一章四十話[二つの境地]
『――再現スキル、発動。属性魔法(火)LvMAX――』
全身の血管に炎が巡っているような感覚。
それはきっと、長年の研鑽の末にようやく辿り着くような技の極致。
『――【憤怒の境地】』
熱い。内から湧き上がる力に、体が焦がされそうだ。
諸刃の剣。でも、恐れはない。
「これが、おっさんの……!」
握る拳から白い炎が噴出する。
己の意思に合わせて自在に動く極炎。
昂揚する。身を焼く苦痛に耐えながらも、俺は笑った。
――今なら、いける!
全能感。俺はその場に屈み、両足に意識を集中した。
力を限界まで溜め込み、一気に放出するイメージ。
瞬間、足裏から爆発的な勢いで炎が噴き出す。それを推進力とした跳躍は、眼前に迫っていた炎の渦を、簡単に飛び越えた。
『ナンダト……?』
突如頭上に現れた俺の姿に、竜の目が見開かれる。
「――そこだッ!!」
僅かに見えた動揺、その隙を突く。
「喰らいやがれぇぇぇッ!!」
包丁を構え、行く。
落下の速度にジェット噴射の勢いを加えて超加速。尾を引く白炎が流星のような輝きとなって風を切り裂き、そして――
――ドゴォッ!!
衝撃と金属音。
おっさんとの戦いで傷付いたのだろう左目に、全力の一撃を叩き込む。
それで終わりじゃない。
「おおおおおおおおおおおおッ!!」
連撃。
振り、薙ぎ、突いて。炎を纏わせた斬撃を、これでもかと叩き込む。
「――止めぇッ!!」
白炎を両腕に収束。白熱の刃となった解体包丁【大炎海】を、俺は全身全霊を込めて振り下ろした。
瞬間、爆炎。
衝撃波が空を裂き、周囲の雲を吹き飛ばした。
『グ、オオオオオ……!』
竜の喉奥から、怒号とも悲鳴ともつかぬ咆哮が響いた。
「ハァ……ハァ……ッ、どうだ……ッ!」
全身が痛ぇ。これ以上は、炎を纏っていられない。
重い代償にふらつきながら、俺は地面に降り立ち、相手の様子を窺った。
『…………』
静かだ。
眼前、左目を押さえながら佇む竜は、不気味な程の静寂を保っていた。
だが、
『……………………フッ』
鼻息……?
いや、それは笑いだった。
『ククク……見事……! ソノ炎、アノ男ト同ジカ……面白イモノダナ……料理人トハ』
「余裕綽々かよ……化け物が!」
俺は荒く息を吐きながら、【大炎海】を構え直した。
焼けた肌が痛み、骨が軋む。両腕は震え、今にも意識が飛びそうだ。
それでも、まだ……倒れる訳にはいかない!
俺は再び、白炎を纏った。
『過ギタ力ヨ……満身創痍ダナ……小僧』
「うる、せぇ……!! 俺は、まだやれんぞ……!!」
『フッ、ソノ意気ヤ良シ……ヨカロウ……!』
竜の全身から、黒煙が上がった。
『余興ハ、ココマデダ』
その瞬間感じた熱気に、俺は息を呑んだ。
視界が揺らぐ。自分でもなんで立っていられるか分からない程の灼熱。
「冗談、じゃねぇぞ……!」
膨大な魔力の奔流が熱を伴って周囲の大地を、建物を燃やし、溶かす。
煉獄を絵に描いたような光景。
ふざけている。馬鹿げている。
こんなの……こんなの、人間が立ち向かっていい存在じゃない!
赤き災厄は、その身に黒煙と業火を纏った。
『……小僧』
竜がゆっくりと口を開いた。
『貴様ノ名ハ……ナントイウ?』
「名前……? 俺の……?」
『ソウダ……我ガ身二傷ヲ付ケタ者ニハ、名ヲ聞クコトニシテイル……ヨッテ、答エヨ』
突然の問いに、俺は息を呑んだ。
竜と、視線が交差する。
そこに見えたのは、敵対する者への敬意と、最上の獲物を狩らんとする――狩猟者の瞳だった。
「……シノだ」
掠れる声で、それでもしっかりと答える。
「炎の料理人、ヴァルドの二番弟子! シノ・シルヴァーン! てめぇを倒す男の名前だ! 覚えとけッ!」
絶望的な状況に変わりはない。それでも、堂々と言い切った。
その瞬間、竜の瞳がギラリと光る。
『シノ・シルヴァーン……ソノ名…………ソウカ。貴様ハ、“アノ男”ノ……』
そう呟く竜は、なんだか楽しそうに見えた。
『ククク……思イ出ス。十年前……初メテダッタナ。人間ニ傷ヲ付ケラレタノハ……』
「それって……」
『誇ルガイイ……“貴様ノ父”ハ、大シタ男ダッタ……』
そういえば、前におっさんが言ってた。
俺の……シノの父親は、化け物と戦って死んだって。
その化け物が――コイツ?
