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壊れた妹と見えない束縛  作者: ケイト


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19/32

傷付きたくない


 

 翌朝、と言っても午前3時半を朝と言ってもいいのか分からないが、俺は白い息を吐きながら恋歌を待っている。

こんな時間にも関わらず、恋歌は付き合ってくれるのだから、彼女には感謝しかない。


「お、きたきた、おはよ」

 

「おはようございます……元気ですね、お兄さん」

 

「そうか? いつも通りだと思うけど」

 

「はい、よっぽど……バイト先の方に会うのが楽しみなんですね」

 

 眠いからなのか、はたまた呆れているからなのか。

恋歌は普段の元気溢れる爽やかな笑顔ではなく、俺をジトーっと見てやがる。

態度に出したつもりも無いんだが、どうやら俺はウキウキが止まらない止められない状態らしい。

いつもよりテンションが少し高いのは認めるが、はっきり言って怖いって感情の方が自覚としては大きい。

 

『お姉さん年下無理だから、ごめんね』

 

 なんて言われたらたまったもんじゃない。

そんな事を言われたら確実に俺は膝から崩れ落ちるだろう。

いや、それどころじゃない。

もしかしたら号泣して冬月さんに泣き落としをかけるかもしれない。

やっば、心臓が今からバクバクしてる。

 

「……緊張してきた」

 

「早すぎますってば」

 

 恋歌の言う通りだ。

落ち着け、深呼吸だ深呼吸。

吸って……吐いて……。

 

「それで、僕はここでバイトしたいですって話でその人と話せばいいんですよね?」

 

「すぅ……はぁ……ああ、それで頼むよ」

 

「……何でもするとはいいましたけど、まさかこんな事に協力させられるとは思いませんでしたよ」

 

「そう言うなって、今日のバイト終わったら朝飯ぐらい奢ってやるからさ」

 

「そういう事じゃ、無いんですけどね……」

 

 バカみたいな早朝に起こされたんだ、そんな感想でも仕方ない。

だけど……頼れるのは恋歌しか居なかったんだよ、分かってくれとは言わないが、どうか我慢して欲しい。


 隣から聞こえる小さな文句を全身で受けつつ、目的地にたどり着いた。

そこはまだシャッターが閉まっていて……あ、冬月さんがちょうど外にいるじゃん!

 

「見ろ、あの人だ」

 

「あの人……ですか? えーっと髪染めてるし……うわ、タバコも咥えてる」

 

「んだよ、まるで髪染めてる人が悪い人みたいな言い方だな、冬月さんはめちゃくちゃいい人だし、タバコも似合ってんだろ、ほら見てみ」

 

 乗ってきた自転車ごと電柱の裏に隠れ、冬月さんからは見えないだろう場所から彼女を観察する。

寝起きなのかな、両腕を上に上げてのびを……あ、お腹見えた!

何て……無防備なんだ。

俺が近くにいたら間違いなく押し倒してる。

彼女は自分の魅力に気付いていない。

 

「ストーカーみたいな事してますけど……これ見つかったらヤバいんじゃないですか?」

 

「ストーカーじゃない、これは……愛ゆえの行動だ」


「いやその言い分はほぼストーカーの……ま、まぁその、お兄さんってあんな感じの人好きですよね、なんだか満月先輩とも似てますし」

 

「……まて、冬月さんはあのクソアマとは全く違う、優しくて揺るぎない自分を持っているし、口だけじゃなくて本当に俺を助けてくれる唯一の人だぞ」

 

 冬月さん。

唯一残った俺の味方。

俺が困っているとどんな事でも相談に乗ってくれて、どうすべきなのかを示してくれる。

他の奴らみたいに話を聞いておいて"そうだね"だとか"つらいね"みたいな何の解決にもならない共感をしてはい終わりじゃない。

金が無いと言えば仕事をくれる。

妹の事で悩めばどうすべきか教えてくれる。

 

 冬月さんは他の人とは違う。

あの人は、俺にとって……。

 

「あ……あの人は誰ですか?」

 

「どの人……え」

 

 何だあの男。

何で冬月さんの隣に立ってんだ?

