二章五話[船上のオーガニック]
食堂に入ると、既に数人の乗客がテーブルについていた。
「ご飯〜、ご飯〜! ご主人、早く〜!」
「分かったから静かにしろ」
騒がしく入ってきた俺達に周囲の視線が集まる。まったく、恥ずかしい限りだ。
中には見覚えのある顔もいて、より一層気まずい。
一人、隅の方に座っていたヴィオレさんが、こちらに気付いてクスリと微笑む。
それから――
「――おう、料理人の兄ちゃん! 奇遇だな」
「あ、アンタらは日鱗魚の……!」
声の方向、そこには堅気に見えない方々が堂々とした態度で席についていた。
「にゃー!? 今朝レイを追いかけてきた怖い人達!?」
レイが悲鳴のような声を上げる。
今朝――レイと出会った時の騒動を思い出し、俺は少し体を緊張させた。
「はっはっは! まあ、そう身構えんな! あん時の代金はきっちり貰ったんだ。商会の人間として、それ以上の決着はねぇさ。だろ?」
リーダー格らしき眼帯の男がそう言うと、取り巻き達も頷いて笑う。
商会の人間……ねぇ。それって、ちゃんと合法なやつだよな?
などとは恐れ多くて聞けなかったが、ひとまず警戒は解いてもよさそうだ。俺は身体から力を抜いた。
「ま、ここで再会したのもなにかの縁! 俺の名は“ギリアン”ってんだ! もし今後なにか入り用の時は、ウチら“ポンタ商会”をご贔屓にな!」
ポンタ商会……どこかで聞いたような名前だな。タヌキのマスコットキャラクターとかいそう。
そう思うと、目の前の眼帯――ギリアンが途端に可愛く…………見えない。怖い。
「ま、まあ、必要な時が来たら……」
俺は曖昧に笑って、その場を足早に通り過ぎた。
「ご主人、こっちー! 空いてるにゃー!」
声の方に目を向けると、レイがいつの間にか席に着き、こちらに手を振っていた。
やれやれ、欲望に忠実な奴だな。
呆れ半分に鼻から息を吐きながら、俺はレイの向かい側に座る。
「メニューは……っと」
見回したが、テーブルや壁にそれらしきものはない。
他の乗客のテーブルを見ても、まだ料理が届いていないらしく、どんな料理があるのか手がかりがなかった。
どうすんだ?
視線を泳がせていると、やがて給仕らしい女性がこちらに歩いてきた。
「いらっしゃいませ。お二人でよろしいですか?」
「はい、あの……メニューとかは?」
「ございません。こちらの食堂は、シェフが決めた献立を日替わりで提供しておりますので」
「あっ、そうなんですね」
料理人の方が客の食べる料理を決める……と。成る程、そういうスタイルか。
味によほど自信があるのかな? まあ、そういうことなら、料理についてはあえてなにも聞かないでおこう。お手並み拝見だ。
「それじゃ二人前、お願いします」
「お願いにゃ~」
「では、400クロス頂戴いたします」
お金を渡すと、給仕の女性は軽く一礼して、厨房の方へと消えた。
「うにゃあ、まだかにゃ〜。お〜な〜か〜す〜い〜た〜」
「子供か! 他の客もいんだから、静かにしろっつーの」
優莉と同じ顔で優莉らしくない態度のレイ。
これで俺と同い年とか……信じられない。
元の世界なら、どっちかって言うと俺の方が諌められる立場だったのにな〜。
そんなことを思いつつ、でも悪くない――と感じている自分がいて、俺は人知れず苦笑した。
しばらくして、給仕の女性が料理を持って現れた。
「お待たせしました」
「にゃにゃ! 待ってました〜!」
テーブルに置かれたトレイの上には、透明感のあるスープとパン。それとなんらかの香草が乗った白身魚のソテーがあった。
「見た目は……普通だな」
「レイ、もう待ち切れないにゃ〜!」
その言葉の通り、レイが勢いよく魚のソテーを口に含む。
そして――
「――うぇ、まっずいにゃ!」
ペッと吐き出した。
俺は慌ててレイの口を塞ぐ。
誰にも聞かれなかったろうな?
ハラハラしながら辺りを見回すと、周りの乗客も微妙な顔で運ばれてきた料理を食べていた。
「どれ……?」
怖いもの見たさに、俺もスープを一口。
「……う、これは……」
味が薄い、なんてもんじゃない。
異世界風の人参、ジャガイモ、玉ねぎと、大ぶりのエビが入った海鮮ポトフみたいなスープ。それからは、微かな塩味以外には調味料の気配がまるで感じられず、まるで茹で汁をそのまま飲んでるみたいだった。
「こっちも、か……」
続けてソテーの方も食べてみたが、同様だ。美味しくない。
この香草はなんのために乗ってるんだろう?
魚の臭みが消し切れてなくて、焼き方も甘い。
素材の味を活かした、なんて言い分が通らない程、どの料理にも味付けがなかった。
味見、してないのか?
