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第7話 前編

 恐怖で足がすくむこと。

 手にした道具が、命を奪う刃になってしまうこと。


 戦うというのは、ただ勝つことじゃない。

 一歩でも踏み出すこと。

 自分の意志で、目の前の現実を選び取ること。


 ……この時のライナには、それだけで十分だった。


* * *


 山道を歩いていたライナの足が、ふと止まった。

 丘と山の境あたり。かすかに聞こえる――がさがさと、何かが蠢く音。


 ライナは目を細め、クワを握り直した。


「……クロ、前に何かいる? 何か荒らしてるような……」


 クロがぴくりと揺れ、風のように先を見やった。

 急ぎ足で丘の頂まで行くと、下りに差し掛かった先に小さな小屋があった。 扉は半分以上割られ、干してあった干し肉が地面に散らばっている。

 そして、その周囲には――ごそごそと動く影。

 ゴブリンだった。三匹、いや、四匹。粗末な短剣や棍棒を手に、小屋のまわりを荒らしている。


「追い払える、かな」


 ライナはクワを構えた。手に馴染んだ柄の感触。

 まだ震えはない。足も動く。


 ひとつ、深呼吸。


 そのとき――小屋の中から、がたん、と音がして扉がわずかに開いた。


「ひ、ひい……! 来てる、また来てる!」


「扉、閉めて! まだよ、まだ!」


 中から顔を出したのは、まだ10代であろう若い男と、その肩を引く年上の女だった。

 男は鍛冶屋風の腕っぷしで、女は派手なスカーフを巻いた、旅装束の商人風。

 二人とも、明らかに状況が分かっていない様子だった。


 ゴブリンの一匹が、小屋の扉に手をかけた。

 中からは、押し殺したような悲鳴が漏れていた。


 ライナは――一瞬、足がすくんだ。

 でも、その刹那にクロの声が聞こえた。


『行け』


 短くて、静かな声だった。

 それだけで、背中が押された。


 ライナはクワを両手で構え、地面を蹴って走り出した。

 ゴブリンがこちらを振り向く。目が合う。唸り声をあげ、手にした刃を振りかざす。


「やらせない……!」


 振り下ろされる武器と、振り上げるクワ。

 交錯の衝撃が、腕に、肩に、ずしんと響いた。


 クワの刃は、相手の武器に弾かれた。

 ぐらりと体勢を崩し、ライナは地面に膝をついた。


 (だめだ、まだ……!)


 逃げなきゃ。

 でも、あの中に人がいる。

 助けを求める声を、聞いてしまった。


 クロが低く唸りながら、別のゴブリンを引きつけていた。

 そのすきに、ライナは歯を食いしばって立ち上がった。


 ――戦うんじゃない、守るんだ。


 足元の土を蹴り、再び踏み込む。

 ゴブリンの動きは読めなかった。けれど、クワの柄を振り抜いた。

 狙ったのは腕、だが当たったのは肩口だった。


 ゴブリンが呻き声をあげ、よろけた。


「はあっ……!」


 追撃しようとしたとき、ゴブリンが体当たりしてきた。

 倒れかけた身体を、クワの柄で支える。

 すぐ目の前に、黄色く濁った目。生臭い息。

 恐怖で、喉が張り付いた。


 けれど、押し返した。


「絶対に……っ!」


 目を閉じて、クワの刃先を横に振り払う。


 ――ぐっ、と何かが手応えを持って止まった。


 開いた目の前に、クワの刃が斜めにゴブリンの腹へと食い込んでいた。

 息を呑む。ゴブリンが、血を吐きながら、目を見開いている。


 (刺した……?)


