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一章五話[重なる面影]

 どれくらい歩いただろう。歩いても歩いても、目の前に広がる木、木、木。一向に変わり映えしない景色に辟易しながら滴る汗を拭った。

 しんどい。足が棒のようだ。喉も乾いた。

 ただでさえ貧相な異世界人の身体に慣れていないというのに、足場の悪い道と、その上――


「――ギャオオッ!!」

「うるせえ!」


 こうして何度も肉食獣っぽい奴らに遭遇したとあっては歩みが捗らないのも当然だ。

 尤も、そういう奴らは全部おっさんが前に出て瞬殺してくれるので、実害の方は全くない。とはいえ、こう何度も襲われると体力も精神も削られる一方だ。

 危険すぎるだろこの森。マジでしんどい。村はまだか?

 比べて、前を歩くおっさんの方は少しも疲れを見せない。俺より断然動いている筈なのに、流石というべきか。頼もしい限りだ――


「――ギシャアア!!」


 うわ、また出た!

 そう思ったのも束の間、飛び出して来た獣に対しておっさんは即座に反応し、手に持った包丁で首元を一閃。斬撃を受けた獣は傷口からシャワーのように血を吹き出しながら勢いよく地面を転がり、そしてそのまま動かなくなった。


「お、キバ二ーじゃねえか! ちょうどよかった! こいつは使えるな!」


 と、仕留めたその死骸を見て言うおっさん。


「使える?」

「おうよ! お前も食ったことあんだろ? こいつの肉は焼いてよし! 煮込んでよし! 揚げでもなんでも。とにかく美味いってなもんだ!」

「へえ〜……」


 いいね。それは、料理人にとって最高の食材だ。


「この辺じゃあんま見かけねえんだが、運が良かったな! 持って帰っから、飯の方は期待しとけよ!」


 勿論、期待しておりますとも!

 ああ、なんだか余計に腹が減ってきた。村はまだか!

 とまあ、それはさておき――


『――料理人スキル。食材鑑定Lv1、発動』



 個体名:キバ二ー

 生態:成体

 性別:♂

 種族:毛獣

 可食適性:〇



 成る程、キバニー……バニー、ね。

 確かに、口から飛び出すその凶器的な牙さえなければ、見た目は俺が知っている兎と殆ど変わらない。となれば、きっと味の方も似たようなものだろう。

 いやまあ、兎なんて食べたことないんだけどな。

 とにかく、楽しみがまた一つ増えた。お陰で歩く力が少しだけ戻ったような気がする。


「……にしても、こりゃあ流石に面倒だな」


 血の滴る頭部が下になるようにキバニーの死骸を持って再び歩き出したおっさんが言う。

 そりゃそうだろう。瞬殺できる程度の相手とはいえ、これだけひっきりなしに襲われてるんだ。大変に決まってる。

 ってか、なんだってこんなに獣が寄ってくるんだ? なにか美味そうな匂いでもすんのかな? まあ、料理人の(俺は別として)おっさんは体中に食べ物の匂いが染み付いてそうだけど。


「しゃあねえ! ちっと寄り道になるが……シノ! てめぇこっち来い!」

「え? あ、はい!」


 突然呼ばれて思わず身構えてしまう。もはや条件反射だ。なにせ同じような流れで殴られた前科があるからな。

 というのはさておき、手招きされるがままにおっさんの後を追う俺。

 一体どこに行くんだ?

 突然の方向転換に戸惑いつつ歩いていると、先の方から聞こえる音があった。

 水音だ。どうやら近くに川かなにかあるらしい。


「こいつとてめぇの血の匂いで奴ら気が立ってやがる。この先に水場があっから、そこでしっかり服と体洗ってこい!」


 原因、俺じゃねえか! 本当にありがとうございました!

