妹と恋人繋ぎ
学校に行く際には必ず妹の手を繋ぐ。
これは半分妹が希望した事だが、残り半分は俺が希望した。
連れ去られる事のないように、彼女をしっかりと守る為に俺は必ず手を繋ぐ。
「フフッ」
いつもしている事なのに、妹は何故か繋いだ手を見てから少しだけ笑い、俺に見られている事を確認すると頬を膨らませる。
「どうしたんだ?」
「むっ! 乙女の顔をガン見しすぎです!」
「お前が手を見ていたから気になったんだよ、繋ぎ方が嫌だったか?」
俺の言葉に否定で答えるかのように、彼女は握る手に少し力を込めて力強く握ってくる。
そして、明るい笑顔になってからウインクをしている。
「恋人繋ぎが嫌な訳ないじゃないですか! ただ……こんなにも指を絡める手の繋ぎ方では、私は兄さんから逃げられないと思いまして、私は兄さんの物なんだって思うと……嬉しくて嬉しくて」
妹は事件以来、俺を異性として見るようになった。
医者が言うには自分を助けてくれた唯一の存在であり、信頼できて頼りになる男だと精神に刷り込まれているのだとか。
恐怖によって植え付けられた感情を妹は正しく処理できず、恋として受け止める事しかできなかったらしい。
「お前を守る為なんだ、わかってくれ」
だから俺は、妹の為に彼女と別れた。
この場合の彼女は妹を指す言葉じゃないぞ、付き合っていた恋人と別れる事にしたんだ。
理由は勿論、妹が俺に恋人がいるのを嫌がるから。
……ま、アイツはもうどうでもいい。
そもそも家族すら守れない男に恋人は過ぎた物だろ。
「大丈夫です、兄さんの優しさはちゃんと伝わってますよ……それよりも、私がこんなので……変な噂が兄さんを苦しめていると聞きましたが、私の為に無理はしないで下さいね」
妹はあの時の恐怖が未だに残っているのか、手を繋がないと恐怖で動けなくなってしまうので、妹が連れ去られるのを阻止したい俺にもメリットのある話だったんだが……いい話しか無いなんて、ある訳が無い。
「あ、妹迫兄妹だ」
女子生徒の声がする。
この声は多分……やっぱり、少し振り向いた先にいる二人組の女子だ。
「え、あれ兄妹なの? それにしちゃ距離感おかしくない? 百歩譲って手を繋ぐのはいいけどさ、普通兄妹で恋人繋ぎとかおかしいよね?」
「知らないの? あの二人兄妹でデキてるらしいよ、しかも兄の方なんて彼女と別れて妹と付き合ってるらしい」
「うげ……マジで? 気持ち悪っ」
「妹の方は可愛いし、兄もそこそこイケメンなのに……勿体ないなぁ……」
「勿体ないってか、気持ち悪いわ」
これが俺が妹を守る為の努力に対して下される周囲の評価だ。
元彼女からも、去年高校に入学してから出来た友達にも、俺は"異常者"と思われている。
友達には何度も妹とそんな関係じゃないと説明したが、勘違いを生む行動を止めろと言い返されて……もうそれから話をしていない。
元恋人は……妹を責めたから論外だ。
「ちょっと注意してきます」
「いい、無視しろ」
「ですが、兄さんの優しさをあんな勘違いして……それを広めているんですよ! 絶対に間違ってます!」
この問題は、簡単に解決出来るもんじゃない。
誤解を解くには、まず俺がこんな風に妹を守っている理由を話さないといけないんだが、それを話すと言う事は、妹が知らない男に襲われそうになったって話をしないといけない。
そしてそれを話してしまえば、妹はますます学校に居づらくなってしまうだろう。
ただでさえ、前と性格が変わったと噂されているのに、こいつは何一つ悪くないのに……俺の保身の為に巻き込むのは間違ってる。
「俺は気にしてない、お前と恋仲だと思われても問題無いしな、適当に流しとけ」
「むー! まだ恋人にしてもらってないのにあんな勘違い、許せません!」
怒ってるのはそっちかよ。
確かに付き合ってる訳じゃないけど、勘違いだけど、そこが怒りのポイントなんだ。
「お前なぁ……」
「冗談ですよ、でも兄さんの悪口を言っている事に怒っているのは本当です」
この噂のせいで、俺は同じ学年で友達と呼べる存在を全て失った。
先生からも腫れ物のように扱われるし、提案や発言をすればシスコン野郎と陰口を叩かれる。
しかし、完全に孤独って訳じゃない。
「へぇ、君達は妹迫兄妹を異常者みたいに言うんだね」
……この声は。
もう一度振り返ると、ショートカットボブのよく似合う、高身長でボーイッシュな女の子がさっきまで噂していた女子二人組の間に入っている。
「あっ……レン君……お、おはよ」
「えっとね、別にそんな悪く言ってた訳じゃなくてね」
「あのさ、僕はレン君じゃない、君達と同性の女の子、恋歌って女の子らしい名前もある! 君達が僕に告白してきた時も今もそうだけど、男みたいなあだ名で呼ぶのは止めてくれないかな」
「え、ちょ……アンタ、私がレン君の事好きだって知ってたよね? 何でアンタも告白してんの!?」
