僕にドキドキして下さい
バイト終わりの夜。
両手がプルプルとして、握力が今だけはゼロになってるんじゃないかってぐらい力が入らない。
スマホですら重さを感じるぐらいだ。
若い高校生だからというめちゃくちゃ迷惑な理由で、店長は重い飲料を運ぶように指示してきやがったから……許せん。
確かに他のパートのおばちゃん達に運ばせるのは酷かもしれないが……店長も少しは手伝ってくれれば良かったのに!
「くっそ、俺ばっかり重いもん持たせやがって!」
あの店長が冬月さんなら文句の一つも出てこないだろうが、そうじゃないから文句しか出てこない。
中年のおっさんに頼りになるといわれて喜ぶ男子高校生が何処にいるんだっての!
「って……そんな事よりも公園行かねぇとな」
しかし今日は酷かった。
妹と恋歌はお昼ご飯を一緒に食べてはいた、だが、明らかに会話が少なかった。
いやもう無かったと言っても間違いないだろう。
"うん"とか"そう"が会話にカウントされるのなら、しているといってもいいだろうけどね。
スマホを開き、恋歌からのメッセージを見る。
最後のメッセージは彼女が朝送った物で終わっている。
メッセージで相談してくれてもいいと提案したけど、やはりそれではダメらしい。
現時点で分かっている事と言えば、彼女は俺を助けようとしている事。
決して認めないが俺が妹に依存しているのは間違っているとか言っていたし、妹を守る事を否定せず精神的に妹離れをどうこう言っていた気がする。
決して妹の前では話せないが、待ち望んでいた助けが来るのかもしれない。
この狂った状況から、恋歌が助けてくれるかもしれない。
妹を傷つけず、俺も救われる。
そんな結末がこれからやってくるのではないかとバイト中何度も考え、そんな甘い考えを捨てろと自分に言い聞かせてきた。
だがそれでも公園に近付くほど、俺はそんな輝かしく眩しい未来を期待してしまっている。
本来なら俺が動くべきだった。
だが、あの妹を一人にはできないし、妹が俺を責めた時にはとてもじゃないが正気でいられる気もしない。
もう、家族のあんな絶望と苦痛に歪み、恐怖に怯える表情は見たくないんだ。
「……妹にもうあんな思いはさせないって決めてたけど、俺があの状態になった妹を見たくないだけなのかもな」
公園に着いた。
ベンチにはいつも通り、恋歌はホットココアで指先を温めて、高くなった口内の温度を白い息として吐いている。
普段ならここで待たなくてもいいのにと考えてしまうが、今日の俺は恋歌を見て"いてくれてよかった"と思い、多分、いや絶対に表情は緩んでいただろう。
「よ、恋歌ちゃん」
「バイトお疲れ様でした、お兄さん」
恋歌がベンチの空きスペースをポンポンと叩くので、俺はそれに従って彼女の隣に座る。
「今日は特に寒いな」
「えへへ、はいこれどうぞ」
ヒヤリとするベンチに体温を奪われている俺に、恋歌はポケットからもう一本のココアを取り出して、それを俺にくれた。
長い間彼女のポケットに入っていたのだろうか、自販機から出てくるような温かさではなく、人肌程度の温度しか持っていなかったが、冷え切った俺の体にはそれが十分に温かく、ありがたかった。
「サンキュ」
「あっちゃー、これ冷えてますね、お兄さん指先とか冷たくないですか?」
「十分あったかいよ」
「……いや、まだ冷たいでしょうから、これでどうですか?」
両手でココアの缶を握る俺の手を包むように、恋歌の手が上から置かれた。
女の子らしく、俺よりも小さな手は全て包み込む事は無かったが、それでも内側の缶と、彼女の体温でどんどん温められていく。
あったかい……けど、ちょっと恥ずかしいな。
「あ、その……恋歌ちゃん、これは流石に……」
「はい?」
いや嬉しいよ?
寒かったし、実際あったかいし、恋歌の心遣いも嬉しい。
だが……流石にこれは恥ずかしい。
ダメだ、意識したらどんどん恥ずかしくなってきた。
さっきまで寒かったのに、頭から湯気が出そう。
「お兄さん顔真っ赤! どうしたんです……あ……へぇ、もしかして」
いつも学校で見せるカッコいい系の笑顔じゃない。
妹といる時みたいな、自然な笑顔でもない。
ニヤニヤとするような、それでいて陰湿さを含まない。
そんな笑顔で、恋歌が俺の顔と触れている手を交互に見てから。
「僕でドキドキ、してくれてます?」
核心をついてきやがった。
落ち着け俺!
相手は妹の友達だぞ、それにこれは満月さんとやった事のある事、初めてじゃないんだから心を落ち着かせれば……。
目を閉じろ、そしてイメージするんだ。
相手は満月さん、もしくは妹。
二人の名前を交互に脳内で連呼して必死に冷静になろうと頑張っているのに、恋歌は余計な事ばかり言ってくる。
「違う! これはその、ココアが熱くてだな」
「絶対嘘だ、僕でもぬるいって感じる温度ですよ?」
「バイト終わりだからこれでも熱いぐらいなんだよ、あはは」
「じゃあ顔まで真っ赤になるのはおかしいですよね、お兄さん」
くっ……。
か、返す言葉が見当たらない。
「そっか、お兄さんは僕でもドキドキしてくれるんだ……えへへ」
恋歌の手から解放される為に少し手を動かすが、それは彼女の力で防がれる。
そして。
「認めてくれないと離してあげませんよ、お兄さん」
勝ち負けとかじゃないのは分かっているが。
俺は年下の女の子に敗北したような気持ちになりながら。
「……ドキドキしました、こ、これでいいか!?」
「はい、じゃあなおさら離してあげません」
「正直に話したのに!」
心からの本心を伝えたのに、結局解放されないという軽いいじめに近い何かを受けた。
言っておくが俺に変な性癖があるとかじゃないぞ?
そうじゃないけど……。
「もっと僕にドキドキして下さい、お兄さん」
彼女の言葉は、とても心地よかった。




