俺の妹だ
妹は勿論、恋歌にも依存したりしない。
これまで通りにすればいい。
……いやこれまで通りじゃだめだな、妹に依存しつつあるこの精神をどうにかしないとだが、まぁそれはそれだ。
恋歌は俺に責められるかもしれない恐怖で動いている、それと同じで俺も妹から責められる事を恐れている。
ここには恐怖しか無いはずなのに、いつ俺は妹に変な感情を持ちはじめたのだろうか。
妹が他の男と一緒にいる。
……ああ、想像しただけでも怒りがこみ上げてくる。
しかしこの感情は……どうして……。
「よぉ、シスコン野郎」
俺にとって一人で考え事をできる時間は限られている。
他の事を考えながらバイトできる程器用じゃないし、家で一人考え事をしていれば必ずといっていい程妹が部屋にやってくるか、そもそも妹と二人で過ごしているかだから、この授業と授業の間の短い休憩時間と、授業中は俺にとって脳内を整理するのに必要かつ大切な時間だ。
そんな事を分からず、俺に話しかける奴がいる。
キラキラと光る派手なネイル。
金髪に紫色のメッシュが入っていて、耳にはシルバーのピアスが二つ輝き、開いた口の中には舌につけられたピアスも見えている。
見た目は俺が好きだった頃と変わらない。
思った事はハッキリと言う性格で、彼女は自由で何物にも縛られない。
昔の俺は、まるで太陽のように眩しい彼女に惹かれていた。
今や、うざったいだけの迷惑な光だがな。
「話しかけないでくれるか、満月さん、話す事なんて無いだろ」
「愛しの妹が居なくて寂しいのかなって思ってさ、外見てるって事は次がお前の妹の体育の時間っしょ?」
「勝手に言ってろ」
「冷たーい、仮にもあーしは元彼女なんですけどぉ?」
だから何だと言うのか。
もう今は違うだろ、友達どころかただの知り合い、いやクラスメイトレベルの希薄な繋がりしか無い。
元彼女って言われても、知るかとしか思わないけれど、その発言は妹にあまり聞かせたくない。
だってこの間……。
『兄さんの初めては全部私がもらいますからね! あ……でも初めての彼女は……あああ!』
とか言って部屋で転げ回ってたし。
独り言で脳が破壊されるとか、記憶を消す方法がどうとか言いながら俺を見る妹は……それはそれは怖かったぞ。
考えてみろ、フライパンを持ってぶつぶつと小声で頭を叩けば記憶がどうのこうの言ってんだぞ。
どうだ、怖いだろ。
「昔の話だろ、今は他人だ」
「まーね、んでさぁ、シスコンに聞きたいんだけどぉ」
彼女の目線を合わさない為に窓の外を見ていたが、目の前を遮るように満月さんのスマホが置かれる。
あまりにもウザい。
腕を弾いてやろうと思ったが、そこに映っていた人は……妹でも俺でもない、恋歌だったのでそれをやめた。
「この子、誰?」
「盗撮か? 犯罪者」
「質問に答えてくんね? あーしを捨てて妹に走って、それも飽きたから次の女がこの子って認識でいい?」
良い訳あるか、クソ女。
「お前には関係無い」
「あっそ、んじゃいいや」
……何だ、案外素直に引き下がってくれたな。
少し不気味だが、話しているよりもマシだ。
さてと……楽しい事を考えよう。
そうだな、冬月さんに惚れ薬を仕込む妄想でもしようかな。
別にMって訳じゃないけれど、カッコいいイケメン姉貴って感じのする冬月さんを攻めるのは想像でも難しい。
やはり、冬月さんに攻められるほうが……。
「あーしだって……」
ダメです冬月さん!
