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インバース・クロニクル ~逆転料理人は異世界を救ってとっとと帰る~  作者: 夜長月虹
第一章【見知らぬ故郷編】

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一章四十三話[英雄の子]

***ヴァルド視点***



 俺が目を覚ました時には、全部が終わってた。


「あん時と、一緒だな……」


 かつての記憶。

 ぶつかり合う炎と光。

 あの日も、俺が寝てる間になにもかもが終わってた。

 それも、


「最悪の形で……な」


 だけど、今日は……違う。

 ぼやける視界に映ったのは、空に昇る火柱と、その前に立つ少年の背中。


「やりやがった、あの野郎……!」


 軋む体から絞り出すように声を出す。

 直後、周囲から割れるような歓声が上がった。

 騎士達が、口々にソイツのことを褒め称えているのが聞こえる。

 あのズークでさえ、今は頬を緩ませていた。

 その光景に、目の奥が熱くなる。


「夢じゃあ、ねえよな……?」


 やった。やってくれたんだ。アイツが。

 皆に能無し(ノーマン)と蔑まれてきたアイツが、霧患いで自分すら失ったアイツが――シノが。

 俺達を、村を救った。


「へっ……あの小さかったガキがよお……」


 言葉にならない。湧き上がる感情を両の目から流しながら、俺は昔のことを思い出していた――



***



「――すまねえ! 遅くなった!」

「おお、ヴァル坊! 待っておったぞ! 今この村で鑑定書が作れるのはお主だけなんじゃ! ほれ、早く三人のところへ!」

「分かってらあ! ……ロズ、てめえはここで見てろよ!」

「うん、いってらっしゃい! お父さん!」


 向かうは、村の広場に設けられた大舞台。幼い息子の声に押されるように、俺はその上に登った。

 

