表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
インバース・クロニクル ~逆転料理人は異世界を救ってとっとと帰る~  作者: 夜長月虹
第二章【甚雨の邂逅編】

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

67/69

二章二十二話[雨宿り]

 雨は、まだ降り続いていた。

 傘を差すか迷う程度の小雨。しとしとと降る雫が広場の石畳に小さな波紋を広げている。

 そんな中で――


「――おっちゃん! 木材、持ってきたぞ!」

「おっ、あんがとよ坊主! そこ置いといてくれ!」

「はいよー!」


 ベテラン感のある大工さんに言われるがまま、俺は木材を手近な場所に下ろした。


 ――コンコンコン。


 小気味よいリズム感。あちこちで木槌の音や、誰かの掛け声が響いてくる。

 昨日まで荒れ放題だった広場は、瓦礫もすっかり撤去され、順調に復旧作業が進んでいた。


「いや〜、仕事が早ぇな。流石プロだわ!」


 思わず感心してしまう。

 一時はどうなることかと思ったけど、船なら絶対に船大工が乗ってる筈――という思惑が当たってよかった。

 しかも、事情を話したら二つ返事で修理を請け負ってくれて……感謝してもし足りないくらいだ。これが終わったらなにかお礼しなきゃな。


「……っと、それはそれとして」


 俺は溜め息を吐きながら後ろを振り返った。


「うにゃあ……ご主人、重い〜」


 木材を担ぎながら気だるげな声を出すのは、遅れて俺に追いついてきたレイだ。


「おい、しっかりしろ! 落とすなよ?」

「猫使いが荒いにゃ〜。レイは、箸より重たいもの持てないにゃ」

「嘘つけ! この前でっけぇ魚普通に持ってたろうが!」

「な、なんの話にゃ? 知らんにゃ〜」


 露骨に目を逸らすレイ。尻尾と猫耳がバタバタ動いていて分かりやすい。

 そのまま逃げるように走り去る背中を、俺は呆れ顔で見送った。


「走れてんじゃねぇか……ったく」


 やれやれと肩を竦めていると、突然背後から笑い声が聞こえた。


「――ふぉっふぉ! なんじゃ、お前さんら、相変わらずじゃのう」


 振り返ると、そこにはキャプテンハットを被った、貫禄のある老人の姿があった。


「あっ、船長さん。お疲れ様です!」

「うむ……どうじゃ? うちの連中は、役に立っとるか?」

「それはもう、すごく」


 俺が「ありがとうございます!」と頭を下げると、船長は満足そうに顎髭を撫でた。 


「それは重畳じゃ。どうかね? 間に合いそうか?」

「このペースなら、多分」


 広場を見回す。

 昨日まで完全に崩れていた屋台や舞台は、今や骨組みが完成していて、そこに職人達が手際よく木材を組み上げている所だった。


「ふぉっふぉ。まあ、あやつらも張り切っとるからの」

「そうなんですか?」

「そりゃあお主……ハンナと、その家族のため、と言われればのう」


 船長は当然のようにそう言って、肩を竦めた。


「まあ、なんじゃ……船から仲間が落ちれば、皆で引き上げる。それだけのことよ」

「船乗りの絆……ってやつですか?」

「うむ」


 短い言葉、なのにどこか温かい。


 なんだよ……ハンナ、慕われてたんじゃねぇか。居場所、あったんだな。


「……まあ、あやつの場合は最初からそうだった訳ではないがの」

「え?」


 俺が聞き返すと、船長はフッと笑った。


「今から二年……いや、もう三年になるかのう? あの娘と出会ったのは」


 懐かしそうに目を細める船長。


「ある日のことじゃ。積み荷の隙間に隠れていた子供を見つけたと、船員クルーから報告があっての」

「え、それって……?」

「密航じゃ」

「やっぱり……」


 思わず顔を顰める俺。


「あの時は困ったものよ。船は出港して既に海の上。そう簡単に追い出す訳にもいかんでの」

「まあ……そうですよね」


 当時の船長の困り顔が頭に浮かんで、俺は苦笑した。


「連れてこられたあの娘の顔は、今でも覚えとる。泣きも喚きもせず、なにか覚悟を決めた……そんな目をしとったよ」


 ハンナの覚悟。

 俺には、なんとなく分かる気がした。


「抵抗も、言い訳もせん。ただ――」


 一拍。


「――島には戻りたくない、とだけ言われての。余計に困ったもんじゃ」


 苦笑しながら続ける船長。


「理由を聞いても、それは教えてくれん。さてどうするかとなった時、あの娘がなんて言ったと思う?」