 まあ……うん。自分じゃもう染み付きすぎてあまり分からなかったけど、そりゃこんだけ血の匂いぷんぷんさせてりゃ、獣も寄ってくるか。ここにいい餌がいますよって言ってるようなもんだしな。

 それに、


「そんな格好で村入ったら目立っちまうぞ。俺は別に構わねえが、てめぇは嫌だろ?」

「ま、まあ……」


 思いっきり悪目立ちだ。

 血塗れの人間に好印象を抱くなんて、猟奇的な趣向でもあるか、腹を空かせた吸血鬼……或いは猟奇的な吸血鬼くらいだろう。

 というか、そもそも喉が渇いた。さっさと水場とやらで休憩したい。


「――お、見えたな!」


 と言うおっさんの言葉通り、前方にチョロチョロとせせらぐ小さな川が見えてきた。


「ふぅ……ちょいと休憩だ」


 そう言っておっさんはどこからともなく煙草らしき物を取り出しすと、指先から当たり前のように出した小さな炎でそれに火をつけた。

 格好良い。本人的には何気ない仕草なんだろうが、職人然として実に様になる光景だ。サラッと魔法を使ってるのもポイントが高い。

 魔法……いつか、俺にもできるようになるんだろうか?


「んだよ、ジロジロ見やがって。なんか言いてえことでもあんのか?」

「い、いや! 魔法って誰にでも使えるのかなー、って」


 そう聞いた瞬間、おっさんの顔が一瞬曇ったのを俺は見逃さなかった。


「あー、っと……まあ、てめえも知ってるだろうが、こいつばっかりは持って生まれたもんもあるからな。一概にゃ言えねえ」

「成る程……」


 得手不得手がある、と。

 そして、俺……というかシノはきっと後者だったんだろう。それは、おっさんの申し訳なさそうな態度を見ればなんとなく察せられた。

 そうか……魔法の才能ないのか俺。

 ファンタジー世界ってことでその辺ちょっと期待してたんだけどな。まあ……仕方ないか。残念だけど、おっさんの言う通り、こいつばっかりは仕方ない。

 と、そう思った時、


「いや、待てよ……」


 ふと、考えがよぎる。


「もしかしたら……」


 今は、違うんじゃないか?

 という、その可能性に。

 あくまで、可能性だ。期待しちゃいけない。でも、俺は、おっさんの知るシノとは違う。例えシノの方に才能がなかったのだとしても。俺は……俺なら、もしかして――


「――まあいいじゃねえか! 魔法なんざ、あってもなくてもそう変わんねえよ!」

「いやそれは……」

「んなことより! てめえはさっさと服と体を洗いやがれ!」

「てっ!?」


 バシンと背中を叩かれる。

 痛い。今自分の背中を見たらおっさんの手形がくっきり残ってそうだ。そう思うくらい容赦のない一撃だった。


『――HP減少』


 ってか、おい! またHP減ったんだけど!

 やっぱ暴力親父じゃねえか!

 心の中で悪態をつきながら俺はふらふらと川の方へ歩く。 


「誤魔化し方荒過ぎんだろ……」


 とりあえず、魔法については保留だ。

 才能云々以前に、そもそも使い方が分からん。

 それよりも、今優先すべきは素早く身を清めることだろう。また叩かれんのもごめんだし。冗談抜きで命に関わる。

 そう思いながら水場に近付くと、忘れていた喉の渇きが再び自己主張を始める。


「飲めんのかな、これ……」


 パッと見た感じ、水は澄んでいて飲用にも問題なさそうに思える。とはいえ、自然の水を直接飲んだ経験はないし、なにより職業柄、衛生面のことを考えるとやや抵抗がある――


『――料理人スキル。食材鑑定Lv1、発動』



 アイテム名:天然水

 種別:飲料

 可食適性:〇



 どうやら大丈夫らしい。

 水に対しても使えるのか。こうして見ると、鑑定ってのも便利だな。お陰でこの先旅をしても食糧難になることはなさそうだ。

 ともあれ、大丈夫と分かったなら躊躇いは必要ない。

 川辺にしゃがみこんで水に触れてみる。

 心地よい冷たさが指先に伝わって、疲れた体に染み渡っていく。

 木漏れ日を浴びてキラキラと輝く水面は、流れが穏やかなこともあってまるで鏡のようだ。

 実際、顔を近付けてみればはっきりと自分の姿が見て取れた。

 鏡合わせの世界。そこに写るのは勿論、馴染み深い、俺の――


「――え?」


 俺の、顔?

 いや、待て。待て待て待て。そんな、そんな訳あるか!

 錯覚? うん、錯覚だろう。そうに違いない。

 目を凝らして、もう一度水面に写るそれを確認する。


「どういう、ことだよ……」


 俺だ。俺が、いる。

 似ている、なんて次元の話じゃない。同じだ。耳や目鼻立ち、口の形も。今よりは少し若い、十代の頃の自分。それと全く同一の顔がそこにある。

 いや、よく見たら髪の色だけ違うな。

 水面だと少し判別しにくいけど、これは白……いや銀髪か?

