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インバース・クロニクル ~逆転料理人は異世界を救ってとっとと帰る~  作者: 夜長月虹
第二章【甚雨の邂逅編】

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二章十七話[選ばれなかった者]

***ハンナ視点***



 ――最悪だ。


 歩きながら、そう思うのは何度目だろう。

 人混みを抜け、路地に入ったところで足を止める。瞬間、胸の奥がチクリと痛んだ。

 気分が悪い。

 足に力が入らなくて、私はその場にうずくまった。


 ――うるさい、うるさい、うるさい。


 鳴り響く太鼓。誰かの笑い声。楽しげな祭りの音。

 さっきまで全然気にならなかったのに、今はやけに耳に障る。

 それらを遠ざけるように、私は深く両手へ顔をうずめた。 


「……っ」


 来なきゃよかった。

 心の底から後悔する。

 数日前に起きた、ニックさんの事件。

 そのせいで最悪だった船の雰囲気から逃げたくて、買い出しの仕事を引き受けたのに……失敗だった。


「なんで……いるのよ……!」


 巫女のくせに、外にいるなんて……それも、“あの人”達と一緒に。

 シノとレイ。

 船で知り合った二人が、なんでよりによってあの子と……?

 訳が分からない。

 また、胸がチクリと痛んだ。


「カンナ……」


 この世で最も会いたくなかった相手。

 さっきの光景が、頭の中で繰り返される。

 私を呼ぶ声。縋るように伸ばされた手。何度も何度も、チラついて離れない。


「……やめて……っ」


 吐くように呟きながら、私は拳に力を入れた。

 爪が掌に食い込み、鈍く痛む。


「放っておいてよ……私のことなんか……っ」


 あの子は――カンナは。

 私みたいなものに関わっちゃいけない。


 だって、選ばれたんだから。

 島に、聖獣に、世界に。

 祝福され、愛され、役目を与えられて。


 私なんかとは、違う。


 なにも持ってない。選ばれなかった能無し(ノーマン)風情が、どんな顔であの子の傍にいればいいのか?

 あの日……巫女が選ばれた日。それが分からなかったから、私は島を出た。


 関わらないように。

 邪魔にならないように。

 あの子の人生から、消えてしまおうと思ってたのに。


「なのに……っ」


 どうして。

 どうしてあんな顔で、私を呼ぶのよ……!


 子供の頃みたいに――お姉ちゃん、なんて。


「私、私には……っ」


 そんな資格はない。

 全部、捨ててしまった。

 自分に残された唯一の役目――“姉”という役目すらも放棄して。

 逃げて、逃げて、逃げ続けたのに。


 それなのに。


 そんな私を、まだアンタは家族だって言うの?


「…………ずるい」


 握る手に、更に力を込めた。

 爪が肌に食い込んで、血が滲む。


 ――痛い。


 けど、その痛みが、今はなんだか心地よかった。

 もっと……もっと強く握れば、この感情も消えてくれるんじゃないか?

 そうやって、思考を放り投げようとした時――


 ――クスリ、と。


 すぐ近くで、誰かの笑い声がした。

 私はハッと、顔を上げた。


「そんなに握ったら、跡が残ってしまうわよ?」


 柔らかい声。

 一体いつからそこにいたのか――目の前に一人の女が佇んでいた。


「ア、アナタは……っ」


 見知った顔に、思わず体が強張る。


「あらあら、そんなに警戒しないでお嬢さん? 別に、取って食ったりはしないわ」


 そう言われても、緊張を解くことはできなかった。

 当然だ。

 だって、この人――ヴィオレさんは、


「……まあ、無理もないかしら? ニックさんのことは、私が殺したようなもの……ですものね」


 淡々と、薄笑いを浮かべながら言うヴィオレ。

 これだ。

 表情の裏にある影。

 この人の、こういう所が、正直怖い。


「……どうして、そんな顔できるの?」


 思わず言葉が漏れていた。


「そんな顔って?」

「なんだか……平気そうな顔」

「あら、そう見える?」


 そう言いつつ表情を崩さないヴィオレ。

 私はコクリと頷く。


「そうね……確かに。私にとって、人の死は珍しいことじゃない。今回みたいに、見知った相手が居なくなるなんてことも……日常茶飯事だもの」


 淡々と告げるヴィオレ。

 職業、暗殺者――目の前にいる女性の、その日常がどんなものか?

