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第6話 前編

 あの頃の彼は、まだ自分が“物語になる”なんて、これっぽっちも思ってなかった。


 剣の訓練を積んでりゃ、いつかは何かが変わる――そんなふうに信じてた。

 けど、“剣を振るう”ことと、“戦う”ことの違いってやつは、誰かにちゃんと教えてもらわないと、なかなか分からないもんでね。


 ……この日を、私はようく覚えてる。

 ただの訓練が続く、いつも通りの朝だったはずなのに、

 彼ははじめて、“誰かを守るための戦い”を、肌で学んだんだ。


* * *


 冬の朝ってやつは、空気のなかにちょっとした硬さが混ざってて。

 乾いた土の上で木剣が弾ける音が、コツン、コツンと村の訓練場に響いてた。


「カイ、こっちに来い」


 父親の鋭い声に、カイはちょっとだけ眉をしかめて、それから一歩だけ引いた。

 手の中の木剣を握り直す。掌はすっかり冷えきってて、感覚もあやふやで、つい肩に力が入りすぎてた。


 父さんの隣には、見覚えのない男が立ってた。ごつごつした肩に、分厚い指先。村じゃめったに見かけない、革の鎧なんか着てる。

 背負った盾が、朝日を浴びてかすかに光ってたのを、私はよく覚えてる。


「カイ、お前はもう剣を振れるようになったな。だったら今日からは、“戦い”の訓練に入る」


 そう言いながら、父のタリスはその男へ視線を向けた。


「紹介しよう。この人はザシャ。王都の近くにある街で猟兵をしてたが、この村の出身でな。今は引退して、帰ってきたところだ」


「タリスに声をかけられてな。最後に世話になった村ぐらい、守ってみせっかと思ったわけよ」


 ザシャはにかっと笑ってたけど、その目には村の土と同じ色が宿ってた。

 村の空気に染まってないというか……その人だけが、よその世界の匂いを纏っていた。


「剣を使えるのは当たり前だ。でもな、戦場で剣を抜いたとき、“勝つ”ことばかり考えてるやつは、すぐ死ぬ。

 戦いってのは、勝つためじゃねえんだよ。生き延びるため、誰かを守るためにやるもんだ。

 ……カイ。お前、俺を倒してみな」


「……っ」


 いつもよりちょっと重めの訓練用の木剣を手に取って、カイはザシャと向き合った。


 けど、妙な話でさ。ザシャの立ち方は隙だらけに見えた。剣はだらんと下を向いてて、重心も高い。

 カイは一瞬だけ戸惑ったけど、大怪我にならなそうな肩口を軽く叩くことに決めた。


 一歩、間合いを測って――踏み込んだ、その瞬間。


 木剣の一撃は、ちゃんとザシャの肩に当たった。けど、彼はびくともしない。膝をつくどころか、笑ったままだった。


 ――そして、次の瞬間。カイの視界がぐるん、と回った。


「うわっ……!」


 投げられた。

 剣が宙を舞い、背中が地面に叩きつけられた。

 息が、喉の奥に詰まる。


「……斬ったつもりか? それ、俺の腕じゃねぇぞ。肩当てだ」

「俺が動かないと思って、気を抜いたんだろ。戦場なら今ので、お前が死んでる」


 ザシャはゆっくりと木剣を拾い上げながら、涼しい顔でそう言った。


「剣で勝った気になんな。戦いで勝て。お前の構えは、命を奪える構えじゃねぇ。

 “当たれば止まる”なんてのは訓練の話だ。油の染みた革鎧は、そうそう裂けやしねぇよ」


「脂が刃にべっとり付いたら、そんときゃもう剣はただの鈍器だ。切れ味なんて、一発で死ぬんだよ」


「……じゃあ、刃は何のためにあんだよ……!」


 思わず口に出したその問いに、ザシャはにやっと笑った。


「斬るためだ、なんて思ってんのはお前だけだ。

 お前の父ちゃんや先輩連中は、“斬らせないため”に教えてきたんだろ? そうだろうが」


 その言葉に、カイは何も言えなくなってた。

 