 試しに二、三本程引っこ抜いて確かめてみる。

 染めたような感じじゃない。天然物の銀髪。初めて見た。職業柄、髪を染めたことはなかったが、案外しっくりくるもんだな。こいつは新しい発見だ。


「って、言ってる場合か!」


 気が動転している。

 なんにせよ、この程度は些細な違いだ。

 目の前の事実は変わらない。何度確認した所で、そこには驚愕の表情で固まる俺自身の顔があるだけだった。

 これが、シノ……なのか?

 分からない。


「どうした? なに固まってんだ?」


 俺の様子がおかしいことに気付いたのか、後ろからおっさんが声を掛けてくる。


「いや……顔が……」

「あん? 顔? なんか付いてたか?」


 そうやって一緒に水面を眺めるおっさんは、さも当然のように、


「……んだよ。別にいつも通り、父ちゃん譲りの銀髪と、母ちゃん譲りのてめぇの面じゃねえか!」


 いやいや、母ちゃんはともかく、うちの親父は歷とした日本人です。まあ顔なんざはっきりとは覚えちゃいないが、少なくとも銀髪ではなかった。

 ん? あれ? これはシノの両親の話か。ああ、もう、頭こんがらがってきた!

 とにかく、これがシノの顔であることは間違いないみたいだ。世の中似た顔が三人はいるらしいが、まさか異世界にいるとは……そしてその体を使うことになるとは……まるで想像してなかった。

 全くもって出来すぎな偶然だ…………偶然、なのか?

 なあ、おい神様。これは一体どういうことだよ!?

 答える声はない。代わりに――


「――いつまでボーッとしてやがる! ほら、さっさと体動かしやがれ! 血が乾いちまうだろうが!」


 急かす声。

 上から響くそれに現実へと引き戻され、状況を思い出す。

 苛ついているようなおっさんの顔。木の匂い。川のせせらぎ。

 ああ、水が飲みたい。

 無性にそう思うのは、なにも喉の乾きだけが原因じゃないだろう。


 ――ザブン、と。


 体の疲れと、汚れと、浮かんだ疑問と。それらをまとめて水に溶かすように水面へ頭を突っ込む。

 冷たい。今は、その冷たさがなによりも心地よかった。

 そのまま顔を擦って汚れを落とす。スッキリした所で顔を上げ、汚れが川下へ流れただろう頃を見計らって、今度は口だけを水面に突っ込んだ。

 そして一口。


 ――うまい!


 衛生管理なんざ知ったことか! 料理人としては失格だけど、そんなことを思ってしまうくらい、これは、染みる。ひんやりとした清らかな感触が、喉を伝って全身を癒してくれるようだ。


『――HP小回復』


 って、本当に回復するとは……。

 おかげでおっさんに減らされた分が帳消しになった。これはまさしく、命の水だ。

 ああ、うまい! うま過ぎる! 水を啜る口が止まらない。

 川の水を飲み干さんばかりの勢いで俺は水を飲み続けた。


「おい! あんま飲み過ぎんなよ! 腹壊しても知らねえぞ!」


 おっさんにそう言われなければ、俺の一生は水を飲むだけで終わっていたかもしれない。


「生き返ったー……」


 人心地ついたところで、今度は服を洗うことにする。

 川辺に座ったまま腰のベルトを弛めてシャツとベストを脱ぎ、一つずつ川にさらして洗う。

 すると、あっさり血の汚れは水に流れて消え、服は徐々に元の色を取り戻していく。

 よかった。血が乾いていたらこうはいかなかった。流石異世界の水。洗浄効果も抜群だ!

