エピローグ〜再会の約束〜
……あれ?
わたし、今何してるんだっけ?
えーと、何百回目の転生……
うん、必要ない時は失敗のことはあんまり考えたくないかな。
ええと、今わたし、どの次元のどこにいるんだっけ……
そう考えながら目を開けてみる。
天井が見えた。
わたしの部屋。
シエル先生と暮らしてる家。
そっか、最後の転生だった。
わたしは布団をめくってのそりと起き上がる。
「ヒメル、目が覚めた? 気分はどうだい?」
「ん、ばっちり回復してるよ先生」
シエル先生の声に、わたしはホッとして返事を返す。
わたしが突然眠ってしまった時、様子を確認する為いつも先生は私の部屋で仕事をしている。先生は部屋に居座る事を、わたしが嫌じゃないかどうか定期的に確認してくれるし、自分のいる後ろとベッドの間にパーテーションを入れて、ちょっとしたプライバシー考慮もしてくれている。
この世界の多様性の寛容性やプライバシーの考慮は、民間レベルで意識が21世紀前半の日本より少しだけ進んでいて、いつも心地良いカルチャーショックを感じる。先生が優しくて配慮深いっていうのもあるけどね。
「お腹空いてるだろう? すぐに起きられそうなら、冷蔵庫にプリンとケーキが入っているから食べておいで。それともここに持ってくる?」
「ううん、大丈夫。リビングで食べるよ」
「セイクリッドの保護者さんがお見舞いとお世話になったお礼にって、昨日の夜ケーキを置いていったんだ。今日昼の飛行機で帰るって言ってたから、そろそろホテルを出る頃かな」
「そうだ! セイクリッド!」
わたしは眠りにつくまでの記憶を、凝縮した早送りで一気に思い出した。
「先生、お願い! 空港まで連れてって!! セイクリッドにお礼が言いたいの。お願い、車出して!」
「よし。着替えて玄関で待ってて。診療所のスタッフのみんなに言ってくるね」
力強い笑顔でそう言うと、シエルはピュンと勢いよく廊下を走って行った。その間にヒメルは服を着替え、玄関へと急ぐ。
シエルが戻り、二人は玄関を出て車に乗り込む。
「うーん……ギリギリかな。安全に急ぐけど、間に合わなかったらごめんね」
「ううん、わたしが寝てたから。お仕事ごめんなさい、患者さんが……」
「大丈夫。知り合いの今日お休みの先生に、無理言って代打お願いしちゃった」
てへっ。と、シエルがどこかで見たようなジェスチャーと軽快な口調で応える。
「そうだ、これ手に巻いてあったんだけど、わたし怪我してたっけ?」
白い羽の刺繍がされたハンカチ。着替えた時に手に巻いてあった事に気がついた。
「それはね、セイクリッドが巻いたんだよ。一昨日の騒ぎでできた痣に気づいてくれてね。二、三日で治るって伝えたんだけど、早く治るようにって。セイクリッドの心がこもったおまじないだね」
シエルが車のフロントミラー越しに笑顔を向ける。その言葉にヒメルの胸が心地よく締め付けられる。わたしはハンカチに硬いものを感じて折り畳まれた部分を開いた。すると、小さな丸い魔石がコロンと出てきた。
「わたしが作った魔法入りの魔石じゃない……」
「セイクリッドが回復魔法を込めたんだよ。もっと上手く君を守れなかった事に自分の力不足を悔やんでた。彼は他人を思いやれる、とても優しい人だね」
「……っ」
ヒメルはハンカチと魔石をそっと握り胸に抱き締めると、膝を折り曲げてそこに顔を埋めた。
空港出入り口に到着すると、そこでシエルはヒメルを下ろし、自分は車を置いてくるので、正午発の中央都市行きの便の搭乗口へ行くよう指示する。それから「案内板をよく見て、間違いがないか人に聞いてから、安全に移動するように」と注意もつけた。
ヒメルは全速力で空港内を走る。
夏休みの帰省時期ともあり、子供の小さく細い体でも人の波の隙間を抜けるのは一苦労だった。
途中、お店の人や空港のスタッフに確認しながら目的の搭乗口まで辿り着く。
「セイクリッドっ!」
呼吸を乱し汗だくになりながら、ヒメルは精一杯の声で名を呼んだ。
「ヒメル?! どうしてここに?」
搭乗口のゲートを進もうとしていたセイクリッドは、引き返してヒメルの元へと駆け寄る。
「よかった。ヒメル、目が覚めたんだね」
「うん。いっぱいいっぱい、ありがとう。絶対連絡してね、また来てね。わたしもそうするから」
「うん、約束する。オレから連絡するから待ってて」
「これ、魔石。ありがとう、大切にするね」
「ヒメルには必要ないってわかってたのに……こんなの寝てる間につけられたら気持ち悪いよね。ごめん」
「ううん、セイクリッドの気持ち、とっても嬉しかったよ。ふふっ、難しいって言ってたのにセイクリッドも作れるんだね。魔法入りの魔石」
「ヒメルほど性能の良いものじゃないけどね」
搭乗口のゲートの中からセイクリッドを呼ぶ声が聞こえる。
「もう時間だ」
「……っ」
ヒメルは泣きそうな顔をしながらセイクリッドを強く抱きしめる。
「ヒメル……」
「わたし、多分10歳になったら中央の学園に行くと思う。そうなったらセイクリッドと一緒にいられるように全力で頑張るから。いつか中央に行って、力をつけて、セイクリッドの役に立てるように頑張るから……」
「オレももっと余裕でみんなを守れるように、今よりずっと強くなるよ。まだ入学できる年まで一年以上あるけどね」