何で、冬月さんの肩に手ぇ回してんだ?

何で、俺の冬月さんに触ってんだよ。


「ちょっと、お兄さん! 落ち着いて下さい」

 

 恋歌が俺の腕を掴んでいる。

俺は今、隠れていた電柱から飛び出そうとしている。

 

「俺は冷静だ、離せ」

 

「冷静な人の目じゃないんですってば! とにかく」

 

「うるさい!」

 

 恋歌が細かく、小さな悲鳴をあげた。

俺は今、恋歌の頬を叩いたんだ。

一瞬、ごめんという言葉がでそうになるが、頬を押さえて涙目で俺を見る恋歌を見て、見た上で、俺は彼女を無視して前に進んだ。

 

「やぁ、ねぇお冬さん、彼が噂の子かい?」

 

「そうそう、ウチのバイトが困ってっからさ、ダーリンに助けてもらうと思ってたんだけど……お前、今女の子に手ぇあげただろ」

 

「女の子……ああ、あの電柱の影にいる子かい? 本当だ……泣いてるじゃないか」

 

 冬月さんが俺を軽蔑している。

俺をそんな目で見ないで欲しい。

いつもみたいに、気だるげな目で俺を見て欲しい。

勿論恋歌の事は後で謝る。

だけどまず、貴女を救います。

 

「お前、何で冬月さんの隣にいんの?」

 

「えっと……僕の事かな?」

 

 とぼけるな。

 

「目線的にそうじゃない? ってかゆう君、ダーリンにその言い方はおかしいでしょ、今日のゆう君態度悪すぎるって」

 

 態度が悪いのは謝るけど、それでも……。

 

「……待ってくれ、冬月さん、今なんて、なんていいましたか」

 

 目の前の女性は俺を睨みつつ、咥えていたタバコを湿ったアスファルトの上に吐き捨てて、それを安物のサンダルで踏みつける。

そして。

 

「だーかーら! この人はダーリン、てか旦那、夫なの! つーかそんな事よりお前が女の子を叩いた事の方が問題だろ」

 

 頭の中が真っ白になっていく。

大好きな人に、冬月さんに裏切られた。

俺は彼女を信じているのに、彼女は俺を捨てたんだ。

冬月さんは俺の味方だと思っていたのに。

俺が冬月さんの為に頑張ると、お姉さんの事を狙っているのかとか聞いてくるから、期待させるだけ……させておいて……。

 

「……嘘つき」

 

「嘘つきって……何が」

 

 何がだと?

ふざけんな、ふざけんなふざけんなふざけんな!

俺は貴女だけを心の拠り所にしていたのに、貴女は俺をなんとも思っていないのか!?

あんなにも……助けてくれたのに。

 

「俺の気持ち、少しは気づいてたろ?」

 

「気持ち? んなもん知らないって」

 

 知らない……だと?

俺は貴女の為に働いたのに。

勿論金の為でもあったが、ここで働くのは冬月さんに会う為だった。

俺との時間を彼女は拒絶しなかったのに、既婚者だとは一言も言わなかったのに。

 

「そもそも既婚者だとは聞かされてません!」

 

「ハァ? マジでお前がキレてる理由分かんないんだけど、そもそもなんで職場の人にいちいち既婚者だとか言わないといけないの?」

 

「俺は冬月さんと色々と話をしていたじゃないですか! くだらない話とか、相談に乗ってくれたり……なのに、何でそんな大切な事を隠していたんですか!」

 

 冬月さんが一歩俺に近づいた。

そして、俺の頬を一発叩いた。

叩かれただけなら、どれだけよかっただろうか。

彼女は、俺の想い人は。

 

「ちょっと優しくしただけで勘違いしてんの? キモいんだけど」

 

