二章二十六話[雨天決行]
『――料理人スキル。食材鑑定Lv4、発動』
アイテム名:火守りの遺体
種別:死骸
可食適性:✕
毒性:“有(強)”
調味ランク:✕
効能:✕
「……おいおいおいおい」
マジで言ってんのか?
俺は、思わず眉を顰めた。
「どうやら、確認できたようですね? アナタも」
隣に立つイレーネの問いに、俺は重く頷いた。
「ええ、まあ……」
「私の【毒物判定】でも結果は陽性でした……これで、間違いありません。火守り役の彼……死因は――毒です」
断定。
イレーネの言葉で、その場に戦慄が走る。
「毒、だと? 確かなのか!?」
今にも掴みかからんような勢いで尋ねるガイン。
「我々のスキルを疑うのならご自由に。しかし、事実は変わりません。彼の死は、毒によってもたらされた。それも――」
意味深に俺の方へ視線を投げるイレーネ。
「――蛇毒です」
それを聞いた瞬間、俺の中で記憶がフラッシュバックする。
「蛇……? それって……まさか、ニックの時と……?」
「さて、どうでしょう……レイさん、いかがですか?」
「にゃ?」
火守りの遺体に鼻を向けていたレイがこちらを振り返る。
「んー……ちょっとだけど、嫌な匂いがするにゃ」
「嫌な匂い……なあ、お前それ……」
「うん、“嗅いだことある”匂いにゃ」
それを聞いた瞬間、俺の肌は粟立った。
この感覚は、覚えがある。
忘れる筈がない。
――あの時と……ニックと同じだ。
誰も、口を開かなかった。
いや――開けなかったんだろう。
きっと、皆、同じものに思い至ってしまったから。
そんな俺達の沈黙に、ガインが眉を顰める。
「なんだ? 君達は、さっきから一体なんの話を……?」
騎士達の視線が刺さる。
俺は、ゆっくりと息を吐いた。喉の奥に引っかかったものを、押し出すように。
「……思い当たることが、あります」
「なっ……本当か?」
俺は、ガインに向き直って言った。
「確証はありません。あくまで、状況が似てるってだけで……」
「……詳しく、聞こうか」
言葉を選ぶ。
慎重に。正確に。
「実は……前にも一度、似たようなことがありました」
「似たような、とは?」
その瞬間――頭の中で一人の料理人の末路が浮かぶ。
「ここに来るまでの話です。船で、一人の人間が亡くなった」
俺の言葉に、騎士達がどよめく。
「船で……?」
「そんなことが……?」
ざわざわした雰囲気を断ち切るように、イレーネ。
「食堂で料理人をしていた方です。数日前、遺体で発見され、我々が調査を行いました」
一斉に黙った騎士達。その様子を見て、イレーネは続ける。
「その際も、死因は――」
「――毒、だったと?」
ガインの言葉にイレーネは頷く。
「ええ、あの時は目立った外傷があったために発見が遅れてしまいましたが……今回は、疑いようがありません。そうですね、レイさん?」
「うにゃ?」
突然話を振られて戸惑うレイ。
「貴方が感じた匂い……一番強いのは、どこからですか?」
レイはもう一度、遺体に顔を近付け、くん、と小さく鼻を鳴らした。
そして――
「――ここにゃ」
レイが示したのは――首元。
「……なにも、ないようだが?」
眉を顰めるガイン。
「いや……」
俺は、ゆっくりと遺体に近付き、目を凝らした。
「……ある」
「なに?」
ガインが身を乗り出す。
「殆ど分からないレベルだけど……これ」
指先で示したのは、首筋の一点。
ほんの僅か、皮膚の色が変わっている。
「……火傷?」
騎士の一人が呟く。
「いや、しかし、彼は火守り役……火に触れる機会は多い筈だ。多少の火傷程度なら、珍しくもない」
ガインの言葉に、俺は小さく首を振った。
「それも、同じなんだよ」
