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異常な日常


 

 俺だって年頃の男だ、妹といえど女性から汗臭いと言われたままで居られる訳が無い。

それに、これが俺の趣味でもあるし、やらない理由は一切無いだろう。

 

「あー、やっぱ朝バイト終わりのシャワー最高だわ」

 

 今日も頑張ったぞ俺、えらい!

ま、まだ始まったばっかりだからえらいもクソも無いけれど、そうと思わないとやってられない。

この後は学校行って、放課後にまたバイトに行って……。

 

 そんなにバイトをして辛くないのかって友達によく言われるし、担任にも同じ事を言われる。

俺はどんな時も必ず辛くないと答えるようにしているし、妹の前ならさらに元気に振る舞って見せたりもする。


「辛くない訳……無いだろ……」

 

 シャワーの音でかき消してもらえるぐらいの小声が、心から漏れてしまった。

はっきり言うが周囲が羨ましい。

友達同士で遊びに行ったり、部活をしたり、彼女を作ったり……青春がしてみたい。

だがそれは、俺には叶わない願いなのは分かってる、妹一人守れない男に青春は過ぎた物だし、俺がいないと……あいつは……。

 

 ダメだ、あいつは負担なんかじゃない。

罰なんだ、これは俺が妹との約束よりもバイトを優先した罰だ。

家族よりも金を選んだ愚かな俺を、神か運命かそれに近い何かが裁いているに違いない。

 

「……大丈夫、今日も俺は頑張れる」

 

 少し熱めのお湯を流しっぱなしで考え込んでしまった。

時間もお湯も勿体ないし、止めなきゃ。

 

「シスコン兄さん」

 

 シャワーを止めようとする腕は、綺麗な手に掴まれた。

少しでも力を込めたら折れてしまいそうな指、きめ細かな肌は腕をつたい肩を掴む。


「お、お前っ! お兄ちゃんがシャワー浴びてんの音で分かるだろ!?」

 

「ですから私も浴びようとしてるんです! 浴槽は壊れてますし、シャワーしか無いんですから、一緒に浴びた方が節約になっていいじゃないですか」

 

「いいわけあるかーッ!」

 

 振り返ると、そこにはバスタオルを巻いた妹が立っていた。

コイツ本気で一緒にシャワーを浴びるつもりだったのか?

いや……流石に家族、兄妹とはいえこれは普通じゃないだろ。

少なくとも17歳の兄と16歳の妹で同じシャワーは絶対に浴びない!


「と、とにかくお前外で待ってろ! それか俺が出るから!」

 

「兄さん顔真っ赤ですよー? あれれー、もしかして……実の妹相手に変な事考えちゃってますかー?」

 

「ある訳無いだろ! 俺とお前は血の繋がりのある兄妹だ、義理の兄妹ならともかく実妹なら絶ッッッ対にない!」

 

「むー! なら一緒にシャワーしましょうよ、可愛い可愛い実の妹からのお願いです」

 

「嫌だ! あのな、普通の兄妹なら」

 

 俺が話している最中、妹は体に巻いていたバスタオルを解いてタイル張りの床に落とした。


「こんな体じゃ、もう他の人とお風呂とか行けませんから……兄さんしかこんな事出来る相手、居ないんですよ」

 

 彼女の腹部には、未だに痣が残っている。

あの時に酷く蹴られていたのか、殴られていたのかは分からないが、肋骨がいくつも折れるぐらいに痛めつけられた跡がはっきりと残ってしまっている。


外傷はほぼ消えたが、あの痣は無くなってくれない。

 

『兄さんが約束を破ったせいだ』

 

 まただ、またアレが、俺に語りかけてくる。

あの痣を見ると現れる、姿の無いアイツが俺を責めるんだ。

もう止めてくれ、責めないでくれ。

そう思う自分もいるが、それよりも、自分が彼女を守れなかった事実を突きつけられているようで、心がズキズキと痛みだす。

自分で分かっているつもりでも、人に言われるとダメージは大きくなり、それは逃げようとする俺の足を止める。

 

『兄さんは、また約束を破るの? 守ってくれないの?』

 

