13 ライバルと鼻血事件
鼻血が出ます。
それ程生々しくないと思いますが、
苦手な方はこの話を避けて通ってくださいね。
誘拐未遂事件から4日目の昼。
午前中は読書をして、昼食後は公園でゆっくり遊んだことがないというセイクリッドを連れて、近くの公園へ行ってみることにした。シエル先生はお仕事中だ。
「セイクリッドはブランコに乗ったことあるんだ」
「仕事途中にちょっと座った程度だけどね」
「そっか。じゃあ今日は思いっきり公園の遊具で遊ぼうよ!」
「うん、楽しみだよ」
少しだけ子供らしい表情を見せるようになったセイクリッド。ヒメルは満足気に笑顔を深める。
「今日も少し混んでるかなあ。ほら、あんな風に順番に並んで遊ぶんだよ」
ヒメルが指差した先には、何人もの子供たちが遊具の前で並んで待っている姿だった。
「へぇっ、そうなんだね。人気なんだ」
「なんてことない遊具なんだけど、使ってみると意外に楽しいよ。まずは滑り台ね。さっ、早く並ぼう!」
ヒメルはセイクリッドの手を引いて走り出す。
「あ!ヒメルだ。こんにちはー」
「こんにちは!後ろ、並んでいい?」
「うん、いいよ」
「ヒメル…あのさ、ノアが機嫌悪かったから、気をつけてね」
「…ありがと!」
こっそりと耳打ちする遊び仲間。公園は不特定多数の子供が集う、言ってみれば小さな社交場でもある。子供なりのたくさんの情報が飛び交う。
ノアと駄菓子コーナーで会った時に、何か気分を害したのだろう。先に情報を得られて良かったとヒメルは思った。
まずは滑り台を滑り終わる。するとそこにはノアが腕を組んで立っていた。
「…どうしたの、ノア」
「ヒメル、聞きたいことがある」
「後でじゃダメ?」
ちらりとノアが滑り台の上にいるセイクリッドを見る。
「今すぐ!」
「あっ…」
ノアにぐいっと腕を掴まれ、滑り台に座っていたヒメルは前のめりにつんのめる。
ダン!
鉄板を強く叩く音がしたと思うと、ヒメルは手や顔が地面につく前に、セイクリッドに支えられていた。
「あ…?ありがとう…」
確か滑り台の上にいたはず。何が何だかわからずに周りを見ると、ノアがひどく驚いた顔になっていた。周りの子供も驚いて息を呑む。
「おっ、お前、凄っ…」
「ヒメルに乱暴するな」
「乱暴なんてしてねーよ、腕を引っ張っただけだ」
「言っても無駄か…用があるならオレが聞く」
「テメー、よそ者のくせにでしゃばって!」
「それは関係ない。ヒメルの安全が第一だ」
「許さねー…おい、お前!本当にヒメルを守れるか確認してやる!俺のにーちゃんは中央で騎士をやってて、帰ってきたら稽古をつけてもらってるんだ。俺に負けたら弱いってことで、とっとと帰れよ!!」
頭に血が上ったノアは、その辺の木の枝を拾い、乱雑にセイクリッドに握らせる。そして、間合いを取り、構える。
「お前、中央から来たんだろ。母さんが言ってた。さっさとかかってこい!」
「私闘は禁じられている」
「じゃあ訓練ってことにしろ。そんな臆病な奴にヒメルは守れないだろ!中央に帰れ!こっちから行くぞ!」
ノアは間髪入れずに次々と枝を突き込んでくる。子供にしてはなかなか筋がいい。さすが騎士だという兄仕込みだ。余裕のセイクリッドは上手くそれを避け、どう怪我をさせないように負かすかを考えていた。すると、ノアがもう片方の手にも枝を持ち「二刀流だ!」と、突進してセイクリッドの左右を挟むように振り下げた。セイクリッドは飛び上がってノアのおでこを踏み台に、なるべく衝撃を少なくしてグイと足で押し返した。
「ストップ、ストップ!」
ヒメルが止めようと声を上げる。
ノアは足でおでこを押され、突進の反動で頭から後ろに大きく倒れ込む。危険を感じたヒメルが咄嗟にそれを支えようとするが、勢いよく一緒に倒れた。
「ヒメル!」
セイクリッドがノアに巻き込まれたヒメルに声をかける。
「…あったたぁ!ノア、頭打ってない?」
「くっ…くそー、何なんだよあいつ!頭の高さまでジャンプしたぞ」
「大丈、ふ、そーらへー…」
「…え?ヒメル?うわっ!!」