「同じ?」
「船の件。その時も皆、“火傷”だと思った。亡くなったのが料理人だったから。でも――」
一拍置いて、俺は続ける。
「――そうじゃなかった。その料理人は、蛇に噛まれて死んだんだ」
「なん、だと?」
再びざわつく騎士達。その声音には、少なからず恐怖が滲んで聞こえた。
「一つ、聞きたい」
そう言ったのはガインだ。
「その船の一件は……事故だったのか?」
重い問いだった。
でも、答えない訳にはいかない。
「結論から言うなら……事故みたいなもの、でした」
「それは……どういう意味かね?」
目を細めるガイン。
それに応えるようにイレーネが口を開く。
「船内に危険な毒蛇を持ち込んだ人物がいました。その結果、起きてしまった不幸な事故……そういうことで、船の件に関しては決着しましたが……」
人が死んだ。でも、故意ではなかった。
船の件は、そうだったかもしれない。
だけど――
「――今回は、おそらく違います」
まるで刃物を突きつけられたかのような悪寒に体が震える。
「違う? 何故、そう言えるのか」
「レイさんが感じた通りなら、火守り役の彼を襲ったのは、あの時と同じ種類の蛇でしょう」
「同じ、蛇……」
それは、つまり――
「――サイレントスネーク。このインバースで最強格の毒蛇です」
「な、なんですって!?」
イレーネが告げた瞬間、騎士の何人かが悲鳴を上げた。
「馬鹿な……ッ! サイレントスネークだと!? あり得ん!」
狼狽するガイン。
当然の反応だ。
すぐ近くに死神がいるかもしれない。そう言われたようなものなんだから。
「そう、あり得ません。本来、その種は湿度の高い森や洞窟の奥深くに生息している筈です。このような、なんの障害物もない砂浜にいるとは、考えにくい」
「……偶然、ではないと?」
「断定はできませんが……」
分からない。
体が冷えていくのは、雨のせいなのかどうか。
「じゃあ、聞いてみればいいにゃ」
話に入ってきたレイに、視線が集まる。
「……誰にかね?」
ガインの問い。
その答え……俺は、俺達はもう知っている――
「――“ヴィオレさん“にゃ!」
あっけらかんと言うレイ。
対してガインは、眉間の皺を深くした。
「ヴィオレ……? 聞かん名だ。誰だね、それは?」
その問いには、イレーネが答える。
「先程の話に出てきた、船に蛇を持ち込んだ人物……その人です。教会の暗部に属する方ということでしたが?」
「なっ……」
言葉に詰まるガイン。
無理もない。俺だって、同じだ。
――ヴィオレ。
ここで、またその名前を聞くなんて。
「どうなってんだよ……」
その呟きは、雨音に紛れて誰の耳にも入らない。
「“白影”……いるのか? 今、この島に……?」
「レイ達、会ったにゃ」
「いつだ?」
「いつ? ん〜っと……ご主人?」
困った顔を向けてくるレイ。
俺は我に返って答えた。
「もう忘れたのかよ……昨日の昼ぐらいだったろ?」
「そう、そうにゃ!」
「昨日…………ふむ。それからどこへ行ったかは、分かるかね?」
「そこまではちょっと……すみません」
「そうか……」
頷き、なにやら思案するガイン。
僅かな沈黙が訪れ、そして――
「――分かった」
それだけ言うと、ガインは騎士達に合図を飛ばした。
整列する騎士達。
「どうやら……そのヴィオレという人物、一度会う必要がありそうだ」
ひりつく。
明らかに、空気が変わった。
「捕まえるんですか……?」
「決めかねている。だが、ここまで状況の一致がある以上、無関係とは思えない。君らも、そうだろう?」
「それは……」
正直、そうだ。
この件にヴィオレがどう関わっているのか? それとも関わっていないのか?
