新たな依存
夕方のバイトが終わり、重い足をなんとか動かして一度自宅に戻ってきた。
ったく、何で満月さんが俺のバイト先に来てんだよ。
バイト先のスーパーはこの辺でも比較的大きいし、他のスーパーは少し離れた所にあるから、車が使えるならともかく自転車ぐらいしか移動手段が無い高校生が来るとすれば確かにうちのスーパーぐらいしかないから来ていても仕方ないんだけどさ。
「だとしても……ハァ、最悪だ」
何が最悪かって、今更満月さんのギャップを見せられた事だよ。
聞いている時は驚いただけだが……アレでも一応俺が惚れて俺から告白した人な訳で、今はちょっと可愛いなって思ってしまってる事だよ。
「冷静になれ、俺! 相手は俺をシスコンと呼びつつ妹にもちょっかい出そうとしたクソアマだぞ、クラスでも満月さんが俺をシスコンシスコンと連呼するせいで孤立してんだぞ」
いいか、相手は悪魔だ。
人の形をした悪魔で、俺に嫌がらせをする為だけに生まれてきた存在だぞ。
目を覚ませ、俺!
……よし、もう大丈夫、満月さんは可愛くない。
少なくとも俺にとって彼女は魅力的じゃない。
「とりあえず……家帰って飯食って少し寝るか」
ああ神様。
頼むから満月さんを夢には出さないでくれよ。
出すなら冬月さんを出して下さい。
家に戻り、玄関の鍵を開ける。
すると俺のただいまの言葉よりも早く、妹が玄関にやってきた。
右手にはお玉を持ち、晩ご飯を作っている最中だったのだろう、ピンク色にYESと書かれたエプロンを着た彼女はニコニコとしていて、玄関で靴も脱いでいない俺に飛びついてきた。
「兄さんおかえりなさい! 私にします? それか私? それとも……わ・た・し?」
「選択肢無いじゃん」
「むー! ちゃんとありますよ! 最初の私ならリビングで口移しでの食事コース、二つ目の私なら兄さんの体を私の体で洗うイチャイチャシャワーコース、そして最後の私なら……兄さんも私も幸せハッピーゴールインコースです!」
「んじゃ全部パスで」
ここまでそそられない三択があるだろうか。
満月さんの弟が聞いたらすぐに飛びつくだろうが、そんな事を言われて喜ぶ兄がいる訳がない。
ったく、しかもコイツ前もやめろって言ったのにまた裸エプロンしてやがる。
「むー! 兄さん酷いです……けど……へぇ、成る程」
何が成る程だ。
何故コイツは得意げな顔を、いやニヤニヤしているんだ?
「ニヤニヤする前に裸エプロンをやめろっての、前からずっと言ってんだろうが」
「でも私の裸エプロンが見られるのは兄さんだけですよ?」
見せられているの間違いだ。
望んだ事は一度たりともない。
「頼んだ覚えは無い、こっちは見せられてる被害者だぞ」
「なら、他の人に見せよっかな」
……は?
まて、コイツ今なんて言った?
そもそもどうやって見せるつもりだよ。
恋歌にでも見せんのか?
「恋歌ちゃんと仲直りする為に裸エプロンは絶対マイナスだから止めとけ」
「兄さんじゃない他の男の人に見せるかもしれませんよ?」
「ダメだ、俺以外に見せんな」
コイツは何を言っているんだ。
そんなに許される訳が無い。
大前提として、そもそもお前は他の男が怖いはずだ。
それに……仮にだ、ゆうかが極度の男性恐怖症から抜け出したとしても……事件みたいな事が起こるかもしれない。
そんなリスクは絶対に避けるべきだ、普通に考えればそうなるだろう。
「そんなに怖い目をしないで下さい、私は兄さんの物ですから……兄さんが望む限り、私はどこにも行きませんよ」
……満月さんの弟の件もある。
ゆうかは俺をからかっているつもりだろうが、彼女にその気は無くても他の男が彼女に迫るかもしれない。
また、服を脱がされて泣くお前は見たくない。
「お前、明日は学校行くな」
「……ほぇ? えっと、それはどうして」
「いいから、言う事聞け」
脱ぎかけの靴を履き直し、俺は妹を押しのけて玄関から外に出た。
中から彼女が俺を呼ぶ声が聞こえるが、今の俺にそれに構うだけの心の余裕が無かった。
まて、俺は今妹になんて言った?
