表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
インバース・クロニクル ~逆転料理人は異世界を救ってとっとと帰る~  作者: 夜長月虹
第二章【甚雨の邂逅編】

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

56/57

二章十一話[波乱の航海・結]

「……え、えっと……」


 ぽつり、と。

 この場で一番空気を読まない声が響く。


「ヴィオレさん、悪い人……なのかにゃ?」


 その問いに、ヴィオレは一瞬だけ目を伏せ、そして――


「ふふっ」


 ――柔らかく微笑んだ。


「……さあ。どうかしらね?」


 ヴィオレは顔を上げ、集まる視線を一身に受け止めた。

 怯えも、戸惑いも、怒りもない。ただ、静かな余裕だけがそこにあった。


「認めない、ってことですか?」

「いいえ。認めるところは認めましょう。確かに、サイレントスネークを船に持ち込んだのは――私」


 ざわ、と空気が揺れる。


「なんと……お前さんが?」

「な、なんで、そんな危険なこと……!」

「それは秘密……ごめんなさいね、お嬢さん。私、あまり人に言えない仕事をしているの」


 恐る恐る尋ねたハンナに、ヴィオレは指を一本立てる仕草で答えた。


「人に言えねぇ仕事、ときたか……なあ姉ちゃん……アンタ、まさか――」


 ゴクリと唾を飲んでギリアンは続けた。


「――“白影”……じゃねぇよな?」

「え? しろ、かげ……って?」


 知らない単語。

 周りを見れば、他の面々も俺と同じく頭に疑問符を浮かべているようだった。


「まあ、あんちゃん達が知らないのも無理はねぇさ……白影っつーのは、聖教教会の……暗部の名前だからよ」

「あ、暗部って……」


 不穏な響きに、周りの空気が張り詰める。


「表にゃ絶対出ねぇし、見たって奴はたいていこの世にいねぇ。なんたって、奴らの主な仕事は――」

「――諜報と粛正……つまり、暗殺ね」

「なっ……!?」


 淡々と告げるヴィオレ。そんな彼女から、俺達はなんとなく一歩引いて距離を取る。

 体の奥から、薄ら寒いものを感じた。


「ふぅむ……驚きじゃな。しかし……ギリアン、じゃったか? お前さん、ずいぶん詳しいのう?」

「そりゃあ……うちの商会にゃ、色んな客が来るんでな。それこそ、教会のお偉方とかよ」


 ギリアンの言葉に、ヴィオレは小さく肩を竦めた。


「商人の耳は猫より鋭い……よく言ったものだわ。でも、気を付けてね? あまり余計なことを知ると、碌なことにならないから」

「へっ、肝に銘じるよ」


 分かりやすい脅し文句にギリアンは動じず応える。

 この世の闇に触れている感覚。

 今そこにいるヴィオレが、途方もなく遠い存在になったように、俺には思えた。


「じゃ、じゃあ……本当に、ヴィオレさんが?」


 震える声で尋ねた俺に、ヴィオレは「ふふっ」と微笑んで返す。


「ご想像にお任せするわ。ああ、因みに――」


 鋭い視線。

 その瞬間、俺は蛇に睨まれたような錯覚に陥った。


