08 朝の団欒
翌朝、朝日が地平線から顔を出し始めた頃。
この地域の朝の光はとても強い。この地域の人間がほぼ全員と言っていいほど、遮光カーテンをつける強い朝の光だ。
なぜ朝の光が強いかと言うと、この地域の山々には魔石の屑がたくさん埋まっていて、太陽の光を鏡のように反射して、ちょうど朝に街に強い光が降る。少し地味だが、これもこの街の名物の一つだ。
「ん…」
昨日、夜空が綺麗だったので、横になって星を見ながら眠ったセイクリッド。夜明けの光が眩しいことは聞いていたが、カーテンを閉め忘れてしまい、眩しさに起こされた。
「そういえば、カーテン開けっぱなしで寝てたんだった」
すごい光だなと、改めて目を細めて外を眺める。喉が渇いていたので、カーテンを閉め、そのまま起きて台所のあるリビングへ向かう。すると、まだ早朝なのに、もうシエルは起きて、涼しげで柔らかそうな生地の服に着替えて端末を見ていた。
「ああ、おはようセイクリッド。早起きだねぇ」
「おはようございます、シエル先生」
「僕、今日は診療所がお休みで、急患が来なければ、ゆっくりできるんだよね。だけど昨日イベントがあったから、羽目を外した人が具合悪くなって来そうな気もするなあ」
「大変なんですね」
「この仕事はやりがいはあるけど、休みがねぇ。泊まりの旅行には殆ど行けなくて。代理の先生に頼むこともあるけど、一日二日だけで長期は無理。だから、セイクリッドがまたいつか遊びに来てくれると、ヒメルの秘密も知ってるし、ボディーガード兼遊び相手は助かるなぁ〜」
「今回オレは一週間ほど滞在予定ですが、次の休みとなるとわかりません。スケジュールによります」
「ふむ。そうだねえ。"彼等"の興味のありそうなもの…山の大量の魔石屑なんかどうかな。調査に来たりしない?」
「大量でも屑サイズだと、優先順位は低いでしょうね」
「山の魔石屑の利用価値は、観光客集めの自然現象の光くらいだもんねぇ」
視線を上に向けて考え込むシエル。
「あとね、朝じゃなくて夜の月の光とか反射するのも綺麗だよ。ああ、今日の夜はヒメルと裏山に行ってみるといいよ、綺麗だから。あそこなら地元の人間しか知らないから、比較的安全かな」
「あの、シエル先生。オレ、今日はもうホテルに帰るってオレの保護者と話してましたよね?」
「うん。セイクリッドはここで遊びたくない?帰りたいならいいんだけど、もしここにいる間自由に遊びたいなら、協力するよ?」
「…え?」
シエルは悪戯っぽく笑って、話を続ける。
「研究所の連中ってさぁ、周りが見えないタイプが多いでしょ?君が子供だって忘れる事も多いんじゃないかな。セイクリッドは、同じ年代の子と一日中遊んだり、夏の暑い中ただ寝そべってダラダラしてみたり…って、やったことある?」
シエルが問うと、セイクリッドは考え込んで「…一度もないですね」と返答する。
「ああ!ダメダメ!子供が研究オタクの大人の中だけで過ごすなんて、やっぱり不健康すぎる!セイクリッド、今日から帰るまで、うちに泊まりなさい。ダラダラさせてあげるよ!勿論強制じゃないけど、子供時代のいい経験になるよ?」
過去に見た、研究に塗れた人たちの生活を思い出したシエルは、首をブンブン振ってそれを伝える。
「無理です。あの人達は自分の研究のことしか考えてませんから」
「そこはまかせて、伝手があるんだ。多分何とかなると思う」
「……いいんでしょうか」
「いい、いい!あの人たちは研究の天才だけど、多分子供には不健康すぎるよ。僕がちょっと伝手を使って口出しさせてもらうから大丈夫。君が決めたなら後は任せて。今後の君たちの関係も悪くならないよう配慮するし」
「それなら…はい、お願いします」
セイクリッドが躊躇いがちに承諾すると、輝くような笑顔に変わったシエルは端末を手に取り、早速"伝手"という誰かに連絡を取ると言う。
「2時間くらい後に朝ごはんができたら呼ぶから、それまで自由にしてて」
「はい。わかりました」
まだ早いからと言うシエル。こんな早朝に電話をして大丈夫なのだろうか。時差があるのかもしれないし、自分が気にしても仕方ないと、部屋へ戻る。もう一眠りするため、ベッドに横になる。