 膝が震えた。

 クワを引き抜こうとしたそのとき、ゴブリンが手を伸ばしてきた。


 ライナはそのまま体重をかけ、ゴブリンを引き倒すようにして崩れさせた。


「……終わった?」


 呟くような声が、喉の奥から漏れた。

 手が震えていた。クワの柄を握っているのに、力が入らない。

 

 息をつく、その瞬間だった。背後に気配。


『後ろだ!』


 クロの声が届くよりも早く、ライナの背筋が凍りついた。


 振り返る余裕はなかった。

 クワを引き戻すには時間が足りない。

 咄嗟に、手に残った柄を――そのまま、背後へ突き出す。


 ドンッと何かがぶつかる。

 反動で足元がぐらりと揺れた。

 肩越しに振り向いた先には、ライナのクワの柄が、ゴブリンの腹にめりこんでいた。


 ゴブリンは、息を呑んだまま、しばし動きを止め――

 次の瞬間、喉を鳴らして後ずさり、転げるように逃げていった。


 その背を見送りながら、ライナはようやく全身の力を抜いて座り込んた。


 クワを握る手が、かすかに震えていた。

 それでも、手放す気にはなれなかった。


「……お、おい、大丈夫か!」


 小屋の戸がバタリと開いて、男の声が飛んだ。

 顔を出したのは、がっしりした体つきの若い男と、その後ろから年上に見える女性が顔をのぞかせた。


「お、おまえ……今の、ひとりで倒したのか……?」


「クワで……?」

 女性のほうが思わず口にする。


 ライナは小さく頷いた。足がまだ震えていたけど、精一杯背筋を伸ばした。

 クロがそっとその隣に立つ。陽炎のように揺れるその姿に、ふたりは思わず目を見張った。


「……ああっ、魔物!? いや、あれは……何だ?」


「ちがいます。クロは、味方」


 ようやく声を出すと、ふたりは顔を見合わせて、それからぱっと安堵の色を見せた。


「……助かったよ。本当に、命の恩人だ。ありがとう」

 男が頭を下げる。しっかりと、深く。


「俺はブラーノ。鍛冶師の見習いやってる者だ。……こいつはナージャ、商人で俺の……旅の相棒みたいなもんでさ」


 ナージャもそっと頭を下げる。


「ナージャです。ありがとう、あなたが来なかったら、わたしたち……」


 言葉の途中でナージャの声が詰まった。

 ライナは、小さく首を振った。


「助けられてよかったです。……ライナ。僕の名前は、ライナって言います」


 火の気配もない、冷たい空気の中で、ようやく暖かい言葉が交わされた。


「それで……」

 ライナは、肩にかかったクロの尻尾をそっと直しながら言った。


「この先に、街があるって聞いてたんですけど……まだ遠いですか?」


 ブラーノが「ああ」と頷いた。


「そう遠くない。丘を越えてもう一山……半日もかからないはずだ。けど、道は狭いし、ゴブリンがうろついてるなら、迂回したほうが安全かもな」


 ナージャが、ふっと目を細めた。


「あなた、ひとりでそこまで行くつもりだったの?」


「……はい。でも、少し不安で」


 ライナの素直な言葉に、ブラーノは少し困ったように笑った。


「だったら、一緒に行こう。なにしろ命の恩人だ。道案内くらいはさせてくれ」


「わたしたちも、荷はだいぶ傷んじゃったけど、街がとりあえずの目的地なの。……それに、あなたがいると、ちょっと安心できる気がする」


 ナージャの言葉に、ライナは少し目を丸くした。

 クロがくすりと、聞こえるか聞こえないかくらいの声で笑った。


『珍しいな、おまえが“安心できる”って言われるの』


「……クロ」