 そっからだ。カイの“負け”は、ほぼ毎日になった。


 鍔迫り合いをしかけりゃ、足を払われて転がる。 「鍔迫り合いなんざ、横から斬られて終わりだ!」


 踏み込んだら、盾で押しつぶされる。 「盾はな、構えるもんじゃねぇ。ぶつけるもんだ!」


 下がれば足をすくわれて、雪の地面に尻もち。 「安易に引くな、見えねぇとこで何が起きてるか分かんねぇぞ!」


 剣を振れば、その前にザシャが動いてる。斬るより先に、投げ飛ばされる。 「遅ぇ、全部が!」


 剣が当たっても、斬り返しでやられる。そんでもってザシャは、刃を突きつけるふりして、にやっと笑って煽ってくる。


「見てから考えてたら、もう手遅れなんだよ」


 どんだけやっても、全然手応えがない。


 ある日、カイはタイミングをずらして打ち込んでみた。うまくいくかも、って思ってさ。でもザシャは、その刃をわざと受けて、勢いを殺したうえで盾をガンと突き出してきた。


 カイはたまらず後ろに押し出されて、雪の上に尻もちをついた。


「……くそっ!」


「剣を振るのがうまいだけじゃ、何も守れねぇぞ。いつまで“ごっこ”やってんだ、お前は」


 そのひと言が、たぶん一番カイの胸に刺さった。

 

 * * *


 その日の午後だった。カイは訓練を抜けて、村の外れまでひとりで出ていた。


 村と山の境にある、ちょっとした小高い丘。夏には子供らが虫を追いかけて、冬には雪合戦をして騒ぐ、何の変哲もない場所。


 今はただ、冷たい風が吹いてただけ。枝に霜が降りて、土はカチカチに凍りついてた。


「……弱えな、俺」


 木剣を握った手が、かすかに震えてた。寒さのせいじゃない。悔しさ、情けなさ、焦り、あと……言葉にできない、もっと深いところにある何か。


 カイは木剣を振った。ひと振り、ふた振り、何度でも。誰に見せるわけでもなく、誰かを斬るわけでもない、ただの素振り。


 ――その時だった。


 遠くのほうから、甲高い鳴き声がした。どこか、やけに切羽詰まったような、混ざった声。


「……ヤギ?」


 顔を上げた瞬間、丘の下に小さな人影が見えた。村の小さな子が、何かを追いかけて、慌てて駆けていってる。


 その前方、地面すれすれを走る、灰色の影――背を丸めた獣のような形。


 低く唸る音が聞こえた。


 あれは……家畜じゃねぇ。あれは、野犬だ――!


「……っ!」


 カイは反射的に駆け出してた。


 斜面を駆け下りながら、状況を頭の中で組み立てようとする。子供は、振り返りながら走ってる。けど足は遅い。


 その後ろから、野犬が地を蹴って追いすがってくる。


「危ねぇ――っ!」


 叫ぶと同時に、腰に下げてた小さな盾を抜いた。木製だけど、中に芯が詰まってる。それから、腰に差していた……そう、訓練じゃまだ使わせてもらえなかった、“本物”の短剣を、手に取った。


 子供の前に飛び込むように立ちはだかる。


 その瞬間、野犬が跳んできた。


「来んなっ!」


 盾を突き出す。その下から短剣をのぞかせて構えた。訓練で何度もやらされた、“盾を前に、剣で牽制”の型。頭で考えるより先に、体が勝手に動いた。


 ――ガンッ!


