、あーしが!?」
「是非!」
勝手に決めるなよ……ったく。
品数は少なくも、温かい食事。
ゆうかも笑っていて、満月さんも笑ってる。
何もかもを捨ててきた俺達兄妹だが、新たな命と友人を手に入れた。
これがいつまでも……。
「ゆう卵焼き残してんじゃん、そりゃ! 卵焼きもらいっ!」
「こら、それは残してあったの!」
「残すで思い出しました……兄さん、お昼ごはん忘れていきましたよね……またムダを……」
「そうだそうだ! 言ってやれ!」
「もうすぐ父親になると言うのに、そもそも兄さんは……」
妹を縛る鎖は、すくすくと育っている。
もうすぐ、見えないソレが可視化される。
こんなにも幸せでいいんだろうか、不安はあるけれど、ゆうかが一緒なら、何でも出来そうな気がする。
俺は今、幸せだ。
「あ、そうだ、ゆう」
「何だ、言っとくけどもう卵焼きはやらんぞ」
「そんなんじゃねーし、ちょっと耳貸して」
「むー! 何をこそこそと話してるんですか!」
「子供の名前の話だよ、男と女じゃいいって思う名前も違うかんね~、コイツ後から煩そうだから先に教えとこうと思ってさ」
満月さんは俺にだけ聞こえるように、ボソッと呟いた。
「これで終わりになんて、絶対にしないから」
俺の背中に突き立てられる言葉の刃は、今まで受けてきたどれよりも鋭利で、今回は言葉だけじゃなさそうだ。
背中に当たる鋭利な物。
それは冷たくて、ゆっくりと俺の背中で遊んでいる。
「一緒になる方法、わかったっしょ?」
満月さんは、ウインクをしてから。
付き合っていた頃のような笑顔を見せた。




