ニ章十話[波乱の航海・転]
「――ご主人、みんな集まったにゃ!」
「おう、早かったな」
「ふふん、レイの鼻にかかれば簡単にゃ!」
誇らしげに胸を張るレイ。その後ろにげっそりとした様子のハンナが見えるが、今はそっとしておこう。
それよりも、だ。
「皆さん、急にお呼び立てしてすみません。まずは、お集まりいただきありがとうございます」
全員の視線が一斉にこちらへ向けられる。そのどれもが、不安と困惑に満ちていた。
俺は緊張を誤魔化すように、ゆっくりと一礼した。
「……ふむ。わざわざ皆を呼び出したんじゃ。なにか収穫があった……ということでいいのかのう?」
「まあ、そう思ってもらって大丈夫です」
「ほぉ?」
そんな俺達のやり取りに周囲がざわめく。
「収穫があったって……そりゃ本当かよ兄ちゃん!?」
「もしかして……分かったのかしら? 犯人が」
「えっ!? そうにゃの、ご主人!?」
それぞれが騒ぎ立てるのを、船長が手で制す。
「まあまあ、落ち着かんか、お前さんら。そう一斉にまくし立てられては、そやつも話し辛かろう」
「そうですね。まずは彼の話を聞きましょう」
冷静な船長とイレーネ。
ありがたい。
ざわめきがある程度収まったところで、俺は改めて話し始めた。
「それじゃあ、はじめに。今回の件について流れを改めて整理させてください」
そう切り出した瞬間、食堂の空気がぴんと張り詰めたのが分かった。
俺は一度、ゆっくりと息を吸ってから続ける。
「亡くなったのは――この船の料理人だったニックさん。死亡推定時刻は、おそらく真夜中……ですよね? イレーネさん?」
「ええ、遺体の状態から見て、ほぼ間違いないと思われます」
「ふぅむ……真夜中か。その時間なら、殆どの者は寝とったはずじゃな?」
船長の低い声に、食堂が静まり返る。
誰もが昨夜の記憶を思い返しているのが分かった。
「昨日の夜ってーと、食堂はお祭り騒ぎだったな。兄ちゃんのカレー……だったか? それを食いてぇつって、船中の人間が集まってよ」
「覚えてるわ……お昼から夜まで、とても騒がしくて……楽しかったもの」
料理勝負の後、食堂はそのまま宴会みたいになった。
次々にやってくる人の群れ。笑い声と酒の匂い。その中で俺と給仕のハンナ……それからニックは、ひたすらに飲み物やカレーを提供するだけの機械と化していた。
「ふぅむ、羨ましい限りじゃのう。船の操舵さえなければ儂も……」
「船長、それはまた別の機会に…………それで? 皆さんはその後どうされたのですか?」
さり気なく全員のアリバイを確認するイレーネ。
流石、抜け目ない。
「あの後……私は部屋に戻って、すぐに休んだわ。少し飲み過ぎたもの」
「俺も一緒だな。いい時間だったし、他の連中も似たようなもんじゃねえか?」
宴会が終わった後で食堂に残っていたのは、俺とニック……それと片付けを手伝ってくれたハンナ――
「――レイも手伝ったにゃ!」
「ああ、そうだったな」
皆で片付け。あの時は村での暮らしを思い出して、少しノスタルジックな気分になったのを覚えてる。
ともあれ、それもあらかた済んだ頃――
「えっと……確か、私が先に休ませてもらったわね」
「そうですね。俺達も一足先に部屋に戻って……最終的に食堂に残ったのは、ニックさん一人でした」
後は大丈夫だから、そう俺達に言って残ったニック。
明日の約束をして別れたってのに……畜生!