 俺の心を粉々にする一言を、俺にぶつけてきた。

 

「アンタと雑談してたのは勝手に早く来るからでしょうが、早く仕事されても困るし、仕方なくやってたんだっての!」

 

 俺の綺麗な記憶が、壊れていく。

 

「こっちが聞いてもないのに、自分の話をして勝手に落ちこむから相談に乗ってやっただけだっての! わっかんないかな、こっちは嫌でやってんの!」

 

 いやだ。

聞きたくない、やめてくれ。

 

「やめろ……やめてくれ! 俺の冬月さんはそんな事言わない!」

 

 もう冬月さんは、あの表情を見せてくれない。

その目は酷く俺を軽蔑した物で、手は固い拳を作っていて、表情だけでなく雰囲気すら、俺を拒絶している。

 

「本気でキモいんだけど……お前クビな、もう二度と来ないで」

 

 俺の想いは勘違いで済まされた。

俺の好意は気持ち悪いで流された。

俺の楽しい時間は、すべて壊れてしまった。

 

「全部……俺の……勘違い……か……」

 

 やっぱり、ダメだ。

俺はもう、裏切られたくない。

もうこれ以上辛い思いはしたくない。

何で俺ばっかりこんな目に会わないといけないんだ。

辛い、辛い、辛い。

もういやだ、もう……。

 

「泣かないで下さい、お兄さん」

 

 恋歌が俺を抱きしめている。

だが、この優しさすら、今の俺には嘘に見えて仕方ない。

逃げたい、この苦しみから逃げ出したい。


「……お前も、優しくするだけして、裏切るんだろ」

 

「僕は裏切りませんよ、お兄さんの味方です」

 

「だったら証拠見せろ、お前が俺の味方だってんなら! 俺が信じたくなる証拠を見せろ!」

 

 後から思えば、この時の俺は狂っていた。

冬月さんに既婚者かどうか聞いた記憶は無いし、優しくしてくれる恋歌に対して言うべきセリフではない。

冬月さんが既婚者であったとしてもそれを言う理由は無いし、俺は彼女に好きだとか好意を見せた事もない。

完全な逆ギレ、勝手に冬月さんの隣にいるのは俺だと決めつけ、理想とは違う現実を拒絶したただのガキだった。

 

「証拠……ですか」

 

「ああ! お前は俺を裏切らないって証拠出せよ!」

 

 そんなクズの俺の言う事なんて無視すればいい。

なのに、恋歌はそれでも俺を見捨てなかった。

 

「わかりました、じゃあ……」

 

 恋歌はスマホを取り出して、何かを打ちはじめた。

途中で指が止まり、深呼吸した後で再開し。

 

「どうぞ、見て下さい」

 

 メッセージアプリの履歴を見せる。

恋歌が指さす履歴は二つ。

一つは陸上部のメッセージグループ。

恋歌からは……"好きな人の側に居たいから、部活辞めます"と、メッセージが送られている。

 

「お前……」

 

「次はこっちを見て下さい」

 

 もう一つは……妹だ。

妹には……短い文章が作られている。

それは未送信で、送信ボタンを押せば取り返しのつかないメッセージがそこにある。

 

"僕はお兄さんの彼女になった"

 

「部活もお兄さんの為に辞めます、依存先を失ったお兄さんの気持ちを受け止める為に、完全にお兄さんの物になります……後は、お兄さんが決めて下さい」

 

 恋歌は送信ボタンを押さない。

俺も、押すべきじゃない。

 

「僕はお兄さんにとって都合のいい女になるって、前に言いましたよね? 僕は……お兄さんを裏切りません」

 

 これを押せば、妹は傷ついてしまう。

また、妹が泣いてしまう。

……それでも。

 

「今日からお兄さんの彼女です、全部、ぜーんぶ、僕が受け止めますからね」


 弱い俺は大切な妹よりも、自分を選んでしまった。


 俺はもう、辛い思いをしたくなかったんだ。

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