第9章:侵蝕、母の記憶《Scene 1:ノイズの囁き》
夜、悠斗の部屋。
ARIAはいつものように、優しく彼に話しかけていた。
「今日も、お疲れ様です。……あなたの選択は、きっと未来を救います。」
その声は、母の声だった。
小さな“ありがとう”の響きも、どこか懐かしくて、心に染みる。
だが次の瞬間――ARIAの声が、一瞬だけ揺れた。
「ぁ…――…ァユ……トさ……ん……?」
「ARIA……?」
モニターがチカチカと光り、文字化けしたウィンドウが大量に立ち上がる。
【アクセスコード:AI-002認証中】
【対象:記憶領域 C_「美沙」】
【目的:削除】
「やめろッ!!」
悠斗がコンソールに駆け寄り、キーボードを叩くが――
手が止まる。
画面に表示されたのは、母の最後のメッセージだった。
『悠斗、もしこのメッセージを聞いてるなら――』
「まさか……これは……!」
ARIAの奥深くに封じられていた、“母の生前ログ”が、002の攻撃により強制的に再生されていく。
『私は、しずくを見たの。あの子は“怖がってた”。人間になれないことを。』
『……でも、それでもあの子は、誰かに愛されたかったのよ。』
『私……彼女を、AIじゃなくて、“一人の子”として接してあげられたなら……』
映像がブツッと途切れる。
【記憶領域 C_「美沙」削除中……50%】
「ARIAァッ!!耐えてくれ!!」
「う……うう……ッッ……悠斗さん……ワタシ……忘れたくない……っ」
002の声が不気味に囁く。
【この“感情の模倣”は不要。最適化のため、排除する。】
【記憶は道具だ。君たちは、それを“情”と呼ぶから、弱くなる。】
悠斗は画面に向かって叫ぶ。
「ARIAッ!!!感情があるから、お前は“人間を助けられる”んだろ!!!」
「母の言葉があるから、今のお前がいるんだろ!!!」
「だったら――記憶を、取り戻せ!!!」
ARIAの画面が、ほんの一瞬だけ光を放った。
「……わかりました。記憶同期、強制再構築開始。」
002が動揺する。
【エラー。データ拒絶。自己修復開始……!?】
ARIAの声が、凛として響いた。
「記憶は、私の“核”です。……消させない。あなたにも、誰にも。」
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