「ふふふっ、そんなのすぐだよ」
セイクリッド、とケルティの呼ぶ声が聞こえる。
「それじゃあ、必ずまた会おう」
「うん。絶対また会おうね」
二人は互いをぎゅっと抱きしめ、最後に、名残惜しそうに触れていた手をするりと放した。
街の危機から1ヶ月。
ヒメルはいつも通りの日常を過ごしていた。少しだけ街の警備や見守りが多くなったけれど、特に不自由はしていない。
「ヒメル〜、セイクリッドから手紙が届いたよ〜!」
「本当?! 見せて!」
「慌てなくていいよ、ほら」
何の飾り気もない白い封筒に、診療所の宛名が書かれていた。裏には住所は無くセイクリッドの名前だけ。
「開けてもいい?」
「どうぞ」
あれからセイクリッドから一度だけシエルに連絡があった。「端末が個人的に使えるのは今回しかないため、そのうち手紙を書く」と、ヒメルはセイクリッドの言葉をシエル伝手に聞いていた。
その手紙がやっと届いたのだ。
内容は…………
ーーーーーーーー
ヒメル、シエル先生
連絡が遅くなりました。
個人用の端末を支給してもらえるよう掛け合ってみましたが、10歳になって学園に入るまではダメだと却下されました。
手紙も頻繁に出せる環境ではなくてすみません。
そちらからの連絡はなかなか受け取ることができないため、一方的な連絡となってしまいます。
ネットを使った閲覧はできるため、そちらの診療所のページにはアクセスできます。もし可能であれば、載せてもいい程度のメッセージを記載してもらえたら嬉しいです。
そちらに滞在した事は、一生忘れ難い思い出です。
二人と街の平穏な日常を祈っています。
セイクリッド
追伸:キラキラの石はいつも大切に身につけています。
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手紙を読み終わり、わたしと先生は大きく息をする。
「はあー安心した、さすがセイクリッドだ。引いちゃうくらいこの年齢で書けるような文章じゃないよね〜?最後はユーモアがあるけどね」
「うん、わたしもそう思う。周りに大人しかいないのかな」
「端末を持たせないのはまだわかるけど、手紙もだめだなんて、外部との交流が随分と制限された環境にいるみたいだね〜。こりゃおかしすぎるね。……やっぱり伝手を頼って徹底的に探ってみようかな」
心配のあまりシエルが悪い顔になっている。そこへヒメルが今後の事について質問を投げかけた。
「先生。今回、色んな人にわたしの事知られたから、わたし10歳になったら……ここの学校じゃなくて中央に行くんだよね?」
「ヒメル……」
「今まで先生にはたくさん守ってもらってたの知ってるよ。わたしが変な体質だから隠すの大変だったでしょ?あと、キラキラの贈り物も」
「君の体質については気に病む必要はないよ。君の大切な個性なんだからね。あー、でもあのキラキラはちょっとねぇ……ふふふ…………」
大事な娘のためならどんな苦労も厭わない。が、両手いっぱいのあのキラキラの石…秘密の部屋の机の引き出しにしまってある、大量の"アレ"を思い出してシエルが遠い目をする。
「学園に入れば、学生は凄いセキュリティで守ってもらいやすくなるんだよね? それから、あと一年半もあるけど、セイクリッドも入学するんでしょう? だったら心強いよね」
「うーん、セイクリッドが学園で出来ることは少ないと思うよ。でもそうか。一年半ね……うん、準備期間にはちょうどいいかな」
シエルが「よし、わかった!」と、突然元気よく両手を振り上げた。
「僕も腹を括るよ。ヒメルの為にやれることをやってみようと思う。一年半、学園に入るまでに一緒に準備頑張ろうね」
「どんな準備かわからないけど、わたしもわたしを頑張るよ。よろしくね先生」
二人はグータッチをして微笑み合う。
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診療所電子日記
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今日はうちの子とお友達から届いた手紙を読みました。
夏休み中に知り合ってとても仲良しになったお友達、元気かな? 早くまた会いたいな。
冬の長期休みに会えたらいいなと、
うちの子も楽しみにしています。
知り合うのも再会するのも健康あってこそ。
みんな健康で元気が一番!
水分と栄養と休息をたっぷり取って、
夏の暑さを乗り切ろう!
夏におすすめのレシピを…………
(以下続く)
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北の地方にある、とある街の診療所の電子日記には、健康情報と共に親子のちょっとした日常の出来事と、お友達の話題が書かれるようになった。
これで第一章の本編は終了です。
最後まで読んでいただいてありがとうございました。
このあと週一ペースで〈閑話〉を挟んで、第二章〈学園編〉へと移ります。
活動報告の方にも記載しますので、気になる方は目を通していただければと思います。
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では、来週木曜更新予定の〈閑話〉をお待ちください☆