 想像して、私は息が詰まりそうだった。


「怖い?」


 声が出ない。


 この人は、なんでここにいるの?

 なにをしにきたの?


 色んな「なんで?」が、私の頭をグルグル駆け巡った。


「ごめんなさい。でも安心して? 私はね、お嬢さん……償いに来たのよ」

「え?」


 疑問が喉から飛び出す。


 ――償い? なにを言ってるの? なんで、私に……?


 混乱する私に、微笑みを浮かべるヴィオレ。


「だって、傷付いてるでしょうアナタ?」

「そ、それは……」

「いいのよ……私もね、珍しくないとは言ったけど、なにも感じない訳じゃないもの」


 ヴィオレの指先が、そっと私の手に触れる。

 ひんやり冷たい感触に、なんでだか心が落ち着いた。


「ヴィオレ、さん……?」

「痛かったでしょう? こんなになって……私のせいね。本当にごめんなさい」

「い、いや……違っ……これは……」


 声が……うまく言葉にならない。

 そんな私のことを、ヴィオレさんは、ゆっくりと抱擁してくれた。


「あ……ぁ……?」


 なんだか、いい匂い。


「大丈夫、大丈夫よ。“能無し(ノーマン)のハンナちゃん”……分かってるから」

「な、にを……?」

「なにもかもを、よ。アナタの痛みも、苦しみも、全部。私なら、分かってあげられる……だって――」


 じっくりと、耳に染み込むように。


「――ずっと、見ていたんだもの」


 優しく、鼓膜を震わせる。


「見て、た……?」

「そうよ。“可哀想なお姉ちゃん”」


 その囁きは、まるで毒のようだった。


「や、めて……」

「どうして? 本当のことでしょう?」


 ヴィオレさんの手が、私の背中を撫でる。子供をあやすみたいに、優しく。


「選ばれなかった。置いていかれた。奪われた。居場所も、役目も、親の愛も。アナタが欲しかったもの。あの子だけが手に入れた」

「嫌……っ」

「残酷よね? 血の繋がった姉妹なのに……こんなにも、扱いが違うなんて……」


 嫌だ、やめて、聞きたくない。

 そのはずなのに……耳を塞げなかった。


「とっても可哀想なアナタ。誰にも、世界にも選ばれなかったアナタ……だったら――」


 耳元に、息がかかる。


「――私が選んであげる」


 チクリと、首筋が痛む。

 一瞬、なにをされたのか分からなかった。


「っ……!? な、に……!?」


 ――“噛まれた”?


 それに気付いたのは、次に見たヴィオレさんの口から、真っ赤な血が零れていたから。


「ふふ……ふふふふふ。さあ、立って?」

「う……ぁ……?」


 首が、灼ける。

 体が火照って、まるでお酒でも呑んだみたいに、気分が良かった。

 意識が朦朧としてるのに、なんだか……力が湧いてくる。


「そう、それでいいのよ」


 ヴィオレさん……笑ってる。


「もう悲しまないで。苦しまないで。やりたいようにやっていいの。今日は、お祭りなんだもの。だったら、目一杯楽しみましょう? 私が、手伝ってあげるから」

「あ……が……っ」


 楽しみ。

 楽しむ?

 楽しく。

 駄目?

 駄目じゃない。

 ぐるぐる。回る。

 お姉ちゃん。

 お祭り。

 今日は、私の、ワタシ……と。


「カ、カ……ナ……ちゃ……」


 たくさん、あそぼう?


「うふふ、いってらっしゃいハンナちゃん。楽しんできてね?」


 よんでる。わたしを。きらきらなせかい。

 きれい。たのしい。

 いこう。あそぼう。あそんで。


「アハハハははははハハハはハハハはハハハハハはハハハはハハハハハハハハハはハハハはハハハ――」


 ――いってきます。

次回「おまつりさわぎ」

乞うご期待!

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