「遅刻だよ、ヴァルド」

「悪ぃ悪ぃ! 待たせたな、シバ!」


 舞台上、笑顔で俺を迎えてくれた親友に、俺は頭を掻いて謝罪する。


「よお、コトハ! まずはおめでとうだな! 身体は大丈夫か?」

「ありがとう、ヴァルドさん。でも、大丈夫よ。この子の顔見たら、全部吹き飛んじゃったもの」


 そう言ってコトハは、愛おしそうに下を向いた。

 俺も釣られてそこを見る。

 抱き抱えられた小さな包み。その中で、赤ん坊が小さく息をしているのが見えた。


「へっ、なんだ! てめえにそっくりじゃねえか、シバよお?」

「髪の毛だけだろ? 目はまんまコトハだよ」

「あらそう? 顔の感じはアナタみたいだと思ったけど」


 などと話していると、


「御三方、その辺りで」


 そう言って会話に割り込んできたのは、もう一人舞台上にいた青年――


「んだよズーク! ちょっとくらい良いじゃねえか! めでてえ日なんだからよ!」

「申し訳ありません。しかし、待っている方々もいますので」


 そんなズークの言葉に、俺とシバは顔を見合わせて笑った。


「分ーったよ! ったく、真面目なのは昔っから変わんねえな!」

「はは、それが彼の良い所だよ」

「いつもごめんなさいね、ズーク君。苦労をかけて」

「い、いえ、そんな……」


 コトハに言われて耳を赤くするズーク。


「さて、それじゃ……そろそろ始めようか」


 シバが、そう言って一歩前に進み出た。

 瞬間、ざわめく。

 広場には老若男女、村中の人間が集まっていた。誰も彼もが期待の眼差しでこちらを見ている。

 シバは深呼吸を一つすると、腰からゆっくりと剣を抜き、それを天に掲げた。その動作に合わせるよう、コトハも赤ん坊を高く掲げる。


「――今日、ここに生まれし新たな命に、神の祝福を」


 静寂の中で、その声が響いた。

 それを聞いた村人達から、割れんばかりの歓声と、拍手が送られる。

 俺も、精一杯手を叩いて親友を祝った。


「名は――“シノ”! 我ら夫婦の魂を、この名に刻む!」


 その瞬間、更に歓声が爆発する。

 俺は、涙をこらえるのに必死だった。


「シノ! いい名前!」

「元気に育てよー!」

「シバ、コトハ! おめでとう!」


 村中の人々が声を上げ、笑い、拍手が響き渡る。

 コトハは涙を零しながら、その子――シノを抱き絞めた。


「……おいおい、こりゃすげえ人気者になるぞ! 将来が楽しみだな!」

「んー、俺としては普通に育ってくれればそれで十分なんだけどなぁ」

「無理だろ! なんたって、てめえらの子供だぜ?」


 俺の言葉に、シバが笑う。ズークも苦笑いを浮かべながら小さく頷いた。


「――願わくば、この子が村の未来を照らしますように」


 ズークの祝詞と共に、舞台下に整列していた騎士達が剣を掲げる。その剣先より空に打ち上げられた閃光が、生誕の儀の終わりを告げた。

 だが――


「――さて、出番だな!」


 俺は涙を拭い、気合を入れ直した。


「……それでは続いて、“神授の儀”を執り行います」


 ズークが静かに宣言する。

 生まれた子の未来を鑑定して結果を皆で分かち合う――神授の儀。

 本当に大事なのは、こっからだ。


「男の子だし、やっぱりシバ様を継いで騎士かな?」

「いーや、コトハさんみたいに教えを導く僧侶になるかも!」

「案外、勇者だったりしてな!」


 村人達の期待に満ちた声が飛び交う。


「……それじゃあ、ヴァルド。頼んだよ」


 シバが俺に向かって言う。

 俺は「任せろ」と頷き、舞台上に立てられた書見台の方へと歩み寄った。

 台の上には、一枚の紙が置いてある。それを見て、俺は大きく息を吸い込んだ。


「ふふっ、ヴァルドさんみたいな人でも緊張するのね」

「まあな、俺をなんだと思ってんだよ?」


 向かい側に立つコトハが俺の顔を見て笑う。

 そりゃあ人の運命を決めるような大役を任されたんだ。緊張しない方がどうかしてる。


「だが……引き受けたからにゃあ、しっかりやらせてもらうぜ!」


 意を決し、俺は手を台の上にかざした。

 そうしながら、視線は赤ん坊に向ける。

 そして――



『――料理人スキル。食材鑑定Lv6、【鑑定書作成】発動』



 その途端、淡い光が赤ん坊の体から飛び出す。

 魂の欠片みたいなそれは、台に置かれた鑑定書へ次々に吸い込まれていき、やがて――意味のある文字列となった。

 俺はゆっくりと視線を落とし、それを見た。


「……は?」


 思わず、声が漏れた。

 信じられねえ。

