10 おつかい
誘拐未遂事件から3日目の朝。
「ヒメル、セイクリッド、後で二人で買い物に行って来てくれるかい?うっかり調味料と夕食用の具材を切らしてしまってね」
「いいよ。そこのスーパーでいい?」
「うん、僕はこれからお仕事だから、お願いするね。お駄賃で二人とも好きな物を買っていいからね。ヒメル、端末にお金送っておいたから、セイクリッドの分もよろしくね」
「うん、わかった」
二人はシエルを見送り、朝食を食べ終え少しまったりした後、暑さ対策で帽子を被り玄関をでてスーパーへ向かう。北の地方とはいえ、そこそこ日差しも暑さも強い時期なため、帽子は必須アイテムの一つだ。
「お駄賃をもらうのは初めてだ」
セイクリッドははじめての体験に心が浮ついてキョロキョロと視線を動かしていた。
「そんなに楽しみ?わたしもつられてワクワクする。お小遣いはもらったことある?」
「必要な時にその場でって感じだから、支給品みたいなものかな」
「じゃあ、はじめてのお駄賃だね。楽しく選ぼうよ。わたしはね…うーん、何にしよう。お菓子作りの食材もよく買うんだけど…」
クッキー作りが好きなヒメルは、お菓子よりもお菓子作りの材料を買うことが多い。
「お駄賃の使い方に決まりはあるの?」
「うちのルールだけど一応ね。先生に「何でも一個だけ選んでいいよ」って言われてる。あと高いものはダメ。そうだ!セイクリッドって、駄菓子食べたことある?」
「駄菓子…」
彼は首を傾げて考え始めた。これは駄菓子屋なんて行ったこともないし、もし駄菓子を食べていたとしても、何かのお菓子を食べたくらいにしか思っていなかったのかもしれない。
「スーパーに駄菓子のコーナーがあるから、行ってみよう。先生に聞いてみる」
言うが早いか、端末で先生に連絡をして、セイクリッドが駄菓子を購入した経験がないので買い物して良いか了承を取った。
ギンとはこの世界の通貨の事だ。
「やったね!先生から五百ギンずつもらえたよ!早く行こ!」
「いいのかな…」
「ん?どうしたの?」
「見ず知らずの人におごってもらうなんて」
「何言ってるの。わたしの恩人の歓迎パーティーしなくちゃ。ふふふっ」
「そうか。歓迎パーティーなんて初めてだ。ありがとう」
「それにね」とヒメルは続ける。
「わたしも先生も、もうセイクリッドのことを大事な家族みたいに思ってるよ。迷惑じゃなかったら、わたしたちに遠慮しないで一緒に過ごしてくれると嬉しいな」
「家族っていうのはわからないけど、ありがとう。あったかい気持ちになるよ」
セイクリッドははにかんだ笑みを浮かべた。ヒメルは嬉しさを感じつつも、家族がわからないという彼のバックグラウンドに、控えめな声で尋ねる。
「セイクリッドの家族、いないの?」
「血のつながった家族はいないけど、保護者は何人もいるし、仲間もいる」
「何人も?」
「だから寂しさはないかな」
「他の問題はある?」
「時々、ね。でも大した問題じゃない」
「そっか。わたしにその問題が理解できるかわからないけど、わたし達の家がセイクリッドのもう一つの故郷になれたら嬉しいな。中央に帰っても、いつかまたここに来てね、いつでも待ってる。その間に寂しくなったら…ううん、寂しくなくても、端末でいつでも連絡して。わたしも毎日でもセイクリッドの顔を見たいし、離れるのは寂しいよ」
何故だかもう会えなくなるように不安を露わにし、必死に言葉を捲し立てるヒメル。セイクリッドの袖が控えめに掴まれ、揺らしながらクイッと引っ張られる。
「ありがとう、ヒメル。家族、故郷か…とても嬉しいよ」
「…ごめん、ちょっとわたし必死すぎたよ」
セイクリッドの袖を掴んだまま、俯いて顔を赤くして恥じらうヒメル。嘘のないその真っ直ぐな言葉と態度に、セイクリッドは人生で一番屈託のない笑顔を見せた。
セイクリッドは自分の今の生活は寂しくないし、不自由もしていない。けれど、家族や故郷のある人の話を耳にして、両親や兄弟に憧れがないわけでもなかった。どんなにしっかりしていても、まだ子供。大人に甘えたいことだってある。
二人の話はいくつかの話題を経ながら、目的地に到着するまで続いた。
「ここがスーパー・ポッヒョイスだよ。ポッヒョイマンていうキャラクターがいて、変なデザインがビミョーにウケてるんだよ〜。セイクリッドはスーパーで買い物したことはある?まずこのカゴを持って、欲しいものを入れていくの」
「大人と一緒に買い物の練習をしたことがあるから、多分わかるよ」
「どんなところに行って買い物したの?」
「魔法の道具とかたくさん売ってる店だよ」
「…ちょっと特殊かもね」
「………ヒメル達の話をしてて、自分が一般的じゃないのは何となくわかってきた」
「人それぞれ個性があるから、あんまり気にしないほうがいいよ。違うのがわかったら、全部受け入れちゃえばいいんだよ。合わせなくちゃいけない所だけ妥協点を話し合えばいいんだもん」
「そうだな。普通がわからないことがあるから、色々教えて欲しい。よろしく頼む」
「わたしも変わってるから、よろしくね」
お互いを分かり合える難しさと楽しさ、二人は他者に負目を感じていた違いを持つことで、こうして話し合えることが誇らしく思えた。