 小さく睨むと、クロはふにゃりと体を揺らしてごまかした。


「ふふ……よろしくね、ライナ。あと、クロくんも?」


「よろしく」


 素直に返したその言葉には、先ほどの震えはなかった。


 ナージャがリュックを背負い直しながら、ふとクロに視線を向けた。


「……ねえ、そっちの、クロくん? えっと……動物? 精霊? それとも……」


 クロは「んふ」とも「ふん」ともつかない声を出して、前脚で耳をかいた。


 ナージャがおそるおそる手を伸ばす。

 クロはその指先に鼻を近づけ、ぺろりと一舐めしてから、くしゃみをひとつ。


「ひゃっ……な、なにこれ……ふわふわなのに、ぬるっとしてる……?」


 ナージャが後ずさりして、ブラーノが思わず吹き出した。


「お前、犬だと思ってたけど、ぬるぬるは予想外だな!」


 クロは無言でライナの足元にすり寄って、再び丸くなった。

 その様子に、ナージャがぽつりとこぼす。


「……なんか、不思議な子だね。見たことないのに、怖くない」


「たぶん、“そういうもの”なんだと思う」


 ライナは、少しだけ寂しげにそう言った。


 そして、一行は街を目指して歩き出した。

 乾いた風が、小屋の屋根の雪をさらっていった。


* * *


 雪がまだらに残る獣道を、三人と一匹が三進んでいく。

 冬の陽射しが斜めから差して、木々の影が長く伸びていた。


「……そういや、さっきのクワ。見事だったな」

 ふいにブラーノが言った。

「まさか、あれでゴブリンを撃退するとは思わなかったよ」


 ライナは、ちょっとだけ苦笑いを浮かべた。


「本当は……武器、持ってなくて。村ではずっと農具ばかりで。あれも、畑を耕す用なんです」


「えっ、じゃあ、あのクワが武器じゃないってこと?」


「はい。というか……まともに戦ったことも、実は今日が初めてで」


 ナージャが驚いたように目を見張る。


「それで、さっきの立ち回り? うそでしょう……」


「ほめてもらえるほどじゃないです。……怖かったし、必死でした」


 クロがのんびりと歩きながら、ぽそっと口をはさむ。


『まあ、あのゴブリンも運が悪かったな。』


「運が無いのは僕たちだから」


 ライナが思わずツッコミを入れると、ナージャが笑いながら言った。


「でも、クワで魔物を追い払ったなんて、なんだか語り草になりそうね。

 いっそ、それに代わる武器……クワ以外に持ってみたいものって、ある?」


 ライナは少し考えてから、そっと言った。


「……剣は、ちょっと。重いし、なんだか“人を斬るもの”って感じがして……」


「うんうん、そういう人いるよな」とブラーノが頷く。

「だったら、槍か?」


 ライナが首を傾げた。


「……槍?」


「突く武器なら、剣より軽くできるし、リーチも長い。あんたみたいに体格が小さい人には、むしろ向いてるさ」

「それに、フォークっぽくない? 三本歯のフォーク。……あれ? もしかして、三又槍って……」


 ブラーノがぱちんと指を鳴らす。


「三又槍か! おいおい、作ったことないぞ、それ。面白そうじゃないか!」


 ナージャがちょっと呆れたように笑った。


「また始まった。ほんとにあんた、こういうのだけは前のめりなんだから」


「でも、鍛冶師の魂が燃えるってもんだろ? 槍の芯に鉄を仕込んで、軽量化して、柄は木製で……よし、街に着いたら材料集めて、一本作ってやるよ!」


 ライナが小さく頷く。


「ありがとう……でも、無理はしないでください。お代とか、僕、あんまり――」


「命を助けてくれた礼だ。むしろ俺が作りたいんだから、気にすんなって!」