「なんて言ったんです?」


 俺が尋ねると、船長は愉快そうに笑って答えた。


「ここで働かせてくれ、ときたもんじゃ」

「それはまた……なんというか」

「肝が据わってるじゃろ? 密航の罪を問い質されとるその場で、しかも子供が、そんなことを言うとは思わんかったわい」

「ははっ、確かに」


 普通なら泣くか、謝って許しを請う場面だ。

 そこで就職活動なんて、俺だったらできない。


「無論、最初は断ったが、あの娘は引かんかった……結局根負けしての。見習いとして、いったん置くことにした」


 一瞬だけ目を細める船長。それは、まるで良い思い出を眺めているように、俺には感じられた。


「で、どうだったんですか? ハンナの働きぶりは?」

「酷いもんじゃったよ」


 即答かよ。


「手は遅い、力もない、言われたこともよう忘れる。正直、足手まといもいいところじゃった」

「うわぁ……」


 だいたい想像はつく。

 なんたって当時のハンナは、まだ子供。俺の世界なら中学校に行ってるくらいだ。働くなんて、いきなりできる訳がない。

 その上、アイツは――


「――ちなみに、ハンナの職業のことって……?」

「一応雇った者のことじゃ。知っとったよ……だから、最初は皆に馬鹿にされておった」

「……」


 やっぱり、か。


 胸の奥に、少しだけ重たいものが落ちる。


「船乗りなんぞ、荒くれ者ばかりじゃ。余所者、それも能無し(ノーマン)の小娘となれば、まあ……扱いは想像がつくじゃろう?」

「……はい」


 嫌というほど。


「雑用を押し付けられ、からかわれ、時には手も出された」

「……っ」


 思わず顔をしかめる俺。


「じゃがな」


 船長の声は、落ち着いたままだった。


「それでも、あやつは逃げんかった」

「……」

「何を言われても、何をされても、次の日には同じように甲板に立っておる」


 静かに、続けられる言葉。


「泣きもせん。怒りもせん。ただ、黙ってやるべきことをやる……まるで、“ここ以外に行く場所がない”とでも言うようにな」

「それは……」


 きっと、比喩なんかじゃなかったんだろう。

 その時のハンナの心情、俺には、少し分かる。

 同じく――能無し(ノーマン)と呼ばれた者として。


「……で、どうなったんですか?」


 声が、少しだけ低くなる。


「どうもこうもないわい」


 船長は肩を竦めた。


「根負けしたのは、周りの方じゃ」

「……え?」

「馬鹿にするのも、いじめるのも、相手が反応してこそじゃ。何をしても揺るがん相手に、いつまでも同じことを続けるほど、暇な連中でもない」


 そうだろうな。

 リアクションすると悪化する。俺にも、覚えはある。


「それにな」


 髭を撫でながら船長。


「見ておった。誰よりも早く起きて、誰よりも遅くまで働く。出来るようになるまで、何度でも繰り返す。そんなあの娘の様子を。皆がな」

「……」

「気がつけば、“出来ない奴”から“邪魔をしない奴”に変わり、そして、いつしか――」


 一拍。


「――“居てもいい奴”になっておった」


 それを言う船長の表情は、風のない海のように穏やかで、優しかった。


「中でも特に、ニックのやつはあの娘を可愛がっておってな」

「ニックさんが?」


 船で出会った、料理人――ニック。

 今は亡きその男の顔が、頭に浮かんだ。


 そう、だったのか。知らなかった。


「簡単な料理なら能無し(ノーマン)でもできる筈だと、一生懸命教えておった。ハンナも、それを楽しんでいたようじゃったが……その後のことは、お前さんも知っとるな?」

「ええ、はい……」


 忘れる訳がない。本当に悲しい、事件だった。


 頬を伝う雨が、やけに冷たく感じた。


「ニックを失ったのは、ハンナにとっても大きかったじゃろう……師のような存在だったからの」

「あ、もしかして、それで……?」


 あの時、ニックの事件の捜査をする俺達にハンナがついてきたのは、他でもない、この人の言葉があったからだ。

 フフッと鼻を鳴らす船長。


「あの時は世話になったのう。改めて、礼を言うぞ」

「いや、そんな……」


 不器用な気遣い。

 そっか。そうだったんだ。


「……へっ、愛されてんじゃねぇかよ」


 誰にも聞こえないくらいの声で、俺は呟いた。


「あの一件から」


 ぽつりと言ったのは船長。


「ハンナのやつはまた少し変わった」

