〈閑話〉20.5 シエルと親友と歓談
エピローグ中、セイクリッドが帰った後、彼が手紙を書く前までのシエルの話です。
セイクリッドが中央都市に帰った後、シエルは早々に通信端末で友人に連絡を取る。
「しもしも〜?」
古い時代に流行った、電話のジェスチャーをしたシエルが映し出され、通信相手が噴き出す。
「……ブハッ。何やってんのシーちゃん」
「やあ、ハッちゃん。元気? この間は情報ありがと〜。実はまた調べてもらいたいことがあって」
「シーちゃん、またか? こっちも結構忙しいんだよ。これから火山地帯の探索に入るところでさー、危険だからそれなりに集中してるんだよね。まあ、シーちゃんの頼み事だから一応やっておくけど、期待しないでよ?」
画面に映るハッちゃんと呼ばれた男は、黒髪褐色の肌、深い青の瞳、ちょびっとだけ顎髭の生えた、理知的でダンディな印象だ。だが口を開くとよく喋り、ざっくばらんな性格をしている。シエルはそんな親友に全面的な信頼を置いている。
「感謝するよ。今度ヒメルの作ったクッキーをご馳走する。最近お菓子作りに夢中みたいでさ、週一で作ってくれるんだ。ココアかシナモンレーズンなんかおすすめ」
「あのなぁ……親バカめ。まあ、久々にあの子に会える日を楽しみにしてるよ。で? 何を調べればいいんだ?」
シエルはセイクリッドがいる研究所の内情調査と、セイクリッドのような子供がいるなら待遇改善を働きかけて欲しい事を伝えた。
ハッちゃんと呼ばれた男は「やれやれ、仕方ないなあ。終わったら連絡する」と溜息を吐く。そのバックではドーンという火山の低い爆発音がいくつも響き、通信が切れた。
そして半月もせず、シエルに連絡が入る。
「やーあ、シーちゃん。元気してる? この間の件なんだけどね。研究所の内部で派閥による分裂化が進んでいるらしいわ。一筋縄ではいかなくてさあ」
先日頼んだ情報収集と改善の返答だ。セイクリッドの精神衛生にはよろしくない環境のようだ。
「研究に対して倫理を重んじるのが研究穏健派、それに対し、倫理を無視して自由に進めようとするのが研究過激派と呼ばれている。ごく少数、どちらにも属さない日和見派もいるようだ。ちなみに、セイクリッドくんと共に行動していた男は過激派で管理職。ここまでOK?」
「うん、派閥については聞いたことがあるよ。僕等の学園時代から何となく派閥はあったよね?」
「そうそう。あそこの研究員ってば、ホーント迷惑な実験事故を起こしてくれちゃって。俺達も学生の頃から何度も事故の収拾に駆り出されてさ。シーちゃん覚えてる?」
「もちろん覚えてるよ。危うく実験に巻き込まれそうになって面倒だったよね〜」
二人は学園時代と卒業後にも仕事で、随分と研究所と腐れ縁で苦労した思い出がある。その思い出話を一つ二つ出すと、二人は机や膝を叩いたり、腹を抱えたり、数分間画面越しにゲラゲラと笑いあった。
「は〜、あの苦労も今となっては楽しいね。この話になると長くなるから、そろそろ続きを話してくれるかい、ハッちゃん」
「おっと脱線したな、悪い悪い。研究所の一区画には、様々な理由で孤児になった魔力の多い子が集められ、実験的に英才教育が行われている。それは世界機関政府が打ち立てた方針で、子供の保護を主な目的とし、研究はおまけみたいなものだから、正しく保護・研究が行われていれば、無理なことはさせていないはずだ」
「うん、それがね、その子の手の皮は一般的な子供と比べて随分厚いし、それなりの筋肉があって剣だこも出来ていた。戦い慣れした感じがあるし、魔力操作も中堅騎士以上のレベルだよ。魔力量だけなら、もしかして精鋭に食い込めるかもね」
「ふむ、仕入れた情報と合致するな。そのエリート教育されている子達について、正規の報告と、探りを入れて得た研究員の直の情報とに、差異が見つかった」
「どんな?」
「まずは過酷な戦闘術と魔法操作訓練。それから、時々実践形式でモンスターと戦わせたりしているという話も出た」
「はい??? 僕の聞き間違えかな。モンスターって聞こえたんだけど」
「まあ、信じられないよな。俺達の学園時代にはモンスターなんて、年に数回しかお目にかからない代物だったから」
モンスターとは、世界の一部の場所に生息している、姿はさまざまな動植物の様相と似ている凶暴な生物だ。その生態はほとんど明かされていない。
近年、出現が増加傾向にあるが、一般市民がモンスターに出会う確率は、一生に一回も見ない程少ないため、わかっている生息地にはあえて関わらないようにしている。だが、人的被害の可能性が高い場合、中央の精鋭騎士達が派遣され、モンスターは駆除される。