 その笑顔は、太陽よりもまぶしかった。


* * *


 坂道の先に、街が見えてきた。

 石造りの門は思ったよりも高くて、重厚な扉の横では番兵が槍を持って立っていた。


「おお、着いた着いた! あれが《セベシュ》の門だ。俺たちみたいな地方の職人でも、ちゃんと受け入れてくれる街さ」


 ブラーノが声を弾ませる。

 ナージャは静かに歩を緩めて、ライナに微笑んだ。


「門をくぐったら、すぐに広場よ。露店がたくさん並んでるわ。お祭りのときじゃなくても、いつもああなの」


 その言葉通り、門の内側には屋台が立ち並び、香辛料や革製品、鉄器や布のにおいが立ち込めていた。

 雪の残る石畳に、早くも春の息吹のような賑やかさが満ちていた。


「うーわ、ちょっと見ていこうぜ! 鍛冶屋の材料とか、良い掘り出し物あるかも!」


 ブラーノが目をきらきらさせながら、ずかずかと露店に近づく。

 ナージャが肩をすくめてつぶやく。


「ほんと、仕入れになると我を忘れるのよね」


 そんなやりとりを横目に、ライナはふと一つの露店に目を留めた。

 整然と並べられた、小さな金色のインゴット。表面は艶やかで、やや赤みを帯びている。


「……金?」


 ライナがつぶやくと、すかさず店主の男が身を乗り出してきた。

 細い目をさらに細め、いやに歯の白い笑みを浮かべて。


「おやおや兄ちゃん、目利きができるじゃないかい! これ、王都から仕入れた“上物”さ。普通、こっちじゃまず手に入らない代物だよ?」


 男の手には一枚の巻紙が握られていた。

 大仰な筆致で記された文字の上部には、《商業神メル》の名前がでかでかと書かれている。

 

 男はライナたちの視線が加護証に向いたのを見て、得意げに続けた。


「へへっ、こいつぁ《メル神の宣誓書》ってやつでね。……あんたたち、商業神メルをご存じない?」


 ライナが小さく首を振ると、男はますます胸を張った。


「メルは“取引と旅と、ちょっとの嘘”を司る神様さ。そいつが気まぐれに目をかけてくれりゃ、商売はうまく回るし、旅にも道がひらける。……運が良くなるんだよ」


「知ってる……都合のいい神よね」


 ナージャがぼそっと呟いたが、男は気にも留めずに続けた。


「この《誓約書》には、“商売の場で嘘は口にしない”って誓ってる。口にした言葉は、神様が見張ってるって寸法さ」


「つまり……」


「つまり、俺は嘘は絶対に吐かねぇ。これは“上物”だぜ!」


 ブラーノが目を見張る。「ナージャ! 見ろよ、金だ! 本物だ!」


「落ち着いて」


 ナージャは冷静に一歩引いたまま、インゴットを凝視する。


「色が少し赤すぎるわ。それに表面を磨きすぎてる。本物の金なら、こんなに磨いたら減るわ。……真鍮じゃない?」


「まさか、こんな光沢で? それにこの柔らかさ!」


「いやいや旦那方、そこの姉御」


 男は人差し指を立てて、したり顔で笑った。

 

「俺はね、“これは金です”なんて一言も言ってませんぜ? “上物”って言っただけ。価値があるかどうかは、お客様の見極めってもんで」


 ライナは、言葉を反芻するように口を閉じた。

 

「……たしかに、“金だ”とは言ってなかった、けど……」

「ちゃんとメル神の誓約書もある。ね? “口にした言葉には偽りがない”。……それが俺の信仰だ」


 にやりと、目が笑っていなかった。


「でも、お前――!」


 ブラーノが拳を握りかけるのを、ナージャが片手で止めた。


 ナージャはインゴットを手にしたまま、ふぅっとため息をついた。

 

