12 星空の下で
怪我をしたヒメルは、シエルの元へ行く。診察中なので順番待ちだ。
「あらららぁ!ヒメルちゃん、膝どうしたの?ちょっと待ってね、先生〜急患ですよ。診察終わったら、次ヒメルちゃんの怪我、先に見てあげてくださーい」
受付の"お姉さん"リリエがのんびりと大きな声を上げてシエルを呼ぶ。診察室から短い悲鳴が上がり、今受診している患者さんが終わると、シエルが診察室から飛び出してきた。敏腕看護師のイーニャも困り笑顔で出てくる。
「わわわっヒメル、どこ怪我したの?!」
「先生、落ち着いてくださいな。もう、ヒメルちゃんの事になると医者の顔を忘れるんだから…ちょっと転んだだけですよ、ねえ」
「イーニャさんのいう通りだよ。ほら先生、患者さんびっくりしてるよ」
看護師とヒメルに諭され、我に帰るシエル。待合室の患者さん達が驚いたり笑いを堪えていた。シエルはしゅんと縮こまって謝る。
「…すみません。それで怪我は?」
「膝と手」
「ふむ。おいで、洗って絆創膏貼ろうね」
「セイクリッドが応急処置してくれたの」
「そっか〜。また助けてくれたんだね。ありがとうセイクリッド」
「綺麗な水で流しただけです。後はよろしくお願いします」
「セイクリッド、グッジョブ!いい判断だ。ヒメル、処置室に行くよ」
「うん」
サムズアップとウインクでセイクリッドを労う。二人は診察室の隣の部屋に移り扉を閉め「どれどれ〜」とシエルは傷の状態を確認する。
すると、シエルとヒメル親子は急に声を顰めてひそひそと話し出す。
「…膝は2日で跡も治りそうだね。手の方は丸一日あれば大丈夫そうかな。もう一度よく洗って絆創膏貼ろうか。治っても一週間くらいは傷のあった部分は他人に見せないようにね」
「…わかった」
小声での話が終わると、シエルは大きめのハキハキした声で「いやあ、軽くて浅い擦り傷でよかった〜。これならすぐに治るね」と、はっきり周りに聞こえるように言った。
バケツを用意して膝と手の傷に生理食塩水をダバダバかけ流し、消毒したガーゼで水分を拭き取る。シエルが大きな絆創膏を持ってきてそれをペタリと貼った。セイクリッドが応急処置した時と大して変わらない対処だ。
ヒメルがまた小声でシエルに話しかける。
「あのね、先生。…セイクリッドの事なんだけど、セイクリッド、親がいなくて、保護者がいっぱいいて、研究所で訓練で、お菓子もあんまり知らなくて…この環境ってちょっと変わってると思うの。ちゃんと幸せに過ごせてるか心配なんだけど、どうしたらいい?」
「…ヒメルも気づいたんだね。言ってくれてありがとう。調べておくから心配いらないよ。はい、治療終わり〜。痛みが強かったら、うちにある子供用の痛み止めのお薬、一つだけ飲んで」
「うん」
シエルは声量を戻し、いつもの優しい笑顔で不安も痛みも吹き飛ばしてくれる。
「ありがとう、先生。お仕事がんばってね」
「うん、じゃあ後でね〜」
待合室に戻ると、セイクリッドが椅子に座って待っていた。
「セイクリッド、お待たせ〜。受付に寄るからもうちょっと待ってて」
ヒメルはそう言って目の前の受付へ行く。パステル調の柔らかいシャツを着た受付のお姉さんリリエが、本人確認の認証機器を出す。
「ヒメルちゃんお疲れ様。いつもの指のやつでいいかな?ここに手を載せてくれる?」
「はい」
この認証機器は、目の虹彩、指紋、静脈、顔認証など、幾つもの認証が可能だ。そして、支払いも紐付けておくと、ワンストップで一度に完了する。各々好きな認証方法を使えるが、ヒメルは指紋認証タイプを登録していて、いつもここに手を載せている。
「はいオッケー。お大事にね」
「ありがとう、リリエさん」
二人は靴を履き替え、ヒメルは怪我をしてない方の手を出してセイクリッドの手を引いて歩き出す。そしてキョロキョロ周囲を確認して耳打ちする。
「…ね、さっき言ってた魔石、帰ったら見る?」
「い、いい…」
「そう?いっぺんに見ると綺麗で圧巻だよ」
「………」
大量の希少な魔石を大量に見るのは、二つももらった身としては、胃が痛くなりそうだとは言いにくいのだった。
二人は家に入って手を洗い、冷蔵庫に用意されていたおやつを取り出す。動いて小腹が空いていたので、ちょうどいいエネルギー摂取だ。