「そっか……そうだったんだな……てめぇが、親父を……!」
『……臆シタカ?』
「いいや、そうじゃねぇ……てめぇを倒す理由が一個増えた。そんだけだ!」
俺は息を整え、包丁を握り直す。
魔力も、体力も、もはや限界だ。
それでも、炎はまだ俺の意志に応えてくれる。
「行くぞ! デカブツ!」
『否――我ガ名ハ、ファブニール。貴様ヲ滅スル災厄ノ化身ナリ……』
足に力を入れ、跳躍。
小細工はなし。白炎を纏い、ただ全力で爆進する。
『来イ、シノ・シルヴァーン……!』
竜――ファブニールが巨大な腕を振るう。
黒煙と業火。灼熱を纏った爪撃が迫る中、俺は構わず突っ込んだ。
「――喰らぇぇぇぇぇぇッ!!」
衝突。
紅と白、二つの炎がぶつかり、衝撃が走る。
「うおおおおおおおおおおおッ!!」
拮抗する力。火花が弾け、熱風が空を焼く。
熱い。燃える。焦げる。
気を抜けば、その瞬間に消し炭にされそうだ。
命そのものを燃料にしているかのような感覚。
それでも、まだ届かないのか?
「ク……ソが……ッ!」
やっぱり、駄目だ。
このままじゃ、勝てない。
――ごめん、優莉。
今際の際、頭に浮かんだその笑顔に謝罪する。
――俺、帰れないかも。
生きたいと願った。会いたいと願った。帰りたいと願った。
だから、俺はここにいる。
でも今、この瞬間だけは――
「――全開、だぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
命を惜しんでる場合じゃなかった。
ここで終わってもいい覚悟を。全てを賭けて、挑む。
炎よ、燃えろ。
怒りを糧に、もっと熱く。もっと強く。
俺に、コイツを倒せるだけの……力を!
『――シノ』
懐かしい、誰かの声を聞いた気がした。
その瞬間――
『――再現スキル、発動――』
視界に現れた文字列。
瞬間、閃光が世界を白に染めた。
『――属性魔法(光)LvMAX――【極光の境地】』
気が付いた時、俺の手に握られていたのは、銀色に輝く光の柱だった。
「な、んだ……ッ?」
炎と光、二つの属性が俺の意志に応じて絡み合い、包丁【大炎海】を包み込む。
天を貫く白銀の刃。その姿は、まさしく極光と呼ぶに相応しい。
『ソレハ……!』
声を上げるファブニール。
『知ッテイルゾ……! ソノ輝キハ、アノ男ノ……“シバ”ノ光ダ……!』
「親、父……?」
心臓が高鳴る。
それに合わせて炎が温度を上げ、光が輝きを増していく。
知らない力の再現。
だけど、俺の体は、知っている。
――ありがとう。
温かな光に包まれた俺の心は、不思議と穏やかだった。
「見ててくれよ……!」
亡き父に捧ぐ。
振るわれた光刃が、対峙していたファブニールの腕を弾いた。
『ナニ……!?』
僅かに怯んだその隙を、俺は逃さない。
「――これで、終わりだぁぁぁッ!!」
前へ、ただ前へ。
叫び、光刃を振るう。
全てを賭けた特攻。その一撃が、竜の喉元を裂こうという、その刹那――
「――え……?」
途切れる
包丁を覆っていた光が音もなく消え、身に纏っていた炎も、突如としてその熱を失った。
「ぐ……ッ……!?」
虚脱感。力なき一撃は、当然の如く竜の鱗に防がれる。
それだけじゃない。
「止まれ、ねぇ……ッ!」
炎と光で積み重ねた威力。抗えない。そのままの勢いで俺は宙を舞い、そして――そこにあった建物に激突した。
次回「燃ゆる絶望、抗う光」
乞うご期待!
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