「――つまり、その一人になったタイミングで“なにかが起きた”……ということですね?」
イレーネさんの問いに、俺は頷いて返す。
そうだ。なにかがあった。それも、人の命が消えるような………なにかが。
そして――
「その“なにか”に、この中の一人が関わっている。それは、間違いありません」
「なっ――!?」
誰かが小さく声を漏らす。
俺の放った言葉に、それぞれが顔を見合わせて困惑していた。
「ま、待ってよ兄ちゃん! それじゃあ、ニックは殺されたってのか!?」
食堂全体に動揺が広がる。
「落ち着いてください、ギリアンさん。順を追って話しましょう。そうですね……まずは――死因について」
「死因、ですか……」
反応したのはイレーネ。
続けてヴィオレが口を開く。
「それは、見るからに明らかなのではなくて?」
「ええ、後頭部の強打……私の見立てではそうなります」
「……“違う”、としたら?」
「え?」
場の空気が、一瞬固まった。
イレーネが目を細めて俺を見る。
「……どういう意味でしょうか?」
「言葉の通りです。ニックさんの死因は、別にある。本当の死因が」
「それは興味深いですね。是非、聞かせてください。一体何故、ニックさんは亡くなったのか?」
やや棘のあるように聞こえるイレーネの声。
そりゃそうか。プロの仕事を否定したんだから。
でも、気圧される訳にはいかない。
告げよう、真実を――
「――“毒”です」
その一言で、皆の目が見開かれる。
「なっ、え? 毒……って?」
「そりゃ本当かよ兄ちゃん!?」
ハンナ、ギリアンが困惑の表情で言う。
「詳しく、説明してください」
「分かりました」
静かに言うイレーネ。
俺は立ち上がって、ニックの死体を指差した。
「この、ニックさんの後頭部の傷……確かに、一見すると、これが致命傷のように思えます。でも――」
「――そうではない?」
「はい」
大事なのは、そこじゃない。
「……ここを、見てください」
そう言って俺は、ニックの手をそっと持ち上げた。
「後頭部の傷とは別に、ニックさんの掌には小さな裂傷と、火傷のような痕があります」
「それは私も確認していますが……それがなにか?」
「ニックは料理人なんじゃ。そんな傷は珍しくもあるまい?」
イレーネと船長の視線が鋭くなる。
俺は軽く咳払いして、続けた。
「確かにおっしゃる通りです。でも、違う」
同じ料理人だから分かること。
「火傷の方はともかく、こっちの掌の傷……これが包丁傷だとしたら、こんな位置にあるのはおかしいんです。だから、断言できる。この傷は、料理中に付いたものじゃない」
食堂がざわつく。
「……では、なんだと?」
訝しげなイレーネ。
俺はその目をまっすぐ見て、言った。
「“咬み傷”……だと思います。おそらくは、“蛇”の」
「なんじゃと?」
「蛇……?」
どよめき。
まあ、混乱するのは分かる。
俺だって、まだ信じ難いんだ。
「根拠は? 何故、そう思ったのかしら?」
「証拠があります。なあ、レイ。お前が見つけた“アレ”……皆に見せてくれ」
興味深げなヴィオレさんの追及に答えつつ、俺はレイに目配せした。
言われたレイは、「はいにゃ!」と元気に返事をして、懐から“ある物”を取り出した。
「それって……」
レイが持つ――乾いた、半透明な物体を見てハンナが声を上げる。
「ニックさんの胸ポケットに入っていました。これがなにか、分かりますか?」
問いかけるが、皆一様に首を振り、答えない。
「俺も最初は分かりませんでした。でも、料理人には鑑定スキルがある。それで、見てみたんですが……」
その結果は――
「――“サイレントスネーク”。蛇の抜け殻です」
その名を告げた瞬間、全員の目が見開かれた。
「サイレント、スネーク……?」
「寡黙な死神……世界的に有名な毒蛇ね」
「おいおい、暗殺者御用達の蛇じゃねぇか! 冗談だろ!? そんなもんがこの船にいるってのか!?」
それぞれが取り乱す中、
「成る程、サイレントスネーク……ですか」
冷静に言うイレーネ。その表情には、どこか納得の色が見えた。
「確かに、極めて致死性の高い毒を持った種です。もし少量でも体内に入れば、神経に作用し、瞬く間に命を失うでしょう」
「そ、そんな……っ」
イレーネの説明を受けて、青ざめた顔になるハンナ。
「これで、ニックさんの掌の傷痕にも説明がつきました」
「どういうことかね?」
全員の視線が、イレーネに集中する。
「この蛇の咬み傷には、特徴があります。牙が細く鋭いため、傷口は小さい。ですが、毒の影響で周囲の皮膚が壊死し……結果として、“火傷のような痕”が残る」
「火傷のような、痕……?」
全員がハッとしたような顔になる。
