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〈Re;əЯ〉わたしは幸せで平穏な転生人生を目指したい!〜平穏の意味には個人差があります〜   作者: 簓(ささら)
第1章

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20/25

18 穏やかな時間 

 街の危機が去った翌日の朝。


 シエルとセイクリッドは夜遅くまで散らかった家の中を片付け、あまり眠れなかったシエルは早くから朝食の用意と出勤の支度をしていた。


「セイクリッド、昨日は遅くまで片付けを手伝ってくれてありがとうね。今日は外に行かなくていいの?一人で退屈しないかな?何かあったら遠慮しないで診療所の方に来るんだよ〜?」

「はい。端末もテレビも本もあるから退屈しません。それに夕方にはホテルに帰るので、荷物の整理もありますから」

「そう?お留守番させてごめんね。昼はこっちに来るから、一緒にご飯食べようね」

「はい」


 セイクリッドはシエルを見送り、ひとりリビングのソファに腰掛けた。テレビから流れる情報が入っては流れ出ていく。


「ダメだ、全く集中できない」


 大きく溜息を吐くと、視界に入る階段を見つめ、視線をずらして二階のヒメルの部屋のドアへと向ける。


「…ヒメル」


 彼女はあれからまだ眠っている。昨日の夜シエルから聞いた話では、ヒメルは魔力を沢山使うと寝落ちするという事だった。

 一般的に魔力を限界まで使うと、血液を失うのと同じように意識を失うのが通説だ。ヒメルは気を失うのではなく"寝落ち"だという。自然と安全装置が働く体質のようだ。

 これもまたヒメルの秘密の一つに入るだろうかと、セイクリッドは寂しそうな微笑みを浮かべた。

 ちなみに余談も聞かされた。普段シエルは「魔法を使う時、寝落ちの瞬間頭から落ちないように事前に気を配りなさい」と、日頃から口を酸っぱくしてヒメルに注意しているらしい。魔法を使うなとは言わない、自由で互いを尊重するあの親子らしいやりとりだ。


 セイクリッドは二階のヒメルの部屋の前に行き、ドアを開ける。微かな寝息の音が部屋の静寂を物語る。


「ヒメル…」


 小さな声で名を呼んでみるが、自分の声が彼女の発する頼りない音を打ち消し、現実を虚しく響かせるだけだった。

 セイクリッドは唇を強く結び、沈痛な面持ちでドアを閉めた。




 昼になり、シエルがリビングにやってきた。


「やあ、セイクリッド。変わりなかったかい?今日のお昼ご飯は、この地方の名物、ジンギス丼だよ。羊の肉なんだけど、食べられるかな?」

「はい、いただきます」

「…ん〜、美味しいなぁ。独特な味だけど、この肉クセになるんだよね。どう?苦手な味じゃないかい?」

「はい、美味しいです」

「セイクリッド」

「はい…?」


 突然、真面目な顔で真っ直ぐ視線を向けるシエル。セイクリッドは思わず箸を置き、背筋を伸ばす。


「何か悩んでる?…せっかくいい表情になってきたのに、返事は上の空だし顔が固まってるよ?ヒメルが心配?」

「あ……はい」

「大丈夫、眠ってるだけなんだよ。そのうち起きるから、し〜んぱ〜いないさ〜♪」


 何かのフレーズを歌うシエル。ふわんと表情を崩し、柔らかい笑みを浮かべる。

 この人は笑顔の魔術師だなと、セイクリッドは心を掌握されていくのが少し悔しくも心地よく思えた。


「…シエル先生、オレの力不足でヒメルを危険な目に遭わせてしまいました。彼女を見守っている街の人にもどう償えばいいか…」

「ふふふっ、君は本当にいい子だなあ。今回の事件は僕ら大人が準備不足だった。まさか魔石結界を使われるなんて思いもしなかったよ。街を危険に晒したのは、明らかに想定不足の僕ら大人のせい。君が責任を感じる必要は1ミリもないからね〜」

「それでも、もっと訓練をしていれば、力があれば、魔法をもっと使えていれば!…ヒメルを危険に晒さなかった」

「セイクリッド、君は十分頑張ってるよ。多分同年代の子の中では最も過酷な訓練をしているんだろうね」


 シエルは自分に憤りを感じて拳を握り込むセイクリッドの頭を撫でる。


「オレは…言われるがまま何のために訓練をしているのかわからなかった。けど、ここに来て知り合った人達の暖かさを知りました。初めて誰かを失うのが怖いと感じて、心からみんなを守りたいと思ったんです。でも…ギリギリの状況で…思ったようにはできなかった…」

「うん。ヒメルやみんなを大切に思ってくれて、この街を好きになってくれて、本当にありがとうセイクリッド」

「…はい」


 下を向いたセイクリッドの膝に、ポツポツと雫が零れ落ちた。

 

「ヒメルの様子を見に行ってみようか」

「…はい」


 二人は二階のヒメルの部屋に移動する。

 昨晩から何も変わらない、静かな寝息が聞こえるだけの部屋。

 セイクリッドはヒメルの眠るベットサイドに行き、湿った瞳で彼女の顔を見下ろした。


「…ヒメル、力不足でこんなことになってごめん。ここにいるのは本当に楽しくて家族の中に入れたようで嬉しかった。穏やかなこの場所で守れていた気になっていた。今のままじゃ…オレは本当に、誰かの道具にもなれないな」


 セイクリッドは自分の掌を見て、力強く拳を握り込む。


「中央に戻ったら、もっと強くなってみんなを守れるようになるよ。シエル先生やガーディさん達みたいに沢山の人の命も心も。最大限オレにできる事を」


 その時、するりとヒメルの腕が布団からはみ出た。手のひらには赤黒い痣が広がっていた。


「シエル先生、この痣は」

「魔石を壊した時の衝撃で内出血したみたいなんだ。あらら〜結構広がってるね。でもまあ、ヒメルは治るの早いから心配いらないよ」


 シエルはセイクリッドを安心させる為にそう言うが、僅かに眉間に皺が寄っている。普段笑みを絶やさないシエルからは考えられない表情だ。愛娘の怪我に余程腹に据えかねているようだ。

 

 昨日の事件でセイクリッドは二階から落ちた時にあちこち体を打って怪我をしていた。しかし事件終わりに倒れるヒメルが自分の頬に触れた後、痛みも傷も全て消えていた。

 セイクリッドは自分の右頬に触れながら、ヒメルの顔と傷ついた手のひらを見る。彼女が魔法を受け付けない体質である事、あれだけの魔力を使った後、何も言わずさり気なく自分を治した事。そしてこの数日間の出来事と多くの感情がない混ぜになり、セイクリッドは目と胸が熱くなり瞬きを多くした。


「あの…シエル先生。全く効果は無いですが…魔石に回復魔法を入れて、ハンカチで包んで、ヒメルの手に巻いてもいいですか」

「うん、ぜひ!ヒメルも起きたらきっと喜ぶよ」


 セイクリッドはヒメルからもらった(から)の小さな魔石をハーフパンツの左ポケットから取り出し、大切そうに右手を重ねて回復魔法を込める。それが終わるとハンカチに魔石を巻き込み、ヒメルの手のひらを緩く包み込んで縛った。

 シエルは彼の情に満ちた行為を、酷く優しい瞳に映し込んで見守っていた。

 読んでいただきありがとうございます。

 セイクリッドとシエルの優しい思いが詰まった回です。


 今章も残るは2話。明日もよろしくお願いします。

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