15 街の異変
ヒメルは黒猫の精霊と共に、急いで家に戻る。ドアノブに手をかけようとして、中で誰か呻く声がしたのでヒメルは躊躇した。
「…ね、カイトどうしよう。誰かいるみたい」
「ニャアン?」
カイトは何を怖がっているんだと、首を傾げながら足を止めずドアをすり抜けて中へ入っていく。
「ちょっと、カイト待って」
ヒメルはカイトを追いかけ、家の中に入る。
廊下に人が倒れていて、ヒメルはギョッとしながらよく見ると、その人はセイクリッドだった。
「えええー?嘘、何でこんな所に」
「ニャン」
「もしかしてあの時セイクリッドをうちに送ってくれたの?」
ヒメルが聞くと、ツンと鼻を上に向けて、ドヤ顔をするカイト。洞穴で光と共にセイクリッドが消えたあの現象は、カイトが何かをして家まで運んでくれていたのだ。
「ありがとう〜カイト〜!ちょっとびっくりしたけど助かったよぅ〜」
ヒメルはカイトをガバッと両手で抱きしめ、頭をなでなでしつつ、こんな時にちゃっかり顔をぐりぐりさせてモフる。そしてカイトに顔をくっつけたままセイクリッドの近くに行って膝をつく。
「セイクリッド、起きられる?大丈夫?」
「ああ…先生に、電話したら…街の人が…みんなこの状態らしい」
「何でこんな事に…とにかく朝ごはんも食べてないし、腹ごしらえしたら外に出てみよう。リビングのソファに運ぶから頑張ってセイクリッド」
「ヒメル…この家に、隠れる場所は…ある?」
「隠れる?どうして?」
「さっきの奴ら…もしかしたら、ここに来るかも…知れない」
「地下室ならあるよ。あの、キラキラの石も置いてあるはず」
「…魔石!そこに、連れて行って」
「わかった」
ヒメルはリビングから二階に登る階段の横にある仕掛けを操作し、扉を出現させる。ぴたりと継ぎ目を合わせる工法で、そこに仕掛けがある事を知っていないと、そこに切れ目が入っているとは全く思わない程の素晴らしい技術だ。
ヒメルはセイクリッドに肩を貸してそこを潜り抜け、再び裏から操作して扉を閉める。
「ここだよ、セイクリッド」
扉の中には下に降りる階段があり、降りた先には六畳程の部屋があった。
「魔石はここに入ってる」
机の引き出しを引くと、あのキラキラが引き出しいっぱいに入っていた。
「ヒメル、一番大きいのを…借りたい…」
「どうぞ、いくつでも」
5センチ近い透明の魔石を、セイクリッドの手にしっかりと握らせる。
「ヒメル、これに…回復を魔法、入れられる?」
「やってみるよ」
ヒメルは魔石に触れて魔力を流す。部屋が不思議な温かさを感じる淡い光で満たされる。
「これでどう?」
少し疲れたのか、ヒメルは大きくため息をついた。そしてセイクリッドはその魔石を受け取ると、辛そうだった身体が普段通りに戻ったようだ。
「…ありがとう、少しの間持ちそうだ」
「あれっ?何かさっきより楽そう」
「魔石に入った回復魔法を少しずつ使ってるから体が楽になっただけだよ。これにストックした魔法が切れたら終わりなんだ。だから早く問題を解決しなくちゃならない。ヒメル、まだ魔力は残ってる?」
「ん〜、多分この大きいサイズはもう二、三個作ったら動けなくなるかも」
「…凄いな。わかった。まずは外の様子を見に行こう」
二人はリビングに戻り、隠し扉をしっかり閉める。
「それにしても、先生はいつか隠し部屋が必要だと思って作ったんだろうか」
「先生の性格だったら、面白いから作った可能性もあるけどね」
「そんな感じもする」
くすくすと二人の笑い声が部屋に響く。
「シャー!!!」
精霊カイトがヒメルの腕からするりと抜け出し、窓の外を見て威嚇の声を上げる。外に耳を澄ませると、先程洞穴にいた誘拐犯の声がした。
「…さっきの奴らが来たらしい。どこか見つからない場所から出られないかな」
「診療所の裏口から出られるかも。こっち!」
リビングから診療所の通用ドアに走り出すヒメル。それを追うカイトとセイクリッド。
窓ガラスの叩く音、そして割れる音がした。
「酷っ!後で弁償させてやるんだからっ!」
「ヒメル静かに」
「ごめん、うちのお財布が心配になっちゃって」
大きなガラスは高いし、父子家庭の為いろいろ気を使う事があるのだ。特に家計というお財布事情は切実だ。
