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04 保護者達

 事情聴取が終わった子供達が警察官と雑談しながら椅子に座って待っていると、息を切らせた金髪碧眼の男が駆け込んできた。

少女が行方不明になった事は、観光案内の運営経由で広がり、状況はすぐに少女の家に伝わっていたらしい。


 金髪の男は完全に夢の世界に入った少女の前で、涙を溜めながら崩れ落ちるように床に座り込んだ。


「ヒメルぅ〜、無事でよかったぁ〜」


 金髪の男が自分の腕で目を押さえて、安堵の溜息を吐いた。


「…先生?」


 ヒメルは聞き覚のある声に目を覚まして、目の前の男の愛称を口にした。

 先生と呼ばれた彼は震えながらヒメルの手を握り、号泣しそうな自分に耐えた。そして大きく深呼吸してから話し始める。


「君とバディだったクレイさんから連絡があって、生きた心地がしなかったよ。無事で本当に良かった。僕は君が生きているだけで本当に幸せ者だよ。あぁ…あちこち痣が…ううっ…頑張ったんだねぇ。帰ったら診てあげるからね」


 前半の言葉は、よくある恋愛ドラマのセリフだ。何てドラマチックに騒がしい人だ…と、それを耳にした殆どが頭の中で突っ込んだ。


「うんっ…先生、また心配かけてごめんなさい」


 ヒメルの「ごめんなさい」という言葉を聞いた金髪の彼は、オロオロした頼りない雰囲気を一変し、保護者の顔つきになってヒメルの頭を撫でた。


「謝ること何て一つもないよ。ヒメルが無事なだけでとても良い事なんだから。…はぁ〜本当にっ…無事でよかったあぁぁ〜」


 少女の保護者はそう言うと、再びヘナヘナと体の力が抜けた。今にも泣きそうな保護者の顔を見た少女は、未だ少年に縋る様に服を掴んで片手を離さないまま、空いた方の左手で、今度は自分が頭を撫でた。

 この僅かな時間でも、この金髪の男がどれだけこの少女を大切にしているかが滲み出た場面だった。セイクリッドは少しだけこの関係性を羨ましく思った。


 少しの間優しい沈黙の時が流れた後、少女の保護者は思わず娘の身の安全の心配から解放され、周りを忘れていた事にはっと気づいて顔を上げ、笑い皺のできる人好きのする笑顔をセイクリッドに向けた。


「待たせちゃってごめんね。君が僕の大事な娘を救って、しかも犯人までやっつけてくれたんだってね。本当にありがとう。僕はシエル・スレイマンアゲート。この街で医者をやってるんだ。で、この子は娘のヒメルって言うんだ。よろしくね」

「セイクリッドです。」


 二人は握手を交わす。まるで熟練者のような剣だこや分厚くなった手の皮に触れ、イメージとのギャップに互いが驚く。


 シエルは彼は仕事が終わって慌てて駆け付けたのか、靴が二つ共右足用の色違いのサンダルだった。見た目は30前後の優男だが、よく見ると背丈があり、無駄なく鍛えられた柔軟性のある筋肉質な体をしている。明るい金色の髪、青い瞳。これだけ羅列すると、なかなかの美丈夫である。だが、金縁の丸い眼鏡をかけていて、笑顔と合わせてとても柔らかな印象だ。それに加えて自分を飾らない態度も話しやすい。

 先ほど触れた手の皮の厚さには只ならぬ何かの理由がありそうだが、この医師はとても人当たりの良い、心地よい空気感を出す人だと、初対面ながらセイクリッドは好ましく感じた。


「セイクリッドは怪我をしてないかい?確認をしたいから触ってもいいかい?」

「いえ、彼女を助けられて良かったです。オレに怪我はないので確認は不要です」


 少女ヒメルの父親であり医師のシエルは、セイクリッドに怪我がないか、真剣な目で全身確認する。セイクリッドの右袖が黒く焦げているのを見て、ひゅっと息を止めた。彼の言動を見る限りは本当に怪我はないようだ。


「今夜はうちの……」

「そこの女の子の親御さんが来たからもういいでしょう!こちらも話が終わりましたし、私はその子を連れてホテルへ帰ります」


 シエルがセイクリッドに何かを伝えようとしたその時、和やかな空気を壊すヒステリックな声が警察署の廊下に響く。


 先に来ていたセイクリッドの保護者らしき茶色の髪をした40代前後の男性が、警官と共に建物の奥から不機嫌そうな足音を立てて歩いてきた。


「あ…ケルティさん、すみません、面倒をかけました」

「あぁ、本当になんて面倒な…セイクリッド、怪我はないんだな?無事ならいい。早くホテルに戻るぞ」

「はい。でも…」


 セイクリッドは自分にしがみついて離れないヒメルを見た。ケルティは怒ったような困ったような顔でズカズカと近寄り「悪いがもう帰るので離れてくれないか」と一言放ち、二人の肩を引いて剥がそうとする。ヒメルはいやいやと首を振って、セイクリッドの腰にガッチリと両手を回して離れない。苛立ったケルティが舌打ちして表情を険しくする。それを見たシエルは子供たちとケルティの間に入り込むように顔を覗かせ、穏やかに微笑む。


