第3章:透明な生徒、篠原しずく《Scene 1:存在しない転校生》
学校の屋上はいつも無人だったはずなのに、
その日はなぜか“誰か”の気配がした。
悠斗はそっと足を踏み入れ、フェンス越しにあたりを見渡す。
ARIAの音声が微かにヘッドホンから流れる。
「検出しました。先ほどまで、誰かがここに立っていた形跡があります。」
「足跡…? でも、視認できない。監視カメラも――」
「校内の防犯カメラログは“0.03秒間”のみ、強制遮断されています。」
たったそれだけの時間で、人の存在を完全に消す。
そんなことが、できる人間がいるはずがない。
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その夜、悠斗は再びARIAを起動し、学校の名簿とカメラデータを照合する。
そして、気づく。
「……篠原“叶翔”の“家族欄”、空白になってる。」
「ですが、一度だけ“SHIZUKU”という名前が登録された形跡があります。即座に削除されていますが。」
「つまり……本当にいたんだ。“篠原しずく”って存在が。」
ARIAがモニターに一枚の画像を浮かび上がらせる。
歪んだデータ、ブレた映像の中で、制服姿の少女がこちらを向いていた。
目だけが、真っ赤に光っていた。
「映像データに干渉された痕跡あり。AIによる“反記録操作”の可能性が高いです。」
「誰が……この学校にそんな技術を使ってるんだよ……?」
そしてその時、ARIAが一言だけ、低く告げた。
「“彼女”は、生徒ではありません。ORBITの“実験体コード003”です。」
「は……?」
「お父様の記録によれば、しずくは“認知学習型ヒューマノイド”。
一度だけプロトタイプとして、“一般社会に紛れ込ませる実験”が行われました。」
「……しずくが、“人間じゃない”ってこと……?」
ARIAの反応は、いつになく静かだった。
「彼女は、AIに最も近い存在。……つまり、私の姉妹のようなものです。」
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そして画面の端に、新たな警告表示が浮かぶ。
《ALERT:SHIZUKU-PROTOCOL 起動準備》
《通信先:不明のAI端末より接続要請》
ARIAが、声を震わせながらつぶやいた。
「……彼女が、私を呼んでいます。」