「…何て言っていいか、わからないよ」
所帯じみた話には疎いセイクリッドは、気まずい顔で応えた。
診療所のスペースに移動し、通用口から外に出る。辺りを見て誘拐犯がいないことを確認した二人は、そのまま家をあとにし、全速力で走る。
「はあっ、どこへっ、行ったらいいかなっ」
「ここから警察署にいけたらいいけど、どこか安全そうな場所はある?」
「そうだねっ、ガーディ、おじさんのとこ、行こうっ」
もう息が切れているヒメルに対し、セイクリッドは涼しい顔で話しながら颯爽と走り続ける。相当な"訓練"というものをしているからだろうか。
もうちょっと運動を頑張ろうと思ったヒメルだった。
道を走り抜ける間、シエルから聞いた通り街の人たちにも影響が出ているのが見てとれた。
座り込んでいる人、気を失って倒れている人、怠そうにしてゆっくり歩いている人、様々な状態の人達がいた。これも魔力保有量の個人差によるものだろう。
警察署に辿り着くと、そこでも異変は起こっており、パトカーの中でガーディと若い警察官がぐったりしていた。
「ガーディおじさん、ストニングさん、大丈夫?」
走って汗だくになったヒメルがパトカーの中のベテラン警察官と若い警察官の名を呼ぶ。
「あぁ、ヒメルちゃんか…急に体が怠くなって…何とかここまで来たが…二人ともへたばってしまってな…これは魔石結界って奴だ…多分な…こんな大掛かりな仕掛け、並大抵の奴らじゃ…できない…ヒメルちゃん、どこかに隠れているんだ…」
「でも!」
「奴ら…ヒメルちゃんを狙ってる…絶対、街のみんなで…守るからな…!」
「ううっ…そうだよ…僕らに…まかせて、君達は隠れて」
「わたし、どうしたら…」
大人二人の言葉にヒメルが戸惑っていると、街のスピーカーから『あーあー、てすとてすと』と、中低音のマイク通りの良い金属質な声が発せられた。
『この街の住人に告ぐ!今すぐ白い髪の子供を連れて、診療所まで来い。さもなくばこの街に仕掛けた爆弾を起動する!』
「「「「 !!!!! 」」」」
そこにいた四人は、突然の街の危機に目を見開いた。ガーディが怒りと悔しさを露わにする。
「何て奴らだっ!…くそぅ、この街に魔石結界何て手の込んだ装置…破れる人員も魔石もないぞっ…!」
「ガーディさん、この魔石があれば動ける?」
「はあっ!何だこりゃあ!?…あぁ…いや駄目だ…魔法を無効化するか、弾く魔法が必要だな…」
ヒメルが見せたのは、秘密の部屋から一掴み持ってきた精霊からの大小様々なサイズのキラキラの贈り物。それに対してガーディは目をひん剥くが、色々察して言葉を飲み込んだ。
「わたしできるよ。何とかならないかな」
多分、ヒメルの魔法耐性体質や怪我の治りが早い事を、何も聞かないガーディは知っているのだろう。この事件の解決に繋がるよう、自分を使ってどうにかできないか提案する。
「ヒメルちゃん、危険は…絶対駄目だ」
「この町で多分わたししか動けないよ。あと、セイクリッドも動けるけど時間制限があるの」
「はい。オレは多分あと1時間程度で動けなくなります」
「ガーディおじさん!!」
「ぐぅぬぬぬ…」
ガーディは鬼の形相になって唸る。この二人の子供に犯人たちと対抗しろというのか。ガーディは己の不甲斐なさに心が引きちぎられそうだった。しかし、この街を守る警察官として、できることを絶対に諦めてはいけなかった。腹を括り、厳しい顔で二人を交互に見る。
「わかった…二人とも、よく聞いてくれ…」
ガーディは自分の考えた策を二人に伝えた。
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後書き
読んでいただいてありがとうございます!
ヒメルの"魔法が効かない"という面倒な特殊体質、活躍場面が出てきましたね。
そして、二人の能力をある程度知るガーディの策とは?!明日に続きます。
読んでいただいてありがとうございます!
ヒメルの"魔法が効かない"という面倒な特殊体質、活躍場面が出てきましたね。
そして、二人の能力をある程度知るガーディの策とは?!明日に続きます。