「そう、なんですか?」

「夜な夜な食堂に籠もっての。なにやら食材について色々学んでいるようじゃ」

「食材に……ついて」


 それは、もしかして。


「ニックの仕事を引き継ぎたい。そう、言っておったよ。初めて会ったあの日と、同じ目でな」

「やっぱり……そうか」


 だから、ハンナはここにいたんだ。

 買い出しに来た、なんて軽いものじゃない。

 失った大切な人のために、彼女は、一度捨てた場所に戻ってきた。

 その覚悟の重さを、俺はようやく理解できた気がした。


 その上で、思う。


「馬鹿だぜ、ホントに……」


 ぽつりと零れた言葉は、雨音に紛れて消えていく。


 ――背負いすぎなんだよ。


 誰にも頼らず、全部ひとりで抱え込んで。 失ったものも、守りたいものも、全部まとめて自分の中に押し込んで。

 そんなやり方、長くもつ訳がない。


「……もっと、頼れよ」


 仲間がいたんだから。居場所は、あったんだから。


「うむ、まったくじゃな」

「あ、聞こえてました?」


 少しだけ、恥ずかしい。


「あの娘は、助けを求めん。今も、昔も。じゃが……皆、知っておる」

「はい、そうですね」


 俺達は、声を揃えて――


「「――アイツ(あの娘)が、邪教徒な訳がない」」


 それだけは、知っている。


「伝えなきゃ、ですね」

「おお、頭の固い騎士連中に、ちゃんと教えてやらねばなるまいて」


 そう言って、俺達は笑いあった。


 と、その時――


「――にゃ〜! ご主じ〜ん! お腹空いたにゃ〜!」

「ぶへッ!?」


 後ろから強烈なタックルを食らってよろける俺。


「痛ぇなこの野郎! なにすんだ!?」

「朝から働きっぱなしで、も〜限界。動けないにゃ〜」


 そう言って、その場にぐでーっと崩れ落ちるレイ。


「今の今まで元気だったろうが」

「ふぉっふぉ。そうじゃのう、ちょうどいい頃合いじゃ。そろそろ飯にするか?」

「ご飯! 食べたい!」


 ピョンと飛び起きるレイ。


 元気じゃねえか! ったく、しょうがねえな。


「分かった分かった! 昼飯、なんか作ってやっから!」

「わーい! やったにゃ!」

「あ、船長さん達も、よかったらご一緒に」

「ほぉ……お前さんが? それは楽しみじゃのう」


 髭を撫でながら微笑む船長。

 期待の眼差し……程よいプレッシャーだ。

 これは、とびきりのもんを作らなきゃな。

 俺は気合を入れ直した。


「……どれ。そうと決まれば、皆を呼んでやらねばの」

「お願いします。準備はしとくんで」

「レイは休憩にゃ」

「お前も手伝うんだよ! 来い!」


 俺に首根っこを掴まれ、「うにゃ〜」と声を漏らすレイ。

 そんなこちらの様子を見て笑いながら、船長はおもむろに職人たちの元へ歩き出し――


「――おお、そうじゃ」


 なにかを思い出したように、立ち止まった。


「お前さんに、一つ忠告じゃ」

「忠告?」


 突然神妙な面持ちになった船長に、俺は息を呑んだ。


「“ヴィオレ”という娘。覚えとるな?」

「ええ、まあ……」


 ヴィオレさん?

 ここでその名前が出るとは思わなかった。

 俺は頭に疑問符を浮かべて、船長を見た。


「あの娘には、気を付けておけ」

「え? それって、どういう……」

「いや、すまんの。不安にさせるつもりはないんじゃが……しかし、アレが教会の暗部の人間と言うなら、もしかして……」


 言葉を濁す船長。

 雨の音が、やけに大きく聞こえた。


「……狙われているのは、“ハンナ”やもしれん」

「な……っ!?」


 声が詰まった。


 なんだよそれ?

 ヴィオレさんに? ハンナが?

 なんで?


「まあ、あくまで可能性の話じゃ。杞憂かもしれん。じゃが、用心に越したことはない……それだけじゃ」


 そんな言葉を残し、船長は職人達に声を掛けに行った。


「どういう、ことだよ……」


 分からない。

 ただただ胸がざわついた。


「ご主人? 大丈夫にゃ?」


 レイの声で我に返る。


「あ、ああ……大丈夫だ。とりあえず、行くぞ!」


 今言われたことは、一旦頭の片隅に置いておこう。

 まずは、飯だ。

 無理矢理に切り替え、俺はレイと一緒に雨の中を走った。


 この雨に負けねぇ料理を作る。


 ただ一つ、それだけを考えて。

次回「雨にも負けず」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