気になって仕方がない。
「ヴィオレさん。探すんなら、俺達も……」
そう言いかけた所で、ガインが首を振る。
「駄目だ。ここからは、君らの仕事ではない」
「でも……!」
「否、もしこの件に教会の暗部が関わっているのなら、なにか極秘の事情がある可能性がある。部外者の君達に、知らせるわけにはいかん」
正論だ。
この騎士は、いつだって正しいことを言う。
反論が、喉で止まった。
「……ですが」
食い下がったのは、イレーネだった。
「我々は既に、一度その人物と接触しています。完全な部外者というわけではないのでは?」
「それは理解している」
ガインは頷く。だが、その目は揺れない。
「だからこそ、これ以上は関わるな。と言っているのだ。最悪の場合、君らが粛清対象になるかもしれん」
はっきりとした線引き。分かりやすい。
守ろうとしてくれている。
高潔な騎士の精神を、ガインからは感じた。
「……分かりました。では、せめて彼女の特徴など、情報提供だけはさせていただきます」
そう言ってイレーネが一歩引く。
それを受け、ガインは小さく息を吐いた。
「助かる。では――こちらの件は我々騎士団が引き継ぐ」
短く、しかし明確な宣言。
「総員、捜索準備だ。対象は“ヴィオレ”。特徴は――」
ガインが指示を飛ばし始める。
騎士達は無駄のない動きで散開し、すぐに体制を整えていく。
その様子を、俺はただ見ていることしかできなかった。
「……君、シノ君。少し、いいかね?」
不意に、ガインから声を掛けられる。
――なんだ?
俺は目で疑問符を投げた。
「一つ、頼みがある」
「え?」
改まった態度のガインに、俺もなんとなく姿勢を正した。
「“火守り役”の代行を……いや、巫女の護衛を、お願いできないだろうか?」
「火守り役……俺が?」
え? なんで?
思わず聞き返す。
「祭りの要……巫女の儀式を止める訳にはいかん。火守り役が倒れた以上、代わりが必要だ」
「でも、俺でいいんですか……?」
「君しか、いないのだ」
まっすぐ指を向けられる。
「火守りの後継はまだ幼く、まだ役目を果たせる技量もない。その点、料理人の君なら、火の扱いに長けている。“あの料理”を見て、適任だと判断した」
「あの料理って……」
「君が私の娘に持ってきた料理だ。あれは……それなりのスキルがなければ作れん代物だろう? 素人目にも分かる」
そんなに評価されてたとは思わなかった。
光栄だな。
「……事情は、分かりました。でも、護衛って?」
ガインの視線が、遺体へと落ちる。
「杞憂なら良い。だが、島で立て続けに騒ぎが起きている。巫女の安全のため、誰か実力のある者を付けておきたい」
「それなら、騎士が――」
「――本来は私の役目だ」
僅かに苦い表情を浮かべるガイン。
「……だが、危険がどこに潜んでいるか分からん。私は、現場を指揮する」
だから――任せる。
その言葉を、はっきりとは言わなかったけど。
十分、伝わった。
「シバの息子……騎士の血を引く者として、貴殿にお願いしたい」
そう言って頭を下げるガインを見て、俺は――
「――分かりました」
引き受ける。
騎士達の見様見真似で姿勢を正し、俺はガインに告げた。
「やります! 俺で務まるか分かんないけど、火守り役と――巫女の護衛。任せてください!」
「ありがとう」
フッとガインは微笑み、それからすぐ踵を返した。
「娘の事……よろしく頼む」
それは、どっちの?
とは聞かなかった。
立ち去るガイン。
「……なんか、えらいことになってきたにゃ〜」
「ほんとにな……」
俺は苦笑する。
「火守り役とはまた……責任重大ですね。シノさん、大丈夫ですか?」
イレーネに問いかけられるが、
「いや、正直、なにをしたらいいのかも全然……けど、頑張ります!」
祭りは終わらせない。
俺自身が言った言葉だ。
カンナとの約束を守る。
そのために俺の力が使えるなら――
「――やってやるよ!」
雨が降ろうが槍が降ろうが、全部跳ね返してやろう。
決意を胸に、俺は歩き出す。
じめじめした空気を、振り切るように。
次回「夜雨に舞う」
乞うご期待!