「今日はシフォンケーキだ。プレーン、いちご、レモン、抹茶。セイクリッドはどれにする?」
「ヒメルから選んでいいよ」
「うーん、それじゃあ、全部切って味見しようよ」
「ふふっ、ヒメルは何でもみんなで分けるのが好きなんだね。合理的でいいかもしれない」
「あ…ごめん、分けるの嫌な人もいるよね。わたし食いしん坊だから、全部味見したい派なんだよね。マナーが悪いと思ったら容赦なく注意してくれるとありがたいよ」
「オレは問題ないよ」
セイクリッドは確かに食いしん坊だなと、ヒメルが黙々と幸せそうな顔で食べる食事風景を思い出し、口元を震わせながら笑いを堪える。
二人はおやつを食べ終わって、空調の整った書庫で読書とおしゃべりをしながら心身の疲れを癒して過ごした。
陽が落ちた頃シエルが帰宅して、今日のヒメルの収穫物(キラキラした両手いっぱいのアレ)を見せられると「え?また?…うん、よかったねぇ」と、引き攣り笑顔を見せた。
今日は晴天で風も少なく夜空がとても綺麗だ。ヒメルはシエルにお願いして、二階のバルコニーにキャンプ用のマットを敷いてもらって、二人はパジャマに着替える。
昼間、セイクリッドの保護者から荷物が届き、着替えなど不自由せずに済んだ。ヒメルのTシャツを借りるのは気恥ずかしかったので、翌日すぐに持ってきてくれたのはありがたかった。
「セイクリッド、今日はここで寝るんだよ。星が綺麗に見えるでしょ?」
「ベランダで?」
「星見日和の夜はここで寝るの。時々しかチャンスがないから、タイミング良くてラッキーだったよ。星の光にはパワーが宿ってて、それを浴びて寝ると、健康に過ごせるんだって。…ただの言い伝えとか、おまじないみたいなモノだろうけど」
「訓練の野営はあるけど、そんな理由で外で寝るのは初めてだ。ふふっ、楽しいな。ここに来てから初めての経験ばかりだ」
「セイクリッドが楽しんでくれてたら嬉しいよ」
「うん。十分以上に楽しいよ」
二人はマットレスに横になり、薄手のタオルケットをお腹にかける。そして、星や宇宙にまつわる雑談に花を咲かせた。
夜9時も過ぎ、昼の疲れもあってか、二人ともウトウトし始める。ヒメルが少しして魘されるように苦しそうな声を出し、セイクリッドは一気に覚醒する。
「…わたし、世界守るから…セイクリッド、何があっても、大好き…"かみさ…世界……」
夢の内容に引き摺られて寝ぼけているのか、壮大なことを言っているヒメル。閉じた目から涙がこぼれる。セイクリッドはどうしたらいいか判断をあぐねていると、いつの間にかヒメルは目を開けてセイクリッドを見つめていた。
「ごめんね、びっくりしたでしょ。わたし夢見が悪くて時々うなされるの。……あのね、嫌じゃなかったら、手を繋いでもいい?ちょっと怖くて…」
「構わないけど、部屋に戻らなくて大丈夫?」
「大丈夫だよ」
大丈夫とは言ってはいるが、ぼんやりとした明かりの中でも、涙の筋がついたヒメルの白い顔色はさらに蒼白になっていた。
「ヒメル、怖い夢を見たらオレを起こしていいから。オレも訓練の時、怖い夢を見て起きたことがある。その時は誰か側にいてもらうのがいいって聞いた」
「ふふっ、セイクリッドは優しいね。ありがとう。今がそうだね」
「眠れそう?」
「うん…セイクリッドの手、安心する…きっと眠れそう」
子供同士、ぬるくて少し湿った手を軽く重ね、再びうとうとし始めるヒメル。大丈夫そうだとほっと小さく息を吐き、セイクリッドも目を閉じる。
今回の誘拐未遂事件だけではなく、あれだけの秘密を抱える彼女には、自分とは違う何かが重たくのしかかっているのだろうと推測するセイクリッド。
この明るくて温かくて居心地の良い家庭が壊されないよう、触れた手にほんの僅かに力を込めて、彼らの平穏を願った。
読んでいただいてありがとうございます。
昨日、13話を誤投稿してしまい大変失礼しました。
〜初登場人物〜
診療所の受付のお姉さん:リリエ
看護師さん1:イーニャ
第1章はラストまで書き終えています。
あとは微調整だけですので、
問題なければ明日から第1章ラストまで
毎日19時投稿予定です。
全22話の予定です。(タイトル頭の番号なしも含め)
第1章本編、最後までよろしくお願いします。