ヒメルの変な言葉にノアが後ろを振り向くと、その非現実な光景に真っ青になる。
「ひぃっ!!ヒメッ、鼻血!」
「へ?」
タラタラと鼻から温かい何かが滴り落ちる。周りの子供から悲鳴が上がる。ヒメルは下を見て血まみれの服に「ふごっ!へんらふぅ!(洗濯!)」と、某ドラマのナンジャコリャーのポーズで叫ぶ。
かなり広範囲に赤いものが散りばめられてしまった。乾く前にさっさと洗濯したいが、まずは帰宅せねばならない。これはかなり目立つ。
「ヒメル、下を向いて、鼻を押さえて。口に溜まったらハンカチに吐き出すんだ。早く先生に診てもらおう」
セイクリッドが冷静にそう言って、ハンカチを出してヒメルの口元にあてる。
「あう…おめ、へーくりと」
「何言ってるか聞き取れないから、喋らなくていいよ」
「…のあ、ひーひょひ、ひへ」
ヒメルが痛みで自然と溢れる涙を零しながら鼻を押さえて喋るが、何を言っているか全く分からない。ノアを見ながら空いている片手でおいでおいでしている。知らない人が見たら悲鳴を上げたくなるホラーだ。
ノアは内心恐怖でパニックになりながらも、プライドのひとかけらを搾り出して、ヒメルについて行くことにした。
「ありゃあ〜、これは派手に鼻血が出たねえ。もう止まってるみたいだけど。転んだ時に打撲もありそうだね。セイクリッド、応急処置ありがとね。いい仕事してるよ!」
シエルはぐっと拳を握ってくしゃりと笑いながら両目をぎゅっと閉じる。セイクリッドは少しだけ口端を上げて反応するが、怪我人がいるので笑っていられない状況だ。
「まずは鼻だね。どれどれ…ヒメル、ちょっとさわるよ。うん、骨が折れてる風でもないし、ぶつかってちょっと血管が切れただけかな。ヒメル、何分かこの辺こうやって摘んで、下向いたままで待っててね。もう止まってるみたいだけど、もし口に血が溜まったら、この器に口からぺって出すんだよ」
「はう〜」
ヒメルは痛みを散らすために、あえてぽやんとした間の抜けた顔をしている。
周りにるいるスタッフ達やノアは、ヒメルが"若干治りが早い"程度に思っている人達だ。シエルはヒメルの怪我の状態を軽めにして口に出し、このまま治癒まで放置した方が彼女の身の安全だと判断した。
今ある痛みは痛み止めを使わないとどうしようもないが、この程度なら明後日には内出血の跡まで完治しているだろう。それはヒメルもよくわかっている。
「はい、次はノアだよ〜、おいで」
呼ばれてびくりと体を震わせたノア。しかしシエルが怒ることはなく、いつもと変わらず微笑んで椅子に座るよう指示する。
「君も肘を怪我してるよ。治療するから見せてもらえる?」
「あっ!」
ノアの左肘は擦りむいて血が滲んでいた。それを見たノアは、今頃になって自分の傷の痛みを感じた。
「擦り剥いただけみたいだね〜。周りにちょっと土がついてるから、よ〜く洗って絆創膏をつけよう。念のために浄化魔法かけるね。替えの大きい絆創膏と説明書をあげるから、お母さんに読んでもらってね」
「…ありがとう、ごめんなさい先生」
「どういたしまして」
「…ごめん、ヒメル、セイクリッド」
「う、わらひ、らいひょーぶ…」
「ヒメルがいいならオレは問題ないよ、ノア」
涙目で酷く落ち込んだ様子のノアが皆に謝る。
シエルは何も言わず、沈黙する子供達をいつもの笑顔で見つめる。
正義感の強いノアは、クリーンな戦い方をしたセイクリッドと一度剣を交えたことで、仲間意識みたいな何かが生まれたはずだ。こんな事故も起こったし、多分ノアはもうセイクリッドに強い敵視を抱かないだろうと、ヒメルとシエルは思った。
読んでいただいてありがとうございます!
ノア、正義感からセイクリッドに喧嘩をふっかけました。好きな子には直接素直になれない、でも裏ではちゃんと努力してます。
そしてヒメル、よく転び、よく怪我をし…
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Σ(@Δ@;
明日もよろしくお願いします。