暑くなんてないのに、嫌な汗が流れてやがる。
俺の感情で妹に学校に行くなと言ったよな?
何故?
また事件が起こるかもしれないって恐怖か?
それとも……妹が取られるかもしれないって思ったからか?
「夜のバイトまで時間あるし……それまでに頭冷やさねぇと」
俺は妹の事をなるべく考えないようにしつつ、夜に恋歌がいる公園に向っている。
この寒空の下で過ごせば、きっと冷静になれるはずだ。
そんな事を考えつつ歩いていると、町内掲示板の張り紙が変わっているのが目に入った。
"カップルや友達とクリスマスイルミネーションを見よう!"
クリスマスイルミネーションか。
クリスマスは後一月先、クリスマスかぁ。
……ん?
クリスマスか。
冬月さんは何して過ごすんだろ。
あの人の事だから普段通りかな?
もしそうなら……。
「……よし」
恋歌も言っていた通りだ。
俺は妹に依存しつつある。
俺は自分を罪人だと思い、自分を押し殺してきた。
依存先を変えないと、本当に取り返しがつかなくなる。
なら、妹の怒りを買おうと、冬月さんに依存する方が数倍マシに違いない。
明るく考えろ。
前向きに、常識的に考えるんだ。
俺の青春は、冬月さんにあるんだと!
そうと決まればまずは……さ、誘わないといけないよな。
……待ってくれ、好きな人をどうやって誘うんだっけ?
えーっと、思い出せ、俺はどうやって……。
『なに、あーしと花火行きたいの? いっとくけど……浴衣とか持ってないかんね、それでもいいなら……彼女だし、いったげるけど……』
思い出そうとすると満月さんの事ばっかり思い出す俺の脳よ、それは思い出しちゃダメなやつだってば!
満月さんの前でスマホのロック画面を花火にしたり、校内に貼られた花火大会のポスターを教室に持ってきて満月さんが見えるような場所に貼り替えたり、無駄に夏の風物詩について語っていたあの頃の記憶が蘇るぅ!!
「……死にたい」
自分でもキモいと思えるような、すっごい遠回りなアピールじゃダメだ。
冬月さんは絶対にそんな事をしている俺を見ても。
"そういや花火あるんだっけ? いってらっしゃい"
ぐらいしか返してくれない!
「こんな時こそ、恋歌ちゃんの出番なんじゃないか?」
おそらく妹関係で助けてくれるって意味かもしれないけど、彼女は……いい意味で俺の都合のいい女になるとか言ってたし。
それに、彼女の感じている恐怖の為にも、そして冬月さんというスーパー美人とクリスマスを過ごす為にも彼女の力を借りるべきだ。
女の子の事は女の子に聞くのが一番だもんな。
「さーてと、そうと決まれば……」
恋歌ちゃんに電話をすると、彼女はすぐに出てくれた。
電話の向こう側の恋歌ちゃんは、気のせいかもしれないがとても安心しているような、そんな声色をしていて。
『恋歌ちゃん、助けてくれるか? 君の力が必要なんだ』
俺が助けを求めると。
『やっと僕を頼ってくれましたね! よかった……僕、お兄さんの為なら何でもしますから、何でも言ってください!』
俺の予想よりも大きな安堵の感情を込めた言葉が返ってきた。
よし、これなら協力してくれる。
『実はさ……恋歌ちゃん』
『はい!』
『君に指摘された通り、俺は妹に依存しつつある、だからそれから抜け出す為に必要な事をしたい』
『必要な事……ですか?』
『ああ』
俺はずっと自分は罪を背負っていると思っていた。
そう思い込んで、妹が俺から離れる事を許さないようにしていたし、俺自身も妹から離れる事を許さなかった。
だから、まずは自分から離れよう。
『俺……好きな人がいるんだ、バイト先の人なんだけどさ、その人をクリスマスのイルミネーションに誘いたいんだよ、だから協力してくれないか』
『…………それが、お兄さんの望みなら』
いきなり理由のわからない話をぶつけてしまったせいで少し混乱していたようだが、恋歌は協力してくれるらしい。
よし、まずは冬月さんと恋歌を近づけるんだ。




