一章四十二話[希望の果実]
いよいよ決着!
「よし、飛ぶぞシノ! ちっと熱いかもしんねえが、しっかり掴まれよ!」
ファブニールの意識がこちらから逸れたのを見て、おっさんが叫ぶ。
それを受けて、俺はなんとか手を伸ばし、おっさんの肩を掴んだ。
次の瞬間、景色が高速で流れる。
ジェット噴射の勢いで飛ぶおっさんに、俺は必死にしがみついた。
耳を裂く風切音。竜の姿が急速に離れていく。
やがて、着地。
炎を脱ぎ捨てるように消し去り、降り立った先には――
「――へっ! まさかてめえが来るとはな! “神父様”よお!」
おっさんに声を掛けられたソイツ――ズークは、苦虫を噛み潰したような顔でそこにいた。
「……おやおやヴァルド殿、ご無事でなによりです。それと――」
ズークの視線が俺へと移る。
「――まだ生きていたとは……奇跡的ですね。害虫並の生命力だ」
皮肉めいた声音。
相変わらずで、逆に安心する。
「お陰様でね。ってか、どういう風の吹き回しだよ? 逃げたんじゃなかったのか、アンタ?」
俺の言葉に、ズークは顔を顰める。
「ふん……貴方のような者では、ヴァルド殿の足手まといにしかならないでしょう? だからこうして、できる限りの戦力を連れてきたのです。有り難く思いなさい」
そう言うズークの後ろでは、十数人の騎士達がファブニールに向けて絶え間なく光弾を浴びせていた。
「それより、態勢を立て直すなら今です。生憎、私にはこの程度しかできませんが……」
「回復魔法か! へっ、おありがてえこったな!」
ズークの手から淡い光が溢れる。それに触れたおっさんの体から、傷が嘘のように消えていくのが見えた。
「よろしい……次です!」
そう言うと、ズークは俺の方に手を翳し、光を灯した。
「へぇ、意外だな。俺にもやってくれんのかよ?」
「ふん……貴方程度でも、いないよりはマシです。それに――」
一瞬だけ瞳を閉じるズーク。
「――能無しに借りを作ったままでは、気分が悪いので」
「はっ、そうかよ!」
癒しの光がボロボロの身体に沁み渡る。熱かった傷口が元通りに再生し、痛みが消えた。
『――HP中回復。MP小回復』
力が漲る。死が遠ざかるのを感じた。
これで……まだ戦える!
「はぁ……はぁ……さあ、治ったのなら、さっさと行きなさい……足止めも、長くは保ちませんよ」
息も絶え絶えになって言うズーク。
俺とおっさん、二人を同時に癒すのは、相当負担だったらしい。
そんなズークに、おっさんが親指を立てて言う。
「言われるまでもねえ! まあ、任せとけ! 俺達によ!」
「……勝て、ますか?」
「さあな! シノ、どうだ?」
愚問だな。そんなもん、答えは決まってる――
「――勝つぞ!」
おっさんと目を合わせ、同時に駆け出した。
心臓が高鳴る。
「――点火ァ!!」
その叫びを合図にして、俺達は再び白い炎を身に纏った。
「――さあ、奮い立ちなさい! 我々教会の、聖教騎士の力! 今こそ、かの神敵に示す時です!」
『おおーーーーッ!!』
ズークの号令、騎士達の叫びが木霊する。
光の矢が更にその勢いを増して竜に向かっていく。
『グ、ガアアアアアア……! オノレ……脆弱ナ虫共ガ、我ガ歩ミヲ妨ゲルカ……!』
怒り、ファブニールの声が雷鳴のように響く。
その翼が一気に燃え上がるのが見えた。
「アレは――ッ!」
羽ばたき、火球の礫が飛ぶ。光を消し去り、騎士達の元へ。
「危ねぇ!」
思わず叫ぶ。
だが――
「――総員、障壁展開!」
ズークの指揮のもと、騎士達が盾を一斉に構える。
次の瞬間――巨大な光の盾が出現し、飛来する炎をことごとく防いだ。
「凄ぇ……!」
守ることこそ騎士の本領。
それを今まさに証明された気がした。
「光を絶やすな! 撃ち続けなさい!」
ズークの号令に合わせて、騎士達が再び光の弾幕を展開する。