「そっちが中々動かないからじゃん! こっちも気持ち抑えて応援してたのに、我慢してたのに動かないから!」
俺と妹の唯一の味方、新月恋歌。
勉強にスポーツに学校での人気、全てにおいて自分より秀でている妹を勝手にライバルとして認定し、何度も勝負を仕掛け、その度に妹に負けていたらしい。
だが嫌味のない妹の笑顔と、ライバルとして挑んでくる恋歌をあしらわず、正面から受けて立つ妹の接し方を見て、ただのライバルではなく友達兼ライバルになったらしい。
しかし……あの子、女同士でもモテるのか、すげえな。
「僕が女の子だって知っておきながら、僕に告白するのはおかしいんじゃないの? 同性だよね? そんな事しておいて、妹迫兄妹が仲良くしてたら変な勘違いして、聞こえるように"気持ち悪い"だと?」
二人組は互いの顔を見てから恋歌を見て、彼女がめちゃくちゃ怒っている事を確認してから俺と妹に頭を下げ、小走りで俺達から距離を取っていく。
「やれやれ……おはようございます、お兄さん」
「おはよ、朝から助けてくれてありが」
「言っておきますけど、私が兄さんを助けるつもりでしたからね、恋歌が来なくても解決できましたから」
「おやおや、君のお兄さんは素直にお礼が言えるのに……ふふっ、負け犬の遠吠えだね」
「ぐぬぬ……テストで全教科私に負けてるくせに、調子に乗らないで下さい!」
「今テストの話はしてないだろう! 話を逸らす所がますます負け犬っぽいぞ!」
妹の隣に来て、二人は互いを睨み、喧嘩をしている。
勿論だが、これは本気で喧嘩をしている訳じゃない。
心から互いを信用しているからそこの、じゃれ合い、いや儀式と言うべきだろうか……ま、元気な証拠だな。
「やはりお兄さんと僕が手を繋ぎ、その後で空いている僕の手を君が握るべきだろう!」
「兄さんの手を握ろうとしないで下さい! あなたの手はいつも手汗でベチャベチャなんですから、兄さんの手を汚す行為は控えるように!」
「そ、そんなはずは無い! ……ですよね?」
「本当です、さぁ兄さん! 正直に、それでいて嫌だとハッキリ伝えてあげて下さい!」
左側から妹が鋭い目つきで俺を見る。
右側に回ってきた恋歌が泣きそうな目で俺を見る。
妹の味方をすれば恋歌は……絶対泣くだろうし、恋歌の味方をすれば妹は確実に不機嫌になる。
「えーっと……あー……」
「手汗なんて無いですよね、お兄さん!」
「兄さん、こんなのに気を使う必要はありません、さぁハッキリと妖怪手汗ベチャ女と言ってやってください、お願いします」
こんなにもふざけているが、恋歌は俺と妹の恩人だ。
あの事件の時、真っ先に俺に連絡をしてくれて、警察をあの現場まで連れてきてくれたのも彼女なので、変な扱いはしたくない。
いつものくだらない話ならからかうんだが、今にも泣いてしまいそうな女の子、それも恩人とあってはなおさらだ。
「ゆうか、恋歌ちゃんを困らせるような事を言うなっての」
「むー! 兄さんは甘いんです!」
「お兄さん……信じてました……」
恋歌に変な扱いはしない事を俺は選んだ。
後でゆうかのご機嫌取りしないとなぁ……トホホ、駅前のケーキ屋のモンブランで機嫌直してくれるといいんだけど……。
「兄さんには私がいるくせに、他の女の子に優しくするのは違うと思うんです」
「優しくしても怒っても無料なんだから、優しくして悪い事なんて無いだろ」
「まさか……兄さん、私から恋歌に乗り換えようとか考えてませんよね? それとも二股ですか? 慕ってくれる後輩を彼女を俺の彼女にしたいなーとか考えてませんか?」
左手が痛い。
めちゃくちゃ強く握られている。
離すつもりはもとより無いが、これは俺の意思だけでは手を繋ぐのを止められない。
「わ、私はお兄さんなら……」
恋歌も恋歌だ。
"なんか面白そうな話になってるし、乗っかっとこ"
みたいな事考えてんだろ、顔がニヤけてんぞ、エスパーじゃない俺でも流石にそれは分かる。
「勿論恋歌ちゃんは大切な人だが、そんな風に考えた事も、なんなら彼女にしたいとか失礼極まりない考えなんて、一度も持った事ないよ」
しかし乗っからせる訳にはいかない。
これ以上ふざけられると、次は足を踏まれるし明日になっても不機嫌なままになるのが見えている。
モンブランにシュークリームコースになるんだぞ、千円は確実に持っていかれるんだ、たまったもんじゃない。
「ならいいです、流石私の兄さんです!」
お、俺の誠実さが伝わったのか、妹もご機嫌になってる。
これはもしかしたら……ケーキいらないかも。
「……一度も……そっか……」
面白い話が終わってしまって残念なのか、恋歌はすこししょんぼりしている。
この子、本当に表情がコロコロ変わって面白いんだよなぁ。
頼りになるし冗談も通じるし、妹の事を理解してくれている。
俺達兄妹にとって、彼女は最も大切な友人に違いない。