「まあまあ、大切な子供に大変なことがあったのだから、気が動転するのは私も同じ気持ちです。この度はセイクリッドくんに大変お世話になりました。私は医師をしていまして、彼は怪我をしている可能性があるので一晩うちで預かりますね〜。検査して何もなければ明日の夜にはお返しします。あ、これ連絡先…」

「え?!いや、それは!!この子は特殊なので大丈夫です」


 半ば強引な職権濫用を出し、ケルティの怒りをうやむやにさせる。ケルティは焦り、名刺を出すシエルの申し出を拒否する。子供の怪我の心配を軽くみる、ケルティの保護者らしからぬその態度に、シエルの目から一瞬笑みが消え、空気が凍ったように皆が静まり返る。

 夏にブリザードが吹いたのかと皆が肝を冷やしたところで、シエルはにこりと微笑んで和やかな雰囲気を取り戻し、再び説得を始める。


 誘拐犯の後は保護者達の攻防が始まったのかと、面倒な大人達にセイクリッドはため息をつく。すると、平行線のまま話が長くなりそうなのを感じたベテラン警察官が保護者達の攻防に終止符を打つ。


「セイクリッドくんの保護者の方。この先生は我々もよく世話になっていて、地域を守る腕の良いお医者さんです。彼の安全の為にお任せするのがいいと思いますよ。聞いたところ、セイクリッドくんは魔力があって、とても優秀だそえですね。今回は凶器や魔法を使う二人の誘拐犯と戦った事だし、万が一ですが広範囲の打撲などあれば、翌日になって内出血が祟って、命を落とすかもしれない。その点、先生の所なら安心ですよ」


 ベテラン警察官ガーディはこれまでの経験から怪我の危険性を伝える。社会的信用の高い職業の二人に非の打ち所がない説得を聞かされたケルティ。こうなるとどんな理由があれ、否と言う方が難しい。もし無理を通して言ってしまえば、自分が非人道的な人物像のレッテルを貼られてしまうだろう。仕方なく自身の中に燻る何らかの葛藤の終着点を設け、不満の籠った眼差しで渋々承諾した。


「わ、わかりました。では、この子をよろしくお願いします…」

「ええ。では連絡先を交換しましょう」


 保護者二人が連絡先を交換している間、ベテラン警察官が子供達に穏やかな笑顔を向け、労いの言葉をかけた。


「二人共よく頑張った。大きな怪我がなくてよかったよ。ヒメルちゃんは軽い怪我があるみたいだから、先生に治してもらうんだよ」

「ガーディおじさん、ありがとう、っ…」


 また瞳に涙を滲ませたヒメルは、未だセイクリッドにしがみついたままベテラン警察官にお礼を伝える。


 シエルとケルティと連絡先を交換した後、ケルティはセイクリッドに「何か困ったことがあったらすぐに連絡しろ」と、ぶっきらぼうに言い放ち、警察署を出て行った。


 シエルはガーディにこの後も事情聴取が必要か聞くと、ガーディは若い警察官を呼んで詳細を伝えるよう指示する。


 「はい。セイクリッドくんから事細かく話を聞き取れたので、これ以上聞くことは殆どありません。ええ、ええ、なんとも素晴らしいお言葉でした…」


 彼は先ほどの落ち込み様が嘘の様に、まるで信仰の対象に会って悟りをひらいた僧侶の如く、穏やかにそれを伝えた。それを見たガーディは引き攣った顔で、今後必要があればシエルに連絡すると付け足す。


 話が終わり、やっと帰宅出来る事になった。 

 警察官達は子供達のトラウマの心配をして、被害者をサポートしてくれる関連団体の連絡先のチラシをシエルに渡す。そして子供達が安心できるように、力強い笑顔で見送ってくれた。

読んでいただいてありがとうございます!


☆新しい登場人物☆

ヒメルの父・医師 シエル

セイクリッドの保護者 ケルティ

ベテラン警察官 ガーディ

若い警察官と他の警察官 …まだ名前はない


次は「ヒメルの秘密」です。

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