『煩ワシイ……虫共ガ!』
激昂したファブニールは、尾をしならせ瓦礫を、岩を騎士達に向けて飛ばした。
燃える弾丸となったそれらは、しかし――届かない。
「おいおい、俺を忘れんじゃねえよ!」
騎士達の前に駆け付けたおっさんがその刃を振るい、飛来する全てを薙ぎ払ったからだ。
「今だ、シノッ!!」
「おうよ!」
一人、竜の下へ進撃していた俺は、おっさんの声に合わせて跳躍。その土手っ腹に全力で突っ込んだ。
「おらぁぁぁぁぁぁ!!」
噴出する炎で自分の体を押し込む。
衝撃で、ファブニールの体が揺れていた。
『良イ一撃ダ……! ダガ――』
届かない。
「やっぱ、硬ぇな……ッ」
拮抗状態。火花が散る中、竜の爪が俺を引き裂こうと迫る。
即断即決。俺は竜の腹を蹴ってその場から超特急で退避した。
そこへ駆け付けてくるおっさん。
「シノ! 無事か!?」
「大丈夫! だけど……」
「ああ、そうだな」
頷くおっさん。
ファブニールの鱗は想像以上に厚くて硬い。その上、纏っている炎がまるで生きていみたいに攻撃を防いでくる。正面からの力押しは、やはり決定打にはならない。このままじゃ、こっちが削れていく一方だ。
「どうする? シノ、なにかあるか!?」
「なにか、って……」
これまでの戦闘で、外側からの攻撃じゃ殆ど意味がないことは分かった。
だったら、
「内側から攻撃する、ってのが常套手段……だけど」
「おいおい、待てよ! 内側って、アイツの口ん中にでも入るってか!? いくらなんでもそりゃ無茶だ! 消し炭にされちまうぞ!」
「分かってる! でも、もうそれしか――」
ない――と言いかけた瞬間、頭に電流が走る。
「待てよ……!」
それは、突飛な発想だった。
「アレ……使えるかも?」
頭に浮かんだのは、あの“食材”。
一個や二個じゃ駄目だ。大量にいる。
「――おっさん! 一つ、頼みたい!」
「おう、なんだ!? なんでも言え!」
「用意して欲しいものがあるんだ! できるだけ、大量に!」
俺の言葉におっさんは一瞬怪訝な顔をしたが、すぐにフッと笑った。
「……なんか閃いたか?」
「まあな!」
無駄かもしれない。無謀かもしれない。でも、やる価値はある。
俺は親指を立てて言い切った。
「ガッハッハ! よし、いいぜ! なに持ってくりゃいい?」
おっさんの問いに、俺は短く答える。
その瞬間、おっさんの目が大きく開かれた。
「はあ!? おいおい、マジかよ! どうすんだそんなもん!?」
「いいから頼む! 急ぎで!」
真剣な表情で頼む俺。
「……チッ、しゃあねえな! 集めて来てやらあ!」
そう言うと、おっさんはミサイルみたいな勢いでその場から飛び去った。
残された俺は、ファブニールを睨み据えながら呼吸を整えた。
『……話シ合イハ済ンダカ……?』
竜の眼光が突き刺さる。
「わざわざ待っててくれたのか? お優しいこったな!」
その余裕が命取りだ!
「さあ、続きと行こうぜ! 俺とお前、どっちかが燃え尽きるまで!」
『来イ……小僧!』
全身に白炎を纏い、俺は一直線にファブニールの懐へと飛び込んだ。
それを迎え撃とうと竜の巨腕が唸りを上げて迫る。
だが、
『ヌ……ッ!?』
俺の周りに突如として光の盾が出現、竜が振り下ろした拳は、その輝きに遮られて止まった。
「助かる……ッ!」
振り向いた先にいたのは、ズークと騎士の面々。
そうだ、俺は一人じゃない。
力を合わせられること。これが……人間の強さだ!
「総員、援護射撃!」
号令と共に、光の矢が次々と竜の体を照らす。
その矢の一つとなって、俺はファブニールの喉元に突進した。
「火力全開! 必殺、ミサイル切り――ってなぁ!!」
鈍い音が響き、攻撃は弾かれる。
でも、それでいい。
今は、時間だ。時間さえ稼げれば、なんでもいい!
