∞ 偶然のはじまりと転生の日
キィィィ…………ィーーン
耳鳴りのような音が頭に響く。
ふわふわとした浮遊感。
どこかに流される感覚。
……ここは何処だったっけ?
…私は何してたんだっけ?
まずは目を開けないとわからないよね。
「いらっしゃいにゃあっ」
「ふにゃああああ!!!」
目を開けた途端、変な声の白い物体が視界を塞いだので、私は驚いてつられて変な声で叫んでしまった。
「あ、びっくりした?ごめんね。ようこそ僕の世界へ」
私は飛び退くように離れて、白い物体の全体像を見る。白猫がタキシードの着ぐるみを着て…じゃない、白いタキシードを着た白い猫の着ぐるみだ。
「僕はこの世界を管理してるんだ。たま〜に世界の次元の綻びができて、これまたたま〜に何かの魂が流れてくるんだけど、滅多にない今回それが君だったんだ。稀にあることだから、なかなか防げなくてごめんね〜」
テヘぺろの仕草をタキシードの白猫着ぐるみが披露する。可愛い見た目に反し態度がちょっとだけムカつく…でも悔しいことに愛らしいと思ってしまう。
私は猫の存在で心の琴線に触れてしまい、耐えられない程涙が出る猫好きだ。"数万回転生を生きた猫"と言う絵本は、立ち読みの序盤から号泣しかけた程。
…うん。タキシード白猫様と呼ぼう。
そのタキシード白猫様は、ものすごくリアルで表情も動く。許可が貰えたら全身撫でくり回したい。肉球はどうなっているんだろう。
「昔、色々見た物語と似通ってるから、今の状況はなんとなくわかりました。確か…私は寿命を終えたはずですよね?私は何をしたらいいんでしょう?」
転生モノと言えば…
生まれ変わって記憶を持つか持たないか。
それともこの空間で願い事だけ叶えてもらって転生しないか。
はたまた他の選択肢なのか。
「んー緩く言えば、まあどれも当てはまるかな〜?」
「へっ…?!考えてることわかっちゃうの?!」
「今だって喋っているっていうより、思ったことがそのまま伝わってるでしょ?」
焦る私に、タキシード白猫がニャニャニャと鼻を斜め上に向け上品に笑う。
確かに。自分の声と口の動きが一致してない。自分が腹話術の人形みたいで違和感たっぷりだ。
ちなみに今考えていることは、私が一瞬頭をよぎった考え。ちゃんと言葉にしようと思ってないことなので、1秒もかかってない。…この空間に時間の観念があれば、だけど。
「何か変な感じです…それで、貴方様は私をどうするんですか?」
「どうもしないよ。君が来るのを防げなかったお詫びに、この世界に転生することはできるし、しなくてもいい。どちらにする?」
「ゔっ…転生ってあんまり楽じゃなさそうだなぁ…」
「ふふっ、君の世界の転生物語みたいに、何でもありだと思ったでしょう。そうはいかないんだよねぇ」
「それじゃあ転生しなくてもいいかなあ。私、なんだか記憶が変なんですよ。自分の名前が思い出せない」
寿命を終えた魂になった私。
手を見ると、一番心身が充実した若い時の姿だと思う。
私だと認識できるし、これまでに経験したことや出会った人や動物、物の顔や思い出はあるのに、自分を含めて名前が全部出てこない。全てあれ、これ、としか形容できない。
「名前は魂の存在に繋がる言霊だからね。特に君の世界はそれが強い。名前を覚えていたらここには来れないんだ」
「そっか…私、凄く薄情なんですかね…」
「次元の穴を通った瞬間、個々に付けられた名前をすべて忘れてしまう。ここに来る為の自然の摂理なんだ。だから落ち込まなくていいよ」
しょんぼりしている私に、タキシード白猫が首を傾げて「ね?」と可愛こぶる。…何故か悔しいけど可愛い。ついでに肉球で頭をポンポンして欲しい。
「じゃあ振り出しに戻るよ?どちらを選ぶか教えて。君の思う程じゃないけど、できる限りの優遇はするよ?」
「この世界が、私がいた場所よりも酷くないなら、転生したいです」
「オッケー!転生先は何処らへんがいいかな〜??…ああっ、言い忘れてた。ちなみにこの世界はもうすぐ消滅するから」
…………は?!
この猫、とんでもない爆弾を落としてきた。
「ど、どういうこと!?」
「んー、どうにか寿命が持ち直さないか、この世界の少しズレた次元で僕が介入できる範囲で試してみたんだけどね。何度やってもこの世界、もう寿命みたい」
「…あの、それって…私が転生した後、いつ消滅するんでしょうか」
「あと十数年前後かな」
「……………ここの世界の人間の寿命って、どのくらいなの…?」
私は気分が真っ暗になって、低い声でタメ口で尋ねる。
「君の世界と同じくらいだよ。時間の価値観が同じだから、転生しても楽でしょう?」
タキシード白猫、何恐ろしいこと言ってるの?!十数年って!?私が転生して生きている間に、必ず世界の消滅に巻き込まれるってことだよね?何その超ハードモードは!?
「君は不自由のない場所に転生させるから、死ぬまで平穏に暮らせるよ?世界がおかしくなる頃に夢の中に出るから安心して。アドバイスして最後まで逃げられるようにアドバイスするから。世界や生まれ変わった君に殆ど干渉できないけど、口は出せるから」
ううっ、…本当にお先真っ暗、絶望的な気分になってきた。
「そんなに落ち込まないで。転生前の今なら、生まれるエリアを選べて、僕の力を塵ほどの微量だけど分けてあげられるよ。うーん、魔法が存在する世界だから、少し強めにしようか?希望の性別、髪や肌の色は?」
「塵ほど…?貴方様は人と比較したらすごい力を持っているんだよね?人類を越える力は要らないけど、防犯と生活に困らない程度は欲しいです。生まれる場所は、この世界を満喫できる平穏な場所ならどこでも。それと、すごく健康で、世界の消滅の前に自分が知らない間にポックリ死ねたら一番良いです…」
身の丈に合わない力を持つと、それを上手く処理する場所がなければ、面倒にしかならない。突然当たった宝くじの一等賞と同じだ。心理的負荷が大き過ぎる。
「オッケー!厳密に設定できるかわからないけど、運命の最適化で再出発、行ってらっしゃ〜い」
何ていい加減な…
くるりんと機嫌良くターンしたタキシード白猫様は、私の方に向かって手を振る。どこかにすーっと吸い込まれる感覚がして視線を下に向けると、私の体がゆっくりと透明になっていく。
「あ!貴方様の名前、聞いてない」
「君が望む姿になっただけの存在だから、名前は特にないよ?」
「じゃあ、"かみさま"って呼ぶね」
さすがに本人に向かって"タキシード白猫様"とは呼びにくいので、ありきたりだが、この呼び方にする。
タキシード白猫様は手を振りながらピンクの鼻をヒクヒクと動かし、ご満悦の表情になった。
これが最初の転生、そして過酷な転生を繰り返すきっかけとなる出来事だった。
"かみさま"は人とは生まれ方も考え方も、何もかも違います。
彼女と同じように、偶然、壮大な場所に生まれ存在してしまっただけ。
彼等のような存在は、感情も壮大な寛容力ですが、感情が反応するまでの容量が大きいので、人から見ると酷く大雑把に見えます。
でもジョーク好きなユニークな性格です。