2時間後。
シエルに朝食に呼ばれる前に、自分でリビングにくセイクリッド。台所でシエルが朝ごはんの用意をしていた。色々作ってくれたらしい。既に野菜たっぷりの味噌汁を器によそっているところだった。どうやら東の地方の料理のようだ。
「やあセイクリッド、そろそろ呼びに行こうと思ってたんだ。ご飯できたよ。あとは並べるだけだから」
「何か手伝うことはありますか?」
「ありがとう。じゃあ、これをテーブルに持って行ってくれる?」
「わかりました」
セイクリッドは次々に盛り終わった器を運んでいき、それが終わるとヒメルを起こしてくるように頼まれる。
ヒメルの部屋のドアをノックするが返事がない。シエルは「呼んでも返事がなかったら、入ってもいいから」と言っていた。少し躊躇いながらドアを開ける。
シンと静まり返る部屋。微かな寝息だけが聞こえる。セイクリッドは起こすためベッドへ近づく。
ベットの上で穏やかな寝顔で眠るヒメル。薄いタオルケットを両手で胸の前に引き上げるように乱して寝ていた。
「ヒメル、起きて」
「んー。」
ふにゃふにゃと幸せそうに返事をし微笑む。起きる気配がないので、肩を揺らしてみるが、寝ぼけて起きない。
「ヒメル、ご飯の用意ができた」
「はーい」
すると、返事と同時に目を閉じたまま、のそのそと起き出す。セイクリッドはヒメルの食い意地に驚きつつ、ふっと笑う。
ベッドの端に座ったヒメルはゆっくりと目を開けると、目の前の顔を見て一気に表情が変わる。
「おは、っ?!………よう…?」
「シエル先生がご飯ができたから呼んでくるようにって頼まれた」
「う、うん…!」
ヒメルは困ったような嬉しいような顔をした後、大輪の花が咲くように微笑んだ。
「ヒメルはいつも嬉しそうに笑うんだな」
「目を開けたらセイクリッドがいたから、嬉しかったんだよ。えへへっ、だーいすき!」
ヒメルが飛びついて、セイクリッドが床に尻餅をつき、ゆっくりと後ろに倒れ込む。
「飛びつくのは危ないって昨日言っ……ヒメル?」
急に静かになり、訝しげに顔を覗き込むと、また眠りこけてしまったようだ。
「おーい、起きて」
「…んー、」
半分眠っている状態だ。セイクリッドは大きくため息をつき、意を決して全力でヒメルを背に乗せた。二人とも性差の少ない思春期前の同じような体格だ。セイクリッドが鍛えていると言っても、大人ほど筋力がつくわけでもなく、同年代の子を持ち上げて運ぶのは相当な負荷だ。
セイクリッドは筋力を補助する魔法を自分にかけ、彼女をリビングまで運ぶことにした。
「ええええっ?!どうしたの、セイクリッド??」
背中にヒメルを乗せて運ぶセイクリッドを発見し、シエルは慌てて二人の元へ駆け寄る。
「一回起きたけど、また寝てしまったので連れてきました」
「そんな無理することないんだよ。教えてくれるだけで十分なのに、よくがんばったね。ありがとう」
「補助魔法を使っているので、頑張る程ではないです」
この子の常識は、多分"普通"じゃない。研究所の華々しい成果と共に少し嫌な噂も耳にしていたシエルは、頭によぎったそれを一旦排除した。
"起こしてきて"という任務をこなしてきた彼に心からの笑顔を向け、セイクリッドの頭をわしゃわしゃと、激しくも絶妙な力加減で撫で回す。
「うん、うんっ。それでも、ありがとうねぇ〜」
ふにゃりと表情を崩すシエルを見て、大人にこんなに子供扱いされることや、無遠慮に可愛がられることなんてない日々を過ごしてきたセイクリッドは、戸惑いながらほんのり耳を赤く染めた。
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シエルと照れるセイクリッド。感情をあまり出さない子が照れる姿は、何とも心がくすぐられますね。
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(大したことは書いてないんですけど^_^;)
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