「この調味料と、明日のパンもいるかな。予算も大丈夫だから一応カゴに入れようっと。次は駄菓子コーナーね。セイクリッドと一緒に行けるの、楽しみだなあ」
「どんなところか楽しみだよ」
歩きながらセイクリッドに好みの食べ物と苦手な食べ物を聞くと「特にない」と言う。ただ、苦い虫を焼いた食べ物が酷く不味かったので二度と食べたくないとの話だった。
「そんなにおいしくないものがあるんだね、わたしも嫌いなものってあんまりないけど、すごく独特な匂いの香草があって、それは調理方法によってはあんまり食べられないかな。あと、においだけ強いジュースとお菓子。あれも苦手」
「お菓子か。あまり種類を食べた記憶がないから、わからないな」
「ちょっと試してみる?捨てちゃうかもしれないから、もったいないけど」
「ヒメルがいいなら試してみたい」
「オッケー。ほら、あそこが駄菓子コーナーね」
通路の両サイド一面に、駄菓子が並べられている。背が低い小さな子供だと、届かない位置にあるものもあり、子供用の軽くて安定した、キリン模様の脚立が置いてあった。
「へぇ、子供用の脚立。親切だね」
「このコーナーは、子供メインの場所だからね。人が多い時、順番待ちになるんだよ。大人も懐かしくて来る人が結構いるみたいだけど」
「そうなんだ。ヒメルはどれが好き?」
「ふふっ…セイ……はっ!じゃなくてっ…あの、この"うめぇんだ棒のサラダ味"…」
お菓子よりも至近距離のセイクリッドしか目に入らなかったヒメルは、無意識に本音を口に出しかけて慌てて目の前のお菓子を手にする。咄嗟とはいえ、もちろん好きなお菓子の一つである。
「じゃあこれにするよ。他にはおすすめはある?」
「あと、酸っぱくても大丈夫なら"ガリゴリ梅"とか、この"酸っぱタコ次郎"も美味しいよ」
「予算までまだ買えそうだ。それもカゴに入れる」
ヒメルのおすすめお菓子を次々とカゴに放り込むセイクリッド。ヒメルも同じものを選ぶ。
「あら、ヒメルちゃん!」
背後から声をかけられヒメルが振り向くと、近所に住む同級生と母親が立っていた。
「おばさん、ノアも。こんにちは」
「誘拐されて無事だったって話は聞いてたんだけど、心配してたの。本当によかったわねぇ。今日はお友達とお買い物?」
「はい。先生のおつかいのついでに」
「偉いのねぇ。ほら、あんたも挨拶!お友達でしょう」
「…よぉ」
母親と同じ明るい茶髪と金色の瞳の少年が、二人をジロジロ見ながらぶっきらぼうに挨拶する。母親に注意されるのを気にせず、セイクリッドをじっと見つめる。
「そいつ見たことない奴だな」
「ヒメルの家にお世話になってるセイクリッドです。よろしく」
セイクリッドが一本近づいて手を出すと、少年はパシンと手を払い、ギロリと鋭い目つきで睨みつけた。
「お前もこいつを狙ってんのか」
「こらっ!ノア、あんた何言ってんの。ごめんね、セイクリッドくんだっけ。この子、同じくらいの歳の子にはライバル心が強くって」
「いえ、大丈夫です。…オレがヒメルを傷付けることはないから安心して」
「けっ、子供だからって外部から来たやつは信用できねーよ。そんな緩いからヒメルが何度も誘拐されるんだよ」
ますます目がつりあがるノアの言葉に、セイクリッドは感心する。
「安全が担保できるまで、疑うのはとてもいい判断だと思う。けど、今回はオレがヒメルを誘拐犯から助けたんだ。それでも信用してもらえないかな?」
「…あぁ、大人が話してるのを聞いたけど。それってヤラセじゃないよな」
「ああ」
「…今日は見逃してやるよ」
「それはどうも?」
ノアはそう言い残し、セイクリッドに肩をぶつけて通路へ押し出し、駄菓子をいくつか手にすると、母親が持っていたカゴに入れて去って行った。
「もう、ノアったら!セイクリッドくん、痛くなかった?ごめんなさいね。悪い子じゃないんだけど、正義感が強くて周りが見えなくなるの。本当にごめんなさい」
「いえ、気にしてませんから」
「ありがとう。はあ…うちの子に落ち着きのあるあなたの爪の垢を煎じて飲ませたいわぁ。それじゃあまたね、ヒメルちゃん、セイクリッドくん」
困り顔の母親も去り、残された二人は横目で視線を合わせて苦笑いした。
「続き、選ぼうか」
「うん、美味しくないジュースっていうのも教えて」
「そうだったね。じゃあ駄菓子は400ギンまでね。割り勘でジュース買おう」
「……」
「セイクリッド?」
突然黙り込んで辺りを見回すセイクリッド。
「ごめん、気のせいだったみたいだ」
「?…それならいいんだけど」
二人は"メロンイチゴバニラの香りよくばりジュース"と書いてある紙パックドリンクを一つカゴに入れ、レジで会計を済ます。
店を出て買い物バッグを見て、二人の口元がニンマリと緩む。
「一緒に食べるの楽しみだね」
「初めての駄菓子…とてもワクワクする」
こうして無事買い物を終え帰宅した二人は、駄菓子を堪能したのだった。
読んでいただいてありがとうございます!
〜新しい登場人物〜
☆ヒメルの同級生 ノア
☆ノアの母親
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駄菓子は大人になっても美味しいです。
明日もよろしくお願いします。