 無理だ。

ここで逃げれば、また妹よりも自分を優先する事になる。

そうすれば、彼女は何をするか分からない。

何が起こるか、どうなるか、何一つ分からない。


「……お湯の節約しなきゃ、だよな」

 

「はい! あと……流石に妹の裸ガン見しすぎですよ、シスコン兄さん」

 

 妹は落ちたバスタオルを体に巻き直し、頬を少し赤らめて俺をジトーっと見ている。

 

「悪い、お前が綺麗だから見惚れてたよ」

 

「えへへ、こんな体でもそう言ってくれてうれしいです!」

 

 それから表情は一転し、ニコニコと笑顔を浮かべる妹。

その笑顔は、事件前によく彼女が周囲に振りまいていた物だが、今は俺にしか見せない笑顔。

素直に可愛いと思うが、痣を見た後だと笑顔すら俺を責めているように感じてしまう。

 

「ほら、お前の髪洗ってやるからじっとしてろよ」

 

「ありがとうございます、えへへ、私は兄さんに髪を洗って貰うの好きなんです、優しくて大きな手で撫でられているみたいで……今私は世界で一番安全な場所にいるんだなって思えるから、大好きです」

 

「……そっか、俺もお前の髪を触るのが好きだよ」

 

「優しく洗って下さいね」

 

「ああ、分かってる」

 

 昔は妹とシャワーを浴びる事なんて無かった。

事件の後はしばらく、自分の痣を見るのが怖かったのか、彼女はシャワーや風呂を拒絶していて……何度も話し合った結果、俺が一緒に入るならと了承してくれたんだ。

最近は一人で済ましていたから、もう大丈夫だと思っていたが、これもまだ……ダメらしい。

 

「さ、次は兄さんの番ですよ」

 

「いやその……もう洗ったんだけど」

 

「むーーー! 次からはちゃんと私に声を掛けてからにして下さいよね」

 

 妹はビシッと人差し指で俺を指し、一礼をしてから風呂場から出ていくと、全身を新しいタオルで拭いてから制服に着替え始めた。

彼女のいる洗面所と風呂場は不透明なガラスで隔たれているが、妹の着替えをシルエットとはいえ見せられているのは流石に……。

 

……いやこれは何とも思わないな、見えないし。


「先に玄関で待ってますからね」

 

「すぐ行く、時間は大丈夫そうか?」

 

「遅刻にはなりませんけど、そこまで余裕ありませんから少しは急いで下さいね! まったく、シスコン兄さんに裸を舐めまわすように見られている時間が無ければ……」

 

 ブツブツと笑いながら文句を言い、彼女は洗面所から出て行った。

こんなの、普通の兄妹がする事じゃないのは分かってるし、どうにかしないといけないのも分かっている。

だが、俺が妹から離れる事は出来ない。

側で守ると決めたんだ、次は絶対に起こさせない。

 

「着替えないとな」

 

 風呂場から出ると、俺の制服が綺麗に畳まれて置かれている。

これからすぐに着る物なので、ここまでしてもらう必要は無いんだが、これを前に指摘したら妹は泣き始め、登校どころじゃなくなったので、俺は彼女からしてもらった事の大半にはありがとうと言って返すようにしている。

 

「お、綺麗にしてくれてたのか、ありがとな」

 

 俺の言葉を聞いていないかもしれない。

でももしかしたら、聞いているかもしれない。

やらなくていいなんて言葉が耳に入れば、また悲しませてしまう。

そうなれば唯一信用できる俺が、妹に文句を言っていると勘違いされてしまう。


 制服に着替え、玄関で待っていた妹の所に向う。

彼女は俺のカバンを持ってきてくれたみたいで、ニコニコと笑顔でそれを渡してくれる。

 

「はいどーぞ、兄さん」

 

「ありがと、んじゃ行くか」

 

「はい! それじゃ、手、繋いで下さい」

 

 右手にバッグを持ち、左手は妹と手を繋ぐ為に使用する。

これも手を繋がないと登校出来ない妹の為なんだ。


 

 

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