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壊れた妹と見えない束縛  作者: ケイト


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兄妹



 幻想的な世界が終わりを迎える。

色とりどりの光が一つづつ消えていく。

最後に残ったクリスマスツリーのライトが完全に消え、周囲のカップルがぞろぞろと帰りだした頃。

ゆうかは光が消える最後の瞬間まで、それを見ていた。

そして、俺が彼女の横顔を見ているのに気づいたのか、俺を見てからニコッと笑う。


「綺麗でしたね、ゆう君」


「ああ、綺麗だ」


 君の綺麗と、俺の綺麗では対象も意味も違う。

でもきっと、目の前の彼女は俺の視線に気付いていた。

視線の意味に気付いている上で、俺には踏み込んで来ない。

一月前なら向こうから俺に飛び込んできただろうが、今は俺が飛び込みたい。


「それじゃあ帰りましょうか、我が家までレッツゴー!」


 せめてもの情けなのか、ゆうかにもまだ未練が残ってくれているのか、その両方かまでは分からないけれど、彼女は手を握ってくれる。

デートの開始時点では繋げなかったけれど、今は君から繋いでくれる。


「ああ、我が家に……帰ろう」


 帰りたくない。

でも……力強く俺の手を引く彼女は、俺より非力なはずなのにとても強く引かれているような気がして、重い足は嫌々動く。

周囲からはきっと、カップルに見られているだろう。

俺と君の間にある壁を、誰も分かってはくれない。


「今日は楽しかったですね! パンケーキも美味しかったですし、見たかった場所も行けました」


 別に分かってほしい訳じゃない。

理解されなくてもいい、気持ち悪いと言われてもいい。

だけど、この壁を壊す方法を教えてはくれないだろうか。


「俺も楽しかったよ、お前が子供みたいにはしゃいでて少し恥ずかしかったけどな」


「むー! これでも華の女子高生なんですけどぉ!?」


「なら中身がまだ子供って事だな」


「ぐぬぬ、ゆう君だって私と一つしか違わないのに……!」


 家からかなり離れていたはずなのに、くだらない話をして笑いあったり、ゆうかの話を聞いて将来の事を考えたりしているうちに、家に着いてしまった。


「ゆう君は将来きっと、幸せになれますよ」


「……そうかな、そんな未来が見えないんだけど」


「なら幸せになって下さい! 幸せになる努力をして下さいね」


「幸せになる努力か、やってるつもりなんだけど……」


 家の前。

繋がれた手は離れて、ゆうかは隣から俺の正面に移動した。

少しだけ、ほんの一瞬だけ苦い顔をしてから、いつもの笑顔を……作った。

俺でも分かる程の、無理に作った笑顔だ。


「……兄さん、楽しかったです」


「俺もだ、心からデートを楽しめたのは……お前が初めてだよ」


「それは恋歌に失礼ですよ! いいですか、それは絶対に言ってはいけませんからね!」


「わかってる、流石の俺でもそこまで言わないっての」


「当たり前です! まったくもう、本当に……」


 笑顔は崩れない。

笑っている。

だけど、いつもと違う物が一つ。

彼女の頬をつたう綺麗な涙、恐怖以外で流す妹の涙だ。

とっさに動く体は……。


「ゆうかっ!」


「その場で聞いて下さい!」


 思わず近づくが、妹は伸ばした手と彼女らしくないノイズの混じった声で俺を静止する。

その間にも、涙の量は増えていき、キラキラ光る両目から、宝石のような雫が頬をつたって薄く雪の積もったアスファルトに小さな穴を作り出す。


「ゆうかとゆう君の関係はもう終わりです、兄さんと妹に戻らないといけません」


「わかってる、わかってるよ」


 しばしの静寂。

雪の降る音すら聞こえそうな程の無音の時間を過ごした後、ゆうかは頭を下げた。


「素敵な思い出をありがとうございました、一回限りのデートでしたけど……一生忘れません」


 ゆうかが頭を上げ、一歩俺に近づいてから少し躊躇して、二歩後ろに下がった。

物理的距離だけじゃなくて、心まで離れていくような気さえしてくる。

 