「鑑定しても無駄よ? 私、隠すのがうまいの」


 言葉の通りだった。

 ヴィオレに対して鑑定を発動した途端、頭に針が刺さったような痛みが走り、スキルが中断される。


「ご、ご主人!? 大丈夫にゃ!?」

「っ……ああ、大丈夫」


 軽く頭を振って気を取り直す。


 鑑定の妨害……そんなことできんのかよ。そんなの、まるで……“アイツ”じゃねぇか。


 赤き災厄――“ファブニール”を鑑定しようとした時のことを思い出し、俺は戦慄した。


 でも、ここで立ち止まる訳にはいかない。

 真実はもう目の前。ヴィオレという女が例え何者であっても、俺は……確かめなきゃいけないんだ。


「ヴィオレさん……一つ、いいですか?」

「ええ、どうぞ」


 余裕の笑みを崩さないヴィオレに、俺は踏み込む。


「アナタが船にサイレントスネークを持ち込んだのは、“仕事”のため……ですか?」


 含みを持たせた俺の問いに、場の空気がピシリと凍りつく。


「し、仕事……って、まさか……っ」


 言葉の裏を察したらしいハンナが、血の気の引いた顔をヴィオレに向ける。


「うふふ、怖いもの知らずなのね。嫌いじゃないわ」

「いいから、答えてください」


 視線がぶつかる。

 震えそうな体を抑えながら、俺はヴィオレを問い詰めた。


「いいわ、答えてあげる。私が蛇を持ち込んだのは……そうね、確かに。お仕事に使うためよ」

「やっぱり……」

「ああ、でも――」


 首を振るヴィオレ。


「――誤解しないで頂戴ね? 別に……そこで死んでいる彼は、標的ではないの」

「え?」


 俺は思わず声を漏らした。


「標的……じゃない? 本当ですか?」

「疑っても構わないけれど……少なくとも、私には彼を殺す意思なんてなかったわ」


 ニックの死体に目を向けながら言うヴィオレ。

 その表情はどこか、悲しげに見えた。


「でも、じゃあ……なんで……」

「そ、そうよ! なんで、ニックさんは死ななきゃいけなかったの!?」

「落ち着いてください、ハンナさん」


 取り乱すハンナをイレーネが手で制す。


「ヴィオレさん、私からも少しよろしいでしょうか?」

「……なにかしら?」


 一歩前に出たイレーネは、冷静な口調でヴィオレに対する。


「ニックさんが亡くなった時……アナタは、何処にいましたか?」

「…………私の部屋よ」

「そうですか」


 イレーネは一度だけ頷き、淡々と続けた。


「では……そこで、誰かと会いましたか? 訪ねてきた人がいたのでは?」

「…………」


 ヴィオレの答えは、沈黙。

 でも、それはもう……決まっている。

 イレーネからバトンを受け取るように、俺は声を上げた。


「ニックさん……ですよね?」

「彼が……? 何故、そう思うのかしら?」


 なんの用事があったのかは分からない。でも、昨日の夜中、ニックが202号室を訪れた可能性を示す証拠はある。


「蛇の抜け殻は、ニックさんの胸ポケットに入っていました。御存知の通り、その辺にいるような蛇のものじゃない。それじゃあ一体、ニックさんはどこでそんな物を拾ったんでしょうか?」