 何度目を擦っても、そこにあった結果は、変わらなかった。


「どうしたんだい、ヴァルド……?」


 シバの声がした。

 振り返ると、コトハも不安そうな顔で俺を見ている。


「あ、ああ……いや」


 声が震える。

 悪い夢でも見ているみたいだった。


「すまねえ、なにかの間違いだ。こんな……こんなの、ある訳ねえ! やり直しだ! もう一回!」

「お待ちください! 神授の儀に、二度目はありません! 今、そこにある結果を告げなければ!」

「ふ、ふざけんな! こいつは無し……って、おい! よせコトハ! 見るなッ!!」


 俺の制止を聞かず、鑑定書を手に取ったコトハ。

 我が子の未来を示すその結果を見て、母親の顔から笑顔が消えた。


「…………“能無し(ノーマン)”、なの?」


 今にも消え入りそうな声。

 その問いに、俺は何も答えられなかった。


「なんだって?」


 シバが驚愕の表情でコトハから鑑定書を取り上げる。その目が忙しく文字を追ったが、やがて、


「そう、か……」


 静かに呟くと、シバは震えるコトハの肩を抱いた。


「“能無し(ノーマン)”……神より見捨てられし者……」


 ズークが、ポツリと呟く。

 その声は氷のように冷たく響いて、舞台全体を凍らせた。


「……てめえ、ズーク!」

「申し訳ありません……しかし、これが神の定めであるならは……私は、務めを果たすのみ」

「なんだと……!? お、おい!」


 前に歩み出るズーク。

 皆の視線が、一斉に集まる。


「……ここに、神意を告げる」


 淡々と、紡がれていく言葉。


「黙れ、言うんじゃねえ!」


 止めようと駆け出した俺の前に立ち塞がったのは――


「――シバ! 馬鹿野郎!」


 無言で立つ親友。それを押し退けてでも、俺は行こうとする。

 だが、


「ありがとう、ヴァルド。この子のために……でも、いいんだ。ほら、拳を収めて」


 そう言って、シバは俺を抱き締めた。


「んだよ、そりゃあ……ッ」


 強く、堅く。温もりが体を縛る。

 その間に動くズークの言葉を、俺は止められなかった。


「……シノ・シルヴァーン。新たに生まれし命。彼の者に授けられし職業は――」


 ――そこから先は、聞かなくても分かった。

 時が止まったかような静けさ。

 その後のざわめきに、俺は耳を塞ぎたくなった。


「“能無し(ノーマン)”だって……?」

「シバ様の子が……?」

「嘘だろ……?」


 抱擁を解かれた後も、俺は動けなかった。


「そんな……シノ……この子が……まさか……」

「大丈夫だよコトハ。大丈夫だから……」


 どこからか悲痛な声が聞こえる。

 俺はもう……誰の顔も見れなかった――



***



「――そういえば、今日もまた“アイツ”が俺んトコに来てさ〜」


 夕暮れ時、買い出しから帰ってきた息子――ロズレッドがポツリと呟いた。


「アイツ? 誰だ?」


 俺は鍋をかき混ぜながら、低い声で応じる。


「誰って……“シノ”だよ、シノ! アイツ、すっげえ内気な奴だけど、すっげえ良い奴だぜ! ったく、なんで皆アイツのこと毛嫌いするのかね〜?」


 その名前を聞いた瞬間、俺は思わず手を止めてしまった。

 チクリと、古傷が疼くように胸が痛む。


「ああ……そうだな」


 やっとの思いで、そう返した。

 神授の儀から数年、辛い日々を送っているだろう少年の姿が頭に浮かぶ。


「おーい、親父! 鍋! 鍋!」

「……っと、悪ぃ!」


 慌てて手を動かす。

 そんな俺の様子を、ロズは面白そうに見ていた。


「ったく、頼むぜ! 皆の晩飯、焦がすなよ?」

「誰にもの言ってんだ! いいからてめえはその食料直してこい!」

「へいへい、っと」


 軽い返事をしながら、ロズは籠を担いで歩き出す。

 その背中に、


「なあ、ロズ」

「ん〜?」

「てめえは、どう思ってんだ? シノのこと」


 なんでそんなことを聞いたのか、自分でも分からなかった。

 だが、その問いに、ロズは笑って答える。


「んだよ、いきなり! シノのこと? どう思うったって……“友達”だろ?」


 ――友達。


 その言葉を聞いた瞬間、また手を止めそうになった。


「……能無し(ノーマン)でもか?」

「おいおい、親父までイケスみてえなこと言うのかよ? んなもん関係ねえって! ダチはダチだ!」


 はっきりと言い切るロズ。


「つーか、俺だって料理人の癖に魔法まだ使えねえし! 現状、シノのヤツとあんま変わんねえよ!」

