09 セイクリッドの保護者VSシエルの伝手
誘拐未遂事件翌日、夕方。
セイクリッドの保護者達二人が、シエルの診療所を訪れた。
昨日会った、ケルティという万年機嫌の悪そうな男と、目の下に隈を作った顔色の悪い細い男だ。
「いや〜よくいらっしゃいました。こちらからホテルに送って行ったのに、態々来ていただいてすみません。検査結果のお話などお伝えしますので、さあ、こちらへどうぞ〜」
シエルがにこやかに微笑み、保護者二人を応接室に迎え入れる。上質な爽やかな風を吹かせるシエルを前に、二人はより険しい顔と戸惑いを見せる。
シエルと男二人が対面の席に座り、ヒメルとセイクリッドは斜め向かいの下座席にちょこんと座る。
「先生、どうも。この子を検査や治療していただいて感謝します。ああ、これ、ホテルのお菓子ですが、どうぞ」
「態々こんなお気遣いを。ありがたくいただきます」
目の下にクマを作った男はシエルに手土産を渡す。すると、ソファに構えるように座っていたケルティが、ジロリとセイクリッドを見た。
「…セイクリッド、帰るぞ」
元々が機嫌の悪い顔をしているケルティが、より険しい顔つきでセイクリッドを呼ぶ。
セイクリッドの口元が微かに固く結ばれたのを見たヒメルが、セイクリッドの手をギュッと握る。
「あの、休暇が終わるまで…いえ、数日で構いません、オレをここにいさせてもらえませんか」
「はぁ!?何を言っているんだ、セイクリッド、お前には仕事…やることがあってホテルに帰らなければならないだろうに」
「休んだ分はすぐに取り戻します」
「…随分と自己主張が強く成長したな。だが、課題を終えないうちは絶対ダメだ!…溜まって締め切りに追われると辛いからな。それが終わってからなら、必ずリフレッシュ期間を設けよう…兎に角、セイクリッド帰るぞ!」
頭ごなしに、言っているようでも、どこか配慮する言葉がちらほら見え隠れする。わかりにくいツンデレか!と、シエルとヒメルは心でツッコミを入れた。
「ケルティさん、僕からもお願いしますよ〜。セイクリッドは休暇でここに来ているんですよね?でしたら、是非うちの子や町の子供達と交流して行って欲しいと思いまして。あまり同年代の子と遊んだことがないと聞いたので、セイクリッドもいい経験になりますよ」
「我々には我々の子育てのやり方がある。部外者は口を出さないで欲しい」
「どうしてもダメですか?数日でも構わないのですけど」
「この子は特別でね。他人に任せることはできないんだ」
「…うーん、そうですか」
ふーっと残念そうにシエルが溜息を吐く。そして一般的な電話型の端末を取り出し、厳かにケルティに差し出す。
「何だこれは」
「実は、あなたと話したいという、やんごとない御方がいまして。映像も繋がってるんですが、一応出た方がいいですよ〜」
「何て失礼な奴だ。帰るぞ」
ケルティは立ち上がり、もう一人の男とセイクリッドを一瞥してドアへと向かう。
「ケルティさん、ちょっと画面を見ていただけますか?この方ですけど…」
シエルも立ち上がり画面を見せる。ケルティは差し出した端末の画面に映っていた"それ"を見て、ケルティは一瞬動きを全て止める。そして目を大きく開いて、シエルと画面を交互に見る。
「出ます?」
「…廊下で、話させてくれ」
子供に不甲斐ない姿を見られるのは屈辱だろう。せめてもの情けだ。シエルは口元だけニコリとし、どうぞと言いながら端末を渡す。ケルティはそれを受け取り、廊下に出て扉をパタンと静かに閉めた。オロオロするもう一人の細い男。
「あ、あの、一体何が…」
「心配には及びません。ちょっと知り合いと話をしてもらおうと思いまして。詳しいことはケルティさんに聞いて下さい」
「はあ…」
シエルは食えない笑顔で彼にそう言った。
二、三分程でケルティが青い顔をして応接室に戻ってきた。
「…セイクリッド、休暇中はここにいていい。最後の日の前日の夕方、迎えに来る」
「本当ですか?!」
セイクリッドが今まで見せないような目の輝きを放ち、ヒメルに握られた手に力を込める。
「…仕方ない事情ができた。お前の荷物は後で持って来させる。おい、帰るぞ」
「あ、はい。じゃあね、セイクリッド」
ケルティが青い顔をしながらズカズカと出ていくと、細い男がペコリとお辞儀をして駆け足で追っていく。