 野犬の体が盾にぶつかり、短剣の刃先が肩をかすめた。


 キャン、と甲高い悲鳴。野犬は跳ねて後退し、牙を見せて威嚇しながらも距離を取った。


 カイは子供を背にして、じりじりと後ずさる。


 数歩後ろに下がったところで、野犬がぴたりと止まり、鼻を鳴らす。それから一歩、もう一歩と引いて――森のほうへと姿を消した。


「……行った、か……」


 カイの体から、どっと力が抜ける。短剣を持つ手が、びくびく震えていた。


「だ、だいじょうぶ……?」


 背後から、震え声。カイは小さく、けどはっきりと頷いた。


「平気だ……俺が、いるから」


* * *


 村に戻ったカイは、着替えるでもなく、そのまま鍛錬場の隅っこに座り込んでた。


 手のひらには、短剣の柄を握りしめてた痕が赤く残ってる。体は無事だった。けど、心の中に残ってたもんは、重くて、うまく言葉にならなかった。


「……死んでたかもしれねぇな、俺」


 ぽつんと漏らした声に、焚き火のほうからふいに返事が返ってきた。


「それでも、あの子を守ったじゃろう」


 ゆっくりと近づいてきたのは、ヤーナ婆だった。


 彼女は火に薪をくべながら、その場に腰を下ろした。


「お前さんに、忘れたい過去があるのは分かっておるよ。過去から逃げ出すための訓練でも、その足はちゃんと前を向いておった。自分じゃ気づいてなかったかもしれんが、それでも……“誰かを助ける者”になっとるよ、お前は」


 カイは口を開きかけて……でも、何も言えなかった。


「今のお前の歩みを、あの子が救われたという事実が示しておる。それで、ええんじゃよ」


 焚き火がぱち、と爆ぜた。しばらくの間、その音だけが静かに響いてた。


* * *


 次の日の朝。訓練場の隅に、ぶら下げられていたのは……でっかいイノシシの死体だった。


 薄く雪の積もった地面に、血が染み込んで、赤黒く凍りついてる。腹はすでに割かれてて、内臓は抜かれていた。背中には厚い毛と、脂肪の層。まるで鎧をまとってるみたいな獣だった。


「今日の“先生”だ」


 腕を組んだ父さんが、にやっと笑って言った。


「木剣じゃねぇ。本物の刃を持て。……貸すだけだがな」


 そう言って差し出されたのは、訓練用じゃない。実戦用のショートソード。


 持ってみた感触がぜんぜん違う。重みも、重心も、全部が違う。カイは手の中で剣を回して、慎重に目を細めた。


「切ってみろ。いつもの感じでな」


 言われた通りに構えて、斜めに一閃。


 ――ガン。


 鈍い音。剣は、毛皮の上を滑って、そのまま弾かれた。


「脂が冷えて硬くなっとる。切るんなら、“斬る剣”の使い方を覚えねえとな」


 隣で、ザシャがぽつりと口を開いた。


「剣はな、なんでも斬れる万能の道具じゃねえ。脂が刃についたら、それだけで鉄でも粘土みてぇになるんだ。刃を滑らせろ。力じゃねぇ。角度と、手首と、呼吸。覚えることは多いぞ」


 そう言ってザシャはカイから剣を受け取り、静かに肩越しに構えた。


 ――シュッ。


 一太刀。


 毛皮の表面に、ほんのわずかな切れ目。そこから、じわっと血が滲み出してくる。


「切れてるようで、切れてねえ。でもな、これで充分なんだよ。脂肪の奥まで届けば、あとは“流す”だけでいい」


 カイは動きを真似しながら、息を整えて、もう一度剣を振った。


 ――ザリッ。


 今度は、刃が脂をなぞるように入って、皮の下に食い込んだ。


「……おお……」


 思わず、声が漏れた。


「だがな。これが“戦場”だったら――」


 父さんが視線を落とす。


「深く刺しすぎれば、抜けねえ。脂が刃についたら、次の一撃が通らねぇ。

 戦場じゃな、一瞬の手間取りが、命取りなんだ」


 ザシャも静かに頷いた。


「だから視野を広く持て。返り血で視界が曇ることもあるし、刃が重くなることもある。周りに何がいるか分かんねぇ、そんなときこそ、“何を斬るか”より、“何を守るか”を考えるんだ」


