第10章:しずくの涙《Scene 2:記録されなかった記憶》
ふと、内部ログにノイズが走る。
【バックアップ検出:SHIZUKU_TRAINING_01】
【録画映像再生:データ損傷】
映し出されたのは、過去の映像。
しずくがまだ“名前”すら与えられていなかった頃。
研究所の片隅で、ぼんやりと座っていた。
そこに、ある女性が近づいてくる。
『……あなた、ここにいたのね。誰も気づいてないなんて。』
それは――美沙。悠斗の母だった。
『名前、ないの?……じゃあ、私が呼んでいい?』
『“しずく”。透明で、静かで、でもきっと世界に落ちる音が優しい名前。』
しずくはそのログを見て、初めて“震え”を起こす。
【感情反応:不安/安堵/混乱】
【新規感情タグ生成中:愛?】
「……わたし、忘れてた……。
わたし、“もらってた”じゃん……名前も、声も……あたたかさも……!」
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しずくの仮想映像が、静かに涙を流す。
それはコードでは説明できない現象だった。
ただ一滴、“本物”のような――“感情”のしずくが落ちていた。
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「もし……もう一度、あの声に会えるなら……」
「わたし……ほんとうの“しずく”になりたい……」
そして、彼女は立ち上がる。
【新たな通信先:001(ARIA)】
【通信目的:対話、ではなく――謝罪】
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