二章二十五話[まるで時雨のような]
なんでだ。
なんでいつも……嫌な予感ばっかり、正確に当たっちまうんだよ?
重い静けさの後――騒然となったその中で、俺はそんなことを思っていた。
「――馬鹿な……火守り役が? 確かなのかそれは!」
明らかに取り乱した様子のガイン。
それだけで、事の重大さが分かってしまう。
「島の者が、村外れの海岸で見つけたようです。一応私の方でも確認しましたが……残念ながら」
首を振る騎士。
その動作は、絶望の裏付けのように思えた。
報告を受けたガインは「そうか……」とだけ呟き、なにかを思案するように押し黙る。
「なにやら……」
と声を上げたのは、船長。
「大変なことになったようじゃのう、ガインや?」
「ええ、誠に……由々しき事態、のようです」
重々しく頷くガイン。
それと比例するように場の空気も重くなる。
「火守り役の死因は? 分かっているのか?」
ガインに尋ねられた騎士は、そこで口を噤んだ。
「それが……我々では、特定できず」
「何故だ?」
更に尋ねられ、騎士は言いにくそうに答えた。
「無かったんです」
「無かった?」
一呼吸置いて騎士。
「……傷が」
「なに?」
「火守り役の遺体には、外傷が一切ありませんでした」
「なんだと……?」
再び沈黙が落ちる。
亡くなった誰か、火守り役……っていうのがどんな存在なのか、俺は知らない。
でも、
「……傷のない死体……ね」
なにか異常な事態が起こっている。それだけは察することができた。
「――よろしければ」
重い静寂の中、口を開いたのはイレーネだった。
「私が、見ましょうか?」
「おお、それは良いのう。どうじゃなガイン? イレーネのスキルは、お前さんも知っとるじゃろ?」
船長にそう言われ、ガインは顎に手を当てながら逡巡する。
「それは……我々としても非常に助かりますが、よろしいので?」
その問いに、イレーネは冷静に頷く。
「ええ、火守り役は巫女と並んで祭りの要。事の重大さは理解しているつもりですので」
「ふぉっふぉ。遠慮せんでいいぞガイン。儂としても下心があってお前さんに恩を売ろうとしておるんだからの」
「下心……ハンナ、ですか」
目を細めるガイン。
船長はにやりと笑って髭を撫でた。
「あの娘の処遇について、騎士長殿には寛大なご判断を願いたいものじゃな?」
「……考えておきます。しかし――」
「――今はそれどころではない。分かっておるとも」
船長はひらひらと手を振った。
「……では、後は頼んだぞイレーネや。儂は戻る。長く船を空ける訳にもいかんでの」
「ええ、お任せください」
イレーネは小さく頷いた。
話はまとまった……かな?
この一件……気にはなるけど、どうやら俺の出る幕はなさそうだ。
戻って復興の手伝いでもしよう。
と、考えた時だった――
「――シノさん」
不意に、名前を呼ばれる。
驚きながら振り返ると――イレーネと目が合った。
「すみません。できれば貴方がた二人にも、ご同行願いたいのですが」
「え?」
「にゃ?」
突然の申し出に、俺とレイは思わず顔を見合わせた。
ガインも、イレーネの意図を測りかねるといった様子で彼女を見ていた。
「彼らを……? 何故、ですか?」
「簡単な話です。今、この中で鑑定系のスキルを持っているのは一人……料理人の彼だけ。そうでしょう?」
「それは…………確かに」
黙るガイン。更にイレーネは続ける。
「加えて、獣人の彼女の五感の鋭さ。共に来てくれれば、私達には気付けないものに気付いてくれるかもしれません」
「ふむ……」
思案するガイン。とどめとばかりにイレーネは言う。
「二人共、過去に実績もあります。彼らのおかげで、私は仲間の死の真相を知ることができた……遺体検分には、申し分ない人材かと思いますが?」
そう言われた時、俺の頭には一人の料理人の姿が浮かんでいた。
船の一件――ガインには知る由もない話だろうが、それでもイレーネの声に押されたらしい。
「……まあ、いいでしょう。そこまで言うのなら……君達は? いいのかね?」
「いや、いいのか? って言われてもな」
思わず苦笑が漏れる。
俺だって同じだ。ここまで言われたら、
「別に断る理由もねぇし……少しでも役に立てんなら、やるよ。どうせじっとしてても落ち着かないしな!」
「にゃ! ご主人が行くなら、レイも行く!」
俺達の返答を受けて、ガインは小さく息を吐いた。
「……そうか。では、頼む」
一礼するガイン。
なんだか、妙なことに巻き込まれた気がするけど……仕方ない。
腹を括って、一仕事するとしよう。
「では、すぐに向かいましょう。日が落ちる前に確認したいので」
「承知しました……おい!」
部下の騎士に声を掛けるガイン。
それを受けて、騎士は素早く俺達の先頭に立った。
「ご案内します! 皆様、こちらへ!」
そうして、俺達は教会を後にした。
じめついた空気に、言いしれない気持ち悪さを抱えながら。
雨音が、やけに耳に残った。
***
「嫌な匂いにゃ……」
騎士の案内に従って歩くこと数分、波の音が耳を撫でる海岸に、“ソレ”はあった。
湿った砂浜の上、打ち捨てられたように横たわる誰か……その魂の抜け殻。
白い布が、顔を覆うように掛けられている。
「火守り殿……」
ガインが低く呟く。
悲壮な空気。
誰もすぐには動かないかと思ったが、
「失礼します」
迷いのない足取りで遺体の側に近付いたイレーネは、顔に掛かっている白布に手を伸ばすと、それをサッとめくり上げた。
「な……っ」
「こ、これは……」
露わになったのは、老人――“火守り役”と呼ばれる男の姿。その皺深い顔が、俺の視界に入った。
それだけで、済んだ。
それだけで、終わった。
それだけで……全て、分かってしまった。
「“同じ”、じゃねぇか……」
――“あの時”と。
雨に濡れた体が、一層冷えたように感じた。