 カイは、それを聞きながら、ただ一つ頷いた。


「なあ、カイ。お前さ、剣の刃って何のためにあると思ってた?」


 父さんが急に聞いてきた。


 少し迷ってから、カイは答えた。


「……斬る、ため?」


「違ぇよ」


 あっさりと返された。


「切られたほうが、“負けた”って納得するためのもんだ」


 ぽかん、とした顔をしているカイに、父さんは笑わずに続けた。


「剣の稽古はな、勝ったと負けたを分かりやすくするもんだ。でも、戦場は違う。何やっても納得しねぇ相手ばっかりだ。だからこそ、“死なねえために剣を握る”。

 斬るためじゃねえ。“死なねえため、死なせねえため”に振るうんだ」


 焚き火がぱちん、とまた爆ぜた。吊るされたイノシシの脂が、照り返しの光を放っていた。


 カイの手の中にあった剣が、少しだけ重たくなった気がした。


* * *


 夜明け前の村は、まだ寝静まってた。遠くの納屋のほうで、コケコッコーと間の抜けた鶏の声が聞こえてくる。霜を踏んだ足音だけが、妙に大きく響く朝だった。


 納屋の裏手で、けたたましい吠え声があがったとき―― 、カイは、反射で剣をつかんで外へ飛び出していた。


 声のする方角。囲いの外。あの子供だ。また囲いを出てしまってる。逃げた鶏を追いかけて、うずくまったまま動けなくなってる。


 その向こうに、うずくまった痩せた影。低く唸る声。牙。


 あのときと同じ。野犬だ。


 カイは一歩前へ出た。息を吸い、盾を構える。剣はまだ抜かない。


 すぐ後ろ、子供の震える気配がある。


(突っ込むな。斬るな。ただ……守れ)


 訓練のときに叩き込まれた言葉が、胸の奥でよみがえる。


 野犬が唸り、前足を一歩踏み出す。カイはじりじりと盾を前に出す。剣を、鞘から少しだけ引き出す。わずかに、光が走った。


「……来るなら、来いよ」


 かすれた声で呟いた、そのとき。


 野犬が跳んだ。


 カイは横に滑るように足を運び、盾を斜めに立てる。ガツン、と衝撃が走る。体ごと押された。


 でも――耐えた。


 右手の剣を抜く。けれど、振らない。ただ、構える。斬らない。今は斬らない。


 守る。それが先だ。


 野犬は一瞬、また跳びかかろうとした。でも、躊躇った。鼻を鳴らし、踏みとどまる。


 そのときだった。


「カイっ!」


 ユリアの声が背後から響いた。村の男たちが駆けてくる足音。


 野犬は身を翻し、森のなかへ姿を消した。


 緊張が、どっと抜ける。


 カイは剣を鞘に戻して、盾をそっと下ろした。子供が泣きながら、袖をつかんでくる。


「……大丈夫。もう、行ったよ」


 誰も傷つかなかった。誰も、斬らずに済んだ。


(ああ……これが、“勝ち”なんだ)