「……そうか」

「勿論、諦めちゃいねえぜ? ……で、もういいか? いい加減肩が凝っちまう!」

「あ、ああ……呼び止めて悪かったな!」


 俺の返事も待たず、ロズはいそいそと厨房から出て行った。

 軋む扉の音が消えた後で、


「友達、か……」


 一人、深く息を吐く俺。

 なんとも言えない感情が、胸の内で渦巻いていた――



***



「――親父!! これは、どういうことだよ!?」


 その日、ロズが突き付けてきたそれを見て、俺は息を呑んだ。


「……てめえ、どこでそんなもん……っ」

「どこでもいいだろッ!!」


 血走った目で叫ぶロズ。その手にあるのは――一枚の鑑定書だった。


「なあ、見ろよここ!! アンタは、知ってたんだ!! 俺が、俺が――ッ!」


 声にならない声。

 それでも、俺には聞こえた。


「……すまねえ、ロズ」


 掠れる声。

 隠していた真実は、突然形となって俺に牙を剥いた。


「……俺を、ずっと騙してたのか?」


 その言葉の一つ一つが、俺の胸を刺し貫く。


「滑稽だよな? なにが、料理人だよ……! なにが、努力しろだよ……! これまでの全部、なにもかも、無駄だったじゃねえか!!」


 震える拳で鑑定書を握り潰すロズ。その目から溢れる涙が、ぽたぽたと床を濡らしていた。


「……ロズ」


 名前を呼ぶと、息子は唇を噛み締め、俺を睨む。


「最初から、教えてくれりゃよかったんだ……シノの時みてえに! 知ってれば俺だって……無駄な努力なんかしないで、きっぱり諦められたのに……っ!」


 俺は、返す言葉がなかった。

 息子に本当のことを伝える。

 何度も考えたことだった。だが、ずっと口にできなかった。

 息子のためだと、自分に言い聞かせて。

 俺はコイツのことを守ってるつもりで、実際には何も守れてなかったんだ。


「ロズ……すまねえ。俺が、馬鹿だったんだ。本当に、すまねえ……!」

「俺、もう分かんねえよ……! 努力って、なんだ……? 結局、生まれ持った才能が全てじゃねえか……この世界は!」

「それは……」


 違うと言い切れない自分に腹が立った。

 握った拳が震え、言葉が出ない。

 ロズは息を荒げ、俺を睨みつけていた。

 その時――


「――おじさん。ちょっといいですか? 確認したいことが……」


 扉が開き、イケスが部屋に入ってきた。


「……っと、すみません。お邪魔でしたか?」

「い、いや……どうしたんだイケス?」


 その場の雰囲気を察して立ち去ろうとするイケスを、俺は引き止めた。

 正直、思っちまったんだ。助かった――と。


「クソ……ッ!」


 ロズは吐き捨てるように言って、部屋から出て行ってしまった。

 この時、俺は知らなかった。

 それが……息子の姿を見た、“最期”になるなんて――



***



 ――咆哮が耳を震わす。


 轟々と燃える炎が大地を焦がし、空を無数のワイバーンが埋め尽くしていた。


「なんだよ、こりゃあ……!」


 血の匂いと、瓦礫の山。ついさっきまで平穏だった村の面影はどこにもない。

 人々の悲鳴が絶え間なく聞こえ、逃げ惑う人々が炎の合間を縫うように動いていた。


「――ヴァルド! よかった、無事で!」


 その声が俺を現実に引き戻す。見れば、シバが切迫した様子でこちらに駆け付けていた。


「なあ、あの子を……シノを見てないか!? どこにも姿がないんだ!」


 初めて見る。余裕のない表情の親友に、俺は望みの答えを返せなかった。


「シノもか!? クソッ! ロズのやつもいねえんだ! あいつら、一体どこに――」


 その時、煙の向こうから走ってくる人影が見えた。

 子供だ。小さな体がよろめきながら、こちらへ必死に近づいてくる。


「――シノッ!!」


 シバが叫ぶ。

 だが、シノはなぜか父親の元ではなく、俺の方に来ると、


「お、おじさん……ごめんなさい! お兄ちゃんが……ロズ兄ちゃんがッ……燃えちゃった……!」


 一瞬、時間が止まったような気がした。


「な、に……なんだと? おい……冗談だろ? ロズが……どうしたって?」

「燃やされ、ちゃった……僕、なにもできなくて……ごめんなさい……!」


 目に涙を浮かべて謝るシノ。

 俺は、頭が真っ白になった。


「ふざけんな!! なんだよそりゃあ、おい!!」

「やめるんだ、ヴァルド! 頼む! 今はッ、今は耐えてくれ……!」


 シバが俺の腕を掴んで制する。

 全身から、一気に力が抜けた。


「シノ! お前は母さんと一緒に避難するんだ! 早く!!」


