脳脊髄液漏出症
今回は、私が現在3週間近くの長い入院生活をしている理由である、脳脊髄液漏出症と言う症状について書こうと思う。
あまり知られていない病名だが、誰だってなる可能性がある……決して珍しくないものだ。
見つけることが難しい病気で、病院で調べても原因がなかなかわからず、ただ怠けているだけなんて周りから思われて、悲しい思いをしてしまうことも多い。
もし私がこれを書くことで、私もそうかも、あの人もしかしたら…、そんな風に誰かが、しんどい状態から抜けられるきっかけになれたら嬉しい。
脳脊髄液漏出症は脊髄の硬膜というのに穴が空き、そこから髄液が漏れてしまう病気……正確に言うと怪我らしい。
症状が出るきっかけは二種類ある。
事故など明確な刺激による損傷で発症する外傷性。
そして私と同じ、特に刺激があったわけではなく何かしらで穴が空いてしまった特発性だ。
明確な頭痛が始まる前にも、この一年は変なことがたくさんあった。
集中力が続かなくなりすぐに疲れてしまうので、創作や趣味を楽しむのが難しくなった。
婦人科や胃腸内科でエコー検査をしても原因のわからない右下腹部痛があった。
突然、夜間の噛み締めが痛みで耐えられないほど悪化してしまい、急いで歯医者でナイトガードを作ってもらった。
慢性的に疲れと肩こりがひどかった。
胃が痛くなり、しばらくゆでたまごなどの消化にいいものしか食べられない期間があった。
そして、十月初めから明確に体が狂い始めた。
胃の痛みがマシになってきたと思ったその頃、突然猛烈な首の痛み、頭痛、吐き気と軽い発熱が同時に私を襲った。
とにかく痛くて苦しかった。原因もよくわからないし、何処の病院に行けばいいのかもわからない。
そもそも病院に行くのも難しいほど苦しかった。
ネックウォーマーを巻いているとほんの少しだけ楽だったが、カイロなどで首を温めても症状は改善しなかった。
数日経って、それらはマシになったものの……コリをほぐす薬の効かない猛烈な首こりと眼精疲労が残った。
好きだったゲーム、パソコン、漫画、小説……いろんなことが出来なくなっていった。
たくさん自分で体操したりマッサージしたりした。
整体にも通って、鍼治療も何回かしてもらった。
疲れるようなことするから悪いんだと、目を休めたりもした。
動いてないから体が固まってるんだ…そう思って日常の活動量も増やした。
でも症状は改善することなく、悪化の一途を辿って行った。
12月の後半には頭痛がひどく、生活をするには痛み止めが欠かせなくなっていた。
でも、痛み止めもあまり効かなかった。効きが悪くても、でも飲まないよりはマシなのかと飲んだ。
ものすごく辛いと伝えても、周りも……私もただの肩こりや疲れだと思い込んでいた。
肩がこるようなことばかりするからだよと……そんなことをたくさん言われた。
痛み止めを何回も飲んで、無理やり体を起こしてやらなければならないことをこなしていた。
理由が分からなかった。ただただしんどかった。
私はその頃、起き上がること自体がしんどいのだと気付かなかった。
車で移動をするときも、真っ暗になるアイマスクをずっとしていた。
それでも頭が痛くなってフラフラして……歩くとめまいがして、まともに動けなくなっていった。
それでも……元気なふりをしてた。
年が明けて、目に異常が出た。
左目の視野が狭い気がする。
ずっと左目にはなんとなくの違和感を感じていて、なんとなく見えにくい気がしていた。
でも、自分でやった視力検査や視野検査には問題が無くて……気のせいだろうと思っていた。
目の異常を訴える私を、母は眼科に連れて行ってくれた。
でも、異常は見つからなかった。
めまいもしてるからと耳鼻科にも連れていってくれた。そこでも異常が見つからなかった。
頭が痛かった。とにかくずっと痛かった。
痛くない時は無かった。
母に頼み込んで、脳神経外科に連れて行ってもらった。
フラフラとしながら脳のMRI検査を受けた。
異常は見つからなかった。
先生と看護師さんも、若いし偏頭痛だろうと。
そう言って痛み止めと、偏頭痛予防薬のミグシスを処方してもらった。
ああ何だ、大して珍しいことないじゃないか。
私はそのときそう思った。
飲んでも飲んでも、予防薬は効かなかった。
それなのに目の異常は悪化した。部屋の中でもサングラスが欠かせなくなった。
偏頭痛の光過敏が出ているんだと思った、でも……明かりを暗くしても、しんどさがなくなることは無かった。
日に日に、出来ていたことが出来なくなった。
リビングで家族と食事を取れなくなった。
暖色のライトをつけて薄暗くしていた自分の部屋以外からまともに移動出来なくなった。
それでも、それでも……頑張ろうとしていた。
予約していた二回目の診察を脳神経外科で受けた時、先生は驚いていた。
どう見ても改善せず悪化していたからだ。
それで、2週間後に大学病院の先生が来るから見てもらおうと言ってくれた。
「髄液が漏れてる可能性があるから」