なんにしても、これは客に出していいレベルの料理じゃない。
「う〜にゃ〜……レイ、もういらにゃい。ご主人、食べていいよ」
「こら、お前人の皿に……ちゃんと食べろよ!」
とは言ったものの、そうしたくなる気持ちは分かる。
レイが不満げに二本の尻尾を揺らす横で、俺は機械的にスープを口に運んでいた。
周囲の客も同様で、先程までの賑わいが、今はひそひそとしたざわめきに変わっている。
「――わ、私の料理が不味いだと!?」
不意に、誰かの怒鳴り声が食堂内に響いた。
思わず視線を向けると、そこにはヴィオレさん――それから、コック帽を被った男が一人、顔を真っ赤にして立っていた。
もしかしてあれが……この船のシェフか?
二人の剣呑な雰囲気に、誰も近寄れない。俺達はただ黙って、成り行きを見守っていた。
「ええ、そう言ったのだけど、伝わらなかったかしら?」
「こ、の……料理のなんたるかも知らぬ、素人風情が!」
「その素人も満足させられないなんて、アナタ……本当に料理人なのかしら?」
「な、なんだとぉ!? この中級料理人、“自然のニック”に向かって貴様……!」
シェフ――ニックの顔がますます赤くなる。
ヴィオレさんは心底面倒くさそうに溜め息をついた。
「お話にならないわ。残念ね……他にシェフの方はいないのかしら?」
わざとらしく目の前のニックから視線を外し、周囲を見渡すヴィオレさん。
なんか怖い。
意外とはっきりものを言うタイプだったんだな、ヴィオレさんって。
そんなふうに思って眺めていると、彼女と目が合った。
その瞬間――
「――はいはいッ! 料理人ッ! 料理人なら、ここにいるにゃ〜!!」
「はぁ!? レイ、おま……ちょ、押すなッ!?」
レイに背中を押されながら登場した俺の姿に、その場の全員が注目する。
「なんなんだ!? 次から次に……!」
「あら……アナタ、料理人なの?」
ニックの血走った視線と、ヴィオレさんの期待に満ちた視線を同時に受け、俺はたじろぐ。
「い、いや、まあ、一応……」
「そうにゃ! ご主人なら、こんなのよりもっと美味しいご飯作れるにゃー!」
この猫! 余計なことを!
レイの言葉を聞いて、ヴィオレさんが面白そうに微笑んだ。
「まあ、素敵! 口直しに是非、一皿お願いしたいのだけど、よろしいかしら?」
ほ〜ら、来た。
この流れ……、
「ふん、料理人だと? 貴様が? 見た所まだ若そうだが、まともな料理が作れるのか?」
「それは、まあ」
ニックが鼻で笑いながら言う。
「どうせ、“素材を殺す調理”しかできないんだろう! 肉も、魚も、野菜も、自然そのままの味こそが至高! 素材の味を最大限に引き出す! それこそが私の料理! 貴様のような半人前とは違う!」
「半人前、ね」
そう言われたら、黙ってられない。
「成る程、言い分は分かった。自然派の料理。素材本来の味を提供する。ああ、その考えは立派だよ」
「なんだ、物分りがいいじゃないか。なら――」
「――でも」
ニックの声を遮って、俺は言い放った。
「てめぇのそれは違う! 味で勝負しろ! 本当に素材を殺してんのはどっちか、見せてやるよ!」
「な、貴様……!?」
あー、言った。言ってしまった。
堪えようと思ったのに、熱くなるとすぐこれだ。俺も、あまりレイのことを責められないな。
「はっはっは! よく言ったぜ兄ちゃん!」
「ギ、ギリアンさん?」
突然俺達の間に入ってきた眼帯の男。
その迫力に、流石のニックも一歩退いた。
「よっしゃ! この勝負、ポンタ商会が取り持つ! もし兄ちゃんの料理の方が美味かったら、この場の乗客から取った金は全額返金して兄ちゃんに渡す! ……それでどうだい、姉ちゃん?」
「ええ、それでいいわ」
もはや俺の意志だけで止められる流れじゃなかった。
他の乗客達もテーブルから乗り出してくる。
「おう、料理人の兄ちゃん、やっちまえ!」
「見たいわ、本物の料理!」
「こりゃ面白くなってきた!」
周囲の熱に押されて、ニックも後には引けない様子だった。
そして――
「私を中級料理人と知って挑むとは……未熟者が、後悔するなよ!」
「はいはいっと……厨房、使うけど?」
「好きにしろ! 私より良い料理ができると言うならな!」
許可さえ貰えばこっちのもんだ。
そうして俺は、堂々と厨房に足を踏み入れた。
見てろよ?
料理は、人を笑顔にするもの。
俺が、この場の全員を笑顔にしてやるよ!
次回「海鮮と香辛料」
乞うご期待!
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