 叫ぶシバ。必死な父の言葉にシノは頷き、涙を拭って走り出した。

 だがその時――


 ――ズシン。


 空から、巨大な影が降ってきた。


「紅、竜……!?」


 隣でシバが息を呑む。

 まるで炎そのものだ。

 紅き災厄――ソイツの姿を見て、俺は思った。


「なんだ? てめえは? てめえが、やったのか? ロズは、村は……ッ! てめえのせいで、こうなったのか? なあ、答えろッ!!」


 気付けば、俺は飛び出していた。


「ヴァルド!? 駄目だッ!」


 シバが叫ぶ。

 だがもう止まれない。

 俺は白炎を纏い、怒りに任せて突っ込んだ。

 だが――


『――退ケ』


 そんな声が聞こえたと思った瞬間、俺の視界は真っ暗になった。

 衝撃、耳鳴り、流れる景色、激痛。

 誰かが叫んで、そして――



***



 ――風の音がした。


 焦げた木材の匂いが、俺の意識を現実へと引き戻す。

 覚醒するにつれ、明瞭になる視界。だがその時、そこにあった光景は――


「……シバ?」


 ――地獄だった。

 腰を抜かしたシノと、それを庇うように立つシバ。

 その親友の土手っ腹から、なにか鋭いものが生えていた。


『小虫ヲ庇ウトハ……愚カナ……』


 なにかの声が聞こえた。

 だが、そんなことはどうでもいい。


「シバッ!!」


 俺は走った。

 竜の爪が引き抜かれ、シバがその場に膝をつく。

 血の海に沈みかけた親友の体を、俺は抱き止めた。


「ヴァ、ルド……? よか……た……生きて……」


 俺の顔を見て笑うシバ。

 その体から、命が出ていこうとしているのを、俺は察してしまった。

 それでも尚、


「シノを……コトハを……頼むよ……」


 立ち上がる。

 腹に、向こうの景色が見えるような穴が空いているのにも拘らず、シバは剣を握り、構えた。

 瞬間、シバの全身から、巨大な光の柱が立ち昇る。

 直視できないほどの輝き。

 それは極光のシバ――その二つ名に恥じない、命の煌めきだった。


『貴様……マダソンナ力ヲ…………ヌッ!?』


 突然、竜の動きが止まった。


『逃……ゲ……ろ』


 誰の声か分からない。聞いてなかった。

 俺は、呆然としているシノを抱えて、そこから離れた。


「ありがとう……ヴァルド」


 その声に振り向いた時、轟音と衝撃が大気を揺らす。シバの放った光は竜の体を包み込み、存在を視界から消し去った。

 後に残る静寂。余熱みたいな風が、親友の最期を告げているようだった――



***



 ――瓦礫の中を、ただ歩いていた。


「死んだ……皆死んだ……何故……何故、このような……能無し(ノーマン)……邪教徒……災いを呼ぶ者……ああ、神よ……!」


 ぶつぶつと呟く声

 道の隅っこで、ズークが一人、膝を抱えて座り込んでいるのが見えた。


「なんという……これが、司災獣の力か……」


 慄く声

 変わり果てた村の惨状に、村長が立ち尽くしているのが見えた。


「パパぁ、ママぁ!  どこにいるの!」


 幼い声。

 涙でぐしゃぐしゃな顔で叫ぶ少女と、その横で途方に暮れている少年の姿が見えた。


「イケス……カナエ……」


 壊れた。

 全部、壊れちまった。

 人も、物も、居場所も、なにもかも。


「――ヴァルドさん!」


 俺を呼ぶ声。

 唯一原型を保っていた教会の方から、コトハが走ってくるのが見えた。


「酷い傷! 待ってて、すぐ治してあげるわ!」


 慌ただしく俺の体に手を当て、意識を集中するコトハ。

 直後、淡い色の光が傷を照らし、体力を回復させてくれた。


「大丈夫? 他に痛いところは?」

「すまねえ、いや大丈夫だ。それより……」


 俺は背中にいるソイツの姿を、コトハに見せた。


「――シノ……? シノなの!? ああ、よかった! 無事だったのね!」


 途端、張り詰めていたコトハの表情が僅かに和らぐ。


「来る途中で寝ちまったがな……どこか、休める場所はねえか?」

「ええ! 用意するわ! こっちよ!」


 コトハに連れられるまま、俺は教会の扉をくぐった。


「こいつは、酷え……」


 思わず呟く。

 中には、傷だらけの村人が大勢いた。

 包帯を巻かれ、床に座り込む者。うずくまるように膝を抱える者。寝たままピクリとも動かない者。

 血と、死の匂いが広場に充満している。


「すまねえな、忙しいんだろ?」


 声をかける俺に、コトハは小さく首を振った。