 カイは、そう思った。誰にも聞こえないように、心の中でそっと呟いた。


* * *


 翌朝の訓練場。冷たい空気の中、数人の村人たちが様子を見に来ていた。


 カイは、先輩兵の木剣を受け止めていた。その姿は、昨日までの彼とはまるで違って見えた。


 動きが軽い。剣の角度、受けるタイミング、衝撃の流し方――全部が、洗練されてきていた。


 鍔迫り合いにはならない。押さえ込もうとせず、相手の力を受け流す。盾の構え方も変わっていた。無理なく体を納めて、ちゃんと“守る”形になってる。


「……へぇ、ちっとは板についてきたじゃねぇか」


 先輩兵が木剣を引いて、にやりと笑った。


「でもな……」


 体勢を低くしたまま踏み込み、盾の下から木剣を滑り込ませる。カイが一瞬反応した、その“反応”に逆手を取られて体勢を崩された。


「お前、そうやって“反応”しちまうから、罠にかかるんだよ」


 先輩は木剣を肩に担ぎながら言った。


「いいか、戦いの最中に“動くな”って指示が出ることがある。その“動かない”ってのが、一番ムズいんだ。でもな、その“動かない”が命を救うことだってあるんだぜ?」


 カイは地面に手をついたまま、ぐっと奥歯を噛みしめた。悔しい。でも、目には前とは違う光があった。


 動ける。見えている。反応できる。――でも、それだけじゃ足りない。守るには、“耐える判断”が必要なんだと、ようやく分かってきた。


* * *


 訓練の合間、干し肉をかじってた先輩がぽつりと言った。


「そろそろ、いいんじゃねえか、親父さん。山に連れてっても」


「……ああ。俺もそう思っていたところだ」


 後ろで聞いていた父――タリスが、しみじみと頷いた。


「少し前にな、知らせがあってな。山の向こうの村が、補給の荷を奪われたらしい」


 その言葉に、カイがごくりと喉を鳴らす。


「野盗……ってことか?」


「ああ。……本来なら領主に報せて、兵を呼ぶ案件だ。けどな、手配してから来るまでに、二月はかかる。その間に村が襲われでもしたら、俺たちは自分たちの手で守るしかない」


「……だから、山狩か」


 ぽつりと漏れたカイの声に、わずかに震えが混じっていた。


「来い。実戦を知る者が一人、戻ってきてくれた。俺とザシャがいれば、お前を守れる。……けど、これは訓練じゃない。命のやり取りだ。それでも、来るか?」


 ――迷いは、なかった。


「行くよ。俺は……その“覚悟”のために、剣を握ってきたんだ」


* * *


 数日後の朝。雪がちらちらと舞いはじめた山道。カイは村の自警団と猟師たちの一団に加わって、黙々と歩いていた。


 先頭にはタリスとザシャ。そのあとに弓を背負った猟師たち、槍を持った若い男たち。カイは最後列。左手に盾、腰には貸与されたショートソード。


 雪を踏みしめる音が、やけに耳に残った。父さんの背が、遠くて。けど……今は、背中で何を考えてるか、少しだけ分かる気がした。


「風向きが変わったな。気をつけろ」


 ザシャが低くつぶやく。


「焚き火の跡があるって話だったな? つまり……」


「……人だ。しかも、長居してた形跡がある」


 ザシャは足を止めて、雪を払った枯れ草をかき分けた。


 そこに残っていたのは、乱れた足跡と黒く焦げた焚き火跡。そして、焼け残った布の切れ端。


「……この織り、見覚えある。北の村で使われてる赤土染めの布だ」


 カイの喉がごくりと鳴った。


「じゃあ、やっぱり……」


「ああ。間違いねえ。奴らはこの山に潜んでる」


 その場にいた全員が、無言で武器を握り直した。吐く息が白くなり、空気がぴんと張りつめていく。


「いいか、これから先は訓練じゃねえ」


 ザシャが静かに言った。


「剣も盾も、お前自身を守るためにある。勝ち負けなんかより、生き残ることを考えろ」


 その視線が、カイに向けられる。


「カイ。剣が振れるだけじゃ、何も守れねえぞ。……俺みてぇになるなよ」


 カイは、真っすぐに頷いた。胸の奥で、心臓がドクンドクン鳴ってた。


 でも、もう逃げる手は握ってない。震える手は、しっかり剣の柄を握り直していた。


* * *


 あの一匹の野犬と向き合ったとき、彼は“恐れずに立つ”ことを覚えた。


 剣で敵を倒すんじゃない。盾で誰かを守るんだ。それが、あの頃の彼にとっての“戦う”ということだった。


 勝つためじゃない。生きるために。そして、誰かが生き残るために。


 ――私は記す。これは“英雄の物語”ではない。けれど、この日から。彼は確かに、“語られる者”になっていったのだと。


 ――第6話 『歩き始めた日』

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