第1章:コードの記憶《Scene 3:歪んだ日常》
翌朝、教室の空気は妙に静かだった。
何かが“ひとつ外れた”ような緊張感が、ガラス越しに漂っている。
「……やっぱ、まだ来ないよな。佐倉。」
陽翔が頬杖をつきながら、窓の外を眺めてつぶやく。
昨日、夜道で襲われた彼女はいまだ意識不明のまま――その事実はSNS経由で瞬く間に広がっていた。
「変だと思わないか? アイツ、最近ずっとスマホ気にしてたじゃん。」
悠斗は視線を下げ、ポケットの中のUSBを指先でなぞった。
ARIAの中に保存された、“あの監視映像の加工データ”――あれを警察が見れば、すぐに捜査線上に浮かぶはずだった。
でも、なぜか**“事件そのものが大々的に報道されていない”。**
テレビでは「路上のひったくり未遂」とだけ報じられ、加害者の詳細は一切出てこない。
「メディアコントロール……ですね。」
ARIAが静かに囁いた。
「学校、あるいは企業、または“政府機関”が情報の一部を操作している可能性があります。」
「なんで高校生が襲われた話に、そんなやつらが関わるんだよ…」
その時、教室のドアが開いた。
「おはよう、みんなーっ!」
陽気な声の主は、クラスの中心人物・**篠原 叶翔**だった。
いつもどおりの笑顔、だが、その笑顔にほんの少し――無理があるように見えた。
「佐倉のことだけどさ……あんまり騒がないほうがいいって。先生も言ってたし。」
「それって、隠蔽じゃないのか?」
悠斗の言葉に、教室の空気がピリつく。
「ちげーよ。……オトナの事情ってやつ。ま、気になるなら“直接、見に行く”って手もあるけどな?」
篠原は笑いながら、スマホを軽く振った。
【メッセージ履歴(送信済)】
「#あの件、消しとけ。あいつ、しぶといかも。」
悠斗はその画面を一瞬だけ見逃さなかった。
「……ARIA、今の。撮れたか?」
「はい。スクリーンショットと表情データ、音声波形すべて記録済みです。」
——佐倉由梨は、偶然襲われたんじゃない。
きっと、何かに“気づいてしまった”んだ。
それに気づいたもう一人が、今ここにいる。