二章十二話[灰色の空へ祈りを]
島国編スタート!
「――野郎共! 錨を下ろせーーッ!」
船長の威勢のいい声が響く。
それを合図に忙しく動き回る船員達。その作業が終わるのを、俺達は甲板で大人しく――
「島ー! 島にゃ、ご主人!」
――ない奴が一人。
船の欄干に乗ってはしゃぐレイの姿を、周囲の乗客達が笑顔で見守る。
「分かったから、さっさと降りろ! 落ちても助けねぇぞ!」
「だいじょぶだいじょぶ! レイは落ちないにゃー!」
「……ったく」
でも、助かる。
コイツがいつもと変わらないでいるおかげで、俺の胸は少しだけ軽くなった気がした。
ニックの死――あの悲しい事件から、およそ二日。
嘘みたいに平和な航海を経て、俺達は新たな場所に辿り着いた。
「――いいお天気、じゃないわね」
若い女性の声。突然背後から聞こえたそれに、俺は思わず振り向く。
誰がいるかは、顔を見なくても分かった。
「ヴィオレさん……」
「お久しぶり。二人共、元気そうでなによりだわ」
「うん! レイは元気にゃ!」
小さく微笑むヴィオレ。表情は穏やかだったが、その目はどこか暗く、今の空と同じ灰色に見えた。
「ヴィオレさんこそ、その……元気そうでよかったです」
「あら、心配してくれていたのかしら?」
「そりゃまあ……」
この二日間、彼女は自室に軟禁状態だったんだ。
仕方がない処置だったとはいえ、気にしないっていうのは、俺にはできなかった。
「優しいのね……私みたいなものに」
「いや、そんなことは……」
「にゃはは! ご主人は優しいにゃ!」
ヴィオレはそれ以上、言葉を続けなかった。
ただ静かに、海原を見つめている。その横顔にどんな感情があるのか、俺には分からなかった。
曇り空の下、近付く島影は思っていたよりも鮮やかだった。
桟橋の周囲には色とりどりの旗が飾られ、パタパタと潮風に揺れている。露店らしきものも並び、人影も多く見えた。
「なんだか賑やかにゃ!」
「そうだな、祭りでもやってんのか?」
すると、俺達の会話を聞いていたらしいヴィオレが、
「“聖獣祭”ね」
「せーじゅーさい?」
「さっき船員さん達が話していたわ。島の“聖獣様”を祀る催し……ちょうど明日から行われるそうよ」
それを聞いて、レイの尻尾が二本とも元気に揺れる。
「お祭り! ご馳走あるかにゃ!?」
「お前は、またそうやって……」
俺が呆れかけたところで、ヴィオレがふっと笑った。
「……良かったわ」
「え?」
「貴方達が、いつも通りで」
不意にそんなことを言われて、俺は言葉に詰まった。
「世界は気まぐれだもの。昨日まであったものが、今日にはなくなってしまうかもしれない……」
「ヴィオレさん……」
「雨は、突然降ってくるの……だから、気を付けてね? 貴方達の旅に、我らが神の祝福があらんことを」
祈りの言葉。それに合わせるように、ヴィオレは両手を組み、長い睫毛を伏せる。
それはまるで、亡くなった命を弔っているようにも見えて…………潮風が彼女の髪を揺らすのを、俺は静かに眺めていた。
「なんか、似合わないにゃー」
「おいィ!? おま、なに言ってんだ!?」
「あらそう? これでも一応神職なのだけど」
わざとらしく気にした様子を見せるヴィオレ。
そんな騒がしいやりとりにお互いが笑顔になった、ちょうどそのタイミングで――
「――プレヌメール港! まもなく上陸準備完了だよー! 下船するお客さんは、忘れ物がないように気を付けなー!」
威勢のいい声が響く。
その直後、船員が二人程、ヴィオレの方へ歩いてきた。きっと彼女を連行しに来たんだろう。
「……時間、ね。それじゃあ、一足先に失礼するわ」
「はい、また会いましょう。ヴィオレさん」
「またにゃー!」
どうせ俺達も下船する予定だ。
同じ島にいる以上、すぐにまた会えるだろう。だから、別れの言葉はいらない。
「ええ、またね」
お互いに手を振り合う。
そうして、他の乗客よりも先に、ヴィオレは船を降りていった。
「…………俺達も、行くか」
「うん! レイ、ご馳走食べたいにゃー!」
「わ、分かったから、押すな!」
ヴィオレの背中が見えなくなった頃、船員の指示で乗客達が動く。
俺は腹を空かせた相棒に急かされながら、船のタラップを渡った。
とりあえず、島で最初にやることは決まったな。
料理人の血が騒ぐ。
新天地――まだ見ぬ料理、知らない味に会いに行く。
灰色の空の下、そのための一歩を、俺は踏み出した。
次回「聖獣の島」
乞うご期待!
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