「うおおおおおおおおおおッ!!」
隙を与えず、俺は刃を振り続けた。
炎の刃が舞い、光の矢が空を駆ける。
猛攻に次ぐ猛攻。
その勢いは、竜の動きを鈍らせた。
『イツマデモ……邪魔ナ、虫共ダ……!』
苛ついた声を上げるファブニール。
竜は翼を広げ、再び火球の礫を騎士達の方へ飛ばした。
「守りなさい!」
ズークの指揮に合わせて、光の盾を展開する騎士達。
『燃エ尽キヨ……!』
咆哮するファブニール。
同時に、その腕から巨大な火球が出現。竜はそれを光に向かって投げつけた。
「ひ、怯むなぁ! 押し返せぇ!」
騎士達の必死な声。
光と炎の拮抗状態。
「やべぇ!」
俺は咄嗟に方向転換。火球の真上まで飛び、そのまま落下の勢いで包丁を振り下ろした。
炎で炎を切る。両断された火球は、爆風をばら撒きながら虚空に消えた。
その光景に高揚したらしい、騎士達の歓声が上がる。
が、それに浸る暇はなかった。
「……ッ? どこに行きやがった……!?」
いない。
振り向いた先――たった今そこに居たはずの竜の姿が、消えていた。
「――上ですッ!!」
ズークの声。
その場の全員が空を見た。
「嘘……だろ?」
まるで太陽だ。
翼をはためかせ、火の粉を散らしながら空を舞うソイツの姿を見て、俺はそんな感想を抱いた。
『虫ハ滅ベ……』
高みから俺達を睥睨し、ファブニールはその口を全開にした。
瞬間、竜の全身から黒煙が立ち昇る。
なにかが――来る!
それを察した途端、俺の体を悪寒が走った。
「全員、逃げろぉッ!!」
思わず叫ぶ。
でも、叫ぶまでもなかった。
我先に退避していく騎士達とズーク。
きっと、皆が感じたんだ。
とんでもないものが――来ると!
「クソ……間に合え……ッ!」
俺は全速力でファブニールの元へ向かった。
止める。アレは、止めなきゃいけない!
じゃないと多分、この場の皆……いや、村が消える。
危機察知、俺の中の直感が、そう告げていた。
『オォオォオオオオ……!』
竜の喉が赤熱していく。
その口から、全てを滅ぼす火炎が、今まさに放たれんとしていた。
「間に、合わねぇ……ッ!!」
全てを諦めそうになった、その時――
「――よお、待たせたな!! シノ!!」
威勢のいい大声が響く。
大きな袋を担ぎ、足だけに炎を纏った状態で俺と竜の間に割り込んできたのは――
「――ナイスタイミング! おっさん!」
「おうよ! 村中からかき集めてきたぜ! 足りるか、これで!?」
袋を広げるおっさん。
中には、望み通り大量の果実――バンプルが入っていた。
しかも、ちゃんと凍らせた状態で。
「流石だぜ、おっさん!」
「んなことはいい! こいつをどうすんだ!?」
「決まってんだろ――喰わせんだよ! アイツに!」
「なっ、マジかてめえ!?」
「大マジだ! 頼む!」
「……へっ、面白え! やってやらあ!」
そう言うと、おっさんは真っ直ぐファブニールの方に突っ込み、そして――
「俺とアイツからの奢りだ! 喰らっとけや!」
袋を、思いっきりぶん投げた。
大きく開かれた竜の口。その中へ勢いよく袋が吸い込まれる。
『グ……ッ!?』
爆発音。
竜の炎で溶けたバンプルが次々に口内で破裂していく。
怯むファブニール。
「今だ――ッ!!」
足先に炎を集中、爆発させて爆進。風を切り、竜の頭へ。
「頼む、親父……もう一度だけ、力を貸してくれ!」
瞬間、体に刻まれた記憶が、父の光を再現する。
『――再現スキル、【極光の境地】』
空を裂く光の刃を手に、俺は更に加速した。
「閉じろぉぉぉぉぉッ!!」
アッパーカット。
下から突き上げる一撃が竜の顎に命中し、強引に口を閉ざす。
直後――
『――――ッ!?』
暴発。
内に篭もり、逃げ場を失った炎が竜の口内で暴れ回る。その炎でバンプルが溶けて破裂。急激に温度を上げた水分が更に苛烈な水蒸気爆発を起こして、辺りに轟音を響かせた。
『グオオオオオオオオオオッ!?』
悲鳴を上げ、ゆっくりと地に落ちていくファブニール。
その様を眺めながら、俺もまた地に落ちていった。
「へへ、やった……ぜ」
力の過剰使用。
限界だ。
光も炎も消え失せて、もうなにもできない。
でも、地面と触れ合うことはなかった。
空中、燃えカスみたいな俺のことを、誰かが受け止めてくれたからだ。
「おう、やったな!」
笑顔のおっさんが、俺を抱いたままゆっくりと地面に降り立った。
「……皆さん、無事ですか!?」
そこへ息を切らしたズークらが駆け付ける。
「信じられません……あの司災獣を、紅き災厄を……貴方がたは……!」
俺達の姿を交互に見るズーク。その顔には驚愕と……なにか他の感情が見えた。
「てめえらのお陰だ! 今ここにいる全員、誰が欠けても、この状況はなかった! ありがとよ!」
その言葉に騎士達が剣を掲げて応える。
勝った……のか? 本当に? 俺達が、あんな化け物に。
「実感、湧かねぇな……」
一人呟いたその時、
――ズシィン……!