 答えは既に知れている。


「202号室……」

「そうです、ハンナさん」


 彼女は俺達と一緒に202室に入って、アレを見ている。もう、察している筈だ。

 俺は、静かにヴィオレを見た。


「結論を言います――昨夜……ニックさんはアナタの部屋を訪ねた。そこで、蛇に噛まれて死んだ。そして、それを隠すために、アナタは死体を食堂に運んだ……違いますか?」


 ヴィオレは、目を伏せたまま動かなかった。

 静寂。

 その場にいる誰もが、ジッと彼女の答えを待っていた。


「…………ふっ」


 やがて、ヴィオレは小さく息を吐いた。


「凄いわね……そこまで辿り着くなんて」

「ヴィオレさん……」


 力の抜けた表情で手を叩くヴィオレ。


「ええ、貴方の言う通りよ。昨日、あの宴会の後……彼は私の部屋を訪ねてきたの」

「そんな夜中に……なんで?」


 訝しげに尋ねる俺。

 ヴィオレはその時のことを思い出すように、遠くを見ながら答える。


「お詫びに来た――彼は、そう言っていたわ」

「お詫び?」

「昼間の件でね。『料理人として、恥ずべき皿を出してしまったから』と……彼は頭を下げてくれたの。サービスだって、美味しいデザートを持ってね」

「デザート……そうか……!」


 だから、ニックはあの時、一人で食堂に残ったんだ。

 そして、作った。

 料理人としてのプライド。自分の料理を「不味い」と言った相手へ、本当に美味しいものを提供するために。

 その気持ち……俺には、痛いほどよく分かった。


「律儀よね? 思わず見直しちゃったわ……だから、とても残念」


 目を伏せて、ヴィオレは続ける。


「彼は、運が悪かったわ……」

「運……ですか?」

「いえ、油断……と言うべきかしらね」


 そう言うとヴィオレは、突如右手を上げて一言――


「――出なさい」


 すると、それに反応したかのように、ヴィオレの身に付けている外套が蠢く。


「にゃッ!?」

「おい、全員下がれ!」


 威嚇するレイ。

 ギリアンの声に従って皆が一歩下がる。

 誰もが、息を呑んでその光景を見た。


「サ、サイレントスネーク……ッ!」


 ソイツは音もなくヴィオレの腕を伝い、外套の闇の中から姿を現した。

 細長い、漆黒の蛇。その口からは、まるで注射針のような牙が覗いている。


「ひっ……」

「動くな、噛まれたら終いだ……!」


 ギリアンの張り詰めた声が響く。

 俺の背中を、冷たい汗が伝った。


「安心して。大人しい子よ。刺激しない限り、自分から誰かに襲いかかることはしないわ」

「信じろってのかよ……!」


 その場の全員が、恐れと疑念を持って蛇の動向を窺っていた。


「信じる信じないはご自由に。この子に出てきてもらったのは、分かりやすくするためですもの」


 ヴィオレは、蛇を撫でながら続ける。


「見てもらった通り、この子は暗い所が好きでね? 普段は、私の外套の中に潜んでいるの」

「ま、マジかよ……」


 呟いたギリアンの気持ちは分かる。

 サイレントスネーク。死神が、常に傍にいたという事実に、俺は血の気が引いた。


「あの時も、そうだったわ……でも」


 一呼吸置いて、ヴィオレは続ける。


「彼を部屋に通した時、私は外套を脱いで……椅子の背に掛けたままだった。この子が中に残った状態で……ね」

「そんな、それじゃあ、まさか……っ」

「ええ、そのまさか……なにも知らない彼は、持って来たデザートをテーブルに置こうとして……そこで、外套に触れてしまったんでしょうね」


 サイレントスネークが、すっと首をもたげる。まるでその瞬間を再現するかのように。


「気付いた時には、手遅れだった。私が目を離した一瞬、そこで全ては終わっていたわ」

「……っ」


 ハンナが口元を押さえ、イレーネは目を伏せた。


「助けることはできなかったのですか?」

「無理よ」


 ヴィオレははっきりと言い切る。


「アナタも知っているでしょう船医さん? サイレントスネークの毒の即効性は脅威よ。噛まれた時点で……もう、助かる見込みはないわ」

「そう、ですね」


 悔しげな表情で口を閉ざすイレーネ。

 しばらく、誰も声を上げなかった。

 重苦しい空気の中、


「ふぅむ、それが真実……ということかのう?」


 低い声で船長が言う。

 ヴィオレは頷き、それを肯定した。


「……ニックをここへ運んだのも、お前さんか?」

「そうね。仕事柄、私は目立つ訳にはいかない。ましてや正体を明かされるなんて、沽券に関わるわ。だから……」


 事故に見せかける必要があった……そういうことか。