「それなんだけど、シーちゃん、聞いてくれる? 近年世界で異常が急激に増えて、オレってば調査に駆り出されまくってんの。忙しくてほーんと匙投げたいくらい。モンスターだけじゃない、気候変動、生態系の異常、それから、またあの忌々しい病も増え始めているらしいんだよね。面倒くさいったらないよ」
「……へぇ、そうなんだ」
シエルはゆっくり息を吸うと、ほんの少し眉を顰め、声のトーンを少し低く返事をした。
「ほら、あの病については医者のシーちゃんも知りたいでしょ? 今、絶賛調査中だから、情報が入ったらすぐ連絡するから待っててよ」
「うん。ねえ、ハッちゃん、あの病が中央や僕らの街に飛び火する可能性は?」
「無くはないだろうが、今のところは外部の人間は入らない、市街地とは無縁な場所だけだ。ほかの動植物が移動してたらわからないけどね」
「……」
「おっと、シーちゃん何か考えてるな」
「ああ、ごめん。ちょっと色々思考を巡らせてた」
「ま、考えが煮詰まったらこっちにも教えて」
「いい案が浮かんだらね」
「ふふふん。シーちゃんのひらめきと物事の読みの凄さは誰より信頼してるからね。ほぼ外れたことないんだから」
「大袈裟だよ。条件が揃ったら、誰でも思いつくさ」
「ま、自分じゃ凄さはわかんないよな。昔からシーちゃんを信頼してるからねって、オレの気持ちが伝わればいいさ」
「ありがと、ハッちゃん。僕もだよ」
ハッちゃんは「ひゃー、青くさっ」と言いながら、照れ臭そうにヒャヒャヒャと笑い飛ばす。そして、思い出したように机をポンと叩いて話を用件に戻す。
「あー、そうそう。シーちゃんのご所望の研究所の子供達の待遇改善ね、あれ、定期的に監査を入れることになったから。ちょっとだけ安心して。あちこちの面子を保ちたい奴らが多くてさ、パックリ中を開けて風通し良くするのはまだ難しいけど、子供達にも定期的にヒアリング取るし、一部の区域にセキュリティ向上のためっていう名目で監視カメラとか増やすことになったから。それとカリキュラムに外部講師の生活常識も入れろと圧をかけておいた」
「さすがハッちゃん」
「それと、もう一つ驚いてくれ。研究所の子供達が学園に入ったら、端末所持を義務化した。主要な公的機関と学園関係者への連絡は自由でな。そこもしばらく監視する」
「本当? ハッちゃん、神っ! これならセイクリッドからヒメルに絶対連絡出来るし、僕も外部役員とかになっておこうかな」
「考え早っ! さっすがシーちゃん。んで、オレの話はとりあえずそんなトコ」
「恩に着るよ」
「ノンノン、オレは仕事にシーちゃんの案を取り込んだだけだよん。ま、オレ達二人とみんなの手柄ってやつかな」
ハッちゃんは人差し指を振って、軽くウインクをしておどけて見せる。
「こっちも何かあったら、昔とったシーちゃんの杵柄借りるからね」
「僕はもう引退したからね。素人に毛が生えたくらいだと思って期待しないでよ?」
「まーたまたぁ。訓練はそんなに怠ってないんだから、ちょっと勘を取り戻せばいけるよねぇ? ま、いずれ緊急時にでも頼むわ。んじゃまたねシーちゃん」
「うん。ありがとね、ハッちゃん」
「あ。クッキーはシナモンレーズンで頼むわ。それと、コーヒーはシーちゃんスペシャルで」
「ふふっ、リョーカイ。ヒメルに伝えとく」
「……いい子に育ったな」
感慨深く呟くハッちゃん。シエルもヒメルと出会った昔を思い出し、僅かに澄んだ空色の瞳を揺らす。
「うん。そりゃあ、僕の大切な娘だもんっ。ハッちゃんの尽力がなければ僕の娘になってなかった。一生感謝してるよ」
「ははっ、オレは歳取ってもこうやって無駄話してくれたら嬉しいね」
「僕もだよ。自分の将来のためにも、ヒメルを守りたいんだ。多分あの子は大きなものに巻き込まれる。今のうちにできることをしたいんだ」
「……シーちゃんの先読みは当たるからな。とりあえず世界で起こってる異変を潰すのと、世界機関関連の手を弾くのが先か。あと誘拐」
「あー、やることいっぱいだ」
「頑張れよ、とーちゃん」
「うん、じゃあハッちゃんは……かあちゃん?」
「やめてくれい」
二人はニヤリと笑い画面越しにグータッチを交わす。そして凛とした表情になって右手を挙げ合図を送ると、通信を切った。
シエルとハッちゃん、二人は学生時代からの気の置けない親友です。
親友二人は舞台裏でいろいろと動いています。
次の更新日は未定です。
第二部の学園編の製作中です。
楽しみにお待ちいただければ幸いです。
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