シエルはいつもと変わらない、ニコニコした態度だった。しかし、あの電話で一体何をしたのか。セイクリッドはシエルを見上げる。
シエルがそれに気づき、ナイショと言う感じで指を顔の前に出してウインクをする。
「お疲れ様セイクリッド。よかったねぇ、これで堂々と夏の休暇中ダラダラできるよ」
「何もない休暇スケジュールって初めてなので、ちょっと楽しみです」
「休暇なのにスケジュールぎっちりなの?ふぅん。君の普段の生活について、もう少し聞きたいなぁ…そっちの方も色々注意してもらおうかなあ」
困ったような顔をしながら、セイクリッドの生活の待遇についてブツブツ独り言の文句を言い始めるシエル。
幾度もの転生で経験豊富なヒメルから見ても、シエルは相当なキレ者だ。相手を丸め込む手札をいくつも持っている。少しずつ相手の気持ちをなぎ倒していくこともあれば、時にはズバッと言い、今回のように初対面の相手を丸めこむ為、効果の高いカードを的確に出す。底知れない親の凄さに、ヒメルは尊敬の眼差しを向け武者震いをした。
「シエル先生、ケルティさんがあんなに大人しく納得するなんて、ほとんど見たことがありません。一体どんな方法を使ったんですか?」
「ふふっ。伝手を使った戦略的外交、かな」
先生は楽しそうに軽口を叩くが、ケルティをあんな短時間で説得させるなんて、余程の伝手だ。
セイクリッドが彼らが帰った後に語ったことだが、相手方は研究者というだけあって、それほど外交は得意ではない人達が多い。彼らの仲間に交渉が得意な人がいるらしいが、その人は今回休暇旅行に来ていないらしい。それも説得に功を奏したようだ。
「大人になったら伝手は色んなところで必要になるから、二人とも友達や顔見知りをたくさん作るといいよ〜」
「わたしも?うん、友達いっぱい作る!」
「大人の経験談ですね。勉強になりました」
「セイクリッド、あんまり真面目に考えなくてもいいんだよ〜。君は今は友達を作って楽しく過ごしていればいい年齢なんだからね」
先生はセイクリッドを見て優しい笑みを深め、近づいて頭をポンポンと軽く叩く。
ヒメルがセイクリッドの腕を引いてブンブンと振り回し、キラキラした顔で尋ねる。
「やったあ!これでセイクリッドは何日か家にいられるんだよね」
「6日後に中央に帰るから、前日まで5泊お世話になります」
腕を振り回されながら、ペコリと45度頭を下げて、丁寧な挨拶をするセイクリッド。
「うん、セイクリッド、そんな畏まらなくていいんだよ。自分の家だと思って気兼ねしないで過ごしてね。僕もヒメルも大歓迎だよ。それから、共用スペースにあるものは自由に使っていいから。」
「はい。ありがとうございます」
「オッホン!それでは、子供が来たらいつもやっている歓迎の高い高いをしてあげよう!セイクリッド、高い高いって知っているかい?」
「…ええと、それは幼い子供にすることでは」
「君もまだ子供だよ」
「遠慮したいのですが…ここのおもてなしなら受け入れます」
困った顔をしながら受け入れるセイクリッド。それを見てシエルとヒメルは顔を見合わせて微笑む。
少し天井の高いロビーに移動し、シエルがセイクリッドを抱き上げる。
「それでは、セイクリッドの夏のホームステイを歓迎して、高い高いのお祝いをしまーす。それっ!」
「うわっ!」
シエルが両手で高く持ち上げ、何度も低く降ろしてはまた高くあげた。
「ははっ、あはははは!」
セイクリッドは不安定な浮遊感がくすぐられるように面白くなって、徐々に大きく笑い声を上げた。
「「セイクリッド、わたし達の家へようこそ」」
親子の声が重なる。
大人びて冷静さを失わないセイクリッドが声を上げて頬を紅潮させて笑うのを見て、ヒメルとシエルは、この平和なひとときの幸せをそれぞれの思いで噛み締めた。
読んでいただいてありがとうございます!
今回の話はシエル…というか伝手の誰かが大活躍。
〜新しい登場人物〜
☆セイクリッドの保護者の一人、目の下に隈の細身の男
ケルティの顔と態度が怖くても、ツンまれにデレ気質を知っているので、それなりに面白さと親しみを感じている。
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日常の出来事+αがもう少し続きます。
明日もよろしくお願いします。