 と、それはいいんだけど……濡れた服どうしよう? このまま着るってのも気持ち悪いし……今更ながら、そこはなにも考えてなかった。


「おい、洗ったやつはこっち寄越しな! 乾かしといてやっから!」


 ちょうどいいタイミングで声がかかる。

 ありがたい。

 確かに、おっさんの炎なら服を乾かすには最適だろう。

 ってことで、遠慮は無用。お言葉に甘えて、俺は濡れた服をおっさんに手渡した。

 乾かす手段があるなら、躊躇う必要もない。

 川の方に向き直り、今度はズボンを脱いで水にさらす。なにぶん色が黒いので汚れは目立たないが、どうせなら洗ってしまった方がすっきりするだろう。

 靴なんかは流石に短時間では乾かないから、近くにまとめて置いておく。そうして下着以外を取っ払い、川へ足を入れる。丁度いい深さ。膝下までをひんやりとした感触が包んで一瞬ゾワっとしたが、すぐに慣れることができた。そのまま足を手洗いして汚れを落とす。上半身は濡れたズボンをタオル代わりとして軽く拭き洗い。それが終わったらもう一度ズボンを洗って、これであらかた作業は完了だ。


「おう! 終わったみてえだな!」


 威勢の良い声に振り向けば、おっさんが俺の服を手に持ってこちらに近付いてくるところだった。


「とりあえず、ほれ! こいつらは乾いたぞ!」


 そう言って服を渡してくるおっさん。

 え? 早くない?

 そう思いながら手に取って羽織ってみると、確かに、服はカラッカラに乾いていた。

 いやちょっと待て!

 俺が作業をしていた時間なんて、ほんの数分程度だぞ? それでビショ濡れだった服が完全に乾くなんて、仕事が早いってレベルじゃない。

 見れば焚き火とか、火を使ったような形跡もないみたいだし……一体どんな手品を使ったんだ?

 そう思ったのも束の間、


「後はそいつだけか? んじゃ、ちょいと広げて持ってろ! 丸ごと乾かすからよ!」


 言われるがままに俺はズボンを広げて持つ。それを見ておっさんは「よし!」と一言発し、なにやら左手を前に突き出した。そうして望遠鏡でも握っているかのように円の形を作るその後ろで、右手の方は指で拳銃を作るようなポーズをとり、こちらへ狙いを定めるように構える。

 なにが始まるんだ?

 そう思った直後――


「――着火!」


 目に見えない衝撃。思わず一歩引いてしまうくらいの突風が全身にぶち当たる。

 それだけじゃない。


「熱っ! アチチチ!」


 まるで巨大なドライヤーの前にいるみたいだ。強烈な熱風を浴びながらそんなことを思う。

 多分、原理的には同じだ。右手の指先から風を吹かせて、それを左手の内側に浮かんで見える火球に通すことで急速に温めているんだろう。

 まさか風の魔法まで扱えるとは、見た目に反して意外と器用だなこのおっさん……という驚きはさておき、魔法ってのはやっぱり便利だ。使えるもんなら俺も使いたい。素直にそう思った。


 ――にしても、熱ィ!


 誰だよ、心頭滅却すれば火もまた涼しなんて言った奴は! ふざけんな!

 これは、もはや乾かされてるというより炙られてると言った方が正しい。熱気で肌がチリチリする。ズボンを盾にしてないと目を開いておくのも大変だ。辛い。真夏の厨房より辛い。職業柄熱気に晒されるのは慣れてるといっても、そろそろ限界だ。早く、早く終わってくれ!

 そんな願いが通じたのかどうか、


「よっしゃ、一丁上がり!」


 威勢の良い声と共に風が止まる。

 よかった。もうちょっとで焼肉になる所だった。

 俺は心底安堵してホッと一息ついた。


「どうだ? すっかり乾いたろ?」


 言われて見れば確かにズボン含め、湿っていた体の方もカラッカラに乾いていた。

 こりゃ凄い。死ぬような思いをした甲斐があるってなもんだ。


「ありがとう、ございます」

「よせよせ、礼なんざ! それより、てめえはさっさと服を着ろ! 風邪ひいても知らねぇぞ!」


 それはごもっとも。

 言われた通りにして装備を整える俺。


「おう、準備できたな? こっちも、ちょうど血抜きが済んだとこだ」


 そう言うおっさんの手には、いつの間にやら後ろ足を紐で縛られ、頭を切り取られたキバ二ーの死体があった。

 えぐい。見た目がほぼ兎と言うだけあって、現代っ子の俺にとっては少しショッキングな光景だ。なんとか顔には出さなかったけど。


「そんじゃ、休憩は終いだ! そろそろ行くぞ!」


 そうして平然とした態度で再び歩き出すおっさん。それに対して微妙な価値観の違いを感じながら、俺もまたその後について森の中を歩き始めるのだった。

次回「冷たい視線」

乞うご期待!

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