17 好機と機転
二階の奥の部屋。
現在セイクリッドが使っている部屋に連れられてきた二人は、部屋の中を見渡して変わったところを確認する。
部屋の中には、洞穴にいたフードを被った細身の男が椅子に座り、細身のハニーブロンドの男が一人ベッドに座っていた。そして、机の上にはピンポン玉ほどの大きさの魔石が乗せられた、台座のような装置が置かれていた。装置の中の魔石はそこそこ透明度が高く球体に近い。一般市民がホイホイ手に入れられる代物ではない。多分これが魔石結界の魔力の大元だ。
「あの…オレ、トイレに行きたい」
セイクリッドが控えめな声で男に伝える。棒読みのヒメルよりずっと役者が板についている。
「ふんっ、本当か?また小賢しいことするんじゃないだろうな」
「もう魔力も尽きて動けないよ。漏れそうだなんだ、お願いだから連れて行って」
「はっ!魔力がなきゃざまぁないな」
「連れて行ってくれるの?ありがとう」
「ふん、素直ないい子じゃないか。俺は子供には優しい人間だ、連れて行ってやるよ」
お礼を言われ気を良くした大柄な男は、セイクリッドを抱えて出て行った。それを見ていたハニーブロンドの男がヒメルに声をかける。
「もうすぐ仲間がお前を回収に来る。そうしたら依頼は完了だ。追いつけないよう、爆弾でちょっと騒ぎを起こしてな」
「え…わたし、どこかに連れて行かれるの?」
「さあな。何でも、魔力の高い子供を集めて実験したり、祭り上げて団体を盛り上げるんだとさ。大人って怖いな!」
軽い口調でケラケラと笑う細身の男。フードの男もほくそ笑んでいる。絶対にガラスと街とセイクリッドの慰謝料をしぼり取ってやるんだからと、ヒメルの心の中でメラメラ怒りと復讐心が膨らんだ。
「…ん?遅いな。大でもしてんのか?」
「見てくる」
「ああ」
フードを被った男が部屋を出て行き、ピリついた沈黙が訪れる。
ガタン!ガタッ、ガターーン!
下の階で大きな物音がした。
「チッ、何かあったらしいな」と、男が腰のナイフを手にする。ヒメルはすかさず男に声をかける。
「おじさん待って。怖いよ」
「見てくるから大人しくしてろ」
「一緒に連れて行って、やだ、ひとりにしないで…」
精霊か何かと勘違いしそうな容姿の少女が涙を溜めて懇願する姿は、男がその昔、僅かに在籍した学園時代の騎士道精神と保護意欲を刺激した。
「…困ったな」
男はわしゃわしゃと後頭部を掻いて悩み始める。そしてヒメルの手足の拘束を解くと「ついて来い」と言って扉を開けた。廊下を歩き始める男に、ヒメルが足が痺れたから抱っこしてとせがむ。
「仕方ないな…」
ハニーブロンドの男は屈んで軽々とヒメルを抱え、部屋を出る。
「うっ……!?」
小さくカシャンと何か割れる音と共に、急に男が膝をついて倒れ込み、ヒメルは男の腕から抜け出しピョンと飛び降りる。
男は何が起こったか理解できない顔で酷く怠そうに床を這う。床に散乱した何かの破片を見て、男はすぐに自分の首の鎖に手をかけた。
「嘘だろ…ま、魔石が…」
目を見開いた男の首にかかった鎖の先には、あるはずの魔石がなかった。
ヒメルが男に抱えられてすぐ、首にかかった魔石に魔力を叩き込んだのだ。それによって反射魔法の入った魔石が粉々になり、男は結界魔石の影響を受ける事となった。
「…おまえっ!畜生っ…やられた!」
一階からも騒ぐ声が聞こえた。下を見ると、セイクリッドがフードの男に追いかけられている。と言っても、どちらも床を這った亀の歩みの追いかけっこだった。多分セイクリッドが男の魔石を破壊したのだろう。
「ヒメルっ、魔石を…!」
セイクリッドが男に足を掴まれながら声を張り上げる。
「壊していいんだね」
ヒメルは大きな声でセイクリッドに確認を取る。セイクリッドは苦しそうに上体を起こし、たった一言を全力で絞り出す。
「壊せ!」
誰一人として普通の身動きが取れなくなっている中…いや、ただ一人、ヒメルが犯人達の仕掛けた魔石結界の装置のある部屋へ、何の抵抗も受けずに、倒れ込む細身のハニーブロンドの男を踏みつけ足を進める。
それを見た犯人達はギョッとした顔をして「やめろ!」と声を上げそれを見つめる。
ヒメルはズンズンと大股で奥へ進む。そして、部屋の机の上にあるピンポン玉程の大きな魔石を装置から取り出し、手に握り込むと、自らの魔力を一気に叩き込んだ。
ギリリッ…カシャァァン…!
何かが壊れる音が街の人々の頭の中に響く。
魔石結界の影響を受けていた人々は、体に大きな滝に打たれるように重く感じていた感覚が、無重力かと思う程の錯覚を覚えた。
街の中ではうめき声を開けていた人々の声が軽くなり、「わぁ!」と驚いた様な声が沸き起こり、体の自由を取り戻したと知ると大きな歓声に変わった。
後日、人々が口にした人々が頭の中で聞いた何かが壊れる様な音は、石が擦れるようなギリギリという小さな音と、とても薄いガラスが割れる美しい音が混じった様な、耳馴染みのない儚い音だったという。
「うわっ!」
「ぎゃっ!」
男達の短い悲鳴が聞こえた。ヒメルが部屋を出ると、そこには電撃で気絶して氷漬けにされた犯人の姿と、セイクリッドの後ろ姿があった。ちなみにもう一人の大柄な男は、既にトイレの前で氷漬けで気を失っている。
ヒメルは満面の笑みで彼のそばに駆け寄る。
「セイクリッド!お疲れ様、怪我は?」
「ヒメルこそ。あのサイズの魔石の許容量を超す魔力を注ぎ込むなんて、無茶なことを…」
「ん、あのサイズだと物理的に割る自信なかったんだよね。魔石はガラスより割れにくいから。でももう全部終わったんだよね?」
「犯人達は気絶させて氷漬けにした。絶対に自力では逃げられない工夫もしたから、安心していい。警察が来るのを待とう」
工夫とは何だろうと、ヒメルはセイクリッドを見る。何かを企む様な微笑みを浮かべる、彼の珍しい表情を見られたと、ヒメルは胸を躍らせた。
「そっか、終わったんだね。じゃあもう一つ迷惑かけるけど、ごめんね〜」
「え?」
ヒメルはそう言うと、左手でセイクリッドの右頬に触れ、くにゃりと静かに地面へ崩れ落ちた。
「え?ヒメル?!」
慌ててセイクリッドがヒメルの頭と背に手を回して抱き留め、地面直撃を免れた。
読んでいただいてありがとうございます。
"私は子供です"作戦が功を奏し、ヒメル自身と街を救った二人。
ヒメルの棒読み演技に引っかかった犯人、残念!
明日も更新します。