「……ううん、いいの。うちの子が世話になったんだもの。本当にありがとう、ヴァルドさん」


 その言葉に、俺は胸が締めつけられた。

 やっぱり、言わない訳にはいかねえ、よな。


「なあ、コトハ」


 苦しい。喉に鉛が詰まったような気分だった。

 でも、言わなきゃならねえ。

 それが、親友への――せめてもの義理だ。


「シバのやつは……」


 その名を口にした瞬間、コトハの足が止まる。

 重苦しい静寂に、押し潰されそうだった。


「……やっぱり、そうなのね」


 ポツリと呟くコトハ。

 その目に、涙はなかった。


「ああ……あいつらしい、最期だった」


 それだけ、たったそれだけの言葉。

 それでも、コトハには伝わったのだろう。


「そう……」


 目を伏せるコトハ。その胸の内にあるものは、俺には計り知れない。


「ありがとう、ヴァルドさん。伝えてくれて」

「……俺にできることがあればなんでも言えよ。シバが救ってくれた命だ。てめえらのために使いてえ」

「そうね。じゃあ、その内ご馳走してもらおうかしら?」


 そう言って微笑むコトハの姿は、あまりにも儚く見えた――



***



「――ったく、酷えことしやがる」


 村のはずれ、小高い丘の麓、木々がまばらに生える寂しい土地に、その家は建っていた。


「家……つーか、殆ど掘っ建て小屋じゃねえか」


 小さな木造の小屋は、風が吹く度に軋み、今にも倒れそうに見えた。


「チッ、ズークの野郎!」


 ソイツの不敵な笑みが頭をよぎり、怒りが込み上げる。

 あいつら親子がこんな辺鄙な場所に追いやられていることに、俺はいたたまれない気持ちになった。

 とはいえ、悪いことばかりとも言えない。

 村の連中のこともある。こうやって人目に付かない場所の方が、あいつらにとっては落ち着けるのかもしれない。

 トントン、と戸を叩く。


「だ、れ……?」


 小さな声に、俺は答えた。


「俺だ、ヴァルドだ!」


 扉がゆっくり開き、隙間からシノの小さな顔が現れた。怯えた瞳が、俺を見つめる。

 ロズのこと、気にしてんのか。


「よお、シノ! 久しぶりだな! コトハは、母ちゃんはいるか?」


 その問いにシノは目を伏せ、弱々しい声で答えた。


「ずっと寝てる……具合、悪いって……」

「そうか……」


 シノの小さな肩が、心細げに震えていた。


「なあ、腹減ってるか? 飯、持って来たぞ!」

「僕達に……いいの?」

「おう勿論だ! 母ちゃんと二人で食べろよ!」

「ありがとう、おじさん」


 今は、こんなことしかできない。

 教会の奴らが目を光らせている。あの日から、能無し(ノーマン)という存在への憎しみが、前にも増して鋭くなっていた。


「まあ、なんだ……元気出せよシノ! シバのことも、ロズのことも、てめえのせいなんかじゃねえんだからな!」


 その言葉に、シノは泣きそうな顔で俯いた。


『――シノとコトハを頼む』


 親友の最期の言葉が頭に浮かんだ。


「ああ、任せろ……」


 小さく呟く。

 できることをやっていこう。俺は、人知れず決意を固めた。


「それじゃあ、またな! なにかあったら、すぐに言うんだぞ!」

「うん……」


 扉を閉める瞬間、シノが弱々しく手を振るのが見えた。コトハの顔を見れなかったことは気がかりだったが、仕方がない。


「あいつなら大丈夫……だよな?」


 母親ってのは強いんだ。

 俺は、それを信じることにした――



 ――コトハが死んだ。



 その知らせが俺の耳に届くその時まで、信じていた――



***



 ――そして今。


 どれだけの月日が流れただろう。

 シバもコトハもいなくなって、一人きりだったシノ。

 俺が、守るつもりだった。支えていくつもりだった。

 シノが抱えた闇を、せめて一緒に背負ってやろうと。

 だけど、今日……アイツは、光を見せてくれた。

 まるであの時のシバのように……いや、それ以上の強さで。


「ほんっとうに……大した奴だぜ、まったく」


 俺は立ち上がり、まだ煙る大地を歩いていく。

 その向こうにいるソイツへ、渾身の笑顔を向けながら。


「なあシバ、コトハ……見てるか?」


 シノが……てめえらの息子が今日――“英雄”になったぜ。

 呟いた瞬間、俺の頬を伝う涙を、暖かい風が攫っていった。

次回、遂に第一章最終話!

「そして始まる物語」

乞うご期待!

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