一章四十一話[燃ゆる絶望、抗う光]
「……ッ……痛っ……てぇ……!」
それだけで済んだのは奇跡だ。
多分、屋根に激突する瞬間、咄嗟に包丁で体を庇ったお陰……それと――
「――なんだあ? 随分とダイナミックなお帰りじゃねえか!」
野太い声にゴツい腕。
建物に激突した俺を受け止めるような形で迎えてくれたのは、誰あろうおっさんだった。
「よぉ、悪いな……おっさん……」
「ったく、よりによって店に突っ込んできやがって……あーあ、客間が滅茶苦茶じゃねえか!」
「どの口が、言うんだよ、それ……」
先に店の扉をぶち破っといてよく言う。
「へへっ、そんだけ喋れんなら大丈夫だな!」
「おっさん、もな……」
さっきまで生死の境を彷徨っていたとは思えないようなおっさんの笑顔に、俺も釣られて笑ってしまった。
「そいつぁ、てめえが作った料理のおかげだ! ありがとな!」
「そっか、よかった……」
おっさん……全快とまではいかなそうだけど、焼けた皮膚も顔色も、多少はマシになっている。俺の料理、ちゃんと効いてくれたみたいだな。それにしたって元気過ぎる気もするが。
「おいおい、まだ気ぃ抜くには早えぜ!」
おっさんの視線が天井を射抜く。瞬間、その顔から笑みが消えた。
「……よお! てめえもしつけえ奴だな!」
声を追いかけるように、俺も天井を仰ぎ見る。
『ヴァルド・シーフレア……!』
声が轟く。
天井の隙間から俺達を見下ろす巨大な瞳――ファブニールだ。
『ヤハリ、生キテイタカ……』
「ったりめえだ! こんなとこでくたばってたまるかよ!」
威勢よく返すおっさん。
「立てるか? シノ?」
「なんとか、な……っと」
膝が震える。
でも、まだ終わってない。
俺はおっさんの手を取り、無理矢理体を動かした。
「ふらふらだな、魔力切れか? なら、これでも食ってろ!」
「こいつは……?」
そうしておっさんから渡されたのは――
『――食材鑑定Lv3、発動』
アイテム名:冷凍バンプル
種別:料理
可食適性:〇
毒性:無
調味ランク:B+
いつかお世話になった爆弾リンゴ。
いや食えって言われても……大丈夫かこれ?
「安心しろ! 冷やしてあっから、爆発はしねえよ!」
一瞬躊躇した俺におっさんが言う。
ええい、ままよ!
――シャリッ。
半解凍状態の果肉に齧りついた。途端、冷たい食感が口いっぱいに広がる。
甘みと酸味の爆発。パチパチと弾ける果汁が舌を刺激して、まるで炭酸ジュースでも飲んでるみたいだ。喉越しもいい。
『――HP微小回復。MP小回復』
腹の底から、僅かに力が湧いてくる。全身の怪我も、心做しか痛みが和らいだような気がした。
「ちったあマシになったか?」
「おう……!」
ギリギリには変わりないけど……立てる。まだ、体は動く。
おっさんの支えから離れて、俺は歩みを進めた。
店から出て、外へ。
『マダ抗ウカ……』
共に並び立つ俺達に、ファブニールが唸る。
「んだよ、もう腹いっぱいか? 悪ぃが、まだまだ付き合ってもらうぜ……最後までな!」
「ああ! 俺達二人の……いや、人間の底力……嫌になるまで、じっくり味わいやがれ!」
それぞれ啖呵を切る。ファブニールは嗤ってそれに応じた。
『……来ルガイイ。貴様ラノ全テ……我ガ飲ミ干シ、喰ライ尽クシテクレヨウ……!』
竜の咆哮が戦闘再開を告げる。
瞬間、おっさんは腰に差した二本の出刃包丁を引き抜き、白い炎を纏った。
憤怒の境地――俺もそれを再現し、再び炎を纏う。
「なっ!? てめえ、それ……ッ!?」
「おう、ちょっと借りてるぜおっさん!」
「借りてるって……マジかよ、俺が何十年かけてその境地に……それを、んなあっさり……」
一時、顔を顰めたおっさんだったが、
「ガッハッハ! やっぱてめえは最高だぜ、シノ!」
言葉の代わりに、拳と拳を合わせた。
まずは――俺が行く!
火力全開、端から飛ばしていく。
「シノ! 目だ! 目を狙え!」
「分かってらぁ!」
おっさんの指示に従い、俺は跳躍する。
ファブニールの傷付いた左目に向かって、一直線に。
『小癪ナ……!』
竜の巨大な腕が炎を帯びてこちらに迫ってくる。
羽虫を叩くような仕草。
「クッ……!」
早い! 避けきれない!