「……まあ、でも、悪いもんじゃないよ。鍛冶にも使えるし、飾りにもなる。相場までは出してもいい」


 そう言って、露店の親父に金額を告げる。

 男がちょっと驚いた顔をしたあと、すぐに調子を戻した。


「へい、毎度ありぃ!」


 ライナが呆気にとられていると、クロが隣でくすくす笑った。


『騙りも、語りだからな。……物語は、正直者より、ちょっと口がうまい奴の方が面白くなる』


「……ほら、買ってやったわよ。騙された記念に」


 ナージャはそう言って、インゴットをブラーノに押しつけた。

 ブラーノは目を丸くしてそれを受け取り、ぽりぽりと頬をかいた。


「……えっ、まじで? 本当に買うの? 嘘だったのに?」


「嘘はつかれてないの。黙ってただけ。《誓約書》もあるでしょ。

 でも、こういうのも覚えておきたいのよ、私たちが何を信じて、どう選んだか」


「は?」


「言葉には嘘がなかった。それが商業神の加護でしょ? ……じゃあ、これは“騙されたふりして見抜けなかった側”の敗け。

 でも記念にはなるわよね? わたしたちの旅の一章として」


 まだ納得がいっていない様子のブラーノに対し、商人の男が語りかける。


「卑怯も度胸のうち。いいかい兄ちゃん、誓約ってのは“言葉を信じてもらう”ための札だ。

 正直になるためじゃねぇ、“言葉に重みを持たせるため”にあるんだよ。あとは、メルの気まぐれ次第さ」


 そう言いながらも、男はちらりと巻紙を見て、わずかに表情を引き締める。


「……もっとも、昔“商売で嘘をついた”ってだけで、黒死病にかかって死んだやつも知ってる。冗談じゃなく、神は見てるときゃ見てる。俺はな、それ以来、ちゃんと守ってんだよ、このルールだけはな」


 場の空気が、わずかに凍る。


 ナージャが眉をひそめ、ライナも無言でその札を見つめた。


 だが、男はそんな雰囲気を吹き飛ばすように笑った。


「ま、守ってるからこそ運が向くんだ。商談が次々決まったって奴もいるし、旅先で偶然いい品に出会うとか、まァ“加護”ってのは、気分次第で巡ってくるもんさ」


 ナージャはふっと笑うと、肩をすくめて言った。


「それに、これを見るたびに、自分がどれだけ甘いか思い出すでしょ。

 ……私がついてなきゃダメなんだって、自覚するのにも丁度いいじゃない」


「なんだ兄ちゃん、尻にしかれてんなぁ」


「う、うるさい!」


 ブラーノの耳は、先端まで真っ赤に染まっていた。


* * *


 街の外れ、石造りの屋根に煤けた煙突。ごうごうと音を立てて煙を吐くそれは、職人たちの鍛冶工房だった。

 重たい鉄の扉の前で、ナージャが深呼吸を一つしてから、扉を叩く。


「ブラーノ、ちょっと真面目にして」

「いつだって真面目だけど……」


 苦笑しつつも、ブラーノも立ち姿を整える。

 やがて扉が開き、中から筋骨隆々とした親方が現れた。


「なんだ、お前たち。――ああ、見覚えがあるな。去年の冬、行商で来てた……」


「はい、ナージャです。その節はお世話になりました」

 ナージャは恭しく頭を下げ、懐から封のされた紹介状を取り出す。


「これ、村の親方から預かってきたものです。こっちのブラーノを、“一年か二年、修行をお願いしたい”とのことで……」

「ふむ……ほう。なるほど」


 親方は封を切って目を通すと、鼻を鳴らした。


「相変わらず、あの爺さんは字がくせぇな……まあいい。仕事に穴をあけず、教わった通りにやれるなら構わん」


 ナージャが深く頭を下げると、親方はふとライナに目を向けた。


「で、そっちの子は?」


「ライナといいます。道中、命を助けてもらいました。……この街をすぐに離れる予定の旅人です。

 彼のために一本、槍を打ちたいのですが……もし、端材を使わせていただけるなら――」


 親方はじっとライナを見つめた。

 鍛冶の仕事に向いているか、ではなく、“この槍は打つに値するか”を見極めるような目だった。


 数秒の静寂ののち、親方は黙って頷いた。


「一日だけだ。道具を粗末にすんな。火を絶やすな。――それが守れるなら、使っていい」


* * *


 語ることは、時に真実を覆い、時に誰かを導く。

 嘘をつかなくても、意図で人は動く。


 誓いも、札も、神の加護さえ――

 それを語る者によって、物語は姿を変える。


 語らなかった“騙り”があったからこそ、

 この出会いもまた、物語の一節になった。


 ――第7話 前編 『語らぬ騙り』


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