「大好きでした、ゆう君」 


「ああ、俺もお前が……ゆうかが大好きだ」


 目の前の彼女はこれまでで一番の、とびっきりの笑顔を見せる。

俺もそれに答えるべく、笑顔を作って返そうとするが……笑顔が作れない。

笑えない、笑いたくない。

これで終わる、ゆうかはここにいるけれど、心はどこかに消えて終わってしまう。


「ゆうか……俺、このまま終わりなんて……」


「ダメですよ、兄さんには恋歌がいますし、私達は兄妹です」


「わかってる、わかった上で終わりたくないんだ!」


「……兄さんが普通に戻りたいって言ったじゃないですか!」


 ゆうかは、笑顔を崩して...…きっと怒りをぶつけている。

静かな闇夜に、彼女の声は綺麗に響く。

未だに枯れない涙をみせながら、君の瞳はまっすぐに俺の瞳を捉えている。


「私は兄さんを愛してた、異性として好きだったのに、兄さんが普通を望んだんじゃないですか!」


 怒りは全て事実をなぞり、俺の心を正論と後悔で締め付けていく。

息が苦しい。

俺の罪を並べるのをやめてくれ。

失ってからじゃないと、大切な人を実感できない哀れな俺は言われて当然かもしれないけれど、その大切な人から言われるのはとてつもない重みを持った言葉に感じる。


「今さら……恋歌に兄さんを譲った後で、そんな事言わないで下さいよ」


 ゆうかは頑張った。

俺が普通の兄妹に戻ろうとしているのを理解し、自らを傷つける形で俺の為に動いてくれた。

俺が君を選んでいれば、俺も君もここまで苦しむ事はなかったのに。


「…………っっ!」


「もう、私を異性として見るのはやめて下さい」


「…………」


 ゆうかに言葉が見当たらない。

俺が始めた普通への道でゆうかを苦しめて、俺は彼女を失ってから始めて本当の気持ちに気づいた。

そんな自分勝手は、きっと君は受け入れてくれないだろう。

でも言わなきゃ。

黙って、何もせずに終わるなんて、そんなの嫌だ!


「それでも、俺は君が好きだ」


「好きなんて言わないで下さい……私だって我慢してるんです、もうこれ以上……!」


 ゆうかは、俺に背中を向けた。


「私を……幸せな夢で縛るのはやめて下さい」


 今俺達は誰にも見られていない。

俺の重ねる罪を見るのは、空に浮かぶ月と星だけ。

俺を助けてくれようとした人、俺を愛してくれた人。

二人の大切な人の気持ちを裏切る俺の罪を、巨大な瞳と無数の視線が記録する。

一生の罪になるだろう。

だけど、ここで後悔する事は罪を背負う事より辛くないはずだ。


「お前の気持ちを教えてくれ」


 もう、言葉だけでは足りなかった。

俺は、背中を向けたゆうかの、震える肩を後ろから強く抱き締めた。

俺に触れていれば収まるはずの震えは、徐々に大きくなっていき、俺の手を冷たくしていく。


「聞いたら、もう二度と普通には戻れませんよ」


「普通なんていらない、お前さえいればいい!」


「兄さんはこれまで以上に孤立しますよ、もう恋歌も助けてくれませんし、兄さんは最低な男になっちゃいますよ」


「お前が隣にいてくれるなら、全部耐えられる」


「……兄さん」


 ゆうかは俺の腕の中でくるっと回り、俺に顔を見せてくれた。

綺麗な笑顔は涙で覆われ、寒さと感情の高まりが頬を赤く色づかせ、口を開く。


「どんな人よりも、例え血が繋がっていたとしても、私は兄さんを愛しています」


 笑う彼女はとても美しくて、彼女から抱き締めてくれた事が嬉しくて。

そして、瞳を閉じる君に。

見えない壁を飛び越えて、もう戻れない事実を心に刻み。

孤立と罪を自覚して。

もう言葉は必要ない、そうだろ、ゆうか。


 唇から伝わる君の体温が、心が重なった証明だ。




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