でも――
「――させねえよッ!」
ミサイルみたいな勢いで割り込んで来たおっさんが二本の包丁を叩きつけ、ファブニールの攻撃を逸らす。
「さっすが……!」
その光景を横目に見ながら、俺は更に火力を上げて突撃。
包丁を構え、風を裂いて、火矢のように。
「いっけぇぇぇぇぇぇッ!!」
刃が竜の目を穿つ――その間際、
『カァ……ッ!』
ファブニールが大口を開く。
次の瞬間、耳を劈く咆哮が、見えない衝撃となって俺の全身に叩き付けられた。
「ぐ、うぅぅぅ……!」
風圧に遮られ、それ以上進めない。
「やば……ッ」
拮抗状態は不利だ。吹き飛ばされ――
「――シノ!」
地面に激突しかけた俺をおっさんが受け止める。
「すまねぇ、おっさん!」
「気にすんな! 次は二人で行くぞ! 合わせろ!」
「了解!」
ジェット噴射。おっさんと俺、二つの炎が尾を引いて竜に挑む。
『無駄ダ……!』
再び、口を開くファブニール。
また、来る!
だが――
「無駄はてめえだ!」
そう言うとおっさんは両手を前に突き出した。瞬間、白炎が一筋の光線となって放出される。
見様見真似、俺も包丁を前に突き出すように構え、炎を飛ばした。
二つの炎が重なり、極太の熱線がファブニールの吐息とぶつかる。
威力はこちらが上だ。
熱線は風圧の壁を貫いて、そのままファブニールの開かれた口に吸い込まれた。
『グ、ォォ……!?』
一瞬、目を見開くファブニール。
だったが、
『クク、ヌルイワ……!』
余裕の笑み。
それでも、隙はできた。
熱線を追いかけるように進撃していた俺達は、
「喰らい――」
「――やがれぇぇぇぇッ!!」
衝突。
俺とおっさん、二人の包丁が竜の左目に突き立てられる。
『グ、ガァァ……!?』
ロケットに轢かれるようなその衝撃に仰け反り、数歩後退りするファブニール。
『面白イ……面白イゾ……!』
潰れた左目から滝のような血を流しながらも、ソイツは昂揚したような声で笑った。
「シノ! 畳みかけんぞ!」
「おう!」
左右に分かれて飛ぶ俺達。
片目が潰れたファブニールは、二人を同時に視認できないらしい。
右から迫るおっさんには荒々しく対応しているが――
「――俺を忘れんなッ!!」
左から突っ込んだ俺への反応が僅かに遅い。
もらった!
ファブニールがこちらに顔を向けた瞬間、俺は全力で包丁を振り下ろし、刃を鼻っ柱に叩きつけた。
衝撃で、竜が下を向く。
だが、そこには――
「――よお! こいつはサービスだ! 喰らっとけやッ!!」
回り込んでいたおっさんが、二刀を交差するように振るって追撃。突き上げられたファブニールは、その勢いに押されてまた僅かに後退した。
「チッ、まだ倒れねえのかよ!」
『足リヌ……! 我ヲ満足サセルニハ、マダ……』
平然とした態度で言うファブニール。
コイツ、頑丈過ぎる……!
確かに傷は負わせた。でも、感じる圧はむしろ増しているような気さえする。
「ハァ……ハァ……クソッ!」
息が荒くなる。
まずい。
再現した力を維持するのも、そろそろ限界だ。
『ソレデ終ワリカ……? ソノ程度デハ、我ガ渇キハ癒エヌ……!』
再び熱を込めた咆哮。
空気が震え、大地が焼ける。
咄嗟に包丁で防御態勢を取ったが、耐えられない。
その風圧で、俺は吹き飛んだ。
「シノ――ッ」
おっさんが言い切るより早く、ファブニールの尾が鞭のようにしなった。
「クッ……!」
俺は咄嗟に包丁を盾にするも、衝撃は殺しきれない。
そのまま地面に叩き付けられる。
視界が揺らぎ、息が詰まった。
『炎モ消エタカ……終ワリダナ、小僧……』
動けない俺に向けて、容赦のない踏みつけが迫る。
逃げられない――
「――クソッ、タレがぁぁッ!!」
間一髪、必死の形相で俺の前に飛んで来たおっさんが、二本の包丁で竜の追撃を受け止めた。
「ぐ、ぬおおお……ッ! てめえ、いい加減に……しやがれぇぇぇッ!」
おっさんの絶叫。
その両手から白炎が悲鳴を上げるように立ち昇り、竜の足を押し上げんと抵抗する。
だが、ビクともしない。それどころか、少しずつ押されているように見える。
『纏メテ潰レルガイイ……!』
おっさんの立つ大地に亀裂が入る。
駄目だ。このままじゃ、二人とも……!
――動け! 動けよ!
頭ではそう叫びながらも、体が言うことを聞かない。
ここまでなのか……?
絶望を前にして、俺がそう思った、その瞬間――
「――総員、放ちなさい!」
聞き覚えのある声が戦場に響いた。
次いで、閃光。
『ッ……!?』
突如として飛来した無数の光が、ファブニールを襲う。
「……チッ、遅えんだよ……!」
眩い光の中で、おっさんが呟くのを俺は聞いた。
次回、決着!
「希望の果実」
乞うご期待!
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