「そんな……! じゃあ……ニックさんは……本当に、ただ……!」


 それ以上言葉にならず、ハンナは唇を噛んだ。


「ええ。巻き込まれただけ。全ての責任は、私にあるわ」


 ヴィオレは、はっきりとそう言った。

 言い訳も、正当化もしない。


「お騒がせして、本当にごめんなさい。この件に関する処分は……甘んじて受けるつもりよ」

「ヴィオレさん……」


 深く頭を下げ、謝罪を述べるヴィオレ。

 でも、失った命は……二度と返らない。

 救われない。

 誰も救われない結末に、俺は打ちひしがれるしかなかった。


「船長さん、アナタの判断に従うわ。煮るなり焼くなり、どうぞご自由に」

「ふぅむ……」


 顎髭を撫でる船長。

 しばらく思案していた様子だったが、やがて意を決したようにヴィオレへ、


「法の上で、人を害した獣がどうなるかは、知っておるな?」

「……捕食者プレデターとして認定し、即時処分」

「うむ、そうじゃ。まずはそのサイレントスネーク……こちらに渡してもらうぞ。よいな?」

「ええ、仕方がないもの……」


 船長の指示で、船員がどこからか木箱を持って来る。

 その中へヴィオレは蛇を入れ、少し名残惜しそうに蓋を閉めた。


「ふむ、蛇に関しては、これでいいじゃろう。次に、お前さんの処分じゃが……」


 眉間に皺を寄せながら、船長は続ける。


「……直接手を下していない以上、お前さんを裁く法はない」


 ざわつく。

 それは赦しでもなく、断罪でもない。ただの事実だった。


「だから、これは儂の個人的な判断じゃ。船を預かる者としての……な」


 船長は、静かに続けた。


「お前さんは、この船に災いを持ち込んだ。その結果として、仲間の命が失われた。例え意図がなかったとしても、それは変えようのない事実じゃ」


 ヴィオレは微動だにせず、その言葉を受け止めている。


「故に――もはやこの船に、お前さんの居場所はない」


 ぴしり、と空気が張り詰めた。


「次に寄港する港で、お前さんには下船してもらう」

「……分かったわ」

「そこへ着くまでの航海中、自室から出ることは許さん。一応、見張りも付けるからのう。妙な行動はせんようにな」

「ええ、勿論」


 下された処分を、ヴィオレは宣言通り甘んじて受け入れた。


「それだけじゃ。後は、ニックの奴に詫び続けて生きるがよい」


 しばしの沈黙。

 やがて、ヴィオレは――ふっと、力を抜いたように微笑んだ。


「……優しいのね、船長さん」

「儂には、これが精一杯でな」


 肩をすくめる船長に、ヴィオレは小さく息を吐く。


「ありがとう。その裁き……しっかり、受け取らせてもらうわ」


 そうしてヴィオレは一礼すると、船員に連れられ食堂から退室していった。

 その去り際、


「……ヴィオレさん」


 思わず声をかける俺。

 ヴィオレは振り返り、柔らかな視線をこちらに向けた。


「なにかしら?」

「い、いや、俺……その……」


 言葉に詰まる俺に、ヴィオレはふふっと微笑んだ。


「アナタには、お礼を言わないといけないわね」

「え?」


 お礼?

 言われた意味が分からず、俺は戸惑った。


「ニック……彼の、最期の料理は、美味しかったわ」

「そう、ですか……」

「きっと、アナタのお陰よ。アナタが、彼に勝ったから。彼はあれだけの味を出せる料理人になった。そう思うの。だから――」


 ――ありがとう。


 その一言だけを残して、ヴィオレは食堂から立ち去っていく。

 その背中が見えなくなるまで、俺は彼女を眺めていた


「ご主人……大丈夫?」

「……ああ、大丈夫だ。部屋、戻るか」

「うん、それがいいにゃ!」


 そうして、俺達もまた食堂を後にする。


「――あっ!」

「な、なんだよ?」

「レイ、まだ朝ご飯食べてないにゃ!」

「はぁ!?」


 この状況で何言ってんだこの猫は。

 呆れ顔になった俺だったが……


「いや……そうだな。なにか、作るか?」

「いいの? やったにゃー!」

「ったく」


 レイの笑顔。それを見た途端、重い心が少しだけ軽くなった気がした。


「厨房行くぞ! お前も手伝え!」

「はいにゃー!」


 騒がしいレイを連れて、俺は前を向く。

 少しだけ振り返って、


「じゃあな……」


 小さく呟くように。

 横たわるニックへ……誇り高き料理人へ、別れを告げた。

次回「灰色の入港」

乞うご期待!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