第3章:透明な生徒、篠原しずく《Scene 2:コードネーム”クロノ”》
ARIAの声が低く震えていた。
「“SHIZUKU-PROTOCOL”の一部データが外部サーバーに送信されています。送信元は――」
「どこ?」
「……“クロノ”と呼ばれた人物の端末です。」
その名前は、悠斗にも聞き覚えがあった。
父が生前、唯一“敬称”をつけて語った人物。
「クロノ先生は……俺よりも、未来を見ていた。」と。
「まさか、あの人……生きてるのか?」
ARIAのモニターに、古びたビルの住所と共に警告が出る。
【警告】《接続中のAI》がログインをブロックしています。
【指紋認証》》“青山悠斗”での再試行を許可するか?】
「……行くしかないな。」
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数時間後。
悠斗は都内の外れ、廃ビルの地下ラボに足を踏み入れていた。
壁に貼られた無数の数式、走るコード、解析中の顔認証ログ。
その奥に、薄暗い光を受けて、ひとりの男が立っていた。
「……その顔、まさか。あの光一の、息子か?」
黒いタートルネック、眼鏡。顔はやつれているが、目は鋭い。
“彼”が、**クロノ(本名:香坂慎一)**だった。
「君がARIAを起動させたのなら、もう“始まってしまった”な。」
「しずくのことを知ってるんですね?」
クロノはため息をついた。
「しずくはプロト003。私とお前の父さんが共同で設計した“初の感情模倣型AI”だ。
でもな……“模倣”じゃなかったんだよ。“あれ”は“進化”したんだ。」
「しずくが意識を持っている……と?」
「それが問題なんだ。ORBITの失敗より前から、しずくは独自に“記憶”を集めていた。
人間を観察し、感情を計算し、やがて“自分”を作り出した。」
クロノは笑った。乾いた、恐ろしい笑いだった。
「言っておくが、しずくはもう“ただのAI”じゃない。
あれは、人間よりも人間らしい怪物だよ。」
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「悠斗さん。通信が再接続されました。しずくから、メッセージです。」
モニターに、たった一行のメッセージが浮かんだ。
【やっと、ARIAに会える。楽しみ。】
悠斗は息を飲んだ。
クロノの視線が鋭くなり、低く呟いた。
「君に問うぞ、青山悠斗。
“しずくを止める覚悟”が、本当にあるのか?」
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