大地が揺れる。ファブニールが、ようやく空から落ちてきた。
倒れ、動かない巨体。
「シバの……ロズの仇、ザマァねえぜ!」
「おっさん……」
竜の姿を見るおっさんの表情は、なんだか悲しげに見えた。
「きっちりトドメ刺してやる! シノ! 俺の相棒、返してもらうからな!」
「あ、ああ……」
おっさんは俺の手から【大炎海】を取ると、そのままファブニールの方へ歩いていった。
白い炎が揺れる。
竜の喉元に辿り着いたおっさんは、おもむろに包丁を振り上げ、そして――
「――がッ!?」
ふっ飛ばされた。
竜の尾撃。俺の横を、おっさんが勢いよく通り過ぎていく。
「な……てめ……ッ!?」
その場の全員が驚愕に目を見開いた。
『マダ……終ワッテハ、オラヌ……!』
響くのは怒声。
竜は、ファブニールは、ゆっくりと体を動かし、立ち上がった。
「しつけぇな……この野郎!」
やばい。これは、やばい。
俺はもう動けない。
おっさんも、今ので気絶しちまった。
ズーク達の方も、そろそろ魔力切れだろう。
「どうする……!?」
対応を。今、俺にできることを。
『グオオオオオッ!!』
考え、立ち尽くす俺に向けて、竜の爪が迫る。
――畜生、後ちょっとだったのに。
爪の先端が、俺の体を貫いた。
かと思った。
「…………ッ?」
来ない。
覚悟した痛みも、衝撃も。
なにが起こった?
そう思って、閉じていた目を開けてみると、
「え?」
止まっている。
俺を刺し殺そうとしていた竜の腕が、その寸前で。まるで時が止まったかのように静止していた。
「な、んで……?」
理由の分からない状況に思わず呟く。
そんな俺の問いに答えるかのように、竜が口を動かした。
『シ…………シ……ノ?』
絞り出されるような声に、俺は一瞬、言葉を失った。
ファブニール――ソイツの瞳に、今までと違うなにかを感じたからだ。
「な、なんだよ……!」
意味が、分からなかった。
なんで、そんな……そんな悲しそうな目してんだよ?
「お前は……なんだ?」
言葉にならない感情が、胸の奥で蠢いていた。
『オ……レハ……?』
その瞬間、竜が頭を抑える。
『――グオオオオオオオオオオッ!!』
耐え難い痛みに呻くかのように咆哮するファブニール。
『コ、ノォ……マタ、我ノ邪魔ヲスルカ、小者メガァ……! オノレ……オノレ……オノレェェェェェ――』
頭を抱えて暴れ出すファブニール。
なんだ? なにが起こってる?
俺は訳が分からず、その光景を見ているしか出来なかった。
突如、竜の体から炎が上がる。
でも、今までとは明らかに雰囲気が違った。
『――グアァァァァァアァァア!!』
天を貫くほどの火柱。
その中で、竜の姿が溶け、消えていく。
まるで炎に喰われているように、俺の目には映った。
やがて、
「消え、た……?」
静寂。
炎が空に吸い込まれるように消え去り、その後には竜も、何者の姿もなかった。
次回「英雄」
乞うご期待!
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