……ふむ、いやダメですとはならんな。
冬月さんが俺を求めるなら何があろうと受け止めるだろうし、なんなら俺から自分を売りにいくだろう。
もっとこの妄想を突き詰めていこう。
ふふっ、やっぱりこの時間は大切だな、ヤバイ奴だと思われそうだがやはり楽しい。
ああ、もうそう思われてたから、いいか。
放課後、いつも通り妹の教室に向かった。
恋歌の姿はそこに無く、グラウンドを見てみると俺の予想どおり恋歌の姿が……なかった。
用事があって今日は休みなのかもしれないな。
俺だって恋歌の予定全てを知っている訳じゃない、彼氏とかじゃないから当然だが、何故か嫌な感じがする。
満月さんが恋歌の写真を持っていた事が……まさかな。
「……にいさーん」
「あ、悪い悪い、帰ろっか」
「今じーっとグラウンド見てましたよね、むむむ……私より可愛い人、もしくは私よりスタイルのいい子が……」
手を繋ぐ前に妹の頭に手刀を入れる。
それを見ていた彼女のクラスメイトが一瞬ザワつく。
「アホ」
「あう、だってぇ! 兄さんが陸上部女子を見てたから……むー!」
頬を膨らませ、ぶーぶー文句を言っている妹は、周囲を黙らせるのには十分すぎる可愛さを持っていて。
「兄妹でイチャイチャしてる」だとか。
「雰囲気がもう恋人じゃんキモ」だとか、心ない小さな言葉を消していく。
だが、消える前のそれらを聞いてさっきまでの明るい表情を曇らせ、またやってしまったって感じで落ちこむ妹の手を引いて帰ろうとしていると。
「でもゆうかちゃん幸せそうだよね」
名前も知らない後輩が、そう言っているのが聞こえた。
妹もそれを聞いたのか、その発言をした女子生徒に向って。
「ありがとうございます」
とても丁寧に、それでいて明るい声で、礼を言いつつ頭を下げた。
その最中も俺の手は離さなかったが、今妹は恋歌や俺以外に話しかけている。
今までこんな事は無かった。
恋歌の話では、クラスメイトと話をする事自体はあったらしいが、こんなにも自然に近い妹を、壊れてしまう前に近い妹を見せる事は無いと聞いていた。
それが今、妹も回復しつつある事を行動で示してくれている。
「え……あ、うん! 私はゆうかちゃんの幸せを応援してるからね」
発言の主であるクラスメイトも俺と同じく、妹がこんな反応をした事に驚いたのだろう。
言葉に詰まりつつ、笑顔で言葉を返してくる。
だが、俺はそれよりも黒板近くにいる男どもが気になった。
妹はモテる、まぁモテる。
兄から見ても可愛いと感じる程の見た目は、これまでに様々な男を引き寄せてきた。
だから、妹を見る男が、どんな感情を持って妹を見ているのかはすぐに分かる。
「行くぞ、ゆうか」
「は、早いですよ兄さん!」
アイツ、完全に妹に惚れている。
あの男は危険だ、恋歌に言って近づけさせないようにしないと……いやそれか俺が直接シメるか?
妹に近付くなと警告して……いやそれだと……。
「兄さん、ちょっと早いです」
「……早く学校出るぞ、急げ」
「何をそんなに急いでいるのですか、もしかしてバイトに遅刻しそうなんですか? ダメですよ、時間には余裕を持ってシフトを組まないといけないと前にも言いましたよね! だいたい……」
「さっき黒板近くにいた男がお前を変な目で見てたんだ、だからさっさと帰りたい」
「そ、そうでしたか……それなら急いで帰らないといけませんね」
「ああ、行くぞ」
繋ぐ手が震えだした。
……俺は何をしてんだよ。
わざわざ妹を怯えさせるような事を言わなくてもいいだろ。
俺が警戒していればよかったのに、妹に言う必要はなかった。
「に、兄さんは私が他の男性に見られるのは嫌ですか?」
「嫌だ、見られるのも、近づいてくるのも嫌だ」
「私は兄さん一筋ですよ、私は兄さんの恋人代わりなんですから、絶対に他の人になんて……」
下校中。
帰り道にある裏通りから物音がした。
金属製の物が落ちてアスファルトとぶつかった時のような音と、タライが崩れるような音もする。
「兄さん、大好きです、愛してます」
そんな音も、妹の言葉でかき消されていく。
妹に依存しないと決めたのに。
俺は今、妹から好きだと言われて心の奥底でよろこんでしまっている。
……好きだとか嫌いだとか、それは関係ない。
今日の感情のそれは……ゆうかを知らない男から守る為の感情だ。
これはおかしな事じゃない。
大丈夫、まだ俺は大丈夫、俺は依存してなんかない。