「――つまり、ニックさんは蛇に噛まれた。そして毒が回り、意識を失ったその時に」
「頭をぶつけた……そういうことかしら?」
「そう、考えられます」
沈黙が、重く食堂を支配した。
「……だが、ひとつ大きな疑問が残るのう」
低く、船長が口を開く。
「この船は定期的に点検しとる。危険がないか……積み荷も、人も、清掃ついでにしっかり確認しとるんじゃ。そんな危険な毒蛇が、自然に紛れ込むとは考えにくいのう」
「ええ。それには私も同意見です」
船長の言葉にイレーネが静かに頷く。
「サイレントスネークは、生息域が限られています。湿度の高い森林地帯を好む種類……少なくとも、この辺りには生息していません。それに」
と、イレーネは続ける。
「非常に臆病な性格の蛇です。人目につく場所を徘徊するようなことは、まずありません。ましてや、船に入り込むなど……」
「それなら――」
答えは一つ。
「――誰かが持ち込んだ。そうとしか考えられません」
「……ッ!」
言われずともなんとなく察していたのだろう。食堂にいる全員が、無言で互いの距離を測り始めた。
「だ、誰だよおい……!?」
「ほ、本当にいるの? この中に?」
「少なくとも、蛇は存在する。それは、この抜け殻が証明しています」
ニックが遺してくれた手がかり。
そのお陰で、俺は真実に近付けた。
「――そして、いいですか? ここからが、一番大事な話です」
高まる緊張感の中、意を決して俺は切り出す。
「最後に……“本当の事件現場”について、お話しましょう」
ここまで来たら、後は進むだけだ。
例えその先に、どんな結末が待っていても。
「ちょっと待て兄ちゃん! 本当の現場って……どういう意味だそりゃ!?」
「ニックさんが最期にいたのは、ここじゃない……そういう意味です」
「食堂、じゃない……? あっ……」
そこでなにかを察したのか、ハンナが黙る。
もう一人、一緒に捜査していたレイの方は……駄目だ、ポカンとしてる。
まあいい、続けよう。
「この現場を見た時から、違和感はありました……イレーネさんも、気付いてましたよね?」
「ええ、確かに。なんとなくではありますが」
――綺麗過ぎる。
捜査中、イレーネが言った言葉だ。
「ニックさんは毒を受けて倒れ、その際に頭を強く打った……でも、そんな形跡は食堂のどこにもない……だから、俺は、一つの可能性に行き着いたんです」
「ほぉ、面白いのう。それは、どんな可能性かね?」
船長に促され、俺は続ける。
「死体が食堂にあった。だからといって、食堂が現場だとは限らない……“後から運ばれてきた”、としたら?」
「な、んと……!? いや、しかし……」
「そう考えれば、辻褄は合いますね」
納得した顔で頷く船長とイレーネ。
レイだけがよく分かっていないような顔をしてこちらを見ているが、そっとしておこう。
話を進める。
「では、ニックさんの死体はどこから運ばれてきたのか……」
「まさか、分かる……ってのか!? 兄ちゃん!?」
「はい、その答えはそこにある蛇の抜け殻と、そして――」
レイに視線を向ける俺。
「――優秀な相棒のお陰で、見つかりました」
「優秀にゃ!? やったー!」
嬉しそうに飛び跳ねるレイ。
この空気には場違いだけど、まあいい。
さて、仕上げに入ろうか。
「捜査中、レイに言われたんです『嫌な匂いがする』って」
「嫌な匂い……ああ、そういえば、確かに言っていましたね。そしてそれを辿ったら、その抜け殻に行き当たった」
「にゃはは! レイの鼻は優秀にゃ!」
得意げなレイに、イレーネが僅かに微笑む。
「そう。その鋭い鼻で……更に匂いを辿ってもらったんです。覚えてるか、レイ?」
「もちろんにゃ! これと同じ嫌な匂い、部屋の外まで続いてたから、レイ一生懸命追いかけたにゃ!」
抜け殻を掲げながら言うレイ。
その時のことを思い出したのか、ハンナが微妙な表情で俺達を見つめる。
「俺とレイとハンナさんと、三人で匂いを追いかけて……一体どこに辿り着いたと思いますか?」
「ど、どこだってんだ?」
もったいぶる俺を急かすように、ギリアンが尋ねる。
「そこは……俺達が泊まってる部屋の向かい側、“202号室”――」
一瞬、食堂の空気が止まったかのように凍りつく。
俺は一度、ゆっくり息を吸い……そして、告げた。
「――アナタの部屋ですよね……? “ヴィオレさん”」
その瞬間、食堂中の視線が、一斉にヴィオレに集中する。
重たい沈黙が、その場を支配した。
「説明を……お願いできますか?」
俺の声に、ヴィオレは答えない。
なにを考えているか読み取れない表情で、彼女は静かに佇んでいる。
でも、その沈黙こそが、雄弁になにかを語っているように、俺には思えた。
次回、いよいよ決着!
「波乱の航海・結」
乞うご期待!