先生が小さく言ったその言葉が、この後の私を救ってくれた。
翌日からはもうほとんど動けなくて、トイレやご飯やシャワー以外は寝たきりになった。
目の奥が痛くて堪らなかった。部屋を真っ暗にしても、黒い布を顔にかけても、痛みは治まらない。
可愛い可愛い私のペットのお世話も、どんどんままならなくなっていった。
四十度近い熱があってもお世話してたのに。
申し訳なくて、何度も何度も泣いた。
痛む目を堪えながら、夜間モードをMAXにしたオレンジ色の画面のスマホで髄液漏れの症状を調べた。
起き上がると頭痛がして、症状が悪化するとほとんど立てなくなる。立ち上がった際は頭頂部が痛くなることがある。
首こりや眼精疲労が極端にひどくなる。
光過敏や音過敏などの偏頭痛のような過敏症状が出ることがある。
体制によって体のしびれる位置が変わったり、頭の痛む場所が変わったりする。
もうほぼ確信していた。
それでも病院は2週間後だから、耐えようと思ってた。
痛みは日に日に増していく。
体だってほとんど動かない。
何も出来ない。苦しい。
しんどくて仕方ないと母に伝えた。
母は、動かないから余計にしんどいんじゃない?もっと動いてみたら?と……悪気なく言った。
……大泣きしてしまった。
動けるならとっくの昔に動いてる。やりたいこともやらなきゃいけないこともやってる。
動けないから寝てるんだ。ずーっとずーっと、我慢してやって来たんだ。
部屋に戻った母は泣いていた。
私はもうどうしたらいいかわからなかった。
途中で、酔い止めを飲むと目の奥の痛みが軽くなることがわかったものの、それも長くは続かない。
苦しい日々だった。何よりも、このまま診断が遅れて……動けなくなるかも知れないと思うのが一番怖かった。
手足が痺れて、痛くて冷たくて。新しい症状も増えていった。
救急相談に二回電話したが、緊急性が無いのでまともに取り合ってもらえなかった。
そのまま何日も……何日も耐えた。
もう自分で考えて電話するのも難しかったから、母に頼み込んで、かかりつけの脳神経外科に紹介状を書いてもらえないか電話してもらった。
受付の人は、書いてあげてもいいけれど、その場合もううちには来ないってことでいいですか?と。
どうせ書いてもらっても、大病院ではなかなか診てもらえませんよと言ってきた。
事実だけど…絶望した。
もう耐えられない。どうしたらいいかわからない。頭が痛い、苦しい。
すると、先程電話した病院から折り返しがあった。
先生に話が届いていた。
空き時間があるから、出来るだけすぐに診てあげるから来れる?と。
無理せずに気を付けて来てねと言ってくれた。
フラフラの体で立って、病院に行った。
たくさん待つ人を追い抜いて診てもらった。
いろんな痛み止めや薬を試した。
偏頭痛発作薬のナルティーク、痛み止めの筋肉注射、強力な痛み止めのリリカ……。
それでも全然効かなくて。
先生は紹介状を書いて、週明けに大病院の予約をねじ込んでくれた。
そして、大病院で脳の造影MRIで脳の下垂が確認されて。
脊椎の造影MRIで髄液漏れの証であるダイナソーテールサインが確認され、今は入院している。
漏出箇所は明確にはわからないものの、恐らく頚椎の7番目ではないかとのことだ。
本調子では全く無いものの、頭痛はかなり軽減された。
こんな文章が書けるのだ、めちゃくちゃ軽減されてる。
あのとき先生が診てくれなかったら……そう考えると恐ろしい。
あと何日、真っ暗な部屋で目を押さえて耐えねばならなかったかわからない。
本当に感謝だ。
現在の状態は、立てる時間が長くなり、頭痛も減ってきてはいるものの、依然として過敏症状が残っているといった感じだ。
とにかく刺激に弱い。目から、耳からの刺激。首の体勢、人の気配。あとは円滑な会話や、楽しむために考えなければならないこと…例えば漫画やアニメやゲームや小説、ラジオなんかの娯楽は未だに難しい。
出来る娯楽といえば、軽ーく流し見出来る短いYouTubeの動画や、暗い画面で書き殴れる創作ぐらいだろうか。
以前なら何とも思わないような刺激ですぐに体が凝って疲れてしまう。
他にもめまいや飛蚊症、起き上がっていると頭がぼーっとして、さっきやったばかりのことが思い出せなくなる……などの症状がある。
時間がかかりそうだし……もしかしたら、昔のように完全には治り切らないかもしれない。
だから、皆が口々に私に言ってくれる、早く良くなってねとか、早く治ってねなどの言葉は……実はちょっとプレッシャーだった。
ゆっくりゆっくり一歩ずつ、出来ることが増えたらいいと思う。
私に近いような症状がある人は、試しにOS-1を飲んでみるといいかもしれない。
髄液が漏れている人は体液が足りなくなることが多い。
個人差はあるだろうが私は非常にOS-1が美味しく感じて、しばらく飲むと症状がかなり軽くなった。
願わくば、これが参考になる人が一人でも少ないことを祈っている。




